近鉄900系電車

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近鉄900系電車
906F(2001年7月 石切駅にて)
906F(2001年7月 石切駅にて)
基本情報
運用者 近畿日本鉄道
製造所 近畿車輛
製造年 1961年 - 1963年
廃車 2002年8月
主要諸元
編成 2両編成
軌間 1,435 mm
電気方式 直流1500V
最高運転速度 105 km/h
編成定員 340
車両定員 170[1]
編成長 41,440 mm
全高 Mc車:4,150 mm[1][2]
Tc車:3,990 mm[1][2]
台車 Mc車:KD-36E[1][2]
Tc車:KD-36F/KD-51A[1][2]
主電動機 日立製作所HS-833Frb[1][2]
三菱電機MB-3064AC[1][2]
主電動機出力 145 kW [1][2]
編成出力 580 kW
定格速度 全界磁 41.5 km/h
制御方式 抵抗制御
制御装置 VMC-HTB20A[1][2]
備考 電算記号:SE
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近鉄900系電車(きんてつ900けいでんしゃ)は、近畿日本鉄道(近鉄)が保有した一般車両(通勤形電車)の一系列。

概要[編集]

ク952 1986年9月 大和西大寺駅

1961年に製造された奈良線最初の大型車両である[1][2][3]6800系ラビットカーで採用された片側両開き4扉・2個1組の大きなサッシュレス下降窓の車体を踏襲しつつも、この車両から最大幅2800mmの裾を絞った車体を採用し、全室運転室、電気連結器なども本格的に採用して、8000系をはじめ、後の近鉄車両の雛型となった車両である[1][2]。なお、大型高性能車ながら900系と3桁の形式になったのは、当時奈良線など600V線で使用する車両は3桁の形式にする取り決めごとがあったためである。

増備車[編集]

増備車ク958

当初はMc+Tc+Mcの3両編成だったが、1963年に4両編成化のためTc(制御車)が増備され全車Mc、Tcの2両編成になった[1][2][3]。このため難波京都寄りからモ900偶数車(Mc)+ク950(951 - 956)(Tc)と、同じく難波・京都寄りからク950(957 - 962)(Tc)+モ900奇数車(Mc)と、Mc車の番号末尾で向きが異なった[1][2][3]

車体[編集]

車体構造は先に登場した大阪線1470系名古屋線1600系に準じているが、本系列では車体幅を2800mmに拡大して裾絞った形状とし[2]、床面上の腰板高さを850mm、窓框高さを900mmとされ[2]、後に増備される8000系や以後のラインデリア装備のロングシート一般車における標準となった[2]

主要機器[編集]

主電動機は補償巻線付の日立製作所HS-833-Frb (モ901 - 906) および三菱電機MB-3064AC (モ907 - 912) [* 1]を搭載[1][2]、制御装置はバーニア抵抗制御による超多段式の日立製作所VMC-HTB20A[* 2]を使用した[1][2]。歯車比は、8800系まで奈良線系通勤車の標準となる5.31とした[1]

台車は初期車では台車を揺れ枕吊りを線路方向にスイングする短リンク式のKD-36系を(モ900はKD-36E、ク951 - ク956はKD-36F)[1][2]、増備車のク957 - ク962は枕木方向にスイングする長リンク式を用いたKD-51A[* 3]をそれぞれ使用している[1][2]

制動方式は当時の近鉄通勤車の標準に従い、電制常用のHSC-D電磁直通ブレーキであるが[1]、常用自動部が省略[* 4]されている。

運用[編集]

登場時は、新生駒トンネル開通前のため、八戸ノ里検車区に所属となり、上本町 - 八戸ノ里/瓢箪山間の各駅停車用として限定運用された[1][2]

1964年の新生駒トンネル・新向谷トンネル開通後は座席指定料金不要の特急(現在の快速急行に相当)にも広く使用され、奈良まで乗り入れるようになった。昇圧後は京都線、さらに橿原・天理線にも活用の幅が広がっていった[2]

1988年以降は冷房化と車体更新が完了した911Fを初陣として、800系820系・8000系(2連車)に代わって生駒線での使用が開始されたが[3]、1990年代中頃には先に廃車となった8000系初期車の台車と取り替え[* 5]、再び奈良線でも使用されるようになった[3]

改造[編集]

900系復元塗装

1969年に実施された架線電圧1500V昇圧に際し、Mc車に搭載していたコンプレッサー・電動発電機をTc車に移設し、Mc車の集電装置は2基から1基に変更された[1]。その際、8000系に編入する計画もあったが、実現せずそのままの系列で残った[* 6]

1988年から1989年にかけて、車体更新と冷房化が行われた[2][3]。内容はCU-19形冷房装置を1両あたり4台搭載するとともに電動発電機をHG-77436形に変更してTcに移設し、パンタグラフを下枠交差形に取り替え、車体内外装材の張り替え、方向幕の取り付けなどである。この車体更新と冷房化は、後から登場した8000系よりも冷房化・更新工事が遅くなされたために結果として本系列は登場から約40年間運用され、同世代の本線系の通勤車としては当時異例であった。

2001年に奈良線大型車両登場40周年を記念し、902Fと904Fがベージュに青帯の登場時の塗装に復元された[2]。当時の近鉄において過去に復元塗装をなされた車両は、6800系6851号車と生駒鋼索線のコ1形と当系列のみであり、2001年9月の登場40周年イベント、そして2002年3月のさよなら運転を兼ねたミステリー列車の運転をこの復元塗装車で催された。

廃車[編集]

2001年から2002年8月にかけて全車が廃車、系列消滅となった[2]。なお、最終配置検車区は西大寺検車区であり[3]、最後期には908Fが在籍していた。

参考文献[編集]

  • ネコ・パブリッシング 復刻版 私鉄の車両13 近畿日本鉄道Ⅱ (通勤車他) p.72・p.160 - p.162・p.170 - p.175・p.187 - p.190 2002年 ISBN 4-87366-296-6
  • JTBキャンブックス『近鉄電車 大軌デボ1形から「しまかぜ」「青の交響曲」まで100年余りの電車のすべて』 p.81 (著者 三好好三、編者 福田静二、出版・発行所 JTBパブリッシング 2016年)ISBN 978-4-533-11435-9 C2065
  • カラーブックス「日本の私鉄 近鉄2」 p.67・p.148 - p.151(著者・編者 諸河久・山辺誠、出版・発行 保育社 1998年) ISBN 4-586-50905-8

脚注[編集]

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注釈
  1. ^ いずれも定格出力は端子電圧270V時115kW/1,250rpm、端子電圧340V時145kW/1,575rpm。600V時代の端子電圧が270Vと非常に低く抑えられていることが示す通り、生駒越えの連続下り勾配区間での電制失効を防ぐために可能な限りの手立てがとられていたことが判る。また、補償巻線の追加は電機子の反作用を抑止し、最弱め界磁率を15%まで引き上げることが目的であった。
  2. ^ 回路中のリミッタ・リレーなどを廃して磁気増幅器(マグアンプ)で置き換え、可能な限り無接点化が進められていた。なお、昇圧時には直並列接続を力行時永久直列に組み替えて対処している。
  3. ^ 一般車用としては南大阪線向けモ6850形2次車用KD-39で初採用された方式で、揺動周期が長くなるため乗り心地が改善される。
  4. ^ 新造時よりA動作弁が非常弁に置き換えられた状態となっており、自動空気ブレーキのみを搭載する800系等の在来車との併結は不可能であった。つまり、実質的にはSMEEブレーキ相当となっていたことになる。
  5. ^ KD-36装備車を対象としたもので、ボルスターアンカー付長リンク式のKD-51ないしはKD-51Dへと振り替えられている。1963年製の増備車については、当初よりボルスターアンカーなしのKD-51Aが装備されていた。
  6. ^ 8000系の車両番号が8021から始まっているのはその理由からである。
出典
  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u ネコ・パブリッシング 復刻版 私鉄の車両13 近畿日本鉄道Ⅱ (通勤車他) p.72・p.160 - p.162・p.170 - p.175・p.187 - p.190 2002年 ISBN 4-87366-296-6
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x JTBキャンブックス『近鉄電車 大軌デボ1形から「しまかぜ」「青の交響曲」まで100年余りの電車のすべて』 p.81 (著者 三好好三、編者 福田静二、出版・発行所 JTBパブリッシング 2016年)ISBN 978-4-533-11435-9 C2065
  3. ^ a b c d e f g カラーブックス「日本の私鉄 近鉄2」 p.67・p.148 - p.151(著者・編者 諸河久・山辺誠、出版・発行 保育社 1998年) ISBN 4-586-50905-8

関連項目[編集]

外部リンク[編集]