迎祐一郎

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迎 祐一郎
広島東洋カープ コーチ #91
HC-Yuichiro-Mukae20131012.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 佐賀県西松浦郡有田町
生年月日 (1981-12-22) 1981年12月22日(36歳)
身長
体重
180 cm
81 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 1999年 ドラフト3位
初出場 2002年7月8日
最終出場 2014年6月14日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • 広島東洋カープ (2015 - )

迎 祐一郎(むかえ ゆういちろう、1981年12月22日 - )は、佐賀県西松浦郡有田町出身の元プロ野球選手外野手、右投右打)、コーチ2016年より広島東洋カープの一軍打撃コーチを務める[1]

経歴[編集]

佐賀県立伊万里商業高等学校では2年生時からエースで4番を打ち、高校通算42本塁打1999年プロ野球ドラフト会議においてオリックス・ブルーウェーブから3位指名を受け入団。

オリックス時代[編集]

オリックス時代の迎(2008年7月2日)

1年目の2000年から二軍で積極的に起用され、打率1割台ながらウエスタン・リーグで59試合に出場。翌2001年は68試合、2002年も52試合に出場しながら打率2割台前半とプロの壁を破れずにいた。

2003年は二軍でチーム最多の85試合に出場し、チーム2位の打率.293、同4位の7本塁打、リーグ2位の20二塁打、チームトップの38打点を記録し頭角を現した。

2004年には外野手のレギュラーである谷佳知村松有人アテネオリンピック野球日本代表としてチームを離れた際に出場機会が大幅に増えて44試合に出場。プロ初本塁打を含む打率.267、5本塁打、4盗塁を記録してレギュラー候補に名を連ねる活躍を見せた。

2005年は、近鉄との球団合併により選手層が厚くなった事もあって、7試合の出場に留まった。二軍ではリーグ6位の打率.324、チームトップの14盗塁を記録したが、守備面で外野手としてリーグワーストの7失策を記録。

2006年は二軍で48試合に出場し、規定打席未満ながら打率.335、チームトップの9本塁打、長打率.599、外野手としてリーグトップの6補殺の好成績を残した。一軍では主に代打として28試合に出場したが、打率1割台に終わりチャンスを生かせなかった。

2007年は二軍で打率.342、14本塁打、62打点を記録し、リーグ三冠王を達成した。さらに最高長打率、最多二塁打、最多安打、最多得点、リーグ2位の出塁率も記録し、改めて二軍レベルは超えている成績を残した。しかし、同年も一軍では前年よりやや多い打席数で打率1割台に終わり結果を残せなかった。

2008年、2番左翼手でプロ8年目にして初の開幕スタメンの座をつかんだ。主に左投手先発時のスタメン起用が多かったが、またしても打率1割台にとどまり、二軍でも打率.217、出塁率.281と不調に終わった。同年は迎よりも若い坂口智隆がレギュラーに定着し、新人の小瀬浩之の台頭もあって、打者としてのタイプは違うものの同じ外野手として一気に苦しい立場となった。

広島時代[編集]

2010年5月15日喜田剛長谷川昌幸と迎+金銭のトレード広島東洋カープへ移籍した。7月15日の横浜戦で篠原貴行から移籍後初となる本塁打を放つも、主に代打で23試合の出場にとどまり、打率.133と結果を残せなかった。

2011年は出場試合数が昨年の半数にとどまるなど、機会に恵まれずにシーズンを終えた。

2012年は5月になって一軍昇格。当初は出場機会も少なく打率1割台と低迷していたが7月になると調子を上げ、7月14日の横浜戦で自身初の1試合2本塁打、同17日の中日戦では9回裏1点ビハインドの場面に代打で登場して岩瀬仁紀から起死回生の同点タイムリーを打つなどの活躍を見せて打率も3割台まで上昇。8月にはほぼ毎試合スタメンで6番や7番で起用された。その後は調子を落とし、最終的には打率.227、本塁打も7月14日の2本のみに終わったが、自己最多の55試合に出場、安打数も過去最多だった2004年を上回った。

2014年10月28日に球団から戦力外通告を受けた[2]。翌29日に一軍打撃コーチ補佐就任が発表された[3]2015年は打撃コーチの新井宏昌の下でコーチ補佐として経験を積んだ。新井は、迎がオリックスに所属していた時代に同球団でコーチとして迎を指導していた間柄である[1]2016年、正式に一軍打撃コーチに就任した[1]。1軍経験の少ない迎の打撃コーチ就任に一部のファンからは懐疑的な声も聞かれたが、石井琢朗東出輝裕両打撃コーチとともに強力打線に変革させ2016年,2017年のリーグ優勝に貢献した。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2002 オリックス 20 20 14 3 2 0 0 0 2 0 1 0 3 0 1 0 2 6 0 .143 .294 .143 .437
2003 3 2 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .000 .000 .000 .000
2004 44 101 90 16 24 2 0 5 41 14 4 2 6 0 4 0 1 16 3 .267 .305 .456 .761
2005 7 18 15 1 2 0 1 0 4 0 0 0 1 0 2 0 0 2 0 .133 .235 .267 .502
2006 28 32 30 2 3 0 0 1 6 2 0 0 0 0 2 0 0 10 1 .100 .156 .200 .356
2007 14 45 38 2 7 0 0 1 10 5 1 0 2 1 4 0 0 11 3 .184 .256 .263 .519
2008 35 76 68 5 9 0 0 0 9 3 4 0 4 0 4 0 0 16 0 .132 .181 .132 .313
2009 8 8 7 2 2 1 0 0 3 0 1 0 0 0 1 0 0 2 0 .286 .375 .429 .804
2010 3 9 6 1 1 0 0 0 1 0 0 0 2 0 1 0 0 0 0 .167 .286 .167 .452
広島 23 31 30 3 4 0 0 1 7 1 0 0 1 0 0 0 0 9 0 .133 .133 .233 .367
'10計 26 40 36 4 5 0 0 1 8 1 0 0 3 0 1 0 0 9 0 .139 .162 .222 .384
2011 13 17 15 1 3 1 0 0 4 2 0 0 1 0 1 0 0 2 2 .200 .250 .267 .517
2012 55 145 128 10 29 4 0 2 39 11 1 1 4 1 10 0 2 14 3 .227 .291 .305 .596
2013 42 67 60 7 13 3 1 0 18 2 1 0 2 1 4 0 0 12 2 .217 .262 .300 .562
2014 4 8 8 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 3 0 .125 .125 .125 .250
通算:13年 299 579 511 53 100 11 2 10 145 40 13 3 26 3 34 0 5 105 14 .196 .251 .284 .535

年度別守備成績[編集]



一塁 外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2005 オリックス - 6 7 0 1 0 .875
2006 - 22 15 0 0 0 1.000
2007 - 13 24 0 0 0 1.000
2008 - 32 36 1 1 0 .974
2009 - 8 7 0 0 0 1.000
2010 - 2 8 0 1 0 .889
広島 - 14 12 1 1 0 .929
2011 - 5 5 0 0 0 1.000
2012 - 41 49 4 1 0 .981
2013 5 24 0 0 2 1.000 22 17 0 0 0 1.000
2014 1 2 0 0 1 1.000 3 5 0 1 0 .833
通算 6 26 0 0 3 1.000

記録[編集]

背番号[編集]

  • 46 (2000年 - 2007年)
  • 25 (2008年 - 2010年途中)
  • 44 (2010年途中 - 2014年)
  • 91 (2015年 - )

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 広島を支えるコーチ陣の“3本の矢”。打撃コーチ・迎祐一郎の愛と厳しさ。”. COLUM 炎の一筆入魂. Number Web (2017年8月7日). 2017年9月16日閲覧。
  2. ^ 来季の選手契約について - 広島球団公式サイト、2014年10月28日配信。[リンク切れ]
  3. ^ 2015年度 コーチングスタッフ発表 - - 広島球団公式サイト、2014年10月28日配信。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]