東大寺学園中学校・高等学校

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東大寺学園中学校・高等学校
Todaiji High School-002.jpg
過去の名称 金鐘中等学校
金鐘中学校(旧制)
青々中学校(全日制)・金鐘高等学校(定時制)
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人東大寺学園
設立年月日 1926年
共学・別学 男子校
中高一貫教育 併設型(外部混合有)
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 3学期制
高校コード 29506A
所在地 631-0803

北緯34度42分48秒 東経135度47分20.3秒 / 北緯34.71333度 東経135.788972度 / 34.71333; 135.788972座標: 北緯34度42分48秒 東経135度47分20.3秒 / 北緯34.71333度 東経135.788972度 / 34.71333; 135.788972
外部リンク 公式ウェブサイト
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東大寺学園中学校・高等学校(とうだいじがくえんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、奈良県奈良市山陵町に所在し、中高一貫教育を提供する私立男子中学校高等学校

高等学校においては、中学校から入学した内部進学の生徒と高等学校から入学した外部進学の生徒との間では第2学年から混合してクラスを編成する併設混合型中高一貫校[1]東大寺が経営母体である。

概要[編集]

東大寺学園中学校・高等学校は、1926年(大正15年)に東大寺の社会貢献事業の一つとして設立された金鐘中等学校(夜間旧制中学、定時制)が母体となっている。

戦後新学制となってからは、1947年(昭和22年)に全日制の青々中学校を新設、1948年(昭和23年)には金鐘中等学校を金鐘高等学校(定時制)と改称した。

1963年(昭和38年)、学校法人名を「金鐘学院」(1933年設立)から「東大寺学園」へ改称し、全日制高等学校である東大寺学園高等学校を新設、それに伴い、青々中学校は東大寺学園中学校へ、金鐘高等学校も「東大寺学園高等学校定時制」へ改称した。

1974年(昭和49年)、定時制課程を停止する。

東大寺境内(南大門の西隣)の頃は校地が狭く運動場も借用であったが、1986年(昭和61年)、山陵町(みささぎちょう)の自然豊かな4万m2を越える地に移転した。旧校舎は講堂・体育館(黒川紀章設計)のみが「金鐘会館」を経て改修の上300人規模の「金鐘ホール」(東大寺総合文化センターの一部)として活用されている。それ以外は2008年秋に解体され、跡地に東大寺総合文化センターの東大寺ミュージアム(2010年10月10日開館)が設置されている。

沿革[編集]

  • 1926年5月4日 - 金鐘中等学校設立認可(奈良県下6番目の旧制中学・初の夜学)
  • 1943年4月28日 - 金鐘中等学校を金鐘中学校と改称
  • 1947年4月1日 - 菁々中学校設立認可
  • 1948年3月3日 - 学制改革により金鐘中学校を金鐘高等学校(定時制)と改称
  • 1963年4月1日 - 全日制高等学校を開設。東大寺学園中学校・高等学校(定時制・全日制)と改称
  • 1974年3月31日 - 定時制課程を停止
  • 1986年4月1日 - 東大寺境内にあった旧校舎から、現在の場所に移転

設立の経緯[編集]

元々は大正時代に全日制・定時制2つの旧制中学を同時開校する構想があったが、東大寺の財政事情が急変して片方しか設けることができなくなり、社会的に緊急性が高かった定時制を先に開校することを決定した。

終戦後の新学制を間近に、旧制中学が新制高校に移行されることから、新制中学は公立においてもゼロから作られる予定だった。奈良市内の小学校保護者が不安を覚え「旧制中学のような男子だけの新制中学を作れないか」と東大寺の清水公照に相談し、昼間空いている校舎を活用して開校する運びとなった。

青々中学校1期生は「仮称 平城中学校」として近隣の小学校から募集され、1947年4月に設立認可、「青々中学校」と正式な校名が決まった。人材育成を想起させる詩経の一節「菁々者莪」が由来。1期生が卒業を控えた1950年1月、全日制普通科高校設立について保護者と校長が懇談したが、設立には至らなかった。

青々中学校卒業生のほとんどは近隣の県立奈良高校へ進学していた。例えば1961年3月に卒業した84名(12期生)のうち、約70名が奈良高校に、約10名が奈良女子大学文学部附属高校へ進学した。優秀な生徒を引き続き教育したいとの声が内部からもあり、昭和30年代に入ると全日制普通科高校を新設する機運が高まった。

1960年2月の東大寺塔頭会議で、全日制普通科高校の新設が決定され、同年4月の青々中学校入学生から6年一貫教育が期された。1963年の東大寺学園中・高設立以降、中学校卒業者は新設の東大寺学園高等学校へ内部進学することになった[2]

改称[編集]

東大寺学園高校設置により、1963年4月から法人と全ての運営校を新名称「東大寺学園」で統一し、一斉に名称変更することになった[3]

  • 学校法人「金鐘学院」(1933年設立)→ 学校法人「東大寺学園」
  • 「金鐘高等学校」→「東大寺学園高等学校定時制」(1974年閉校)
  • 新設の全日制普通科高校 →「東大寺学園高等学校」
  • 「青々中学校」→「東大寺学園中学校」
  • 「金鐘学院奈良専修女学院」(1928年開校)→「東大寺学園女子学院」(1975年閉校)
  • 「金鐘幼稚園」(1934年開園、1945年閉園)、「みどり幼稚園」(1952年開園)→「東大寺学園幼稚園

学校生活[編集]

制服は、高校では金鐘中等学校以来なかった[4]。中学校では青々中学校以来の詰襟があったが、生徒会の活動により標準服扱い(着用自由)となったのち1995年に廃止されている。

生徒手帳がなく、代わりに生徒証という三つ折の紙がある。仏教校である特徴として、入学式卒業式の際に東大寺の僧(理事長)が挨拶に来ること、旧校舎時代は登下校時に大仏殿に向かって一礼する慣習があったことなどが挙げられる。「大仏殿一礼」は、ほぼ唯一の仏教的な慣習だった。境内地から移転した今でも、生徒証提示で大仏殿三月堂(法華堂)戒壇院などを無料で拝観できる。

校則」と呼ばれるものはないが、生徒の守るべき規則として「生徒心得」がある。

現校舎(奈良市山陵町)は中学棟、高校棟、転心殿、圓融館(えんにゅうかん)、体育館、上グラウンド、下グラウンド、中庭などからなる。並び建つ中学棟と高校棟の間に転心殿が建ち、その上を渡り廊下が結んでいる。高校棟の横には図書館棟が、中学棟の横には圓融館が建つ。傾斜地に建設されているため半地下の1階を含む4階建てで、一部教室からは東大寺大仏殿や興福寺五重塔を遠望することができる。東大寺境内の旧校舎時代は、グラウンドはないに等しく(1970年代はアスファルト舗装のバスケットボール兼テニスのコート1面分とゴム舗装のバレーボール兼テニスのコート1面分のみ。後に人工芝化)、体育の授業などでは県営春日野グラウンド(現在は奈良県新公会堂が建てられている)を借用するとともに大仏殿の北東にあった通称「第3グラウンド」と呼ばれる小さなグラウンドを使用していた。夏の水泳授業では県営春日野プール(現存しない)を使用していた。また、東大寺の境内もランニングコースとして体育の授業や運動部の練習で利用されていた。

2019年度夏期休暇期間より中庭に新校舎の建設が行われ、2020年春に竣工した。中学定員200名への増員(4クラスから5クラスへ増)を私学審議会へ認可申請している。

学校行事[編集]

東大寺学[編集]

中学校道徳教育の時間を用いて、東大寺僧侶(学園常任理事)や関係者のもと、東大寺に関する文化・思想・伝統行事などを学習する。二月堂供田にて東大寺学園幼稚園園児(年長組)と田植え稲刈りする体験もあり、収穫された餅米修二会(お水取り)のお供え餅などに使用される。兄弟姉妹のいない一人っ子家庭の生徒が少なくないため、年下の園児をお世話することも学習のうちとしている。創立以来、明確な宗教教育がなかったが2011年から開始。

聖武天皇祭[編集]

学校主催行事ではないものの、東大寺での「聖武天皇祭(聖武祭)」を新入生(中1と高校編入生)が見学する。高校生はこの祭礼行列を含め、夏休みの売店事務など、東大寺関係のアルバイトをすることができる。聖武天皇祭の5月2日(聖武天皇忌日)及び「大仏さま秋の祭り」の10月15日大仏造立の詔が発された日)は全校休校日となる。

菁々祭(文化祭)[編集]

菁々祭(せいせいさい)は毎年9月(通例第2週の土日)に催される文化祭である。

菁々祭における転心殿前の様子
中庭で行われるMr.美少女コンテスト。舞台の一番奥に立っている人が女装した生徒である。

菁々祭公式パンフレットによると、通例主に

  • 展示(各学年、クラブ、同好会、有志団体が主催)
  • 演奏会(室内楽部や和太鼓同好会などが主催)
  • 中庭イベント(Mr.美少女コンテスト[5]、イケメンコンテストなど)
  • 中夜祭・後夜祭(ダンス、バンド演奏など)
  • 物品販売(各運動部による食べ物、園芸部による植物の苗や球根、学校直営の各種TDJグッズ販売)
  • 体験授業(一部の教師のみ)

などが行われる。

体育祭[編集]

旧校舎時代から長年にわたって中止されていたが、2005年度より当時の中学校1年生が非公式ながら再開。2006年度は当時の中学校1・2年生により開催された。そして2007年度より、学園の公式行事として認められている。

球技大会・サッカー大会[編集]

旧校舎時代には、体育祭の代わりに球技大会が開催されていた。また、冬にはサッカー大会も開催されていた。現在は球技大会は学校行事としてではなく、各学年ごとの行事として行われている。

長距離走大会[編集]

中学生対象。旧校舎時代は東大寺の境内で開催されていた。大仏殿・二月堂・三月堂・手向山八幡宮などを巡るコースを多くの生徒たちが駆け抜けていた。現在の大会は、祝園付近から木津川に沿って北上するコースである。

研修旅行[編集]

中学2年時の国内旅行。沖縄県東京都、北陸・四国方面であることが多い。

スキー研修[編集]

中学3年時。志賀高原長野県)であることが多い。

夏山登山[編集]

高校1年時。槍ヶ岳穂高連峰など北アルプス方面となることが多い。

オックスフォード短期留学[編集]

高校2年時。オックスフォード大学のカレッジにて教員・学生と交流。2016年から開始。2019年には希望者が多かったためブライトン大学への短期留学プログラムも設けられた。

修学旅行[編集]

高校2年時の国内外旅行。学年投票で決めるため、北海道小笠原諸島台湾ベトナムマレーシアシンガポールオーストラリアバルト2国、ロンドン、など行き先は様々である。「中止」が最多投票だった年は実施されなかった(1966年、1975年、1976年の過去3回)。

校歌[編集]

2番からなり、作詞は詩人の竹中郁[6]。作成当時、校地は東大寺境内にあり「若草山のふもとの窓に」というフレーズを残している[6]

課外活動[編集]

活発で、近畿大会・全国大会などへ毎年出場している。運動系では陸上競技部、ハンドボール部、硬式テニス部、文化系ではクイズ研究部、百人一首部、囲碁将棋部などが強豪である。芸術系の発表会においても、音楽部、写真部、書道部などが入賞。試験で競う形式のものでは、国際科学オリンピックなどで国際大会へ出場している。

掛け持ちで活動する生徒も多く、進学校ながら自主裁量により高校3年生まで続けることができる。加入率は2019年1学期時点で、中1生113%、中2生109%、中3生111%、高1生88%、高2生91%、高3生30%[7]。文化系は高2生が部長を務め中高全体を牽引し、運動系は大会出場単位となる高校・中学それぞれに主将(部によってはキャプテンと呼称)など役職を設けることが多い。

クラブは「部」と「同好会」に区分される。生徒会予算(全体予算約900万円)から単独で配分されるかどうか、学校の公式代表として大会に出場できるか否か、という差がある。以下、掲載順序や実績は学校公式情報(受験生向け SCHOOL GUIDE)に倣った。

運動系[編集]

  • 陸上競技部(2019年 全国6位、近畿出場、県優勝)(2018年 全国5位、近畿準優勝、県優勝)(2017年 全国出場、近畿優勝、県優勝)
  • 軟式野球部(中高ともに軟式)(2018年 市優勝)
  • バレーボール部(2016年 近畿出場、県3位)
  • バスケットボール部(2018年 県準優勝)
  • 卓球部(2019年 全国出場、近畿出場、県優勝)
  • 柔道部(2017年 市優勝)
  • 剣道部
  • ハンドボール部(2019年 全国出場、近畿5位、県優勝)(2018年 全国出場、近畿ベスト4、県優勝)(2017年 全国出場、近畿出場、県優勝)
  • サッカー部(2019年 県ブロック優勝)
  • バドミントン部(2018年 近畿出場、県準優勝)
  • 硬式テニス部(2019年 近畿3位)(2018年 近畿ベスト8)(2016年 全国出場、近畿準優勝)

文化系[編集]

  • 新聞部(校内新聞「菁々新聞」を編集・発行する)
  • 歴史部菁史会(博物館展覧・史跡散策小旅行・東大寺関係行事拝観など)
    • 生徒指導部との混同を避けて“菁史部”とならなかった。2011年末からは部であることを示すために「歴史部」を冠する)
  • 科学部(2019年 科学の甲子園全国出場、県優勝)
  • 電子工作部(2019年 TEPIAロボットグランプリ全国優勝、創造アイデアロボットコンテスト全国出場、近畿優勝)
    • 2011年度までの名前は「放送部」。校内放送ではなく電子工作・プログラミングなど。名称はかつてアマチュア無線を行っていたことに由来
  • 園芸部(植物の栽培・焼き芋大会・文化祭での植物販売)
  • 音楽部(主にロック音楽)(2019年 県優秀賞)(2018年 近畿優秀賞)(2017年 近畿奨励賞)
  • 囲碁将棋部(2019年 全国出場、近畿出場、県優勝)
  • 美術部
  • 写真部(2019年 近畿出場、県入賞)(2016年 全国出場、近畿出場、県入賞)
  • 室内楽部(主にクラシック音楽)
  • 百人一首部(2019年 全国3位、全国A級個人3位、県優勝)(2018年全国出場、近畿3位、県優勝)(2017年 全国B級個人優勝、近畿3位)
  • クイズ研究部(2019年時点 高校生クイズ 優勝2回、準優勝2回、出場回数24回は全国最多)
  • 書道部(2019年 県知事賞)(2017年 奈良市教育長賞)(2016年 県知事賞)
  • 鉄道研究部(鉄道旅行・鉄道写真撮影・鉄道模型作成など)
  • 数学研究部(2017年 国際物理オリンピックインドネシア大会金メダル)(2016年 国際物理オリンピックリヒテンシュタイン大会金メダル)
  • 英語部(2019年 全日本高校模擬国連大会出場)(2018年 全日本高校模擬国連大会出場)
  • 折り紙研究部(2019年度より)

同好会[編集]

  • 登山同好会
  • マジック同好会
  • MGA同好会(MGAはモデル=模型・ゲーム・アニメ―ションの略)
  • 情報同好会
  • 文藝同好会
  • チェス研究会
  • 観賞魚同好会(観賞魚と書いてオサカナと読む)(2020年放送 緊急SOS!池の水ぜんぶ抜く大作戦「世界遺産東大寺から伝説の天然記念物」に参加)
  • 和太鼓同好会
  • ロケット同好会
  • ドラえもん研究会
  • 暗号同好会

文化祭有志団体[編集]

顧問教員の下文化祭の出展等で活動する「有志団体」という活動形態も存在する。

個人での大会参加[編集]

部や同好会が無くとも、個人的なチャレンジを奨励していることが課外活動の特色である。

その他[編集]

卒業後の進路[編集]

進路指導と大学進学の概況[編集]

進路指導の柱として「あこがれを貫いてもらうこと」「大学入試は人生の大きな節目だが、人生の目的ではない」を掲げている[12]

普通科1コースのみの設置校だが、東京芸術大学(美術学部 2018年1名、2014年1名)などの美術系難関校、気象大学校(2020年1名、2018年1名)などの文部科学省所管外難関校といった多様な進路も特色である[13]

理系志望者が約7割を占め(うち約半数が医師志望)、高校3年時は例年、理系4クラス・文系2クラスの編成となっている。進学先は京都大学が最も多く、学校別合格者数で例年トップ5に入っている。東京大学への合格・進学も多く、2大学を合わせると卒業生数(約200名)に対して例年、約半数が合格・進学している。医師志望者も多く、京都大学・東京大学・その他の国公立大学医学部医学科を合わせると、卒業生数に対して例年、約7割が合格・進学している[14]

国公立大学(医学科含む)合格者数[編集]

国公立大学合格者数は2020年令和2年)、卒業生202名に対して現浪を合わせて

など。重複合格できない国公立大学について、医学部医学科の総計は58名(防衛医科大学校など除く)。京都大学・東京大学・その他の国公立大学医学部医学科の総計は142名[15]

ダイヤモンド社による2020年「国公立100大学合格力」(公立医科大を含む100大対象)にて東京芸大附属音楽高校灘高校に次ぐ全国3位。「国公立医学部合格力」(国立42大・公立8大対象)にて灘高校、久留米大学附設高校に次ぐ全国3位と集計された[16]

私立大学合格者数[編集]

私立大学合格者数は2020年令和2年)、現浪を合わせて

など。現役時に国公立大学のみを受験し、浪人時に国公立大学と併願して受験する生徒が多いため、私立大学合格者数は浪人生による割合が高い(2020年合格者数の約93%が浪人生)[17]

同窓会[編集]

「東大寺学園高等学校」(全日制)については、同窓会も青々中学校と合同で形成され、名称は「東大寺学園同窓会菁々(せいせい)」。1期生-13期生は青々中学校OB、14期生以降は東大寺学園高等学校OB、と構成している(14期生~16期生の内部進学組は青々中学校OBでもある)。2018年3月卒業生が66期生で、会員数は約10200名。「東大寺学園同窓会菁々」以外に「金鐘中等学校」-「東大寺学園高等学校定時制」のラインの同窓会「金鐘会」(約1500名)もあり、別に構成されている。また、卒業生の保護者だけで構成する「東菁会(とうせいかい)」もある。同窓会と混同されやすい「菁々会(せいせいかい)」は PTA である。

交通アクセス[編集]

歴代校長[編集]

東大寺学園の本流である金鐘中等学校の初代校長(鷲尾隆慶・第198世東大寺別当)ではなく、青々中学校初代校長の清水公照から数える。

  • 初代 清水公照 - 東大寺の僧で書道教師。青々中学校を設立する市民運動に参加。のちに第207世・第208世東大寺別当
  • 2代 上司海雲 - 東大寺の僧で書道教師。のちに第206世東大寺別当。
  • 3代 矢鋪大治郎 - 教員から昇格。
  • 4代 次田吉治 - 教頭から昇格。
  • 5代 西岡淑雄 - 教頭兼主事から昇格。
  • 6代 田中良夫 - 奈良県立奈良高等学校校長から招聘。
  • 7代 新藤晋海 - 東大寺の僧。理事長と兼任。のちに第216世東大寺別当。旧制金鐘中学校卒業生。
  • 8代 牧野英三 - 奈良教育大学名誉教授から招聘。
  • 9代 山田哲夫 - 奈良県立奈良高等学校校長から招聘。
  • 10代 森本晧昭 - 京都府公立高等学校長会から招聘。
  • 11代 田中満夫 - 副校長から昇格。
  • 12代 矢和多忠一 - 奈良県教育委員会教育長から招聘。青々中学校・東大寺学園高等学校卒業生。
  • 13代 森宏 - 教頭から昇格。

著名な出身者[編集]

政治・行政[編集]

国会議員[編集]

中央官僚等[編集]

地方[編集]

  • 上田繁潔 - 奈良県知事(3期・1980年-1991年)、なら・シルクロード博覧会の立役者。退官後は関西大学理事長など、1940年卒業(旧制金鐘中等学校)
  • 矢和多忠一 - 奈良県教育長(2期・2002年-2008年)、1966年卒業
  • 松石聖一 - 奈良市議会議員(11期目・?年-現在)、1968年卒業
  • 平井康之 - 王寺町長(2期目・2013年-現在)、1971年卒業
  • 森川裕一 - 明日香村長(3期目・2011年-現在)、1974年卒業
  • 北岡篤 - 吉野町長(3期・2008年-2020年)、1975年卒業
  • 上田悟 - 奈良県議会議長(1期・2012年-2013年)、県議(5期・1999年-2017年)、斑鳩町議会議員(1期・1991年-1995年)、自由民主党、1976年卒業
  • 金剛一智 - 宇陀市長(1期目・2020年-現在)、1976年卒業
  • 馬場慶次郎 - 吹田市議会議員(2期目・2015年-現在)、無所属、1994年卒業
  • 並河健 - 天理市長(2期目・2013年-現在)、1997年卒業
  • 大津裕太 - 京都市議会議員(2期目・2015年-現在)、地域政党京都党副幹事長、2001年卒業
  • 木本裕章 - 宇治市議会議員(2期目・2015年-現在)、自由民主党、2004年卒業
  • 中川崇 - 奈良県議会議員(2期目・2015年-現在)、関西広域連合議会議員(1期目・2019年-現在)、日本維新の会、2004年卒業

法曹[編集]

弁護士[編集]

  • 小寺一矢 - 弁護士、日本弁護士連合会副会長(2006年-2007年)、大阪弁護士会会長(2006年-2007年)、1957年中学卒
  • 中本勝 - 弁護士、近畿弁護士会連合会理事長(1期・2012年-2013年)、奈良弁護士会会長(1期・1991年-1992年)、1968年卒業
  • 中村悟 - 弁護士、奈良弁護士会会長(1期・1995年-1996年)、1968年卒業
  • 以呂免義雄 - 弁護士、奈良弁護士会会長(1期・2013年-2014年)、1970年卒業
  • 村瀬拓男 - 弁護士、週刊新潮編集者・火垂るの墓制作委員を経てメディア問題専門弁護士、1981年卒
  • 川村和久 - 弁護士、大阪弁護士会副会長(2019年-2020年)、1986年卒業

裁判官(高裁判事等)[編集]

  • 古川行男 - 裁判官大阪高等裁判所判事(1997年-2001年)、広島高等裁判所松江支部長(2007年-2010年)、1967年卒業
  • 岡原剛 - 裁判官、大阪高等裁判所判事(2006年-2007年)、1969年卒業
  • 佐野哲生 - 裁判官、大阪高等裁判所判事(2010年-2012年)、高松高等裁判所部総括判事(2012年-2015年)、1969年卒業
  • 永野厚郎 - 裁判官、名古屋高等裁判所長官(2020年-現在)、司法研修所所長(2018年-2020年)、1975年卒業
  • 安浪亮介 - 裁判官、大阪高等裁判所長官(2018年-現在)、1976年卒業
  • 宮崎朋紀 - 裁判官、最高裁判所調査官(2018年-現在)、京都大学特別教授(2015-2016年 法科大学院)、1993年卒業
  • 新崎長俊 - 裁判官、高松高等裁判所判事(2017年-現在)、1988年卒業
  • 南部潤一郎 - 裁判官、東京高等裁判所判事(2014年-2018年)、1992年卒業

経済・実業[編集]

宗教[編集]

文化・芸能・スポーツ・メディア[編集]

学術[編集]

国立研究機関[編集]

  • 北岡伸一 - 東京大学名誉教授(法学政治学研究科/政治学)、国際協力機構 (JICA) 理事長(2015年-現在)、奈良県立大学理事長(2015年-現在)、国際大学学長(2012年-2015年)、政策研究大学院大学学長特別補佐・特別教授、国際連合日本政府代表部次席代表・特命全権大使(2004年-2006年)、「日中歴史共同研究」日本側座長(2006年-2009年)、サントリー学芸賞、1967年卒業
  • 中井照夫 - 名古屋工業大学名誉教授・特命教授(工学研究科/地盤工学)、1967年卒業
  • 浅井吉蔵 - 電気通信大学名誉教授(個体物性)、1968年卒業
  • 富和清隆 - 京都大学教授(医学研究科/臨床遺伝学)、東大寺福祉療育病院理事長・院長(2013年-現在)、小児科医、1968年卒業
  • 谷口栄一 - 京都大学名誉教授(工学研究科/都市社会工学)・副研究科長、1969年卒業
  • 中谷昭 - 奈良教育大学副学長・教授(運動生理学)、1969年卒業
  • 吉岡政徳 - 神戸大学名誉教授(国際文化学研究科/文化人類学)・研究科長、大平正芳記念賞、1969年卒業
  • 上崎善規 - 大阪大学名誉教授(歯学研究科/基礎歯科学)、1970年卒業
  • 小林英一 - 神戸大学名誉教授(海事科学研究科/船舶海洋工学)、1970年卒業
  • 杉村立夫 - 信州大学名誉教授(工学系研究科/通信ネットワーク工学)、1970年卒業
  • 高田理 - 神戸大学名誉教授(農学研究科/協同組合論・農業経営学)、1970年卒業
  • 釜谷武志 - 神戸大学名誉教授(人文学研究科/中国古典文学)、1972年卒業
  • 永田啓 - 滋賀医科大学副学長・教授(医療情報部/ヒューマンインターフェイス・医学情報システム)、1972年卒業
  • 尾崎浩一 - 島根大学名誉教授(生物資源科学研究科/視物質)、1973年卒業
  • 垣内喜代三 - 奈良先端科学技術大学院大学副学長・教授(物質創成科学研究科/有機合成化学)、1973年卒業
  • 米田正始 - 京都大学教授(1998年-2007年 医学研究科/心臓血管外科)、高の原中央病院かんさいハートセンター長、1973年卒業
  • 米田悦啓 - 大阪大学名誉教授(医学系研究科/細胞生物学)、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所理事長、1974年卒業
  • 飯田宏樹 - 岐阜大学教授(医学系研究科/麻酔・疼痛制御学)、1975年卒業
  • 大西広 - 京都大学名誉教授、慶應義塾大学教授(経済学研究科マルクス経済学)、1975年卒業
  • 清須美匡洋 - 九州大学教授(芸術工学研究院/ブランドデザイン・プロモーションデザイン)、1975年卒業
  • 栗本英世 - 大阪大学教授(人文科学研究科/社会人類学)、1975年卒業
  • 山野好章 - 鳥取大学教授(農学部/獣医生化学)、1975年卒業
  • 近藤道雄 - 国立研究開発法人産業技術総合研究所太陽光発電研究センター長、1976年卒業
  • 北岡隆 - 長崎大学教授(医歯薬学総合研究科/眼科)、1977年卒業
  • 佐藤愼司 - 東京大学名誉教授(工学系研究科社会基盤学)1977年卒業
  • 杦本敏司 - 大阪大学准教授(工学研究科/プラズマ理工学)、1977年卒業
  • 関根雅彦 - 山口大学教授(理工学研究科/環境工学)、1977年卒業
  • 田村元秀 - 東京大学教授(理学系研究科/天文学)、国立天文台教授、すばる望遠鏡を用いた太陽系外惑星探査の国際プロジェクトリーダー、1977年卒業
  • 中野俊一郎 - 神戸大学教授(法学研究科/国際法)、1977年卒業
  • 奥山宏臣 - 大阪大学教授(医学系研究科/小児外科)、1978年卒業
  • 木村文彦 - 防衛医科大学校教授(医学教育部/血液内科)、1978年卒業
  • 長島正 - 大阪大学教授(歯学部/社会系歯学)、1978年卒業
  • 堀内久徳 - 東北大学教授(医学系研究科/基礎加齢研究)、1978年卒業
  • 大崎純 - 京都大学教授(工学研究科/建築学)、1979年卒業
  • 九嶋亮治 - 滋賀医科大学教授(医学部/病理診断学)、1979年卒業
  • 米田忠弘 - 東北大学教授(多元物質科学研究所/走査プローブ計測技術)、1979年卒業
  • 中須賀真一 - 東京大学教授(工学系研究科/航空宇宙工学)、1979年卒業
  • 横畑泰志 - 富山大学教授(理工学研究部/哺乳類学・保全生物学)、1979年卒業
  • 吉川真司 - 京都大学教授(文学研究科/古代史)、1979年卒業
  • 吉本昌広 - 京都工芸繊維大学副学長・教授(電子工学)、1979年卒業
  • 高折晃史 - 京都大学教授(医学研究科/血液・腫瘍内科学)、1980年卒業
  • 土本俊和 - 信州大学教授(工学部/建築学)、1980年卒業
  • 富山憲幸 - 大阪大学教授(医学系研究科/放射線医学)、1980年卒業
  • 元橋一之 - 東京大学教授(工学系研究科/技術経営戦略学)、1980年卒業
  • 米澤好史 - 和歌山大学教授(教育学研究科/教育心理学)、1980年卒業
  • 大槻圭史 - 神戸大学教授(理学研究科/惑星学)、1981年卒業
  • 大田哲生 - 旭川医科大学教授(大学病院/リハビリテーション医学)、1982年卒業
  • 奥村宣明 - 大阪大学准教授(大阪大学蛋白質研究所|蛋白質研究所/生化学)、1982年卒業
  • 瀬地山角 - 東京大学教授(総合文化研究科ジェンダー論)、1982年卒業
  • 中塚武 - 大学共同利用機関法人人間文化研究機構総合地球環境学研究所教授(古気候学・海洋生物地球化学)、1982年卒業
  • 橋田久 - 名古屋大学教授(法学研究科/刑法)、1982年卒業
  • 南野哲男 - 香川大学教授(医学研究科/循環器・腎臓・脳卒中内科)、1982年卒業
  • 澤田眞治 - 防衛大学校教授(総合教育学群/国際関係論)、国際政治学者、1983年卒業
  • 丹羽仁史 - 熊本大学教授(発生医学研究所/幹細胞生物学)、STAP細胞論文共著者、1983年卒業
  • 吉信達夫 - 東北大学教授(医工学研究所/バイオセンシング医工学)、1983年卒業
  • 神田晶申 - 筑波大学教授(数理物質科学研究科/ナノサイエンス・ナノテクノロジー)、1984年卒業
  • 笠原禎也 - 金沢大学教授(理工学域/通信情報工学)、1985年卒業
  • 木村幹 - 神戸大学教授(国際協力研究科/政治学)、サントリー学芸賞、アジア・太平洋賞、1985年卒業
  • 久保百司 - 東北大学教授(金属材料研究所/マルチスケールシミュレーション)・計算材科学センター長、1985年卒業
  • 毛利透 - 京都大学教授(法学研究科憲法)、1985年卒業
  • 喜多敏博 - 熊本大学教授(社会文化科学教育部/教授システム学)、1986年卒業
  • 宮崎泉 - 京都大学教授(文学研究科/中国哲学インド哲学仏教学)、1986年卒業
  • 長谷川潔 - 東京大学教授(医学系研究科/消化器外科)、1987年卒業
  • 飯田卓 - 国立民族学博物館教授(人類文明誌研究部/生態人類学)、1988年卒業
  • 瀬藤光利 - 浜松医科大学教授(医学部/細胞分子解剖学)・国際マスイメージングセンター長、1988年卒業
  • 橋本佳幸 - 京都大学教授(法学研究科教授/民法)、1988年卒業
  • 松田建児 - 京都大学教授(工学研究科/物理有機化学)、1988年卒業
  • 淺野博宣 - 神戸大学教授(法学研究科/憲法)、1989年卒業
  • 扇田久和 - 滋賀医科大学教授(医学部/分子病態生化学)、1989年卒業
  • 奥野恭史 - 京都大学教授(医学研究科/ビッグデータ医科学)、1989年卒業
  • 加藤浩徳 - 東京大学教授(工学系研究科/国際プロジェクト学)、1989年卒業
  • 三野孝 - 千葉大学教授(工学研究科/有機合成化学)、1989年卒業
  • 安部浩 - 京都大学教授(人間・環境学研究科/哲学)、1990年卒業
  • 黒田知宏 - 京都大学教授(医学研究科教授/医療情報学)、1990年卒業
  • 鈴木穣 - 東京大学教授(新領域創成科学研究科/がんゲノム解析)、1990年卒業
  • 松田健 - 新潟大学教授(医歯学系/再建外科)、1990年卒業
  • 秋山正幸 - 東北大学教授(理学研究科/天文学)、1991年卒業
  • 梅野宜崇 - 東京大学准教授(生産技術研究所/ナノ構造強度物性学)、1991年卒業
  • 橋本幸士 - 大阪大学教授(理学研究科/素粒子論)、1991年卒業
  • 本原顕太郎 - 東京大学准教授(理学系研究科附属天文学教育研究センター/赤外線天文学・銀河天文学)、1991年卒業
  • 大野雅史 - 東京大学准教授(工学系研究科/バイオイメージング)、1992年卒業
  • 澤新一郎 - 九州大学教授(医学系学府/免疫学)、1993年卒業
  • 松井宏樹 - 千葉大学教授(融合理工学府/応用解析)、1993年卒業
  • 寒野善博 - 東京大学教授(情報理工学系研究科/数理情報学)、1994年卒業
  • 小林健太 - 一橋大学教授(経営管理研究科/数値解析)、建部賢弘賞特別賞、1994年卒業
  • 川島隆 - 京都大学准教授(文学研究科/ドイツ文学)、1995年卒業
  • 吉川吉樹 - 民法学者北海道大学准教授(法学研究科/民法)(在職中に2008年死去)、1995年卒業
  • 芳村圭 - 東京大学教授(大気海洋研究所/同位体気象学)、1996年卒業
  • 池ノ内順一 - 九州大学教授(理学研究院/情報生物学)・副研究院長、1997年卒業
  • 山下徹哉 - 京都大学准教授(法学研究科/商法)、2002年卒業

公立研究機関[編集]

  • 乙間末廣 - 北九州市立大学教授(国際環境工学研究科/環境政策)、1968年卒業
  • 岡田正巳 - 東京都立大学名誉教授(数値調和解析・応用数理)、1969年卒業
  • 中島祥介 - 奈良県立医科大学教授(医学部/消化器外科・総合外科)、iPS細胞から世界で初めて立体臓器作成、[[済生会]中和病院]]病院長、1969年卒
  • 西村隆 - 大阪府立大学(総合リハビリテーション研究科/福祉工学)教授、1971年卒業
  • 吉村了勇 - 京都府立医科大学副学長・教授(外科学)、京都府立医科大学附属病院病院長(-2017年)、1971年卒業
  • 礒田陽次 - 秋田県立大学教授(システム科学技術学部/衛星通信工学)、1972年卒業
  • 西川精宣 - 大阪市立大学名誉教授(医学研究科/麻酔・集中治療医学)、1973年卒業
  • 村川雅洋 - 福島県立医科大学教授(医学系研究科/麻酔科学)、1973年卒業
  • 杉本充彦 - 奈良県立医科大学教授(医学研究科/血栓制御医学)、1974年卒業
  • 藤本隆 - 奈良県立医科大学教授(リウマチセンター/リウマチ学)、1974年卒業
  • 山田源 - 和歌山県立医科大学教授(医学部/遺伝子制御学)、1975年卒業
  • 吉川正英 - 奈良県立医科大学教授(医学研究科/病原体・感染防御医学)、1976年卒業
  • 坪田誠 - 大阪市立大学教授(理学研究科/低温物性理論)、1978年卒業
  • 井口広義 - 大阪市立大学教授(2015年-2019年 医学研究科/耳鼻咽喉科)、1982年卒業
  • 瀬川篤記 - 群馬県立県民健康科学大学教授(診療放射線学研究科/病理診断学)、1983年卒業
  • 古谷栄光 - 兵庫県立大学教授(工学研究科/制御工学)、1983年卒業
  • 杉江和馬 - 奈良県立医科大学教授(医学研究科/脳神経内科)、1989年卒業
  • 成本迅 - 京都府立医科大学教授(医学研究科/老年精神医学)、1989年卒業

私立研究機関[編集]

  • 東井正美 - 関西大学名誉教授(経済学部/農業経済学)、元経済学部長、1940年卒業(旧制金鐘中等学校)
  • 梅本哲世 - 桃山学院大学教授(経済学部/経済史)・経済学部長、1967年卒業
  • 大町公 - 奈良大学名誉教授(倫理学)、1967年卒業
  • 築山俊史 - 東京電機大学教授(情報環境学部/視覚システム)、1967年卒業
  • 佐埜好英 - 太成学院大学教授(経営学部/経営情報学)・学部長、1968年卒業
  • 清水克洋 - 中央大学教授(商学部/経済史)、1968年卒業
  • 森康維 - 同志社大学教授(理工学研究科/粉体工学)、1969年卒業
  • 木岡伸夫 - 関西大学教授(文学部/哲学・倫理学)、1970年卒業
  • 森田健 - 福岡女子大学名誉教授(人間環境学部/住環境学)、1970年卒業
  • 井岡康時- 奈良大学教授(文学部/日本近現代史)、1973年卒業
  • 山口泰典 - 福山大学教授(生命工学部/細胞システム科学)、1973年卒業
  • 小林義典 - 東海大学教授(医学部/循環器内科学)・附属八王子病院長、1974年卒業
  • 西辻正副 - 奈良学園大学教授(人間教育学部/国語教育学)・副学長、在職中に2017年死去、1974年卒業
  • 井上有一 - 京都精華大学教授(人文学研究科/環境思想)、1975年卒業
  • 松井嘉徳 - 京都女子大学教授(文学部/東洋史)(在職中に2018年11月死去)、1975卒業
  • 奥和義 - 関西大学教授(政策創造学部/国際経済学)・学部長、1977年卒業
  • 奥井智之 - 亜細亜大学教授(経済学部/社会学)、1977年卒業
  • 九鬼一人 - 岡山商科大学教授(法学部/哲学)、1977年卒業
  • 廣瀬克哉 - 法政大学副学長(2017年-現在)・教授(公共政策研究科/行政学)、「議員力検定」検定委員長、1977年卒業
  • 田中文啓 - 産業医科大学教授(医学部/呼吸器外科)、1979年卒業
  • 豊田俊一 - 武蔵大学教授(経済学研究科/会計学金融法)、1979年卒業
  • 西川芳昭 - 龍谷大学教授(経済学研究科/開発行政学)・研究科長(2016年-2018年)、名古屋大学教授(2008年-2013年 国際開発研究科)、1979年卒業
  • 大槻俊輔 - 近畿大学教授(医学研究科/脳卒中・脳梗塞)、1980年卒業
  • 上林卓彦 - 関西医科大学教授(医学部/麻酔・蘇生学)、1980年卒業
  • 熊田一雄 - 愛知学院大学准教授(文学部/宗教学)、社会学者、1980年卒業
  • 高英求 - 中部大学教授(国際人間学研究科/国際金融論・国際貿易論)、1981年卒業
  • 高橋悟 - 武庫川女子大学教授(薬学部/免疫学・生化学)、1981年卒業
  • 濱本宏 - 法政大学教授(生命科学部/植物医科学)、1981年卒業
  • 安居幸一郎 - 佛教大学教授(保健医療技術学部/内科・腫瘍学)、1981年卒業
  • 細川雅也 - 帝塚山学院大学教授(人間科学研究科/栄養学・病態栄養学)、1981年卒業
  • 横井克彦 - 聖徳大学教授(人間栄養学研究科/微量栄養素学)、1981年卒業
  • 松田亮三 - 立命館大学教授(産業社会学部/医療政策)、1982年卒業
  • 植村和秀 - 京都産業大学教授(法学研究科/政治思想史)、1984年卒業
  • 桂敏也 - 立命館大学教授(薬学部/医療薬学)、1984年卒業
  • 光田剛 - 成蹊大学教授(法学政治学研究科/政治史)、1984年卒業
  • 表田充生 - 神戸学院大学教授(法学部/労働法)、1985年卒業
  • 嶋田理博 - 奈良学園大学教授(保険医療学部/宇宙物理学・情報学教育)、1985年卒業
  • 宇都口直樹 - 昭和薬科大学教授(薬学部/薬剤学)、1986年卒業
  • 占部洋之 - 関西大学教授(法務研究科/民法)、1986年卒業
  • 庄島正明 - 埼玉医科大学教授(医学部/脳血管内治療)、1990年卒業
  • 井村誠孝 - 関西学院大学教授(理工学部/バーチャルリアリティ学)、1992年卒業
  • 田中基嗣 - 金沢工業大学教授(工学部/機械工学)、1992年卒業
  • 横見宗樹 - 近畿大学教授(商学研究科/国際交通論)、1992年卒業
  • 岡本秀彦 - 国際医療福祉大学教授(医学部/神経生理学・ヒト脳イメージング)、1993年卒業
  • 津村文彦 - 名城大学教授(外国語学部/文化人類学)、1993年卒業

海外研究機関[編集]

併設学校[編集]

東大寺学園中・高の1985年度までの校地(東大寺大仏殿の隣、現:東大寺ミュージアム)の北側にある。

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 東大寺学園高等学校の進学情報 | 高校選びならJS日本の学校の「教育目標」のうち「教育の特色」によれば、高等学校第1学年に限り内部進学生とは別クラスにしている旨が記載されている。
  2. ^ 堀池春峰編著『東大寺学園六十周年誌』東大寺学園中高等学校、1986年、172頁。
  3. ^ 75周年記念誌編集委員会『華萌ゆ 東大寺学園創立75周年記念誌』学校法人東大寺学園、2000年、235頁。
  4. ^ 東大寺学園新聞部「中学の制服が廃止され、新校章ができる」『菁々新聞』1996年7月号。
  5. ^ 女装した男子生徒がいかに可愛らしいかを競うイベントである。
  6. ^ a b 東大寺学園中学校・高等学校校歌 (PDF) - 東大寺学園高校第29回卒業生同窓会OfficialPage
  7. ^ 東大寺学園中・高等学校 2021 SCHOOL GUIDE
  8. ^ 東大寺学園中・高等学校 2017 SCHOOL GUIDE
  9. ^ 奈良新聞:高校生監督が思う愛―なら国際映画祭で上映へ
  10. ^ 日本レスリング協会公式サイト:大学で“チャンピオン仲間”と再会!
  11. ^ 東大寺学園中・高等学校 2017 SCHOOL GUIDE
  12. ^ 進学情報誌さぴあ 東大寺学園中学校:学校説明会レポート
  13. ^ 日本の学校 東大寺学園高等学校の卒業生の進路
  14. ^ 東大寺学園中・高等学校 進路状況
  15. ^ 東大寺学園中・高等学校 進路状況
  16. ^ 『ダイヤモンド・セレクト』2020年8月号
  17. ^ 東大寺学園中・高等学校 進路状況

関連項目[編集]

外部リンク[編集]