山形県立山形南高等学校

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山形県立山形南高等学校
Yamagata Pref. Yamagata South High School.JPG
過去の名称 山形県立山形第二中学校
山形県立山形第二高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 山形県の旗 山形県
学区 山形県東
設立年月日 1941年
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
理数科
学期 3学期制
高校コード 06102G
所在地 990-0034
山形県山形市東原町四丁目6番16号
北緯38度14分30.6秒東経140度20分46.9秒
外部リンク 公式サイト
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山形県立山形南高等学校(やまがたけんりつ やまがたみなみこうとうがっこう、Yamagata Prefectural Yamagata South High School)は、山形県山形市東原町四丁目にある県立高等学校

略称は「山形南」、「山南」(やまなん)。山形市近辺では「南高」(なんこう)とも呼ばれている。

概要[編集]

歴史
1941年昭和16年)創立の「山形県立山形第二中学校」(旧制中学校)を前身とする。1948年(昭和23年)の学制改革により新制高等学校となった。現校名になったのは1952年(昭和27年)。男女共学であるが、現在は男子生徒のみ在籍しており実質男子校となっており、制服は男子校の伝統でもある金ボタン5個の黒詰襟学生服(標準学生服)。また、南高会館内に学食も設置している。2011年平成23年)に創立70周年を迎えた。
全国高等学校クイズ選手権の第1回大会(1983年)優勝校でもある。
設置課程・学科
全日制課程2学科
校是
「文武両道・質実剛健・師弟同行」
校章
1950年(昭和25年)に制定。彫刻家服部不二之によってデザインされた。勉学と飛躍を象徴する羽根ペンを2枚重ねたものを背景にして、中央に赤色篆書体の「南高」の文字(縦書き)を置いている。
校歌
1950年(昭和25年)に制定。作詞は神保光太郎、作曲は信時潔による。歌詞は3番まであり、各番に校名の「山形南高等学校」が登場する。

沿革[編集]

旧制中学校時代
  • 1941年(昭和16年)4月1日 - 「山形県立山形第二中学校」が開校。
    • 修業年限を5年(現在の中1から高2に相当)、入学資格を尋常小学校国民学校初等科)を修了した12歳以上の男子とする。
  • 1943年(昭和18年)4月1日 - 中等学校令の施行により、この時の入学生から修業年限が4年となる。
  • 1944年(昭和19年)- 勤労動員が開始。
  • 1945年(昭和20年)
    • 3月 - 教育ニ関スル戦時非常措置方策の修業年限4年施行前倒しにより、4年生の卒業式を挙行。
      • 本来、修業年限4年が施行されるのは中等学校令が施行された1943年(昭和18年)4月に入学した生徒が4年を修了する1947年(昭和22年)3月であったが、戦況の悪化により中等学校令施行前の1941年(昭和16年)以降に入学した生徒にも修業年限4年が適用されることになった。これにより、1941年(昭和16年)入学の4年生の卒業式が行われた。
    • 4月1日 - 学校での授業を停止。ただし勤労動員は継続。
    • 8月 - 終戦。
    • 9月 - 授業を再開。
  • 1946年(昭和21年)4月1日 - 修業年限が5年となる(ただし4年修了時点で卒業することもできた)。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)が行われる。
    • 旧制中学校の募集を停止。
    • 新制中学校を併設し(以下・併設中学校)、旧制中学校1・2年修了者を新制中学校2・3年生として収容。
    • 併設中学校は経過措置としてあくまで暫定的に設置されたため、新たに生徒募集は行われず、在校生が2・3年生のみの中学校であった。
    • 旧制中学校3・4年修了者はそのまま在籍し、4・5年生となった(ただし4年修了時点で卒業することもできた)。
新制高等学校
  • 1948年(昭和23年)4月1日 - 学制改革(六・三・三制の実施)により、旧制中学校は廃止され、新制高等学校山形県立山形第二高等学校[1]」(男子校)が発足。
    • 旧制中学校卒業者(5年修了者)を新制高校3年生、旧制中学校4年修了者を新制高校2年生、併設中学校卒業者(3年修了者)を新制高校1年生として収容。
    • 併設中学校を継承し(名称:山形県立山形第二高等学校併設中学校)、在校生が1946年(昭和21年)に旧制中学校へ最後に入学した3年生のみとなる。
    • 通常制普通課程(修業年限3年)を設置。
  • 1949年(昭和24年)3月31日 - 併設中学校を廃止。
  • 1950年(昭和25年)4月1日 - 高校三原則に基づく高校再編により、山形県立山形第四高等学校と統合され、「山形県立山形南高等学校」(現校名)が発足。
  • 1952年(昭和27年)4月1日 - 統合が解消され、山形県立山形西高等学校が分離独立。
  • 1968年(昭和43年)4月1日 - 理数科(1学級)を設置。
  • 1970年(昭和45年)南高会館完成(食堂及び合宿所)。
  • 1977年(昭和52年)2月 - 校旗を制定。
  • 1982年(昭和57年)  
    • 5月 - 記念講堂が完成。
    • 10月 - 新校舎が完成。
  • 1983年(昭和58年)2月 - 第二体育館が完成。
  • 1989年(平成元年)4月 - 第一体育館が完成。
  • 1995年(平成7年)3月 - 家庭科棟が完成。

男子のみの男女共学校[編集]

山形南高の沿革(高校生徒手帳による)によると、1950年に校名改称と同時に男女共学を実施して以来山形西高と分離したものの、現在も制度上は「男女共学の高校」である(山形県高等学校要覧において共学校記載となっている)。1962年度までは複数の女子生徒が在籍したが、それ以降一時不在となり、1972年度に女性編入者が在籍・卒業して以降、女子生徒が在籍した事実は長らく無かった[2]。しかし2016年、一般入試では44年ぶりに女子が合格したと発表された。同様に山形市内山形北高(普通科)・山形西高も現在女子生徒のみの在籍となっているが、正式には男女共学校である。また、山形南高でも女子の制服も制定されており、セーラー服である。

年中行事[編集]

  • 南東定期戦
山形東高との野球部との毎年行われる定期戦。この定期戦の山形東高での呼称は「東南定期戦」である。
  • クラスマッチ(夏季)
ソフトボールソフトテニスフットサルドッジボールバレーバスケ卓球柔道剣道アマチュアレスリングの10種目(平成24年度)。
  • 理数科合宿学習会(1・2年理数科)
蔵王で3泊4日の日程で行われる。
  • 南高祭
3日間開催され、1日目が体育祭、2日目が文化祭、最終日が一般招待日となっている(平成17年度)。山形西高山形東高山形北高も同日程で文化祭を開催しており、フォークダンスなどの4校合同企画も行われる。
近年は3年生がシンクロを行う。
学校の所在する山形市の東部(主に市内東沢地区)において開催される校内マラソン大会。コースは約10kmで、1~3年まで全員参加する。
  • 修学旅行(2年生)
京都奈良方面に4泊5日の日程で行われ、3・4日目には京都市内を各班ごと日程を決めて活動する「班別自主研修」などが行われる。
  • 筑波研修(1年理数科)
筑波などで2泊3日の日程で行われる。
  • クラスマッチ(冬季)※1,2年生のみ
夏季のクラスマッチの競技からソフトボールソフトテニスドッジボールを除いて、剣道アームレスリングを足した競技(平成17年度)が行われる。

部活動[編集]

運動部
野球バスケットボールバレーボール卓球ソフトテニス水泳柔道スキーバドミントンサッカーアマチュアレスリング山岳、(体操)、陸上競技剣道弓道合気道ラグビーボクシングハンドボール硬式テニス
文化部
文芸映画演劇生物科学英語音楽書道美術写真新聞吹奏楽囲碁応援団、視聴覚

著名な関係者[編集]

出身者
教職員

交通アクセス[編集]

  • JR山形駅よりバス(南高前バス停下車徒歩1分)
  • 宮城県庁仙台市役所前より運行される高速バス(特急バス)山交バスターミナル・山形駅行に限り南高前バス停を停車するが、同路線は山形行きに限り市内乗降可能を認めており、一般路線バスと同様に利用可能である。(ただし、山交バスターミナル方面から南高前への利用は出来ないので注意が必要)

脚注[編集]

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  1. ^ 山形第一高等学校(前・旧制中学校、現・山形県立山形東高等学校)、山形第三高等学校(前・工業学校、現・山形工業高等学校)、山形第四高等学校(前・高等女学校、現・山形西高等学校)、山形第五高等学校(前・高等女学校、現・山形県立山形北高等学校
  2. ^ 男子高状態…山形南に女子合格 44年ぶり共学へ 河北新報 2016年3月18日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]