刺激惹起性多能性獲得細胞

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刺激惹起性多能性獲得細胞[1][2](しげきじゃっきせいたのうせいかくとくさいぼう、: Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency cells[1][3])は、動物の分化した細胞に弱酸性溶液に浸すなどの外的刺激(ストレス)を与えて再び分化する能力[注 1]を獲得させたとされた細胞。その英語名から一般にはSTAP細胞(スタップさいぼう、STAP cells)と呼ばれる[注 2]。この細胞をもたらす現象をSTAP現象、STAP細胞に増殖能を持たせたものをSTAP幹細胞、胎盤形成へ寄与できるものをFI幹細胞と独自に呼んだ[7][8]

2014年1月に小保方晴子理化学研究所)と笹井芳樹理化学研究所)らが、チャールズ・バカンティハーバード・メディカルスクール)や若山照彦山梨大学)と共同で発見したとして、論文2本を世界的な学術雑誌ネイチャー1月30日付)に発表した[9][10]。発表直後には、生物学の常識をくつがえす大発見とされ[3][11]、小保方が若い女性研究者であることに注目した大々的な報道もあって世間から大いに注目された。

しかし、論文発表直後から様々な疑義や不正が指摘され、7月2日に著者らはネイチャーの2本の論文を撤回した[12][13]。その後も検証実験を続けていた理化学研究所は、同年12月19日に「STAP現象の確認に至らなかった」と報告し、実験打ち切りを発表[14][15]。同25日に「研究論文に関する調査委員会」によって提出された調査報告書は、STAP細胞・STAP幹細胞・FI幹細胞とされるサンプルはすべてES細胞の混入によって説明できるとし、STAP論文はほぼ全て否定されたと結論づけられた[16]

研究の特徴[編集]

研究の着想[編集]

研究の着想は「植物のほか、動物の中でもイモリは傷つくなど外からの刺激をきっかけに、万能細胞化して再生する。ヒトを含めた哺乳類でも同様のことが考えられないか」という素朴な疑問にあるとされた[17]。小保方が大学院時代に留学したハーバード大学医学大学院のブリガムアンドウィメンズ病院麻酔科教授のチャールズ・バカンティらは、成体内に小型の細胞が極少数存在し、これが休眠状態の多機能細胞ではないかとの仮説を唱えていた(胞子様細胞[1]。小保方はこの研究室で組織細胞をガラスの細管に通して小型細胞を選別する実験を行った。この実験で小型の幹細胞は取り出せるが、元の組織には幹細胞が観察されないこと、繰り返し細管に通すと少しずつ小型の幹細胞が出現することなどを知った。小保方は「小さい細胞を取り出す操作をすると幹細胞が現れるのに、操作しないと見られない。幹細胞を『取り出している』のではなく、操作によって、『できている』という考えに至った」と話している[18]

主張された意義[編集]

従来、遺伝子の導入などによらず、外的刺激を与えることのみで、動物細胞の分化した状態を無効にして初期化(リプログラミング)し、万能細胞にすることはできないとされていたため、STAP細胞の発見は生命科学の常識を覆す大発見とされ[3][11]細胞初期化原理の解明や医療への応用が期待された[19][20]。ここで外的刺激とは細胞を弱酸性溶液(pH5.7)に短時間浸すというような簡単な処理であるとされた[9]

論文で主張されているSTAP細胞・STAP幹細胞の特徴をiPS細胞の特徴と比較したもの。

また、発表当初はiPS細胞と比較したSTAP幹細胞の優位性についても強調された[21]。しかし、iPS細胞の発見者である山中伸弥により反論され[22]、理化学研究所も「誤解を招く表現があった」として、3月18日には当初の主張を撤回している[23][24]

STAP細胞はiPS細胞とは異なり、体内での臓器再生等、別の可能性があることが期待されていた[19][25]。また、小保方は細胞初期化を制御する原理が解明できれば、細胞の状態を自在に操作可能な技術につながると語り[26]、山中も初期化のメカニズムに迫るにあたって有用だとしていた[19]

また、共著者の一人である東京女子医科大学教授大和雅之は、外的刺激による初期化は生物が生存のために環境に適応する進化的意味合いを持つとし、未知の生命現象が解決する可能性[注 3]や生物学におけるインパクト、波及効果を指摘していた[20]

懸念された問題点[編集]

STAP細胞は胎児にも胎盤にもなれることから、多能性細胞を越える「全能性細胞」であるかもしれないと言われていた[27]。もし人間でも作成できることができ、それが全能性を持っていた場合、子宮に移植することにより人間そのものができてしまう可能性があり、それに伴う倫理的問題が指摘された[28]チャールズ・バカンティはマウスの胎盤にSTAP細胞と主張する細胞の細胞塊を注入する実験を行い、胎児に育つことを期待したと言われている[29]。現在はマウスでの研究段階であるが、もし人でも全能性を持つSTAP細胞が作れるとすれば完全なクローン人間を作れることになり、中絶反対派などとの論争が懸念された[27]。また、生存中の人間と同じ遺伝子情報を持つ別の人間が存在してしまうことになるが、これは体細胞由来のiPS細胞やクローンES細胞でも同様に起こり得る問題である[30]。このような問題はイギリスの科学雑誌「NewScientist」[31][32]を中心に取り上げられた[33]

研究の詳細[編集]

撤回された論文の要旨[編集]

刺激によるSTAP細胞の生成[編集]

小保方らは、まず未分化細胞で特異的に発現するOct4遺伝子の挙動を観察した。Oct4プロモーターの下流にGFP遺伝子配列を繋いだコンストラクトをマウスに導入し、Oct4の挙動(正しくは活性化されたかどうか)がGFPの蛍光によって可視化出来るシステムを構築した(いわゆるレポーターアッセイである)。このOct4::GFPマウスのリンパ球を使用し、細胞外環境を変えることによる細胞の初期化の状況を解析した[8]細いガラス管に通すという物理刺激を与えたり[注 4]毒素(細胞毒素ストレプトリジンO)で細胞膜に穴をあけたり、飢餓状態にしたり、熱刺激を与えたりなどさまざまな方法を試した結果、酸性溶液による細胞刺激が最も有効であることを発見した[18]。小保方らの試行では、生後1週のマウス脾臓のリンパ球をpH 5.7、37℃の性溶液に25分浸して刺激を与え[34][注 5]、B27と多能性細胞の維持・増殖に必要な増殖因子である白血病阻止因子(LIF)を含むDMEM/F12培地に移して培養する方法が、最も効率的にSTAP細胞を作製できた[8][36]

STAP細胞における多能性の検証[編集]

次に、小保方らは、生きた細胞を長時間培養しながら顕微鏡で観察するライブイメージング法英語版で7日間にわたって解析を行った。その結果、得られる未分化の細胞は、分化したリンパ球が初期化されたものであり、試料に含まれていた未分化の細胞が酸処理を経て選択されたものではないことを示唆した[1][8][37][38]遺伝子解析英語版を実施してOct4陽性細胞を検証した結果、Oct4陽性細胞のT細胞受容体遺伝子に、リンパ球T細胞が分化した時に生じる特徴的な遺伝子再構成であるTCR再構成が検出された[8][37][注 6][注 7]。このことから、Oct4陽性細胞は、T細胞に一度分化したリンパ球由来の細胞を酸性溶液処理で初期化して得られたものであり、Muse細胞のような既存の多能性幹細胞が酸性溶液処理によって選択されたものではないことを検証した[8]。また、このOct4陽性細胞は、Oct4以外にも多能性細胞に特有のSox2SSEA1Nanogといった遺伝子マーカーを発現していた[8][40]。さらにOct4陽性細胞は3胚葉組織への分化能を持っていた[8][41][注 8]。その後、小保方らは、皮膚骨格筋脂肪組織骨髄肝臓心筋などの組織の細胞についても同様に処理し、いずれの組織の細胞からもSTAP細胞が産生されることを確認したとのデータを Article 論文に掲載していたが、グラフのみのデータであり、実際に実験が行われたかも明らかではない[42]

STAP幹細胞・FI幹細胞の培養[編集]

また、LIFと副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)を含む培地を用いることにより[42]、多能性と自己複製能を併せ持つ細胞株を得る方法が確立された[8]。これがSTAP幹細胞と呼ばれるものである[19]。STAP幹細胞は胎盤組織への分化能を持たないが[8][43]、STAP細胞の培養条件を変え、栄養膜幹細胞の作製法と同様にFgf4を含む培地で長期間の接着培養することにより得られた幹細胞(FI幹細胞またはFGF4誘導幹細胞[注 9])からは胎盤を誘導することができた[45][46]

論理の破綻と矛盾[編集]

STAP幹細胞にはTCR遺伝子再構成が認められなかった問題[編集]

2014年1月30日発表のアーティクル論文[9]では分取できたリンパ球系のSTAP細胞にTCR遺伝子再構成が認められ[注 10]、培養条件を変えることによりそのSTAP細胞からSTAP幹細胞を樹立できたと報告し[47]、『体細胞の分化状態の記憶を消去し初期化する原理を発見』したとしていた[8]。しかし、プロトコル・エクスチェンジの中で、8クローンのSTAP幹細胞を調査したところ、いずれにおいてもTCR遺伝子再構成が認められなかった[注 11]ことが公表されたことにより[35][48]、STAP幹細胞が分化した体細胞に由来したと主張する証拠が無いことが判明した[49][50][51]

若山照彦はこのことについて、「STAP細胞が出来た重要な証拠の1つである特定の遺伝子の変化について、論文発表前、研究チーム内では『変化がある』と報告され、信じていたが、先週、理化学研究所が発表した文書の中では、変化はなかったと変わっていた」とし「STAP細胞の存在に確信がなくなった」と述べた[52]3月10日、若山はこの矛盾を始めとして、STAP細胞が3胚葉組織への分化能を持つことを示す画像が博士論文と酷似していた事実を受けて、論文の撤回を呼び掛けた[53][54]

2014年6月10日、理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの自己点検検証委員会(CDB 自己点検検証委員会)は、小保方晴子丹羽仁史笹井芳樹が、2014年1月30日のアーティクル論文[9]発表の1年前の2013年1月時点で、STAP幹細胞にTCR遺伝子再構成がなくなっていたという結果を共有していたが、STAP幹細胞にTCR遺伝子再構成がないことを記載せずネイチャーに発表していたことを報告した[55][注 12][注 13]

公開遺伝子データ解析により明らかにされた矛盾[編集]

理化学研究所統合生命医科学研究センター上級研究員の遠藤高帆は、小保方らのレター論文の発表に付随してWEB上で公開されていたmRNAの配列データの一塩基多型(SNP)を解析することにより以下の結論を得[7][61][62]9月21日、日本分子生物学会の英文誌 Genes to Cells 上で発表した[63][64]

FI幹細胞
FI幹細胞(FGF4誘導幹細胞)のものとされるmRNAデータが、ES細胞が9割、胎盤になる能力のある幹細胞であるTS細胞が1割が混ざった特徴を持っていた[62][64]
STAP細胞
STAP細胞のmRNAの発現量をSMARTerを使用して解析したデータにおいて、これを分析した結果、ほぼすべての細胞に8番染色体が通常の2本より1本多くなる「トリソミー」と呼ばれる異常のあることが示された[7][64]。この異常を起こしたマウスは、通常は胎児の段階で死亡することから、生後1週間ほどのマウスからリンパ球を採取してSTAP細胞を作ったとする小保方らの主張と合致しない[7]
なお、8番染色体のトリソミーは、すでに研究で広く使われているマウスのES細胞を長期間培養するとしばしば起きる異常としても知られている[7]
多能性を示す指標遺伝子
STAP細胞のmRNAの発現量をTruSeqを使用して解析したデータにおいて、多能性を示す指標遺伝子がまったく転写されていなかった。従前よりSTAP細胞作成の根拠の一つとされる蛍光が、指標遺伝子の発現によるものではなく、死にかけた細胞がよく発する自家蛍光ではないかと指摘されていたが、それを補強する結果であった。また、SMARTerで解析した結果と一致せず、STAP細胞とされるものが2種類存在したことになる[7]

ドナーマウスとSTAP幹細胞の間の重大な矛盾[編集]

論文撤回理由として以下の説明のつかない重大な矛盾があることが報告された。ドナーマウスとSTAP幹細胞では違う染色体にGFP遺伝子が挿入されていた。また、そのGFP遺伝子はドナーマウスはホモ接合であるのに、STAP幹細胞はヘテロ接合であった[65]

研究不正の認定と研究の実態[編集]

理化学研究所調査委員会最終報告[編集]

2014年4月1日、理化学研究所は研究論文の疑義に関する調査最終報告を公表し、2項目について不正と認定した[66][67][68][69][注 14]

  1. アーティクル論文 の Figure 1i[37](TCR再構成を示すDNAゲル電気泳動の画像)に認められた切り貼り(改竄[69]
  2. アーティクル論文 の Figure 2d, 2e[41](STAP細胞が3胚葉組織への分化能をもつことを示すものとして掲載された組織の蛍光顕微鏡画像)と小保方の博士論文に使用された画像との間に認められた一致(捏造[69]

論文の撤回とその理由[編集]

画像や解析結果の誤りなどにより、7月2日にネイチャーに投稿された論文は撤回に追い込まれ[70][65][71][72][73]、「STAP現象全体の整合性を疑念なく語ることは現在困難」[74]などの著者らのコメントも発表された[75][76] [77][78]

撤回理由は調査委員会が調査した疑義や不正認定した2枚の画像に加え、1) レター論文のキメラ胚の写真において、ES細胞由来とSTAP細胞由来の写真がともにSTAP細胞由来のものであったこと、2) アーティクル論文の2倍体キメラ胚の写真に、4倍体キメラ胚の別の写真が使用されていたこと、3) デジタル画像処理によるものを「長時間露光」と誤って記載していたこと、4) レター論文のSTAP細胞とES細胞の図において、ラベルが逆になってしまっていたこと、5) 『ドナーマウスと報告された STAP幹細胞では遺伝背景と遺伝子挿入部位に説明のつかない齟齬がある。』、の5点があげられている[79][80]

理化学研究所 研究論文に関する調査報告書[編集]

2014年12月25日、理化学研究所は研究論文に関する調査報告書を公表し、以下のように結論した。

  1. STAP幹細胞およびFI幹細胞は、ES細胞由来である[81]
  2. STAP細胞やSTAP幹細胞由来のキメラは ES細胞由来である可能性が高い[82]
  3. STAP細胞から作製されたテラトーマは、ES細胞に由来する可能性が高い[83]
  4. アーティクル論文Fig.5c(細胞増殖曲線)[34]およびFig.2c(DNAメチル化解析)[41]のデータの捏造を認定[84]

実験手技と追試結果[編集]

公表されていた実験手技解説[編集]

理化学研究所によるプロトコル[編集]

実験手技要旨[34]に加え、理化学研究所2014年3月5日に、より詳細な実験手技解説[35]を公開した[48]。なお、アーティクル論文とレター論文の取り下げに伴い、この実験手技解説も7月2日付けで取り下げられている。

このプロトコル・エクスチェンジには、「単純に見えるが、細胞の処理と培養条件、さらに細胞個体群の選択に、とりわけ慎重さを要する」という「注意書」があり、カリフォルニア大学デービス校准教授のポール・ノフラーは、これは「STAP細胞は作るのがきわめて難しい」と同義だと指摘した[85]。また、ウォール・ストリート・ジャーナル紙も、プロトコル・エクスチェンジが、元の論文と矛盾するとした[86]

チャールズ・バカンティらによるプロトコル[編集]

更に同年3月20日には、細いガラス管に通した後で弱酸性液に浸す改善版実験手技[87]を、チャールズ・バカンティらが公表した[88]。これについて、ノフラーは「作製効率や検証方法が書かれておらず、筆者が誰かの明示がない。実際に作製できるかは疑問」と指摘した[89]。同年4月9日には、米国の幹細胞学者でマサチューセッツ工科大学教授であるルドルフ・イエーニッシュが、STAP細胞の作製法を今すぐ公開すべきだとし、既報の作製法が既に4種類も存在するのは異常だと指摘した[90]

なお、この実験手技についてチャールズ・バカンティ小島宏司は、同年9月3日に連名でさらなる修正版[91]を発表した[92]。簡単に作成できるという発言を撤回し、ATPを加えることに言及している[93][94][95]

酸刺激による実験主技の追試[編集]

論文が公開されるまでに、論文共著者の若山照彦は再現実験を山梨大学で数十回実施したが一度も成功しなかった[96][56]理化学研究所発生・再生科学総合研究センター内で、小保方以外の人物が独立に成功したことはなかったという[56]

また、ポール・ノフラーはウェブサイトにて世界の研究者たちに呼びかけてSTAP細胞作製の追試のデータを集め、2014年2月14日から2月19日に間に様々な細胞で試行された10件の報告が寄せられた[97]。その中には追試に成功したという報告は無い[97]。マウス胎児線維芽細胞で追試を試み、多くの自家蛍光が見られたと報告した関西学院大学の関由行は[97]、「いくら詳細な手順が示されているといっても、論文のデータの信頼性が失われた中では再現に取り組みようがない」と述べた[98]

近畿大ではリンパ球ではなく線維芽細胞を対象として約30回、細胞を酸に浸す実験に取り組んだ。細胞塊が出現し、万能細胞特有の遺伝子が微弱に反応して発光も見られたものの、発光には緑色だけでなく赤色の光も含まれていた。発光は死細胞の自家蛍光で、遺伝子の反応は極めて微弱で不十分なものであり、STAP細胞の再現には至っていない。また、9月に発表されたバカンティ・プロトコルで言及されたATPを酸に追加することも試したが、失敗している[95]

2016年8月28日現在まで、STAP細胞の再現を試みたことを発表した論文は存在しない(Nature 誌による Brief Communication Arising を除く)。ドイツのハイデルベルク大学のグループが発表した論文 Modified STAP conditions facilitate bivalent fate decision between pluripotency and apoptosis in Jurkat T-lymphocytes (Biochemical Biophysics Research Cmmunications. Vol.472, 585-591) は、多能性マーカーの一種であるAP染色陽性細胞が増加したことを、割合としては上昇したことデータを示しはしたが(pH3.3 の比較的強い酸性条件下での実験なので、この割合が信頼できるほどの細胞数が得られていたのかはわからない)、がん細胞である Jurkat cell を用いた実験であり、この時点でSTAP細胞の再現実験とは言えない。また、OCT-4 の検出にも失敗している。「Modified STAP conditions」とタイトルにはあるが、これは単に「酸性溶液に浸した」ということだけで、元々STAP細胞の再現を目指したものではない。

 テキサス大学からサイエンティフィック・リポーツ誌に発表された Characterization of an Injury Induced Population of Muscle-Derived Stem Cell-Like Cells (Scientfic Reports Vol.5, 17355) 論文についても「STAP細胞の再現を目指した論文である」との誤った解釈が一時期広まったが、この「Muscle-Derived Stem Cell-Like Cells (iMuSCs)」については2011年にすでに論文発表がなされており、STAP細胞の樹立とは全く別個の論文である。iMuSCs は多能性マーカーを発現してはいるが、同時に筋肉細胞のマーカーも発現しており、完全な初期化には成功していない。

 また、ワシントン大学から発表された Acidic extracellular pH of tumors induces octamer-binding transcription factor 4 expression in murine fibroblasts in vitro and in vivo (Scientific Reports Vol.6, 27803) 論文は、いくつかのがん細胞では OCT-4 が発現していること、およびその周囲に局在する線維芽細胞で OCT-4 が発現することを示した論文であり、STAP細胞とも多能性幹細胞とも関係のない論文である。多能性のマーカー分子はいくつか知られているが、その分子の役割は「多能性への関与」だけではないことも多く、注意が必要である。

酸と機械的刺激を組み合わせた実験手技の追試[編集]

2014年4月1日香港中文大学教授の李嘉豪は、チャールズ・バカンティ発表の実験手技に基づく追試において、対照実験として研和のみを与えた細胞で予期しなかった多能性マーカー(Oct4Nanog)の発現を確認したが、多くの細胞が死んだことや、多能性マーカーの発現量が多能性細胞に比べて10分の1以下だったことから、細胞死に伴う無秩序な遺伝子発現による副産物であろうと論じ、STAP細胞の一部の過程の再現との解釈に否定的な見解を示した[99][100]。李は「研和のみの操作は難しくないので他の研究室でも試せないだろうか」「個人的にはSTAP細胞は実在しないと考える。労力財力の無駄なので、これ以上の追試はしない」と述べ[100]、同グループは追試の結果を論文にまとめてオンライン誌で発表した[101]

理化学研究所における検証実験[編集]

2014年4月以降、理化学研究所はSTAP現象の検証チームを立ち上げた。チームは相沢慎一・丹羽仁史を中心として小保方は除外した形で構成され、翌年3月を期限として論文に報じられていたプロトコルでのSTAP現象の再現を試みた。また、7月からはこれとは別に小保方にも11月末を期限とした単独での検証実験を実施させた[102][103]。同年8月27日の中間発表の段階では、論文に記載されているプロトコルでのSTAP細胞の出現を確認することはできなかった[104][95]。同年12月19日、理化学研究所は、検証チーム・小保方のいずれもSTAP現象を再現できなかったとし、以下の検証結果を発表し、実験打ち切りを発表した[14][15]

検証実験に用いたマウスの遺伝子系統、リンパ球を採取する部位、弱酸性溶液の種類
検証実験では、生後5~10日目の、Oct-GFPを導入した2種類の遺伝系統のマウス:C57BL/6〔以下、B6〕とF1(C57BL/6×129)〔以下、F1〕の、脾臓肝臓心臓の3部位から採取したリンパ球を用い(小保方実験では脾臓)、HClATPの2種類の弱酸性溶液で処理する、の組み合わせでSTAP現象の再現を試みた[14]。また、対照実験として弱酸性処理なしの試料でも実験した[14]
STAP細胞様細胞塊の出現数の検証
HCl処理、ATP処理いずれも多くの細胞塊でGFP遺伝子発現による緑色蛍光が確認されたが(以下、STAP細胞様細胞塊)、個々の細胞レベルでは10/106播種細胞ほどしか光っておらず(小保方実験)、撤回論文報告の数百/106とは異なっていた[14]
また、STAP細胞様細胞塊の出現率がマウス系統の違いにより異なるかを検証したが、出現率は、B6で78%(8/28)、F1で44%(4/9)と、有意な差ではなかった(小保方実験)[14]
別途、フローサイトメーターでも解析したが、19回の酸処理のうち17回はCD45-GFP+の有意な遺伝子発現が認められなかった(小保方実験)[14]
多能性細胞特異的分子マーカーによる検証
緑色蛍光および赤色蛍光の分離検出、DAPI、E-カドヘリン、Oct3/Oct4多能性細胞特異的分子マーカー遺伝子発現の確認を行った[14]
しかし、小保方実験、検証チーム実験とも成果は乏しく、理化学研究所として「細胞塊が有する緑色蛍光を自家蛍光と区別することも困難で、その由来を判定することは出来なかった。」と帰結する結果だった[14]
キメラ形成能の検証
キメラ形成能の確認(マウス実験)については、小保方実験、検証チーム実験共に、検証チームの同じ研究員が実験を担当した[14]
小保方実験では、48回の独立の実験で得られた1,615の移植細胞塊のうち、845の着床を得たが、リプログラミングを有意に示す(GFP陽性細胞を含む)キメラを形成した胚は0だった[14]
検証チーム実験では、8回の独立の実験で得られた244の移植細胞塊のうち、117の着床後胚を得たが、リプログラミングを有意に示すキメラを形成した胚は0だった[14]
幹細胞株の樹立
検証チーム実験では、14回の独立の実験で得られた492のSTAP細胞様細胞塊のLIF/ACTH含有培地での培養を試み、3が増殖したが、継代培養に成功したものは0だった[14]
FI幹細胞を再現できるかについては、検証チームのみが8回試みたが、得られた細胞株は0だった[14]

学術界の反応[編集]

  • 理化学研究所が設置した外部有識者による「研究不正再発防止のための改革委員会」は、2014年6月12日、理研CDBの構造的問題を指摘し、早急に解体すべきとしつつ、再現実験と研究不正の追及の双方を提言した[105][106]
  • 日本分子生物学会は、2014年7月4日、声明の中で、再現実験を優先して「論文不正に対して適切な対応をしないこと」は「国民に対する背信行為」であると非難し、「今回の研究不正問題が科学者コミュニティーを超えて広く国民の関心を惹くことに至ったのは、論文発表当初に不適切な記者発表や過剰な報道誘致が為されたことに原因があり、それらは生命科学研究の商業化や産業化とも関係していると考えられ」ると言明した[107]
  • 日本学術会議は、2014年7月25日、声明の中で「研究全体が虚構であったのではないかという疑念を禁じ得ない段階に達してい」ると述べ、小保方晴子を加えた再現実験が開始と、懲戒の先送りに対し「この再現実験の帰趨にかかわらず、理研は保存されている関係試料を速やかに調査し、取り下げられた2つの論文にどれだけの不正が含まれていたかを明らかにするべき」、「そこで認定された研究不正に応じて、関係者に対する処分を下すことは、この事案における関係者の責任を曖昧にしないという意味で重要」とし、「関係試料の速やかな調査による不正の解明と、関係者の責任を明確にすることを要望」した[108]
  • 山中伸弥は、2014年12月22日、「この騒動から学んだことは、生データの保存の大切さだ」と述べ、「個人に任せるのではなく、組織として未然に防ぐ体制を敷いていくしかない。理想論では無理だ」と話した[109]
  • アメリカの科学雑誌The Scientist英語版の「2014年の論文撤回トップ10」においてSTAP論文が挙げられており、2014年の論文撤回を語る上で外せないものとしている[110]

公表文献・公開情報[編集]

撤回論文[編集]

特許出願文献[編集]

検証論文[編集]

公開情報[編集]

報告書[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 分化は一般には不可逆な過程とされ、一度分化すると細胞は元の未分化な状態に戻れないとされている(iPS細胞関連を除外)。「分化多能性」は「様々な細胞に分化できること」。「分化全能性」はそれよりも狭義であり、「胎盤も含むすべての細胞に分化できること」。STAP細胞は分化全能性を持つ可能性が示唆されていた。2014年7月2日付けで論文は撤回された[4]
  2. ^ 当初は植物のカルスになぞらえて、Animal Callus Cells と呼ばれた[5]。最初の仮特許出願でもこの名前が使用され、略称はACCsであった[6]
  3. ^ 具体的にはがん幹細胞が突然変異と外的刺激の組み合わせによりできているのかもしれない等[20]
  4. ^ 項目「研和」も参照のこと
  5. ^ 撤回されたプロトコル・エクスチェンジでは、予め4℃に冷やしたHBSSに細胞を懸濁させ、希塩酸(HBSS希釈)でpH 5.7に調整した後、37℃で25分待つなどとなっている[35]
  6. ^ TCR再構成を示すPCR解析の画像に切り貼りがあった[39]
  7. ^ 著者の一部はこのときすでにSTAP幹細胞ではTCR再構成は無いことを知っていたと報告されている(#STAP幹細胞にはTCR遺伝子再構成が認められなかった問題)。
  8. ^ 証拠となる画像が小保方の博士論文に使用された画像と一致していた[39]
  9. ^ FI幹細胞[7]またはFGF4誘導幹細胞[44]は、撤回されたプロトコル・エクスチェンジ[35]ではFI stem cells、レター論文[10]ではFgf4-induced stem cellsと記述されている。
  10. ^ TCRはT細胞受容体のこと。分化したリンパ球(体細胞)はTCR遺伝子の再構成がおきていることがあり、それが体細胞へ分化していることの指標となる。原文では以下の叙述がある。genomic rearrangements of Tcrb (T-cell receptor gene) were observed in Oct4-GFP+ cells derived from FACS-purified CD45+ cells and CD90+CD45+ T cells (Fig. 1i, lanes 4, 5, and Extended Data Fig. 2e-g) ...[37]
  11. ^ プロトコル・エクスチェンジの叙述は以下の通り。 We have established multiple STAP stem cell lines from STAP cells derived from CD45+ haematopoietic cells. Of eight clones examined, none contained the rearranged TCR allele, suggesting the possibility of nagative cell-type-dependent bias (including maturation of the cell of origin) for STAP cells to give rise to STAP stem cells in conversion process. This may be relevant to the fact that STAP cell conversion was less efficient when non-neonatal cells were used as somatic cells of origin in the current protocol.[35]
  12. ^ CDB 自己点検検証委員会が「(5)T細胞受容体(TCR)遺伝子再構成実験に関する経緯」にまとめている(CDB 自己点検検証委員会 2014, pp. 5-6)
  13. ^ なお、STAP幹細胞に一度はTCR遺伝子再構成が確認されていたこと[56][57]、TCR遺伝子再構成だけで未分化の細胞ではないことの証明にはならないと考えていたこと[58]から、STAP幹細胞にTCR遺伝子再構成が認められたデータは論証に必須ではないと笹井芳樹は主張していた[59][60]
  14. ^ FNNが調査最終報告の記者会見の全録をYouTubeで公開している。(全録)「STAP細胞」論文 理研の調査委員会が最終報告(全録)「STAP細胞」論文 理研の調査委員会が最終報告 質疑応答(全録)「STAP細胞」論文 理研・野依理事長らが会見、2014年4月1日閲覧。

出典[編集]

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参考文献[編集]

論文発表当初の文献[編集]

疑義発覚後の文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

科学的な報道・解説[編集]

科学的な疑義の指摘・検証[編集]