植物
植物界 | |||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
異なる種と特性のいくつかの植物
| |||||||||
分類 | |||||||||
| |||||||||
学名 | |||||||||
Plantae Haeckel, 1866 | |||||||||
シノニム | |||||||||
Plantae sensu lato = Archaeplastida | |||||||||
広義の植物界の下位系統(一部) | |||||||||
アーケプラスチダ Archeplastida
|
植物(しょくぶつ、英: plant)とは、生物区分のひとつ。
(通常の辞書は言葉の伝統的な用法をまず説明するものであり)広辞苑の第5版によると「植物」は、草や木などのように、根があって場所が固定されて生きているような生物のことで、動物と対比させられた生物区分である[1]。
それに対し、生物学にも歴史があり、二界説ないし五界説のような分類法が採用されていた時代があった。そこでは菌類(キノコやカビ)、褐藻(ワカメなど)なども植物と見なしていた。対してここ数十年の生物学では、分類群としての名称はあくまで「植物界」である。 2012年現在は、定義がひとつに定まっていない。陸上植物を含む単系統群として植物を定義するが、どの単系統を選ぶかにより複数の定義が並立している。狭い定義では陸上植物のみを植物として認めるが、より広い定義では緑色植物全体を植物としたり、紅色植物、灰色植物をも植物に含めたりする。また、「植物」と「植物界」という言葉の違いについても、乱暴に『「植物」は植物界のシノニムだ』と言ってしまう人と、『そうではない』という人[2]など、生物学者たちの中でも意見は分かれている。古い二界説や五界説では植物とみなされていた菌類や褐藻や光合成原生動物(ミドリムシや珪藻など)は、「系統が異なる」として、現在(2012年)では生物分類学上は植物とみなされていない。だが、さらにややこしいことに、生態学的には、こういう分類法では無い。例えば生態学では「光合成を行うワカメや珪藻は、植物(生産者)」とする。
研究の歴史[編集]
リンネ以前[編集]
アリストテレスは、植物を、代謝と生殖はするが移動せず感覚はないものと定義した。代謝と生殖をしないものは無生物であり、移動し感覚のあるものは動物である。ただしこれは、リンネ以来の近代的な分類学のように、生物を分類群にカテゴライズするのとは異なり、無生物から生物を経て人間へ至る「自然の連続」の中に区切りを設けたものである。たとえばカイメンなどは、植物と動物の中間的な生物と考えられた。
リンネ以降[編集]
カール・フォン・リンネは、すべての生物をベシタブリア Vegetabilia 界と動物 Animalia 界に分けた。これが二界説である。
当時の植物には、現在は植物に含められない褐藻や真菌類を含んでいた。ただし、微生物についてはまだほとんど知られていなかった。
微生物が発見されてくると、次のような植物的特徴を多く持つものは植物に、そうではないものは動物に分類された。
こうして拡大してきた植物には、現在から見れば次のような雑多な生物が含まれていた。
- 陸上植物・多細胞藻類 - 緑色植物、紅藻など。典型的な植物。
- 単細胞藻類 - 光合成をするが、細胞壁のないものや運動性のものもいる。
- 真菌 - 光合成はしないが、細胞壁を持ち、非運動性。
- 細菌・古細菌 - 一部は光合成を行うが、しないものの方が多い。細胞壁を持つ。運動性のものも多い。
しかし、これらのうち一部しか当てはまらない生物が多いことが認識されてくると、二界説を捨て新たな界を作る動きが現れた。
まず1860年、ジョン・ホッグが微生物など原始的な生物を Primigenum にまとめ、1866年にはエルンスト・ヘッケルがそのグループに原生生物 (プロチスタ) Protista 界と命名した。これにより、微生物や真菌は植物から外された。また、ヘッケルは同時に現在の植物 Plantae 界という名を命名した。ただしのちに真菌は、かつては光合成をしていたが光合成能力を失ったとして再び植物に戻された。
1937年にはバークリーが、植物種の過半を占める菌類がクロロフィルを欠いている点を重視して、動物・菌類・植物に分ける三界説を提唱した[3]。
次いで1969年、ロバート・ホイタッカーが五界説を唱え、光合成をする高等生物を植物と位置づけた。表面栄養摂取をする高等生物、つまり真菌は菌界として独立した。この段階では、藍藻類を含めた光合成生物が一つの系統的なまとまりを形成するという考えは暗に認められていた。
系統分類へ[編集]
しかし、分子遺伝学的情報が利用可能になったこと、原生生物各群の研究、特に微細構造の解明が進んだことから、光合成生物の単系統性は疑わしくなってきた。また、1967年、リン・マーギュリスの細胞内共生説は、同じ葉緑素を持っているからといって同系統とは言えないことを示した。
たとえば、ミドリムシ類は緑藻類と同じ光合成色素を持っている。したがって系統上は近いものと考えることができた。しかし、近年の考えでは、これは全く系統の異なった原生生物が緑藻類を取り込み、自らの葉緑体としたものだと考えられている。つまり、光合成能力は、その生物の系統とは関係なく得られると考えられる。したがって、現代では、藻類というまとまりに分類学的意味を見いだすことはできなくなってしまった。
これを受け植物界の範囲はさらに限定的なものへと変化していく。1981年、マーギュリスは五界説を修正し、陸上植物を植物界とした。それに対して、○○年[いつ?]に誰は[誰?]「彼女の説は行き過ぎだ」と批判した[要出典]。
同じ1981年、トーマス・キャバリエ=スミスは、八界説を唱えた。緑色植物と紅色植物と灰色植物は、葉緑体の唯一の一次共生を起こした生物を共通祖先とする単系統であるとして、これを植物界とした。ただしこの単系統性には疑問があるなどの理由で、新しい植物界の定義はあまり広まらなかった。一方、それまで植物に含まれていたが別系統である褐藻などは、単細胞藻類の大部分やいくつかの原生動物と共にクロミスタ Chromista 界として独立させた。
2005年には、アドルらによって、「キャバリエ=スミスの植物界」がアーケプラスチダと命名され、この呼称が専門分野では一般的となる。アドルらはまったく新しい枠組みで生物界全体を見直すことを意図し、界などリンネ式の階級を使わなかったが、リンネ式の階級システムではアーケプラスチダを界とすることが多い。
現在の植物の定義[編集]
本節では、2012年現在における植物の複数の定義と、それらの定義が提案がされるに至った背景を説明する。
背景[編集]
![]() | この節の正確性に疑問が呈されています。 |
「かつて[いつ?]「植物」という単語は、広く光合成をする生物一般、すなわち光合成生物全般を指していた[要出典]」だが、生物に関する科学的知見が深まるにつれ、この素朴な定義は大きく修正されることになった。[要出典]
修正された理由は主に3つある。第一の理由として、生物全体が細菌、古細菌、真核生物の3つのドメインに分かれることが分子系統解析によりわかったことが挙げられる。これは細菌に属する光合成細菌は真核生物である陸上植物とは異なる系統であることを意味する[4]。したがって陸上植物を含む単系統群として植物を定義するのであれば、植物を真核生物に属するものに限定しなければならない。[要出典]」と誰[誰?]は指摘した。
第二の理由は真核生物がいくつかのスーパーグループに分類できることが分子系統解析によりわかったことである[5]。この分類に真核光合成生物を当てはめてみると、下記のように多系統であることがわかる:
スーパーグループ | 具体例 | |
---|---|---|
オピストコンタ | (後生)動物、襟鞭毛虫、菌類 | |
アメーボゾア | 粘菌、アメーバ | |
エクスカバータ | ユーグレノゾア、ディプロモナス類 | |
アーケプラスチダ | 緑色植物、紅色植物、灰色植物 | |
SAR | ストラメノパイル | 不等毛植物(褐藻、珪藻、黄金色藻など)、 |
アルベオラータ | 渦鞭毛植物、アピコンプレクサ、繊毛虫 | |
リザリア | 放散虫、有孔虫 | |
ハクロビア[注釈 2] | ハプト植物、太陽虫 |
第三の理由は葉緑体の起源がわかったことである。真核光合成生物は、シアノバクテリアに類似した原核生物を真核生物が取り込んだことにより誕生した(一次共生)[10]。そしてこのようにして誕生した真核光合成生物をさらに別の真核生物が取り込むことで新たな真核光合成生物も誕生した(二次共生)[10]。二次共生は生物の歴史で何度も起こった事が知られており[10]、これが真核生物の様々なスーパーグループに光合成生物が属している理由である。それに対し、一次共生が起こり二次共生が起こっていない生物群はスーパーグループのアーケプラスチダと一致する事が知られている[10]。
『何を持って植物と呼ぶべきかという問いに対する一つの答えは「アーケプラスチダに属すること」という事になる。[要出典]』 『2012年現在提案されている植物の定義の多くは、アーケプラスチダもしくはそこに属する単系統部分群だ[要出典]』と誰[誰?]は言った[いつ?]。
この他、非主流の系統仮説をもとに、アーケプラスチダより広い範囲を「超植物界」とする提案がされたこともあるが[11]、有力な説となってはいない。
アーケプラスチダの系統樹は以下のようになる:
定義[編集]
![]() |
2012年現在、植物界の定義として以下のものがある:
- アーケプラスチダ
- 緑色植物、紅色植物、灰色植物からなる単系統群。葉緑体膜が2重である。シアノバクテリアを細胞内に共生させた生物を共通祖先とする単系統群であるという仮説に基づき、トーマス・キャバリエ=スミスがこの系統を植物界と定義した。単に「広義の植物界 (Plantae sensu lato)」と言った場合、これを意味することが多い。ただし、より広義の意味と対比させ、「狭義の植物界」と呼ぶこともある。[13][14]
- 緑色植物
- 葉緑体がクロロフィル a/b をもつ事で特徴づけられる単系統群で[15]、葉緑体膜が2重である。「狭義の植物界 (Plantae sensu stricto)」と言った場合、これを意味することがある。
- 陸上植物
- コケ植物、シダ植物、種子植物からなる単系統群。古くは後生植物ともいい、陸上で進化し、高度な多細胞体制を持つ。この群を植物界とする分類はリン・マーギュリスが唱え、マーギュリスにより改訂された五界説と共に広まった。
分類学以外の用語[編集]
植物という語には、現代でもアリストテレスが意図したような「動かない生物が植物」という意味合いがあり、植物状態という表現もある。
動物の中にも植物的な性質を認める、植物性器官、植物極などの語がある。
生物学のうち植物を研究対象とする分野を植物学と呼ぶ。これは本来は、分類学的な植物を研究対象とするものではない。具体的には、陸上植物および全ての藻類を対象とする。植物の学名の命名規約は以前は国際植物命名規約であったが、これも正確に訳せば国際「植物学」命名規約で、分類学的な植物ではなく、植物学の対象を指していた。現在は国際藻類・菌類・植物命名規約 となって、「植物学」の語はなくなった。
植物の進化[編集]
![]() | 記事の体系性を保持するため、 |
- 植物の進化を参照。
植物の知覚[編集]
![]() | 記事の体系性を保持するため、 |
- 植物の知覚を参照。
植物と生態系[編集]
生態系において、植物は大きな部分を占めている。緑藻を含む緑色植物は光合成によって有機物を生産するが、これ以外の一次生産者は化学合成を行う一部の細菌類のみであり[16]、事実上地球上のほとんどの有機物生産は植物によって行われている[17]。植物によって生産された有機物は、捕食-被食関係などを通じて一次消費者である草食動物、二次・三次消費者である肉食動物、そしてそれらの分解者へとつながっていき、食物連鎖を形成する[18]。また植物は各地の気候などによって特徴的な植生を形成し、それを基盤とした生物群系を各地に成立させる[19]。
植物と動物は捕食-被食関係のほかに、しばしば共生関係を構築する。たとえば顕花植物には昆虫や鳥などの動物を媒介して受粉を行う動物媒のものが数多く存在し、なかでも媒介動物の多い熱帯の樹木においては95%が動物媒によるものである[20]
人間と植物[編集]
![]() | この節に雑多な内容が羅列されています。 |
人と植物の関係は実に多様である。人間と植物の関係は、生物学で言う食物連鎖上の《消費者と生産者》の関係にとどまらず、人は植物を原料や材料として利用したり、観賞するなど文化や心の豊かさのためにも用いている。人間以外にも巣などを作る材料として植物を利用している生物がいるが、人間の植物の利用の仕方の方がはるかに多様である。生物学上の植物のうち、基本的には樹木や草花が対象になることが多いが、藻類や菌類も含まれる。人間と植物の関係をいくつか挙げると
人間生活のための利用
- 原料や材料として利用。
- 鑑賞用
- 酸素のつくり手として。良好な環境や景観をつくり出してくれる存在として。
- その他、良質な微量物質に触れたり、ストレス解消に活用するために森林浴
- (存在を特に望んでいない場合は人は植物を勝手に)雑草や雑木などと呼ぶこともある。
- 帰化植物として地域の生態系に馴染んだり悪影響を及ぼしたりする場合もある。
- 植物の例えとして、脳幹のみによって生きている人間を植物人間と呼ぶのは、20世紀初頭の生理学において「意識がなくても維持される生理機能」を植物的性質と称したことによるもので、生物としての植物には何ら関連がない。
参考文献[編集]
- 伊藤元己 (2012/5/1). 太田次郎、赤坂甲治、浅島 誠、長田敏行. ed. 植物の系統と進化. 新・生命科学シリーズ. 裳華房. ISBN 978-4785358525
脚注[編集]
注釈[編集]
出典[編集]
- ^ 広辞苑第五版
- ^ 生物学の文脈であっても、「植物界」の定義 と 「植物」という言葉の用法 では違う、と指摘する人がいる。
- ^ 岩波『生物学事典』【植物】
- ^ 伊藤12 pp 3-6.
- ^ 伊藤12 p 6.
- ^ 伊藤12 p7
- ^ Adl, Sina M.; Simpson, Alastair G. B.; et al. (2012), “The Revised Classification of Eukaryotes”, J. Eukaryot. Microbiol. 59 (5): 429–493
- ^ Burki, F.; Okamoto, N.; Pombert, J.F. & Keeling, P.J. (2012). “The evolutionary history of haptophytes and cryptophytes: phylogenomic evidence for separate origins”. Proc. Biol. Sci.. doi:10.1098/rspb.2011.2301.
- ^ Zhao, Sen; Burki, Fabien; Bråte, Jon; Keeling, Patrick J.; Klaveness, Dag; Shalchian-Tabrizi, Kamran (2012). “Collodictyon—An Ancient Lineage in the Tree of Eukaryotes”. Molecular Biology and Evolution 29 (6): 1557–68. doi:10.1093/molbev/mss001. PMC 3351787. PMID 22319147 2012年3月2日閲覧。.
- ^ a b c d 伊藤12 pp. 6-8
- ^ 野崎久義 (2007年6月12日). “植物の出生20億年の秘密を解き明かす “超”植物界 (“Super” Plant Kingdom) の復権”. 東京大学東京大学大学院理学系研究科. 2018年8月1日閲覧。
- ^ Adl, Sina M.; Bass, David; Lane, Christopher E.; Lukeš, Julius; Schoch, Conrad L.; Smirnov, Alexey; Agatha, Sabine; Berney, Cedric et al. (2018-09-26). “Revisions to the Classification, Nomenclature, and Diversity of Eukaryotes” (英語). Journal of Eukaryotic Microbiology. doi:10.1111/jeu.12691. ISSN 1066-5234. PMC 6492006. PMID 30257078 .
- ^ 井上勲著『藻類30億年の自然史 第2版』、東海大学出版会、ISBN 978-4-486-01777-6
- ^ 渡邉信 ・西村和子等編『微生物の事典』、朝倉書店、ISBN 978-4-254-17136-5 C3545
- ^ 伊藤12 p 9.
- ^ https://www.nies.go.jp/kanko/news/32/32-5/32-5-03.html 「一次生産を測る -魚と人の暮らしを支えるもの-」広木幹也 国立環境研究所 2013年12月28日 2022年4月3日閲覧
- ^ 「地球環境論 緑の地球と共に生きる」p26 山田悦編著 電気書院 2014年4月10日第1版第1刷発行
- ^ 「地球環境論 緑の地球と共に生きる」p27 山田悦編著 電気書院 2014年4月10日第1版第1刷発行
- ^ 「地球環境論 緑の地球と共に生きる」p28 山田悦編著 電気書院 2014年4月10日第1版第1刷発行
- ^ 「樹木学」p105 ピーター・トーマス 築地書館 2001年7月30日初版発行
- ^ 「新訂 食用作物」p7 国分牧衛 養賢堂 2010年8月10日第1版発行
- ^ 「新訂 食用作物」p8-9 国分牧衛 養賢堂 2010年8月10日第1版発行
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- BG Plants 日本植物学名検索システム(日本に自生、帰化している全ての維管束植物と主な栽培植物について和名、学名などを検索できる)
- Flora of Japan - 日本植物分類学会
- 『植物』 - コトバンク