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匿名Aによる論文大量不正疑義事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

匿名Aによる論文大量不正疑義事件とは、2014年の年末から2015年の年頭にかけて発生した、80本を超える医学論文について研究不正の疑義が指摘された事件の通称[1]。「匿名A」はこの指摘を行った人物が用いたハンドルネームである[2]。一部の論者からは、告発の規模と論文著者の地位の高さから、STAP細胞事件よりもよほどスキャンダラスかつ重大な事件に発展する可能性があるとの指摘もなされた[3]ノーベル賞受賞者を含めた学術関係者に衝撃を与えた[4]

事件までの経緯

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大学改革が始まった2000年以降、日本では研究不正の事例が目立つようになった[5]。事件の発覚にインターネット上の匿名の書き込みが関与するケースが多発したため、2ちゃんねるなどの匿名サイトに関心が集まるようになった[6]

日本分子生物学会は、教授の捏造を告発した助手が2006年に自殺した大阪大学の事件[7]を受け、2007年から研究倫理活動として若手教育シンポジウムを開催していた[8]。しかしながら、その活動を教育責任者として担当していた東京大学分子細胞生物学研究所の教授が発表した論文から、捏造が疑われる酷似画像が存在するものが20本以上見つかることが2011年の年末から2012年の年頭にかけて2ちゃんねるで指摘された[6]11jigenはその指摘内容を2012年1月上旬に告発し[9]、告発された教授は数か月後に引責退職した。日本分子生物学会の理事は、深刻な大量の論文捏造問題を抱えていた当事者に研究倫理の若手教育を行なわせていたことを2012年年末の学会において謝罪した[10]

2013年の日本分子生物学会の年会長を務めることになった大阪大学の近藤滋は、年会準備のためのウェブサイト「日本の科学を考える」を設立した。その中に「捏造問題にもっと怒りを」というトピック[11]を作成し、匿名サイトで論文不正の指摘をしている人に対して匿名で構わないので意見を書き込んで欲しい旨を呼びかけた。2013年6月30日に、そのトピックの掲示板において、匿名掲示板で医学論文中の類似画像を指摘しているという書き込みが「匿名A」というハンドルネームでなされ、その後「匿名A」と近藤滋などとの間で意見が交わされた。2013年年末の日本分子生物学会では、文部科学省職員やNature編集部およびマスメディアも招いた研究倫理問題のシンポジウムが三日間に渡り行なわれた[12]

2014年2月上旬にSTAP細胞論文の研究不正が発覚し、新聞やテレビニュースのトップを半年以上に渡り何度も飾るような大事件になった。責任著者の一人であった笹井芳樹は自殺し、筆頭著者の小保方晴子は2014年12月21日に理化学研究所を依願退職した[13][14]

2014年12月26日に、前述の東京大学分子細胞生物学研究所の教授の調査が約3年の期間を経て終了し、東大総長は自らを処分すると共に調査結果を報告した[15]

論文大量不正疑義事件

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2014年12月30日午前10時35分から2015年1月3日午前8時48分にかけて、日本の研究機関から1996年〜2008年にNature誌などの国際誌に発表された約80本の医学系の論文に不正な人為的加工や流用が疑われるデータが掲載されていることが、「捏造問題にもっと怒りを」[11]のコメント欄における6つのコメントで指摘された。匿名投稿者のハンドルネームはいずれも「匿名A」であった。この指摘はインターネット上の匿名掲示板[16]やブログ[17][18]やSNS[19]を通じて拡散し[20][2]、2015年1月9日から全国紙や大手通信社、NHK、スポーツ新聞が報道を開始した[21][22][23]。文部科学大臣下村博文は、2015年1月13日の閣議後記者会見において、2015年1月6日に同様の趣旨の匿名告発が文部科学省に対して文書で行なわれたことを明らかにした[24]m3.comによると、日本国内の24の医学系研究機関が文部科学省から匿名Aの指摘の確認を指示された[25]

大学の対応

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最も多い28本の論文が指摘された大阪大学は、前述の2006年の論文捏造事件で懲戒解雇された教授が責任著者である1本の論文を除く27本について予備調査を行い、1本については疑義を否定し、7本については不注意による誤使用と判断し、残りの19本については「データが残っていないため不正の事実が確認できず、これ以上の調査は困難」として調査を打ち切った[26]。九州大学については、不正を認めない形で内部調査を終了したことがマスコミによって報道された[27]。札幌医科大学[28]、東京大学[29]および東北大学[30]は、指摘された全ての論文について研究不正がなかったと判断したという結論のみを記した文書を公表した。京都大学は、一部の指摘事項については過去に既に調査を行っていたことを発表したが[31]、他の指摘事項については情報を発信しなかった。慶應義塾大学[32][33]は、一部あるいは全ての指摘項目について研究不正がなかったと判断したことを具体的な調査内容を含め公表した。京都府立医科大学の研究者は、自らのホームページで自主的に実験ノートを公開し、指摘について回答した[34]

国会の対応

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2015年5月19日に、衆議院の科学技術・イノベーション推進特別委員会において小川淳也衆議院議員から質問が行われ、87本の指摘のうち「64本の論文、17機関、研究者33名分」については不正の事実が確認されず「23本の論文、10機関、研究者16名分」については調査中であることが文部科学省の山本朋広政務官から報告された[35]。2016年10月に、参議院議員の櫻井充は、Ordinary_researchersが2016年に別の告発を行った際に参議院議長へ質問主意書を提出し、東京大学は匿名Aに係る調査の内容を全く明らかにしていない旨を指摘した。また、東京大学の調査責任者は被告発者と親しい医学部の研究者が務めたという情報を明らかにした[36]

学術誌の対応

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金沢大学が発表した1本の論文は、2015年9月4日に撤回された[37]。また、2017年8月までに、Nature[38]などに発表された14報の論文について修正公告が出された。

学会の対応

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2016年11月29日の日本分子生物学会の理事会において、匿名Aが指摘を行ったウェブサイト「日本の科学を考える」があたかも分子生物学会が直接、管理・運用するサイトであるかのような疑念を抱かせるとの懸念が示され、討議が行われた[39]。その結果、日本分子生物学会は「日本の科学を考える」に対して書き込みの規約違反を指摘し[40]、「捏造問題にもっと怒りを」のコメント欄における匿名Aの約80本の指摘は、他の4000件近い匿名Aの書き込みと共に2017年1月に全て削除された。2019年1月に、学習院大学の阿形清和は、分子生物学会における理事長挨拶で、論文捏造問題への対応については終止符が打たれたと宣言した[41]。しかしながら、2024年10月に匿名Aの指摘と書き込みは全て閲覧可能な状態に戻った[11]

海外の反応

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Elisabeth M. Bikは、酷似画像が指摘されたNature誌の論文が撤回ではなく訂正対応で済まされたこと[38]は、COPEのガイドラインに違反するので再考するよう2021年9月16日に主張した[42]。また、匿名Aが指摘した論文の一つ[37]について、匿名Aがすでに指摘したものであることを認めた上で2022年3月にPubPeerに疑義を追記した[43]。他にも、Matthew Schrag、Mu Yang、Kevin Patrickと協力した疑義の追記が2025年2月になされた[44]Leonid Schneiderの公式サイトでは大阪大学医学部についての複数の指摘が2021年2月10日に取り上げられた[45]

特記事項

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  • 「匿名A」とは匿名投稿が許されている掲示板における匿名のハンドルネームであり、匿名Aによる書き込みが同一人物によってなされたという証拠は公にはなっていない。但し、毎日新聞は匿名Aは同一人物とみられると報道している[2]
  • 東京大学は、匿名Aに指摘された医学論文の全てを不正なしと発表したこと[29]に関して、不正なしの裁定を行った科学研究行動規範委員会の議事についての情報開示請求を、独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律3条の規定に基づいて要求された。2017年2月8日に、東京大学は、議事のほぼ全てを黒塗りの不開示にした状態で約550ページの議事などの情報を提供した。2017年6月8日に、不開示にされた議事の開示要求について、総務省情報公開・個人情報保護審査会諮問を受理した。東京大学は「調査の内容について必要以上に開示することは、調査機関として担保すべき、正確な事実の把握、率直な意見の交換、意思決定の中立性などを困難にするおそれがあり、ひいては、調査機関として行う不正行為の判定結果の信頼性をも損なうことになる」等の主張を行ったが、情報公開・個人情報保護審査会の第1部会は、東京大学の不開示の決定は違法であると2017年9月6日に答申した[46]
  • 匿名Aのほとんどの指摘について解明がなされなかった理由については、Journal of the Japan Skeptics誌の論文において「あまりに大規模な論文不正事件は大学も調査コストから解明を躊躇せざるをえないのだろう」と田中嘉津夫は記載している[6]
  • 上記の大量不正疑義事件以外の時期においても、「匿名A」というハンドルネームによる研究不正の指摘は匿名掲示板において行われている[1]ノーベル医学生理学賞受賞者の山中伸弥は、STAP細胞事件の報道が過熱する中で出版された週刊新潮の研究不正疑惑の記事[47]について2014年4月28日に謝罪会見を開いたが[48]11jigenは山中伸弥へ疑惑を指摘したのは「匿名A」であると同日に発信した[49]

関連項目

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出典

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  1. ^ a b デマ暴走 戦慄の捏造スキャンダル74』鉄人社、2021年2月18日https://tetsujinsya.co.jp/5081/ 
  2. ^ a b c 生命科学論文:「画像不正」ネット投稿 阪大や東大確認へ 毎日新聞 斎藤広子 2015年01月09日 2025年1月25日閲覧
  3. ^ 【超STAP事件】日本の学会は捏造論文だらけ!大スキャンダルに発展か 堀川大樹「むしマガ」Vol.272 2015年1月11日 2016年12月6日閲覧
  4. ^ 朝日新聞 合田禄、野瀬輝彦、高橋真理子 (2015年3月12日). “小保方氏の処分、大きな意味なし 理研・川合理事(下):朝日新聞デジタル”. 2019年5月3日閲覧。 “――最近も多くの不正論文がネットで指摘されている。どう感じているか。 最初、ビックリしたんです。(野依良治)理事長がビックリしちゃって。「そんないい加減な論文が論文誌に載ってるのか」と。私も(自分の)300ぐらいある論文を確認した。 ネットで調べる人は何が目的でやってるんだろう。世直し?、警告?(研究者には)十分に注意してやっていただくしかない。”
  5. ^ 菊池, 重秋 (2021). “新聞報道から見た研究不正の実態”. 日本の科学者 56 (5): 10–15. doi:10.60233/jjsci.56.5_10. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsci/56/5/56_10/_article/-char/ja. 
  6. ^ a b c インターネットにおける論文不正発覚史 田中嘉津夫, Journal of the Japan_Skeptics, 24号, 4-9 (2015)
  7. ^ 不正行為があった疑いのある2論文に関する調査報告書 大阪大学大学院生命機能研究科 研究公正委員会”. 大阪大学. 2020年12月5日閲覧。
  8. ^ 若手教育シンポジウム 日本分子生物学会 2007年-2012年 2016年12月6日閲覧
  9. ^ Whistleblower Uses YouTube to Assert Claims of Scientific Misconduct SCIENCE INSIDER 25 January 2012
  10. ^ 緊急フォーラム「研究不正を考える -PIの立場から、若手の立場から-」全文記録 分子生物学会(2012.12.11)(PDF 330KB) 2016年12月6日閲覧
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  17. ^ 酷似する画像を含む生命科学論文がインターネット上で大量に指摘される 日本の科学と技術 2015年1月5日 2016年12月6日閲覧
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  19. ^ 論文捏造&研究不正(@JuuichiJigen)/2015年1月7日”. Twilog (ツイログ). 2025年11月28日閲覧。 “@Bimaterial 酷似する画像を含む生命科学論文がインターネット上で大量に指摘される scienceandtechnology.jp/archives/5135 「 見つかる頻度の高さに馬鹿らしくなり、やめました」 「阪大医学部で、他の組織とは別次元のことが起きているのは確かなように感じました」”
  20. ^ 大阪大学大学院医学研究科 臨床腫瘍免疫学 特任教授 和田尚. “Painting the mice”. 日本癌病態治療研究会 和文誌(W’Waves). 2023年8月5日閲覧。
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