倶利伽羅峠
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| 倶利伽羅峠 | |
|---|---|
|
国道8号倶利伽羅トンネル富山県側入口 | |
| 所在地 | 石川県河北郡津幡町・富山県小矢部市 |
| 位 置 | 北緯36度39分42.3秒 東経136度49分0.1秒 / 北緯36.661750度 東経136.816694度座標: 北緯36度39分42.3秒 東経136度49分0.1秒 / 北緯36.661750度 東経136.816694度 |
| 標 高 | 277 m |
| 山 系 | 砺波山 |
| 通過路 |
石川県道・富山県道286号刈安安楽寺線 北陸新幹線(新倶利伽羅トンネル) あいの風とやま鉄道線(倶利伽羅トンネル) |
倶利伽羅峠(くりからとうげ)は、富山県と石川県の境にある砺波山の峠である。倶梨伽羅峠と表記することもある。
地理[編集]
石川県河北郡津幡町倶利伽羅と富山県小矢部市石坂との境に位置する。この倶利伽羅峠を境にして、東側に砺波平野が、西側に金沢平野が広がっている。
広義には、北に位置する天田峠(あまだとうげ)も含める。
歴史[編集]
古代より、北陸道がこの峠を通っていた。1183年、源氏と平氏による戦いがあり、倶利伽羅峠の戦いと呼ばれている。
明治に入り、北陸道を継承した国道20号(現在の国道8号の一部)も倶利伽羅峠を通っていた。1878年(明治11年)の明治天皇の北陸巡幸の際、倶利伽羅峠は急坂で天皇の輿が通れないため、北の天田越(天田峠)が改修され、後にこちらが国道となった。1899年、北陸本線が富山まで延伸されたときも天田峠の下にトンネルが掘られた。これが、現在の「倶利伽羅トンネル」である。
1955年(昭和30年)、北陸本線の勾配の緩和のため近くに新しいトンネルが掘られた。古いトンネルは、1966年3月より拡幅工事が実施され、1967年(昭和42年)12月6日より国道8号のトンネルに転用された[1]。。天田峠を越える旧道は石川県道・富山県道286号刈安安楽寺線となっている。倶利伽羅峠を越える道は、1995年(平成7年)に建設省の歴史国道に選定された。 2009年(平成21年)4月28日には、北陸道の峠道が歴史的価値の高い道路遺構であるため石川県の史跡に指定されている[2]。
倶利伽羅トンネル[編集]
- 全長957m片側1車線のトンネルで、国道8号のくりからバイパスの一部となっている。くりからトンネルとも表記されている。
- トンネル内では、石川・富山両県のラジオの再送信を実施している(隣接する小矢部バイパスの源平・小矢部両トンネルでも実施。ただし石川県側の津幡北バイパスの岩崎・倉見両トンネルでは石川県内のラジオ局のみ実施)。対象の放送局はNHKラジオ第1(金沢・富山)、NHKラジオ第2(金沢・富山)、NHK FM(金沢・富山)、北陸放送、北日本放送、エフエム石川、FMとやま。
周辺[編集]
- 倶利迦羅不動寺 - 養老年間に倶利迦羅不動明王像が安置されたことに始まる古刹。源平合戦(治承・寿永の乱)で消失したがその後に源頼朝により再建された[3]。地名、駅名の由来ともなっている。
- 倶利伽羅駅
- 勝崎館
脚注[編集]
- ^ 『新聞に見る90年 下』(1974年10月1日、北日本新聞社発行 881ページ。)
- ^ “御舘館跡・北国街道倶利伽羅峠道”. 石川県 (2010年9月21日). 2013年4月1日閲覧。
- ^ 倶利伽羅不動寺について