カマタマーレ讃岐
カマタマーレ讃岐 | |
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原語表記 | カマタマーレ讃岐 |
愛称 | カマタマーレ、カマタマ |
クラブカラー | 水色 黄 |
創設年 | 1956年 |
所属リーグ | 日本フットボールリーグ |
ホームタウン | 高松市・丸亀市を主とする香川県全県 |
ホームスタジアム | 香川県立丸亀競技場香川県営サッカー・ラグビー場 |
収容人数 |
丸亀:30,099 香川サ:10,000 |
運営法人 | 株式会社カマタマーレ讃岐 |
代表者 | 住谷幸伸 |
監督 | 北野誠 |
公式サイト | 公式サイト |
■テンプレート(■ノート)■サッカークラブPJ |
カマタマーレ讃岐(カマタマーレさぬき、Kamatamare Sanuki)は、日本の高松市、丸亀市を中心とする香川県全県にホームを置く、日本フットボールリーグ(JFL)に所属するサッカークラブ。Jリーグ加盟を目指すクラブの一つである。(Jリーグ準加盟クラブ)
概要
本社 | |
種類 | 株式会社 |
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本社所在地 |
761-8051 香川県高松市西春日町字北山浦1059番地13 |
設立 | 2008年(平成20年)1月16日 |
業種 | サービス業 |
法人番号 | 3470001006269 |
事業内容 | サッカー及び各種スポーツ競技の興行並びにサッカークラブの運営 |
代表者 |
代表取締役会長 熊野實 代表取締役社長 住谷幸伸 |
資本金 | 2,675万円 |
売上高 | 1億3,100万円(2012年1月期) |
営業利益 | ▲5,100万円 (2012年1月期) |
決算期 | 1月期 |
外部リンク | http://www.kamatamare.jp |
前身は1956年(昭和31年)に香川県立高松商業高等学校サッカー部出身選手により結成された高商OBサッカークラブ。運営母体は株式会社カマタマーレ讃岐。ホームタウンは高松市、丸亀市を中心とする香川県全県である。2006年シーズンから使用を開始のカマタマーレ(Kamatamare)は釜玉うどんとイタリア語で海を意味する「マーレ (Mare)」を合わせた造語で讃岐は香川県の旧国名。エンブレムには、黄色と水色の縞模様の上にうどん、中央には卵の黄身をイメージしたサッカーボールがあしらわれている。マスコットは鉢の顔にうどんの髪の毛を持った「カマちゃん」と、玉子の「タマちゃん」で2007年6月17日に制定された。デザインはカマタマーレ讃岐という名称を目にした漫画家のいしかわじゅんが、自身の公式HPにおいて「うどん1年分でキャラクターを描く」旨を表明。クラブスタッフが実際にうどんを持参して依頼しこのキャラクターが誕生した。
ホームスタジアムは丸亀市の香川県立丸亀競技場および高松市の香川県営サッカー・ラグビー場、練習場は香川県営サッカー・ラグビー場やユーヴィレッジ宇多津などである。
歴史
- 1956年 高商OBサッカークラブとして創設。
- 1977年 第1回四国社会人リーグに参加。
- 1979年 香川県社会人サッカーリーグに降格。
- 1981年 四国リーグに昇格。
- 1991年 第48回国民体育大会の県指定強化チームとなり、香川紫雲(かがわしうん)フットボールクラブに改称。紫雲とは高松市内にある山の名前である。
- 1994年 四国リーグで優勝。
- 1997年 四国リーグで2回目の優勝。
- 2000年 消費者金融のサンライフ(本社高松市。法人としては現在のネオラインホールディングスで、現在の同名会社とは別会社)と5年間業務・スポンサード契約を結びサンライフフットボールクラブに改称。
- 2005年 サンライフとのスポンサー契約終了。高松市民のチームとして生まれ変わり将来のJリーグ入りを目指すとして、高松フットボールクラブに改称し、運営母体の高松スポーツクラブが発足。秋に翌年4月より使用する新チーム名を公募し、応募172件の中から75歳会社役員の案、カマタマーレ讃岐を採用し、10月に県営球技場で発表した[1]。
- 2006年 カマタマーレ讃岐に改称。運営法人としてNPO法人カマタマーレスポーツクラブを設立。四国リーグで3回目の優勝。地域リーグ決勝大会は予選リーグで敗退。
- 2008年 株式会社カマタマーレ讃岐を設立し、クラブの運営を同社へ移管。羽中田昌が監督に就任。四国リーグで4回目の優勝。地域リーグ決勝大会は予選リーグで敗退。
- 2009年 胸部分のユニフォームスポンサーの穴吹工務店が撤退。7月よりユニフォーム胸部分に「さぬきうどん」のロゴを入れ、1口1千円の支援を募った。特産品をユニホームのロゴにするプロチームは初めて[2]。(2010年まで継続)
- 2010年 北野誠が監督に就任。西日本社会人大会、四国リーグ(5回目)、社会人選手権大会で優勝する。地域リーグ決勝大会では予選リーグ、決勝ラウンドともに全勝(PK勝ち含む)で優勝し、香川県のチームとして初となる日本フットボールリーグ(JFL)昇格を決めた[3]。12月18日、Jリーグ準加盟を申請。
- 2011年 日本フットボールリーグ(JFL)へ昇格。2月にJリーグ準加盟が認可[4]。前期第16節(9試合目)時点で暫定首位に立ったが、後期第12節以降の終盤10試合連続で無勝利(3分7敗)を喫し、シーズン成績は11勝7分15敗の11位。
チーム成績
前身時代
年度 | 所属 | 試合 | 勝点 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 差 | 順位 | 天皇杯 | 備考 |
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1977 | 四国 | 14 | 10 | 4 | 2 | 8 | 6位 | |||||
1978 | 14 | 4 | 1 | 2 | 11 | 8位 | ||||||
1979 | 香川県 | 9 | 優勝 | |||||||||
1980 | 9 | 優勝 | ||||||||||
1981 | 四国 | 14 | 15 | 7 | 1 | 6 | 5位 | |||||
1982 | 14 | 13 | 4 | 1 | 2 | 8位 | ||||||
1983 | 16 | 21 | 10 | 1 | 5 | 2位 | ||||||
1984 | 14 | 17 | 6 | 5 | 3 | 2位 | ||||||
1985 | 14 | 11 | 5 | 1 | 8 | 6位 | ||||||
1986 | 14 | 8 | 3 | 2 | 9 | 7位 | ||||||
1987 | 14 | 4 | 1 | 2 | 11 | 8位 | ||||||
1988 | 14 | 10 | 5 | 0 | 9 | 7位 | ||||||
1989 | 14 | 12 | 5 | 2 | 7 | 6位 | ||||||
1990 | 14 | 9 | 3 | 3 | 8 | 6位 | ||||||
1991 | 14 | 21 | 10 | 1 | 3 | 2位 | ||||||
1992 | 14 | 18 | 8 | 2 | 4 | 3位 | ||||||
1993 | 14 | 22 | 11 | 0 | 3 | 2位 | ||||||
1994 | 13 | 23 | 11 | 1 | 1 | 優勝 | [5] | |||||
1995 | 14 | 30 | 9 | 3 | 2 | 2位 | ||||||
1996 | 14 | 31 | 10 | 1 | 3 | 41 | 19 | 22 | 2位 | 2回戦敗退 | ||
1997 | 14 | 30 | 9 | 3 | 2 | 47 | 23 | 24 | 優勝 | 2回戦敗退 | ||
1998 | 14 | 22 | 6 | 4 | 4 | 21 | 17 | 4 | 3位 | 1回戦敗退 | ||
1999 | 14 | 28 | 9 | 1 | 4 | 41 | 25 | 16 | 2位 | 2回戦敗退 | ||
2000 | 14 | 25 | 8 | 1 | 5 | 35 | 32 | 3 | 4位 | 1回戦敗退 | ||
2001 | 14 | 24 | 7 | 3 | 4 | 45 | 25 | 20 | 3位 | 1回戦敗退 | ||
2002 | 14 | 30 | 10 | 0 | 4 | 33 | 28 | 5 | 2位 | 県予選敗退 | ||
2003 | 14 | 13 | 4 | 1 | 9 | 28 | 36 | -8 | 6位 | |||
2004 | 14 | 24 | 8 | 0 | 6 | 29 | 26 | 3 | 3位 | |||
2005 | 14 | 22 | 6 | 4 | 4 | 31 | 24 | 7 | 4位 | 1回戦敗退 |
カマタマーレ讃岐
年度 | 所属 | 試合 | 順位 | 勝点 | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 | 差 | 天皇杯 | 監督 |
2006 | 四国 | 14 | 優勝 | 37 | 12 | 1 | 1 | 45 | 12 | 33 | 1回戦敗退 | 土居幹夫 |
2007 | 14 | 2位 | 37 | 12 | 1 | 1 | 53 | 11 | 42 | 1回戦敗退 | 山出邦男 | |
2008 | 14 | 優勝 | 40 | 13 | 1 | 0 | 62 | 4 | 58 | 2回戦敗退 | 羽中田昌 | |
2009 | 14 | 2位 | 36 | 12 | 0 | 2 | 56 | 10 | 46 | 2回戦敗退 | ||
2010 | 14 | 優勝 | 38 | 12 | 2 | 0 | 53 | 5 | 48 | 2回戦敗退 | 北野誠 | |
2011 | JFL | 33 | 11位 | 40 | 11 | 7 | 15 | 39 | 49 | -10 | 2回戦敗退 | |
2012 | 32 |
タイトル
- 四国社会人リーグ:5回
- 1994年、1997年、2006年、2008年、2010年
- 全国社会人サッカー選手権大会:1回
- 2010年
- 全国地域サッカーリーグ決勝大会:1回
- 2010年
- 西日本社会人サッカー大会:1回
- 2010年
- 香川県サッカー選手権大会(兼天皇杯全日本サッカー選手権大会香川県予選):13回
- 1996年 - 2001年、2005年 - 2011年
スタジアム
香川県内でJリーグ(J1・J2とも)の基準を満たすスタジアムは香川県立丸亀競技場 のみであるが、J2昇格の場合はその改修が必要ではないかとする指摘がある[6]。なお、高松市は老朽化が著しい高松市立屋島陸上競技場を改修(日本陸上競技連盟第2種競技場の指定に適合されるスタンドやピッチの改修、ナイター設備拡充他)し、本拠地として使うための整備も計画していたが、最終的に断念した。詳細はこの項目参照。
ユニフォーム
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チームカラー
- 水色
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掲出箇所 | スポンサー名 | 表記 | 掲出年 | 備考 |
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胸 | 香川県 | うどん県 | 2012年 - | |
背中 | ビッグ・エス[7] | K'sケーズデンキ | 2011年- | |
袖 | なし | |||
パンツ | トーカイ[8] | トーカイ | 2011年- |
ユニフォームサプライの遍歴
歴代ユニフォームスポンサー年表
年度 | 胸 | 袖 | 背中 | パンツ | サプライヤー |
2003 | サンライフ | るすバンクん | - | - | Mizuno |
2004 | |||||
2005 | - | - | 丸亀町商店街 | ||
2006 | - | ||||
2007 | 穴吹工務店 | RCS | Pikara | DIADORA | |
2008 | 家庭教師のトライ | ||||
2009 | さぬきうどん | ||||
2010 | |||||
2011 | - | TOPTOUR | K's ケーズデンキ |
トーカイ | |
2012 | うどん県 | - |
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経営
JFL参入初年度の2011年シーズンホーム16試合の観客動員は1試合平均3000人を超え、目標を達成した。2012年3月1日の会見で、2012年1月期は営業収益(売上)1億3,100万円、営業損失5,100万円の見込、2013年1月期は営業収益で2億100万円、営業利益で1,100万円の予算を組むと発表した[9]。
その他
2011年11月28日、トップチームのコーチが、同年1月下旬と5月下旬に高松市内のマンションのエントランスホールに侵入し、女性の前で下半身を露出した公然わいせつなどの疑いで高松北警察署と香川県警察捜査1課に逮捕された。このコーチは後日、契約解除となった[10]。
関連項目
脚注
- ^ 新チーム名カマタマーレ讃岐-高松FC 四国新聞2005/10/24
- ^ 朝日新聞2009年7月10日記事
- ^ お知らせ「日本フットボールリーグ、新入会チームについて」 日本フットボールリーグ公式サイト 2010年12月8日
- ^ Jリーグ準加盟審査結果について(2011年2月15日)
- ^ 註1: 1994年は、アレックスSC(徳島県)の選手登録違反により参加資格剥奪されたため1試合少ない。
- ^ 四国新聞・2011年2月16日の記事
- ^ ケーズホールディングス(J2水戸ホーリーホックの胸スポンサーでもある)の完全子会社。
- ^ 岐阜県にあるリースキンブランドなどで知られるリネンサプライの「トーカイ」の四国地区本社(四国トーカイとも。岐阜のトーカイ完全子会社)。
- ^ 本日、行われた記者会見の報告 カマタマーレ讃岐公式HP 2012年3月1日
- ^ カマタマのコーチ逮捕/公然わいせつ容疑 四国新聞2011年11月29日
外部リンク
- オフィシャルサイト
- オフィシャルブログ
- カマタマーレ讃岐 アウェイゲーム速報 (@kamatama_kouhou) - X(旧Twitter)
- NPO法人カマタマーレスポーツクラブ
- 四国新聞社ニュース一覧