天皇杯全日本サッカー選手権大会

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天皇杯全日本サッカー選手権大会
開始年 1921年
主催 当項目を参照
参加チーム数 88
加盟国 日本の旗 日本
前回優勝 横浜F・マリノス(7回目[1]
最多優勝 慶應義塾大学(9回)
サイト 公式ウェブサイト
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天皇杯全日本サッカー選手権大会(てんのうはい ぜんにほんサッカーせんしゅけんたいかい)は、日本のサッカーカップ戦の一つである。

概要[編集]

1921年に開始された、サッカー日本一を争う日本選手権大会であり、日本サッカー協会チーム登録種別の第1種・第2種登録があれば基本的に予選に参加可能(ただし実際には都道府県予選の段階で一定の参加基準を設けている都道府県が少なくない。後述参考)であるという日本最大のサッカーのオープントーナメントである。

JリーグJ1リーグ戦)、Jリーグヤマザキナビスコカップと並ぶ、日本の国内3大タイトルの一つとされる[2]。2013年まで元日国立霞ヶ丘陸上競技場にて決勝戦が開催され、サンケイスポーツなどは「正月風物詩」と称していた[3]

沿革[編集]

1921年-1940年(大会創設から戦前まで)[編集]

フットボール・アソシエーションから送られた銀製トロフィー。

最初の天皇杯全日本サッカー選手権は、大日本蹴球協會創設と同じ1921年に「ア式蹴球全國優勝競技會」の大会名で開催された。[4]全日本選手権の開催とJFA創設の直接のきっかけとなったのは、1919年にイングランドのフットボール・アソシエーション(FA)から日本に贈られた銀杯(FAカップ)であった。この銀製トロフィーは全日本選手権の毎大会ごとのチャンピオンに与えられていたが、太平洋戦争第二次世界大戦)の末期である1945年に金属の不足により強制供出されたため、現存していない。[5]2011年に日本サッカー協会が創設90周年を記念してFA銀杯復刻を計画し、FAに復元の許諾を求めたところ、FA側から自ら制作し再度寄贈したいとの申し出があり、これによって66年ぶりにFA銀杯が復活し、天皇杯優勝チームに授与されることとなった。[6]

1921年9月10日に今村次吉の私邸で行われた大日本蹴球協會の第1回理事会において全国優勝競技会の概要が決められ、16日に発表された。[7]第1回(1921年度)の予選は1921年9月から11月にかけて開催され、関東、中部、関西、西部の4地域から20チームが参加した。11月後半に日比谷公園の芝生運動場で行われた全国決勝大会には、棄権した1チームを除いた3チームが参加し、東京蹴球団が初代チャンピオンとなった。[8]

第4回(1924年度)からの全日本選手権は、内務省の主催によりこの年から始まった総合スポーツ大会、明治神宮競技大会(明治神宮大会)のア式蹴球の部を兼ねるようになった。大会の運営はJFAが担当した。[9]

第6回(1926年度)は、内務省主催による明治神宮大会への学生の参加は認められないという横槍が文部省方面から入ったため、全日本選手権と明治神宮大会は切り離され、それぞれ別個の大会として開催される運びとなったが、結局第6回全日本選手権は大正天皇の崩御のため中止された。[10][11]。第7回(1927年度)は再び学生の参加が許されたので明治神宮大会を兼ねる形に戻った。[11]この年から明治神宮大会の開催ペースが毎年から隔年へ変更されたため、明治神宮大会のない年には独立して全日本選手権を行うようになった。[10]

この時代の全日本選手権の覇権を争ったチームはその多くが大学チームだった。大学のリーグ戦や東西対抗王座決定戦といった大会が始まり活況を呈するにつれ、大学チームは全国からチームが集まる全日本選手権よりも、レベルの高いチームが集まる大学リーグ戦に価値を置く姿勢へと変わっていった。[11][12]たとえば第11回(1931年度)に優勝した東大LBは2軍チームであり、1軍はリーグ戦の開幕に向けた準備に専念していた。[12]この第11回大会からは明治神宮大会のほか、全国地方対抗選手権も兼ねるようになった。[10]

1935年からは明治神宮大会とは別の新たな大会として、全日本総合選手権大会が始まった。この年以降は全日本総合選手権の優勝チームが全日本選手権の公式な歴代優勝チームとされている。[13]FAカップ自体は依然として明治神宮大会の優勝チームに授与されており(1937年第9回大会まで)、[5]全日本総合選手権の優勝チームには日本蹴球協会杯が与えられていた[14]

1946年-1971年(天皇杯授与、実業団時代への移行)[編集]

戦後最初の全日本選手権となった第26回(1946年度)は「復興第1回全日本選手権大会」として行われ、関東と関西の予選を勝ち進んだ2チームだけが5月5日の決勝大会に参加した[15]

1947年4月3日の「東西対抗試合」(関東と関西の選抜チームによる当時の一大試合)は昭和天皇が観覧し、翌1948年7月にはJFAが宮内庁から天皇杯を拝受した。当初こそ天皇杯は東西対抗試合の勝者に贈呈されていたが、第31回(1951年度)から全日本選手権の優勝チームに贈呈されるようになり、大会名も現在の「天皇杯全日本サッカー選手権大会」へと変わった。

第40回大会(1960年度)には古河電工が実業団チームとして初めて優勝した。この後、大学チームの優勝は第46回(1966年度)の早稲田大学が最後となり、以降は実業団およびプロクラブが占めている。

第44回(1964年度)は、AリーグとBリーグ(それぞれ5チーム)の1位同士により決勝戦を行うという試みが実施された。八幡製鉄と古河電工の試合は延長を経てもなお決着が付かず、両チーム優勝扱いとなった。大会の歴史上、リーグ戦が導入されたことも、優勝チームが複数出たことも、この回が唯一になっている。

第47回(1967年度)までは開催時期・決勝会場地ともばらつきがあった。藤枝市藤枝東高広島市国泰寺高と高校のグラウンドで行われた年もある。第48回(1968年度)から年末の開催となり、決勝戦が元日1月1日)・国立霞ヶ丘陸上競技場に定着した(国立での決勝戦開催はその第47回(1967年度)から。なお天皇杯元日決勝実施(1969年1月1日)の前年・1968年にはNHK杯サッカーが開催された。当該項参照)。

1972年-現在(天皇杯のオープン化)[編集]

1965年の日本サッカーリーグ(JSL)の発足以降、天皇杯はJSLと全日本大学選手権のそれぞれ上位4チームが出場資格を得る方式になっていたが、大会のモデルとなったイングランドのFAカップのようなオープンカップを求める声の高まりもあり[16]、第52回(1972年度)からオープン化された。オープン化を実現できた要因としては、第48回(1968年度)から実施している元日決勝の興行的成功による財政面の安定があったという[16][17]。参加チーム数は第52回は75チーム、第53回(1973年度)は807チーム、第54回(1974年度)は1105チームと爆発的に増えていった[17]

Jリーグ発足以後はプロチームとアマチュアチームが戦える唯一の大会になり、さらに第76回(1996年度)から門戸が大幅に開放され第2種登録チーム(高校生年代)も出場できるようになり、高校のサッカー部とJリーグ加盟クラブの対戦も行われている。

第83回(2003年度)までは主に12月から元日に開催されていたが、翌第84回(2004年度)から大会日程を9月下旬からに大幅拡大し寒冷地で開催しづらかった北海道東北北信越北陸長野県新潟県)地域でもより多くの試合がこなせるようになった。またこれまでJ1のチームは3回戦からのシード(かつホームゲーム主催権獲得)もあったが4回戦からに変更され、それに併せて第84回(2004年度)は原則3回戦勝ち抜けチームのホーム開催となる関係からJ1のチームはアウェーで天皇杯開幕を迎える形となった。スポーツ振興くじ(toto)を実施するため、第85回(2005年度)からJリーグも主催団体に加わった。

第84回(2004年度)から第91回(2011年度)までは、元日の天皇杯決勝の前座(アンダーカード)として、「女子サッカーの天皇杯」に相当する全日本女子サッカー選手権大会決勝戦を開催していた[18]

大会名変遷[編集]

  • 第1回:ア式蹴球全国優勝競技会[19]
  • 第2 - 13回:FA杯全日本蹴球選手権大会[20]
  • 第15 - 20回:全日本蹴球選手権大会[21]
  • 第26回:復興全日本蹴球選手権大会[22]
  • 第29 - 30回:全日本サッカー選手権大会[23]
  • 第31 - 51回:天皇杯全日本サッカー選手権大会[24]
  • 第52 - 54回:天皇杯全日本サッカー選手権大会(中央大会)[25]
  • 第55回 - :天皇杯全日本サッカー選手権大会(決勝大会)[26]

開催方式[編集]

主催・主管団体[編集]

大会日程[編集]

元日決勝となった第48回(1968年度)以降、12月(または11月下旬)に開幕し元日に決勝を迎えるというスケジュールが定着していたが、参加チーム数が年々増大してきたことを踏まえて、88チーム出場となった第84回(2004年度)以降は9月開幕が定着している(第93回(2013年度)は8月末の開幕、第94回(2014年度)は7月開幕)。第84回(2004年度)から第89回(2009年度)までの大会の基本的な日程は以下のとおりでほぼ固定されていた。第90回大会(2010年度)以降は、他の試合(Jリーグ・Jリーグヤマザキナビスコカップ・JFLなど)の日程を勘案しながら流動的に日程が組まれるようになり1回戦から4回戦までの日程は毎年異なっている(準々決勝以降の日程はこれまでの日程をほぼ踏襲)。詳細は各大会の記事を参照のこと。

  • 1回戦 - 敬老の日(9月第3月曜日)を含む週末(都道府県代表チーム、総理大臣杯全日本大学サッカートーナメント優勝チームの出場)
  • 2回戦 - 体育の日(10月第2月曜日)を含む週末(J1/J2チーム、JFLシードチームの出場)
  • 3回戦 - 文化の日(11月3日)に至近の週末
  • 4回戦 - 11月の第3土曜日あるいは12月の第1土曜日
  • 5回戦(準々決勝) - 12月23日前後
  • 6回戦(準決勝) - 12月29日
  • 7回戦(決勝) - 翌年1月1日(国立霞ヶ丘陸上競技場

なお、Jリーグ・ヤマザキナビスコカップ・JFLやAFCチャンピオンズリーグFIFAクラブワールドカップと日程が重複または近接する場合には、当該試合に関わるチームの天皇杯の試合は予備日(基本的に当該試合日の翌水曜日または翌土曜日)に開催される。

日程配分に関しては、日本サッカー協会の天皇杯開催規程第9条[28]において「本大会の開催期日については、原則として開催前年度の実施委員会にて決定する。ただし決勝は1月1日とする」と規定されていたが、第94回大会(2014年度)は、サッカー日本代表が出場を予定しているAFCアジアカップ2015オーストラリア)が2015年1月に開催され、その代表チーム強化期間の観点から2014年12月13日に決勝を繰り上げることが決まった。開催日の前倒し処置はこの第94回限定のもので、2015年(第95回)以後は再び翌年元日に決勝戦を行う予定にしている[29]。これにより天皇杯開催規程第9条の「決勝は1月1日とする」の箇所は削除されている。

スポーツ振興くじ (toto) の発売は、2回戦から準決勝までのJリーグ同士の対戦があった場合に限り発売される(試合により発売されない券種や発売方式が変更になる券種もある)。

また、長年にわたって決勝の会場となっていた国立霞ヶ丘陸上競技場は、新国立競技場への施設建て替え工事(2014年7月解体工事開始予定)に伴い使用できなくなることから、第94回大会決勝戦の会場は公募により日産スタジアムで決勝戦を開催することが発表された[30](詳細な経緯については第94回大会の記事を参照)。

出場資格[編集]

本大会に出場できるのはシード出場チームと各都道府県代表47チームが出場する。第92回(2012年度)では全88チームが出場する。

シード出場チーム[編集]

シード出場チームは全41チーム(89回大会以降)。シード枠の選考基準はJリーグが2部制となった第79回大会(1999年度)以降基本的に同じであるが、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)加盟クラブ数の増に伴ってチーム数ならびに登場試合の異動が発生している。また、シード枠の消滅したカテゴリも存在する。

都道府県代表チーム[編集]

原則として地区予選を兼ねる各都道府県大会(JFL、地域リーグなどの社会人、大学、高校、クラブチームなどを対象とする)の優勝チームまたは代表決定戦の勝利チーム(例:第79・80回のソニー仙台)が本大会への出場権を得る。ただし、優勝チームが上記のシード枠での本大会出場となる場合は準優勝チームが繰り上がる(例:第81回の長崎大学)。

天皇杯は全登録チームによるフルオープンエントリー制の大会を建前としてあり、各都道府県予選である大会には各都道府県サッカー協会に登録されている1種2種のチームは基本的に全チームにその年次の予選への参加権利がある事が望ましいとされている。しかし予選実施要綱の詳細は各都道府県サッカー協会側に任されており、実際には下部リーグがある運営を採っている都道府県大学リーグやチーム数が多い高校のチームなどは必ずしも毎年次に全チームがその年次の予選に直接参加できない都道府県もある[注釈 2]。詳細は各都道府県予選大会を参照。

各都道府県予選を兼ねる地方大会は次の通り。なお、「チーム数」欄は2012年時点のJFA登録チーム数[31]であり、上述の理由からこの全チームが各都道府県予選の参加資格を有するわけではないことに留意のこと。

都道府県 大会 チーム数 備考
北海道 知事杯全道サッカー選手権大会 1,683
青森県 NHK杯青森県サッカー選手権大会 320
岩手県 岩手県サッカー選手権大会 331
宮城県 NHK杯・河北杯争奪宮城県サッカー選手権大会 597
秋田県 秋田県総合サッカー選手権大会 240
山形県 山形県サッカー総合選手権大会 317
福島県 福島民報杯・NHK杯福島県サッカー選手権大会 441
茨城県 茨城県サッカー選手権大会 741
栃木県 栃木トヨタカップ栃木県サッカー選手権大会 567
群馬県 群馬県サッカー協会長杯サッカー大会 550
埼玉県 彩の国カップ埼玉県サッカー選手権大会 1,718
千葉県 千葉県サッカー選手権大会 1,091
東京都 東京都サッカートーナメント 2,159
神奈川県 神奈川県サッカー選手権大会 1,408
山梨県 山梨県サッカー選手権大会 243
長野県 長野県サッカー選手権大会 571
新潟県 新潟日報杯・NHK杯・共同通信杯新潟県サッカー選手権大会 504
富山県 富山県サッカー選手権大会 293
石川県 石川県サッカー選手権大会 281
福井県 福井県サッカー選手権大会 224
静岡県 スルガカップ争奪静岡県サッカー選手権大会 1,197
愛知県 愛知県サッカー選手権大会 1,093
三重県 三重県サッカー選手権大会 425
岐阜県 岐阜県サッカー選手権大会 481
滋賀県 滋賀県サッカー選手権大会(SHIGA FA CUP) 349
京都府 京都FAカップ京都サッカー選手権大会 630
大阪府 大阪サッカー選手権大会 1,024
兵庫県 兵庫県サッカー選手権大会 1,319
奈良県 奈良県サッカー選手権大会代表決定戦 263
和歌山県 和歌山県サッカー選手権大会 232
鳥取県 鳥取県サッカー選手権・決勝大会 216
島根県 島根県サッカー選手権大会 220
岡山県 岡山県サッカー選手権大会 477
広島県 全広島サッカー選手権大会決勝大会 643
山口県 山口県サッカー選手権大会 356
香川県 香川県サッカー選手権大会 250
徳島県 徳島県サッカー選手権大会 271
愛媛県 愛媛県サッカー選手権大会 395
高知県 高知県サッカー選手権大会 231
福岡県 福岡県サッカー選手権大会 942
佐賀県 佐賀県サッカー選手権大会 302
長崎県 長崎県サッカー選手権大会 429
熊本県 NHK杯熊本県サッカー選手権大会 578
大分県 大分県サッカー選手権大会決勝トーナメント大会 400
宮崎県 宮日旗・NHK杯宮崎県サッカー選手権大会 337
鹿児島県 鹿児島県サッカー選手権大会 633
沖縄県 タイムス杯争奪沖縄県サッカー選手権大会 457

印なしの大会は、都道府県代表制が採用された第76回で新設された大会。同じく◎印はそれ以後の第77回、※印は第78回に新設された大会。○印付の大会は既存(都道府県代表制が採用される以前からある大会で、天皇杯予選を兼ねている)の大会。

出場資格の変遷[編集]

  • 第1回(1921年)- :東部/中部/近畿・四国/中国・九州の各代表4チームに出場権。
  • 第5回(1925年)- :東京と九州代表が初参加し6チームに出場権。以後、予選の変更や大会の拡大と縮小をくり返し3~8チームに出場権。
  • 第26回(1946年):終戦後の混乱の中、関東代表と関西代表による2チームに出場権。
  • 第29回(1949年):関東/中部/関西/中国/九州の各代表5チームに出場権。
  • 第30回(1950年):北海道から九州までの各地区代表と開催地代表の全16チームに出場権。ただし北海道と東北代表チームは辞退した。
  • 第31回(1951年):北海道から九州までの各地区代表と開催地代表を含む協会推薦の全14チームに出場権。
  • 第32回(1952年)- :北海道から九州までの各地区代表と開催地代表を含む協会推薦の全16チームに出場権。
  • 第43回(1963年):協会推薦を含む7チームに出場権。
  • 第44回(1964年):実業団および学生(前回優勝を含む)上位各5チームに出場権。唯一、ノックアウトトーナメントを採用しなかった。
  • 第45回(1965年)- :日本サッカーリーグ(JSL)および全日本大学サッカー選手権大会の上位各4チームに出場権。
  • 第52回(1972年):オープン化し、JSL1部所属チームおよび9地域代表の全24チームに出場権。
  • 第53回(1973年)- :JSL1部所属チームおよび9地域代表の全26チームに拡大。予選が都道府県大会からになる。
  • 第57回(1977年)- :JSL1部所属チームおよび9地域代表の全28チームに拡大(後述する第60回記念大会を除く)。
  • 第60回(1980年):記念大会としてJSL2部の首位チームと総理大臣杯大学サッカー優勝チームを加え30チームに拡大。
  • 第64回(1984年)- :JSL1部所属チームおよび9地域代表の全32チームに拡大。
  • 第72回(1992年)- :日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)所属チームおよび9地域代表の全32チームに出場権。出場チーム数は変わらず。
  • 第76回(1996年):Jリーグ所属チーム(16チーム)、ジャパンフットボールリーグ上位11チームと関東大学連盟上位4チーム、関西学生連盟上位2チームおよび47都道府県代表の全80チームに出場権。第2種チームの都道府県予選への出場が可能になる。
  • 第77回(1997年):Jリーグ所属チーム1増(17チーム)につき全81チームに拡大。
  • 第78回(1998年):Jリーグ所属チーム1増(18チーム)につき全82チームに拡大。
  • 第79回(1999年):Jリーグ所属チーム(J1/J2全26チーム)、日本フットボールリーグ(JFL)上位3チームと総理大臣杯大学サッカー上位3チーム、高円宮杯全日本ユースサッカー優勝チームおよび47都道府県代表の全80チームに出場権。
  • 第80回(2000年):Jリーグ所属チーム1増(27チーム)に伴い総理大臣杯大学サッカー代表枠を上位2チームに変更(全出場チーム数は80チーム)。
  • 第81回(2001年)- :Jリーグ所属チーム1増(28チーム)に伴いJFL代表枠を上位2チームに変更(全出場チーム数は80チーム)。
  • 第84回(2004年):高円宮杯全日本ユースサッカー優勝チームの代わりにJFL代表枠を上位3チームに変更(全出場チーム数は80チーム)。
  • 第85回(2005年):Jリーグ所属チーム2増(30チーム)に伴いJFL代表枠を上位2チーム、総理大臣杯大学サッカー代表枠を上位1チームに変更(全出場チーム数は80チーム)。また、Jリーグ同士の試合に限りスポーツ振興くじの販売を開始した。
  • 第86回(2006年)- :Jリーグ所属チーム1増(31チーム)に伴いJFL代表枠を上位1チームに変更(全出場チーム数は80チーム)。
  • 第88回(2008年):Jリーグ所属チーム2増(33チーム)につき全82チームに拡大。
  • 第89回(2009年):Jリーグ所属チーム3増(36チーム)およびJFL代表枠を上位4チームに変更につき全88チームに拡大。
  • 第90回(2010年):Jリーグ所属チーム1増(37チーム)につきJFL代表枠を上位3チームに変更。
  • 第91回(2011年):Jリーグ所属チーム1増(38チーム)につきJFL代表枠を上位2チームに変更。また、東日本大震災の影響で宮城県は代表決定戦を行なわず、宮城県協会推薦チームが出場。
  • 第92回(2012年):Jリーグ所属チーム2増(40チーム)に伴いJFL代表枠を上位1チームに変更。総理大臣杯大学サッカー代表枠が廃止。
  • 第94回(2014年): JFL代表枠が廃止され、「前回大会 アマチュアカテゴリー最優秀成績チーム」に対するシード枠が新設。

試合方式[編集]

試合は45分ハーフの計90分で行い決着がつかない場合は当初抽選によって勝ち上がりチームを決定していたが、その後PK戦を導入。第75回(1995年)までは延長戦を行わずにPK戦で勝ち上がりチームを決定する方式(決勝戦のみ15分ハーフの延長戦を行い、その後PK戦)となる。第76回(1996年)からは全ての試合においてVゴール方式の延長戦を行い、その後PK戦を行う方式に変更された。そして第85回(2005年)からはVゴール方式を廃止し延長戦の前後半15分ずつを必ず最後まで行う方式に変更され、現在に至っている。

現在の試合球はアディダス製「ジャブラニ」をベースにした、ロゴマークと同様に白地に赤いの花びらを散らした専用デザインのもの。これは第90回(2010年)の決勝以降で使われている。

結果[編集]

年度 優勝 結果 準優勝 備考
1 1921年 東京蹴球団 1 - 0 御影蹴球団
2 1922年 名古屋蹴球団 1 - 0 広島高師
3 1923年 アストラ・クラブ 2 - 1 名古屋蹴球団 関東地震の影響で1924年2月に開催。
4 1924年 広島一中鯉城クラブ 1 - 0 全御影師範クラブ 第1回明治神宮大会を兼ねる。
5 1925年 鯉城蹴球団 3 - 0 東京帝国大学 第2回明治神宮大会を兼ねる。
1926年第6回)は大正天皇崩御のため中止。
7 1927年 神戸一中クラブ 2 - 0 鯉城クラブ 第4回明治神宮大会を兼ねる。
8 1928年 早大WMW 6 - 1 京都帝国大学
9 1929年 関学クラブ 3 - 0 法政大学 第5回明治神宮大会を兼ねる。
10 1930年 関学クラブ 3 - 0 慶應BRB 1931年5月に開催。
11 1931年 東京帝大LB 5 - 1 興文中学 第6回明治神宮大会、第1回全国地方対抗を兼ねる。
12 1932年 慶應クラブ 5 - 1 芳野クラブ 第2回全国地方対抗を兼ねる。
13 1933年 東京OBクラブ 4 - 1 仙台サッカークラブ 第7回明治神宮大会、第3回全国地方大会を兼ねる。
1934年第14回)は極東選手権への準備のため中止。
15 1935年 全京城蹴球団英語版 6 - 1 東京文理科大学 第1回全日本総合選手権を兼ねて開催される。
16 1936年 慶應BRB 3 - 2 普成専門 第2回全日本総合選手権を兼ねて開催される。
17 1937年 慶應義塾大学 3 - 0 神戸商業大学 第3回全日本総合選手権を兼ねて開催される。
18 1938年 早稲田大学 4 - 1 慶應義塾大学 第4回全日本総合選手権を兼ねて開催される。
19 1939年 慶應BRB 3 - 2 aet 早稲田大学 第5回全日本総合選手権を兼ねて開催される。
20 1940年 慶應BRB 1 - 0 早大WMW 第6回全日本総合選手権を兼ねて開催される。
1941年第21回)から1945年第25回)は太平洋戦争のため中止。
26 1946年 東大LB 6 - 2 神経大クラブ
1947年第27回)および1948年第28回)は政情不安のため中止。
29 1949年 東大LB 5 - 2 関大クラブ
30 1950年 全関学 6 - 1 慶應義塾大学
31 1951年 慶應BRB 3 - 2 aet 大阪クラブ この回より天皇杯の授与始まる。
32 1952年 全慶應 6 - 2 大阪クラブ
33 1953年 全関学 5 - 4 aet 大阪クラブ
34 1954年 慶應BRB 5 - 3 aet 東洋工業
35 1955年 全関学 4 - 3 中大クラブ
36 1956年 慶應BRB 4 - 2 八幡製鉄
37 1957年 中大クラブ 2 - 1 東洋工業
38 1958年 関学クラブ 2 - 1 八幡製鉄
39 1959年 関学クラブ 1 - 0 中央大学
40 1960年 古河電工 4 - 0 慶應BRB
41 1961年 古河電工 3 - 2 中央大学
42 1962年 中央大学 2 - 1 古河電工
43 1963年 早稲田大学 3 - 0 日立製作所 第22回朝日招待サッカーを兼ねる。
44 1964年 八幡製鉄
古河電工
0 - 0 aet 両チーム優勝。この回のみリーグ戦方式が導入された。
第23回朝日招待サッカーを兼ねる。
45 1965年 東洋工業 3 - 2 八幡製鉄
46 1966年 早稲田大学 3 - 2 aet 東洋工業
47 1967年 東洋工業 1 - 0 三菱重工
48 1968年 ヤンマー 1 - 0 三菱重工 この回より決勝戦が1月1日に設定された。
49 1969年 東洋工業 4 - 1 立教大学
50 1970年 ヤンマー 2 - 1 aet 東洋工業
51 1971年 三菱重工 3 - 1 ヤンマー
52 1972年 日立製作所 2 - 1 ヤンマー この回より大会がオープン化された。
53 1973年 三菱重工 2 - 1 日立製作所
54 1974年 ヤンマー 2 - 1 永大産業
55 1975年 日立製作所 2 - 0 フジタ工業
56 1976年 古河電工 4 - 1 ヤンマー
57 1977年 フジタ工業 4 - 1 ヤンマー
58 1978年 三菱重工 1 - 0 東洋工業
59 1979年 フジタ工業 2 - 1 三菱重工
60 1980年 三菱重工 1 - 0 田辺製薬
61 1981年 日本鋼管 2 - 0 読売クラブ
62 1982年 ヤマハ発動機 1 - 0 aet フジタ工業
63 1983年 日産自動車 2 - 0 ヤンマー
64 1984年 読売クラブ 2 - 0 古河電工
65 1985年 日産自動車 2 - 0 フジタ工業
66 1986年 読売クラブ 2 - 1 日本鋼管
67 1987年 読売クラブ 2 - 0 マツダSC
68 1988年 日産自動車 3 - 1 aet フジタ工業
69 1989年 日産自動車 3 - 2 ヤマハ発動機
70 1990年 松下電器 0 - 0 aet
(PK 4 - 3)
日産自動車
71 1991年 日産自動車 4 - 1 aet 読売クラブ
72 1992年 日産FC横浜マリノス 2 - 1 aet 読売クラブ 翌年発足するJリーグ所属の10チームがプロのクラブとして参加。
73 1993年 横浜フリューゲルス 6 - 2 aet 鹿島アントラーズ Jリーグ発足。
74 1994年 ベルマーレ平塚 2 - 0 セレッソ大阪
75 1995年 名古屋グランパスエイト 3 - 0 サンフレッチェ広島
76 1996年 ヴェルディ川崎 3 - 0 サンフレッチェ広島
77 1997年 鹿島アントラーズ 3 - 0 横浜フリューゲルス
78 1998年 横浜フリューゲルス 2 - 1 清水エスパルス この回の決勝戦をもって、横浜フリューゲルスは消滅。
79 1999年 名古屋グランパスエイト 2 - 0 サンフレッチェ広島
80 2000年 鹿島アントラーズ 3 - 2 VG 清水エスパルス
81 2001年 清水エスパルス 3 - 2 VG セレッソ大阪
82 2002年 京都パープルサンガ 2 - 1 鹿島アントラーズ
83 2003年 ジュビロ磐田 1 - 0 セレッソ大阪
84 2004年 東京ヴェルディ1969 2 - 1 ジュビロ磐田
85 2005年 浦和レッズ 2 - 1 清水エスパルス
86 2006年 浦和レッズ 1 - 0 ガンバ大阪
87 2007年 鹿島アントラーズ 2 - 0 サンフレッチェ広島
88 2008年 ガンバ大阪 1 - 0 aet 柏レイソル
89 2009年 ガンバ大阪 4 - 1 名古屋グランパス
90 2010年 鹿島アントラーズ 2 - 1 清水エスパルス
91 2011年 FC東京 4 - 2 京都サンガF.C. 大会史上初のJ2同士の決勝戦。
92 2012年 柏レイソル 1 - 0 ガンバ大阪
93 2013年 横浜F・マリノス 2 - 0 サンフレッチェ広島 現在の国立競技場では最後の決勝戦。
94 2014年 -

統計[編集]

チーム別成績[編集]

チーム名 優勝年度 準優勝年度
慶應義塾大学 9 4 1932, 1936, 1937, 1939, 1940, 1951, 1952, 1954, 1956 1930, 1938, 1950, 1960
横浜F・マリノス 7 1 1983, 1985, 1988, 1989, 1991, 1992, 2013 1990
関西学院大学 7 0 1929, 1930, 1950, 1953, 1955, 1958, 1959
浦和レッズ 6 3 1971, 1973, 1978, 1980, 2005, 2006 1967, 1968, 1979
東京ヴェルディ 5 3 1984, 1986, 1987, 1996, 2004 1981, 1991, 1992
早稲田大学 4 2 1928, 1938, 1963, 1966 1939, 1940
ジェフユナイテッド千葉 4 2 1960, 1961, 1964, 1976 1962, 1984
鹿島アントラーズ 4 2 1997, 2000, 2007, 2010 1993, 2002
サンフレッチェ広島 3 11 1965, 1967, 1969 1954, 1957, 1966, 1970, 1978, 1987, 1995, 1996, 1999, 2007, 2013
セレッソ大阪 3 8 1968, 1970, 1974 1971, 1972, 1976, 1977, 1983, 1994, 2001, 2003
湘南ベルマーレ 3 4 1977, 1979, 1994 1975, 1982, 1985, 1988
柏レイソル 3 3 1972, 1975, 2012 1963, 1973, 2008
ガンバ大阪 3 2 1990, 2008, 2009 2006, 2012
東京大学 3 1 1931, 1946, 1949 1925
中央大学 2 3 1957, 1962 1955, 1959, 1961
ジュビロ磐田 2 2 1982, 2003 1989, 2004
鯉城蹴球団 2 1 1924, 1925 1927
横浜フリューゲルス 2 1 1993, 1998 1997
名古屋グランパス 2 1 1995, 1999 2009
清水エスパルス 1 4 2001 1998, 2000, 2005, 2010
新日鐵八幡 1 3 1964 1956, 1958, 1965
名古屋蹴球団 1 1 1922 1923
NKK 1 1 1981 1986
京都サンガF.C. 1 1 2002 2011
東京蹴球団 1 0 1921
アストラ・クラブ 1 0 1923
神戸一中クラブ 1 0 1927
東京OBクラブ 1 0 1933
全京城蹴球団英語版 1 0 1935
FC東京 1 0 2011
大阪クラブ 0 3 1951, 1952, 1953
神戸経済大学 0 2 1937, 1946
御影蹴球団 0 1 1921
広島高師 0 1 1922
全御影師範クラブ 0 1 1924
京都大学 0 1 1928
法政大学 0 1 1929
興文中学 0 1 1931
芳野クラブ 0 1 1932
仙台サッカークラブ 0 1 1933
筑波大学 0 1 1935
高麗大学校 0 1 1936
関西大学 0 1 1949
立教大学 0 1 1969
永大産業 0 1 1974
田辺三菱製薬 0 1 1980
  • 注1:現存するチームは現在のチーム名を表記し、解散・廃部したチームはその当時のチーム名を表記。
  • 注2:大学関連チームの成績は、現役学生のみで構成されたチームの成績と、学生・OB混成チームの成績の2種類に分けずに表記する。
  • 注3:Jリーグ所属のクラブの成績は、前身組織の成績も含めている。

Jリーグクラブ別成績[編集]

クラブ名 優勝年度 準優勝年度
鹿島アントラーズ 4 2 1997,2000,2007,2010 1993,2002
ガンバ大阪 2 2 2008,2009 2006,2012
横浜フリューゲルス 2 1 1993,1998 1997
名古屋グランパス 2 1 1995,1999 2009
東京ヴェルディ 2 1 1996,2004 1992
横浜F・マリノス 2 0 1992,2013
浦和レッズ 2 0 2005,2006
清水エスパルス 1 4 2001 1998,2000,2005,2010
京都サンガF.C. 1 1 2002 2011
ジュビロ磐田 1 1 2003 2004
柏レイソル 1 1 2012 2008
湘南ベルマーレ 1 0 1994
FC東京 1 0 2011
サンフレッチェ広島 0 5 1995,1996,1999,2007,2013
セレッソ大阪 0 3 1994,2001,2003
  • 注:Jリーグ所属のクラブが参加した1992年度以降の成績のみ表記し、前身組織の成績は含めていない。

表彰[編集]

優勝チームへの特典[編集]

優勝チームに授与される天皇杯。

優勝チームには賞状[注釈 3]、優勝メダル、チーム強化費として1億円(2012年度の例)、天皇杯(第31回以降)の他にNHK杯(第48回以降)、共同通信杯、JOC杯、ドイツ杯(第85回以降)、FAシルバーカップ(第91回以降)[32]が試合終了後、メインスタンドの貴賓席付近で行う表彰式で贈られる。

参加チームの大多数がアマチュアとなる大会の性質上、優勝チームへの報酬は「賞金」ではなく「強化費」という名目で授与される。

Jリーグ発足後の第72回から全日本選手権チーム(チャンピオンチーム)の証として天皇杯優勝チームマーク(天皇杯チャンピオンマーク)が授与され、翌シーズンのユニフォームに付けることができる[33]。このマークは第88回大会までは日本サッカー協会のシンボルマークであるヤタガラスをモチーフに、上部に天皇杯の英名である「Emperor's Cup」の頭文字である「E」の文字をあしらったオリジナルデザインのエンブレムが使用されていたが、第89回大会より桜の花弁をあしらった天皇杯シンボルマークの下部に「Emperor's Cup WINNERS」の文字をくわえたデザインに改められた[33][34]

2008年まではJリーグのリーグ戦ユニフォームに天皇杯優勝チームマークをつけなければならない規定があった[35]が、2009年以降はこの規定がなくなっている[36]。2012年の第92回大会では、前年度優勝のFC東京が天皇杯用ユニフォームのみに天皇杯優勝チームマークをつけた[37]

当大会の優勝により出場権を得られる大会[編集]

優勝チームは全日本選手権チームとして、翌シーズンのゼロックス杯AFCチャンピオンズリーグ(ACL)の出場資格を得る。なお、AFCチャンピオンズリーグ創設前の第69回(1989年度)から第80回(2000年度)までは、優勝チームはアジアカップウィナーズカップの出場権を得るものとされていた(アジアの大会における日本のサッカークラブも参照)。

なお、優勝チームが同シーズンのJ1リーグも優勝している場合には、ゼロックス杯には同シーズンJ1リーグ2位チームが繰り上がり、出場権が与えられる。また、同シーズンJ1リーグ3位までのチームが優勝チームだった場合はACLには同シーズンJ1リーグ4位チームが繰り上がり出場権が与えられる。第87回(2007年度)までは、ゼロックス杯は天皇杯の準優勝チームが繰り上がっていた。またACLは第86回(2006年度)までの優勝チームが翌々シーズンの出場権を得ることになっており、優勝チームが翌シーズンのJ1リーグで優勝した場合には同シーズンJ1リーグ2位チームが繰り上がっていた(2008年までの日本からのACL出場枠は2チーム)。

なお、この以前の方式では優勝チームが翌年にJ2へ降格した場合はACL出場権が剥奪されることになっていたが、この規定が適用されたことはなかった。第82回(2002年度)の天皇杯を制した京都パープルサンガ(2003年にJ2降格)は当時のACLの日程変更上の過渡期でもあったため元々出場権がなく、第84回(2004年度)優勝の東京ヴェルディ1969(2005年にJ2降格)は、クラブ側の「J2に降格した場合でも出場したい」という意向を受け入れる形で同大会への出場が認められた。また、第87回(2007年度)の優勝チームである鹿島アントラーズは、当大会からの出場権授与の変更により、天皇杯優勝によるACL出場資格を得られなかった(前年までのレギュレーションであれば2009年のACL出場資格を得ていたはずだった。ただし2008年のJ1リーグ優勝で同大会への出場資格を得ている)。

現在はAFCクラブライセンス制度により、Jリーグクラブライセンス制度によるJ1ライセンスを持つクラブにはACL出場権が与えられる。なお、同ライセンスを持たないチームが優勝した場合はAFC臨時クラブライセンスの発給を申請するか、ACL出場を辞退する[38]ことになる。

1980年代前半にはジャパンカップへの出場権が与えられていた。

NHK杯[編集]

1968年元日に社会人と学生それぞれのチャンピオンチームを招待した「NHK杯元日サッカー」が開催され、前年の日本リーグ優勝の東洋工業とインカレ優勝の関西大学が東京の国立霞ヶ丘陸上競技場で対戦した。

わずか10日後に両チームとも第47回の初戦を控えておりその前哨戦としての意味合いが強かったが[39]、本大会が滞りなく運営されたこともあり翌年度の第48回より天皇杯決勝を元日開催とし、NHK杯サッカーはこの1回のみで廃止された。なおこの試合は東洋工業が1-0で関大を降し、その勢いのまま天皇杯も制した。また試合直前には関大サッカー部の選手が交通事故で亡くなるということがあり喪章をつけて練習が行われた[40]

現在、優勝チームに天皇杯と共にNHK杯が授与されるのはこの名残りで、日本放送協会会長(出席できない場合はスポーツセンター局長、あるいは放送総局長などが代理出席)が訪れて、直接優勝チームのキャプテンにNHK杯の大トロフィーを贈る。

SURUGA I DREAM Award[編集]

特別協賛スポンサーとなっているスルガ銀行の協賛で2009年大会から制定された。この賞は大会全試合のゴールの中から、ジャイアント・キリングを起こし、大会を盛り上げた「天皇杯を象徴するゴール」に対する表彰である。発表・表彰式は決勝戦のハーフタイムに行なわれる。

回数 年度 受賞チーム(得点者) 対象ゴールの試合・相手
89 2009年 明治大学山本紘之 3回戦・モンテディオ山形
90 2010年 ソニー仙台桐田英樹 2回戦・ベガルタ仙台
91 2011年 松本山雅多々良敦斗 3回戦・アルビレックス新潟
92 2012年 福島ユナイテッド益子義浩 3回戦・アルビレックス新潟
93 2013年 長野パルセイロ有永一生 2回戦・名古屋グランパス

その他[編集]

入場曲[編集]

第78回(1998年度)より、決勝戦のみならずすべてのスタジアムでの入場曲に「日本サッカーの歌」(坂本龍一作曲)が使われている。決勝戦終了直後の表彰式においても、優勝チーム表彰の際に「日本サッカーの歌」がBGMで流される。

会場[編集]

試合会場の決定方法は公表されていない。近年は1・2回戦ではどちらかのチームのホームスタジアムもしくは同一県・隣接県となるようになっている[注釈 4]。また、レギュレーションの発表時点ですべての組み合わせと試合会場が決定するため(ただし、発表後に変更になる場合もあり、会場未定にして組み合わせ決定後に決めることもあった。第92回大会では4回戦以降の組み合わせ・会場は3回戦終了後に決定することになった)

第84回(2004年度)以降、出場するJリーグ所属チームのホームスタジアム(または準ホームスタジアム)で試合をするケースが増えてきているが、各クラブが主催権を持つJリーグと異なり、天皇杯は各都道府県サッカー協会が主催となり、試合会場も中立地扱いとなる。

天皇杯への指摘[編集]

天皇杯(全日本選手権)はア式蹴球全国優勝大会として設立された第1回から辞退チームが出るなど、その権威や他の国内外の大会とのスケジュールの兼ね合いによる過密日程などの問題を抱えていた。戦前の明治神宮競技大会との統合や日本サッカーリーグ設立に伴う日本チャンピオンの位置付け(現状では日本リーグ1部・Jリーグ1部優勝をチャンピオンとしているが、全日本選手権=Championshipは天皇杯である)[41]などがある。また1968年(第47回)大会では過密日程や準備不足を理由とした3チームの辞退が出たほか、1986年(第66回)大会ではアジアクラブ選手権出場を優先させるため日本サッカー協会の指示で古河電工が出場を辞退(予定されていた対兵庫教員戦は壮行試合とし、結果として古河は日本初のアジア王者となった)させられるなどの問題を抱えていた。

21世紀以降では、サッカー日本代表の活動やAFCチャンピオンズリーグの開催による日程の過密化、Jリーグの春秋制導入議論の中で天皇杯の日程見直しを求める声が上がっており[42]日本サッカー協会も決勝を元日から11月~12月に前倒しする方針を示している[43]。なお、第89回大会から第93回大会までベストメンバー規定が適用されていた。

テレビ・ラジオ放送[編集]

日本放送協会(NHK)が共催することや過去の経緯もあって、地上波・BSでのテレビ放送はNHKによりほぼ独占放送されている。ラジオ放送は準決勝までNHKが独占、決勝はNHKに加えてTBSラジオニューイヤー駅伝中継のため飛び乗り)、文化放送ニッポン放送が中継を行う。RFラジオ日本も2009年度まで中継を行っていた。

NHKによるテレビ放送は、第76回(1996年度)以降はJリーグ勢の登場以降の中継が基本となっている。

  • 2回戦:J1チーム出場カードのうち2試合をBS1で放送(原則として生中継)。
  • 3回戦、4回戦:J1チーム出場カードのうち試合日(予備日含む)ごとに1-2試合をBS1で放送(原則として生中継、一部試合は録画中継)。
    • 第86回(2006年度)の4回戦は試合日が2日間にわたり予備日にも2試合が行われたため、計6試合で中継が行われた。
    • 第90回(2010年度)の4回戦は8試合とも同日同時刻に行われた上、BS1で主要競技の中継を行っている2010年アジア競技大会との調整もあったため、全国放送はダイジェスト番組のみとなった(NHK水戸放送局で県域放送向けに総合テレビのサブチャンネルを使って鹿島vsC大阪を放送したのみ)。
    • 第91回(2011年度)の3回戦は全試合同時キックオフだったが、2011年3月までBS2が使用していたBS102chをBS1の臨時放送用のチャンネルとして使用することとなったため、101chと102chで2試合同時生放送を行なった。またこの年の中継より、BS1で放送の試合が延長戦になった場合は、メインチャンネルの101chは通常放送を優先し、102chで続きを放送するようになった。
  • 準々決勝:全試合をBS1で放送(生中継2試合+録画中継2試合)。原則ノーカット放送だが、録画放送となる試合で延長戦PK戦となった試合は120分(NHK BSニュースによる中断時間を含む)の放送時間に収めるようにするため、一部抜粋で放送することがある。
  • 準決勝、決勝:全試合を総合テレビラジオ第1[注釈 5]、および海外向けのNHKワールド・プレミアムで生中継(ただし準決勝の13時キックオフの試合が延長戦となった場合は、15時キックオフの試合は途中飛び乗りで中継)。また、BS1で録画中継。第87回(2007年度)の決勝まではBSハイビジョンでも生中継で放送されていた。

このほか、各県大会の決勝もNHK各局でのローカル中継で放送される他、本大会の2 - 4回戦および準々決勝の試合日には深夜にBS1でダイジェスト番組が放送されている(Jリーグタイムと同様の放送体制)。全試合生中継する準決勝以降はダイジェストが放送されないが、2009年度・2010年度は決勝終了後の夜にもBS1でダイジェスト番組が放送される(BS1の録画中継は決勝翌日の1月2日深夜に行われる)。

また、第91回(2011年度)からはCS放送のスカチャンでの中継が行われる(4回戦以降の全試合を録画中継(一部生中継)。2012年は2回戦・3回戦のうちNHKが中継しない試合も数試合セレクトして放送)。過去にはJ SPORTSでも放送されたことがある。

なお、元日に行われる決勝戦の中継は、永らくNHKが1年で最初に行うスポーツ中継であった[注釈 6]

注釈[編集]

  1. ^ 第91回大会では2011年のJFLの日程の都合上、「前期リーグ戦第7節から各チームの11試合終了時の成績を比較する」という特殊なレギュレーションがとられた。
  2. ^ 各都道府県での大会の実施例で、例えば春先にその都道府県内での登録全チームがエントリー可能な各種大会(社会人・大学・高校・クラブ・ユースなど)がある場合はその大会で天皇杯予選を兼ねる事がある。 また、別途に天皇杯用の予選を開く場合もある。参加チーム数や日程などの諸事情から前述の様な天皇杯に向けた予選やそれを兼ねる大会の開催が不可能な場合は、前年度に行われた各種大会の成績上位チームに各都道府県内天皇杯予選への参加資格を与えたりする場合もある。例としては、神奈川県や東京都の高校チームなどは地域ユースチームのリーグ戦参加校の中の成績上位チームが出場条件になるケースや神奈川県大学リーグ所属校からの予選参加条件は秋季のみ行われる県大学リーグ1部の上位4校のみが可能などがある。これらのような例においては、下部リーグの所属だとその時点での予選への出場エントリーは不可能になる。一方、そのようなリーグ構成を採る都道府県でも下部まで含めた全チームに毎年次の予選参加の機会を与えている都道府県もある。
  3. ^ 賞状の文言読み上げはなし
  4. ^ 第92回大会の場合、1回戦ではどちらかのチームのホームスタジアムもしくは同一県・隣接県ですべての試合が行われ、2回戦での例外は名古屋グランパスFC刈谷(愛知県代表)の愛知県勢対決が福井で行われたのみ。この年の名古屋は3回戦も富山だった。ただ、名古屋の対戦相手は2回戦はツエーゲン金沢(会場は近隣県)、3回戦はカターレ富山(会場がホーム)となる可能性があった
  5. ^ ラジオ第1の同時放送を行うNHKワールド・ラジオ日本では電波運用面の都合上一切放送せず、定時の国際放送独自編成のほか、FM・デジタルラジオ実用化試験放送の音楽番組に差し替える。決勝にあたる元日の差し替えでは当日、ラジオ第2とFMで放送される「初春の調べ」など年始の特集番組を時差放送する。
  6. ^ 第91回(2011年度)は天皇杯決勝の前に行われる第33回全日本女子サッカー選手権大会決勝がBS1で生放送され、天皇杯中継の冒頭では「総合テレビでは今年最初のスポーツ中継」とアナウンスされた。なお、民放を含めると、ニューイヤー駅伝の中継が1年で最初の日本のスポーツ中継となる

出典[編集]

  1. ^ 前身の日産自動車時代を含む
  2. ^ 天皇杯は鹿島が制し、3冠を達成”. Jリーグニュース No.69. 日本プロサッカーリーグ (2001年1月31日). 2014年5月29日閲覧。
  3. ^ ““正月の風物詩”天皇杯決勝12月に前倒し”. サンケイスポーツ. (2013年4月23日). オリジナル2013年8月15日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20130815194039/http://www.sanspo.com/soccer/news/20130423/jle13042305040001-n1.html 2014年5月29日閲覧。 
  4. ^ 蹴球協 65頁。
  5. ^ a b 蹴球協 200頁。
  6. ^ 日本サッカー協会創設のきっかけ イングランド銀杯復刻 asahi.com 2011.08.22 2011.08.22閲覧
  7. ^ 蹴球協 63頁。
  8. ^ 蹴球協 64-65頁。
  9. ^ 蹴球協 81頁。
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  11. ^ a b c 鈴木 52-53頁
  12. ^ a b 蹴球協 101頁。
  13. ^ 天皇杯の由来・歴代優勝チーム”. 日本サッカー協会. 2009年2月13日閲覧。
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  17. ^ a b 財団法人日本サッカー協会75年史編集委員会編 『財団法人日本サッカー協会 75年史』 日本サッカー協会、1996年、224頁。
  18. ^ 第34回全日本女子サッカー選手権大会 大会概要 ~11月23日に開幕、決勝はNACK5スタジアム大宮開催決定~”. 日本サッカー協会 (2012年6月19日). 2012年11月17日閲覧。
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  20. ^ 「油断して負けた今でも残年でならない」『天皇杯65年史』p62、中島道雄「私の天皇杯」鈴木 p73、斎藤才三「私の天皇杯」鈴木 p81、井出多米男「私の天皇杯」鈴木 p89
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  30. ^ 天皇杯決勝は日産スタジアム(デイリースポーツ2013年11月11日 同11月12日閲覧)
  31. ^ 都道府県別登録数”. 日本サッカー協会. 2014年6月7日閲覧。
  32. ^ 「FAシルバーカップ紹介」『第91回 天皇杯 全日本サッカー選手権大会 4回戦・準々決勝・準決勝・決勝』17頁。
  33. ^ a b 「天皇杯とは」『第91回 天皇杯 全日本サッカー選手権大会 4回戦・準々決勝・準決勝・決勝』3頁。
  34. ^ 天皇杯全日本サッカー選手権大会 - 社団法人京都府サッカー協会公式サイト
  35. ^ Jリーグユニフォーム要項 2008 (PDF) - Jリーグ公式サイト
  36. ^ Jリーグユニフォーム要項 2009 (PDF) - Jリーグ公式サイト
  37. ^ FC東京広報部Twitterアカウント 2012年9月7日の発言
  38. ^ この場合はその年のJ1リーグ4位に入賞したクラブが繰り上げ出場する
  39. ^ 「東洋工業、関大を破る」『朝日新聞』1968年1月3日。
  40. ^ 「コーナーキック」『朝日新聞』1968年1月3日。
  41. ^ 『1991-1992JSLイヤーブック』200頁。
  42. ^ 後藤健生 (2010年4月26日). “開幕直後に故障者が多すぎるJリーグの日程問題”. J SPORTS コラム&ブログ. 2011年10月4日閲覧。
  43. ^ 相沢光一 (2011年9月20日). “日本一忙しいサッカー選手・清武を救え!? 元日決戦は今季限りとなる天皇杯日程変更の意味とは|Sports セカンド・オピニオン|ダイヤモンド・オンライン”. ダイヤモンド・オンライン. 2011年10月4日閲覧。

参考資料・文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]