神は死んだ
神は死んだ(かみはしんだ、独:Gott ist tot, 英:God is dead)は、ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェの言葉として、ニヒリズムを表す言葉として広く引用される言葉である。
ニーチェは、キリスト教的な神や価値観が、プラトン的な形而上学的真実在、超越的な彼岸世界への信仰が消滅して、現実の生・世界が無価値・無意味になり、ヨーロッパが歴史的に危機状況にあることを、神は死んだ(も同然だ)ということばで表した。
『悦ばしき知識』(Die fröhliche Wissenschaft,1882)の108章、125章、343章で言及されている。その内、最も著名なのは125章の記述であるが、今、独逸語版Wikipediaより当該部分を抜粋すると、
- Gott ist todt! Gott bleibt todt!
- Und wir haben ihn getödtet!
- Wie trösten wir uns, die Mörder aller Mörder?
とあり、英語版Wikipediaでは
- God is dead. God remains dead.
- And we have killed him.
- Yet his shadow still looms.
- How shall we comfort ourselves, the murderers of all murderers?
とあるのであって、英語版では"Yet"以下の一文を、ドイツ語"haben"の語気を補うために補記的に挿入している。 すなわち、ニーチェは「神は死んだ」と一刀両断にする語気ではなく「神は死んだも同然だ」(God is *as good as* dead)と言いたかったのだと解釈すべき部分である[要出典]。 また、『ツァラトゥストラはかく語りき』(1885年)の冒頭部分は、アフォリズム形式で書かれた『悦ばしき知識』(1882年)の思想を承けて書き起こされたものである。 現代日本社会では、このような思想空間の醸成や前後の文脈等を全く汲まず、大学のレポート類、Amazonの書評欄などで「ニーチェは『神は死んだ』と言った」などと安直に書く傾向がある。 「神は死んだ」の引用のされ方は、翻訳による思想の移入にまつわる問題点を極めてわかりやすく示す好個の例として興味深いものとなっている。
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神の死の神学 [編集]
ニーチェのことばである「神は死んだ」は、1960年代になり、公民権運動が盛んな時代のアメリカの神学者たちが使うようになった。アメリカの神学者たちは、現代社会において神は人間にリアルな存在ではないという意味で、神は死んでしまったという意味で用いる。
1957年にアメリカの神学者ゲイブリル・ヴァハニアンは『神は死んだ』と題した著書を著した。ヴァニハンはその中で、無神論をアメリカの大衆の生き方であると述べている。
アメリカ人の神学者トマス・アルタイザーはエモリー大学で教えている間に、『神は死んだか?』を出版する。アルターザーは無神論的神学者ではなく、「この歴史の中に神が全く内在化している。」と神の内在化を述べたのであった[1]。
また、アメリカの神学者のウィリアム・ハミルトンが異なった立場から、1961年に著書『キリスト教の新しい本質』で、異なった視点の神の死の神学を展開した。
脚注 [編集]
参考文献 [編集]
- 山崎正一・市川浩著『現代哲学辞典』講談社(講談社現代新書)、1970年
- W・E・ホーダーン(著)『現代キリスト教神学入門』布施濤雄(訳)、日本基督教団出版局1969年
- ウィリストン・ウォーカー(著)『キリスト教史4 近・現代のキリスト教』、野呂芳男・塚田理・八代崇訳ヨルダン社、1986年
- ハーヴィー・M・コーン(著)『現代世界神学』松田一男(訳)、聖恵授産所、1985年
関連項目 [編集]
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