オスカー・クルマン
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オスカー・クルマン(Oscar Cullmann, 1902年 - 1999年)は、ルター派のスイスの新約聖書学者であり、初代キリスト教史学者である。「救済史」と呼ばれる神学で有名になった。エキュメニカル運動で、ルター派とローマ・カトリック教会の対話を確立するための重要な責任をになったことでも知られている。
1902年にストラスブールに生まれた。ストラスブール大学とパリ大学で学び、1930年にストラスブール大学の教授になる。1938年にバーゼル大学の教会史と新約学の教授になる。
1945年以降は、パリ大学プロテスタント神学部教授と兼任した。聖書神学の領域で活躍し、ルドルフ・ブルトマンを中心とする新約聖書の実存論的な解釈に反対し、キリストの救済史を強調した救済史学派を形成した。
また、バーゼル大学の同僚であった、カール・バルトに反対して幼児洗礼擁護論争も引き起こしたことで有名。
フランス語共同訳 (La TOB) のプロテスタント代表の学者として、カトリック側の学者ピエール・ブノワと共に、新約聖書の監修になった[1]。
脚注 [編集]
日本語訳著書 [編集]
- キリストと時(前田護郎訳、1954年)
- ペテロ(荒井献訳、1965年)
- 新約聖書(倉田清訳、白水社(文庫クセジュ)、1967年)
- 霊魂の不滅か死者の復活か(間垣洋助、岸千年訳、聖文舎、1966年)
- 原始キリスト教と礼拝(由木康、佐竹明)訳、新教出版社、1967年)
参考文献 [編集]
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