モニター艦

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モニター艦(モニターかん)あるいはモニターとは軍艦の一種で、比較的小型で低乾舷の船体に、相対的に大口径の主砲砲塔式に搭載したものを指す。基本設計に着目した分類であるため、性能や用途は艦によって異なる。モニターの語は、最初期の例である南北戦争時のアメリカ軍艦モニター (USS Monitor) の艦名に由来する。広義の砲艦の一種に含まれる。

大きく分けると、沿岸や内水域での対艦戦闘を目的としたものと、対地攻撃を目的としたものに分類することができる。いずれも乾舷が低く航洋性能が乏しい傾向があり、移動砲台的な性格を持つ点で共通する。前者は、用途に着目すると海防戦艦の一形態とも見ることができる。

目的別の歴史的経過[編集]

対艦戦闘を目的としたモニター艦[編集]

ペルー海軍からチリ海軍鹵獲したワスカル。典型的ではないがモニター艦に分類される場合がある。

アメリカ南北戦争において北軍がモニター (USS Monitor) 級を、水路封鎖と対地攻撃に用いた(→ハンプトンローズ海戦)のが、一般に歴史上最初のモニター艦だと言われる。これは軍艦に砲塔が搭載された最初期の例でもある。

南北戦争で一定の成功を収めたことをきっかけに、建造費用のわりに強力な沿岸防衛用軍艦としてモニター艦は世界に広まった。初代モニターの設計者であるジョン・エリクソン自身も、スウェーデン海軍向けにモニター艦を設計している。これらのモニター艦に共通する特徴としては、強力な主砲塔と装甲のほかに、マストなどの帆走設備を持たないことと、極端に低い乾舷としていることである[1]。この特徴は、砲塔の射界を確保して少数の大口径砲で高い攻撃力を実現し、標的面積を減少させ、装甲を集中することで防御力も向上でき、帆装の操作人員も削減できるメリットがある。

当時実用化されていた艦船用の最新動力は蒸気レシプロエンジンであった。しかし、直立シリンダー形では低いシルエットと重心を得ることは難しく、さりとて、水平形で推進軸を船体中心線付近とするには配置と重量の左右不均衡を招く。そこで左右対称の構造で、ピストンの両側にコネクティングロッド(コンロッド)を持つ水平還動式の「トランクエンジン」に着目し、これを改良することとなった。トランクエンジンはピストン棒が無く小型化には適するが、コンロッドの動作角度の制限(トランク径の限界)から大きなストローク(大きな軸トルク)が得られない欠点があった。そこで、エリクソンはコンロッドをクランクに直付けすることを止め、の両端に長短2本のレバー(てこ棒)を持つレバー軸を新たに設け、短いレバーにピストンからのコンロッドを連結し、長いレバーでストロークを増幅した上でクランクを回すレイアウトを考案した。このレバー軸はトランクエンジンを挟んで左右に1組ずつあり、左右の長いレバーからのコンロッドが中央のクランクでつながるため左右対称となり、船体中心線上への配置と低い甲板の両立が可能となり、さらに必要なトルクも確保できるようになった。これはバイブレーティングレバーエンジンと呼ばれる。

一方、低く小さな船体は、燃料用石炭の搭載限界による航続力の低下、居住環境の悪化、耐波性の低下というデメリットももたらした。デメリットは沿岸防御に用いる分には一応許容できるが、それでもしばしば海難事故を生じる原因となった。作業・滞在空間の不足を補うためには、砲塔上や甲板にテントを張ることがよく行われたが、不便は否めなかった。

イギリスでは、対艦戦闘用モニター艦の一種として、ブレストワーク・モニターと呼ばれる系列の軍艦が建造された。これは船体中央部にブレストワーク(breastwork、胸壁の意)と称する上部構造物を載せ、その上に砲塔を配置したモニター艦である。上甲板に砲塔設置用の開口部を持たないため、船体の水密性が高まり、作業・居住空間が広がるメリットがあった。その代わり、被弾しやすいブレストワーク部には強力な装甲を施す必要が生じ、重量増加や重心上昇を招くデメリットもあった。オーストラリア向けに建造されたサーベラスが代表例である。艦の前後中心線上に砲塔を置くデザインは、航洋装甲艦と融合し前弩級戦艦へと発展する通過点となった。

急激な技術発展が進む中で、19世紀末には早くも上記のような典型的モニター艦は建造されなくなった。砲戦距離が伸び、砲弾の落下角度が増大したことは、低乾舷が有していた標的面積減少のメリットを失わせた。また、上記などの戦訓により、モニター艦の主兵装とする少数の大口径砲よりも、新型の速射砲が実用的であることが判明した上、新たに出現した水雷艇対策にも小口径の速射砲装備が不可欠であり、モニター艦にはそのような改良の余地が乏しかった。さらに機関技術の進歩は、航洋型の軍艦でも帆走設備を縮小・廃止できる状況を生み、モニター艦よりもバランスのとれた設計が可能になっていたのである。もっとも、モニター艦の持っていた小さな装甲船体に相対的に強力な火砲という性格は、一般的な海防戦艦に承継されていく。

対地攻撃を目的としたモニター艦[編集]

イギリス海軍のマーシャル・ネイ

以上のような対艦戦闘用の系列とは別に、第一次世界大戦の頃に出現した対地攻撃用のモニター艦がある。これはイギリス海軍が、陸上部隊の火力支援任務のために、戦艦装甲巡洋艦の砲塔を流用した一種の移動砲台である。沿岸用なので喫水が浅く比較的乾舷が低い点や、強力な主砲塔を持つ点で従来のモニター艦と類似する。建造の背景には、地上砲撃という戦術上の必要性のほかに、旧式艦の余剰砲塔の有効活用という意図もあったと言われる。イギリス海軍では35隻が建造されたほか、バルト海での対地支援用に建造された大型軽巡洋艦フューリアスなどもモニター艦的な存在である。

大口径の主砲は持つものの、通常の水上戦闘艦と交戦するのには適しない。なぜなら、水上戦闘用のモニター艦が廃れたように、速射砲ではない少数の砲では遠距離の高速移動目標への命中は期待しがたいうえ、速力も極めて低速なためである。第一次世界大戦においてイギリス海軍のモニター艦ラグランM28は、オスマン帝国海軍の巡洋戦艦ヤウズ・スルタン・セリムおよび巡洋艦ミディッリと交戦したが、一方的に撃沈されている。

軍用機の急速な発達が進むと、モニター艦の防御力の弱さが目立つようになり、速力が遅いことによる運用難もあって次第に衰退した。第二次世界大戦でもイギリス海軍では少数のモニター艦が使用されたが、うち1隻のテラーはドイツ軍機の空襲で失われている。ただし、モニター艦が目的とした海上からの火力支援任務はむしろ重要性を増し、一般的な戦艦やロケット弾搭載舟艇がこれを引き継いでいる。なおイギリス海軍のモニター艦2隻は1950年代まで在籍していた。

河用モニター艦[編集]

ポーランド海軍トルン級河用モニターピンスクに係留中の写真。(1926年以前)

河川などの内水用の砲艦(砲艇)の中にも、モニター艦式の設計のものがあり、海上用のモニター艦とは区別して河用モニター艦と呼ばれることもある。武装には戦車用の砲塔を流用したものが多い。例えばベトナム戦争でアメリカ軍は、上陸用舟艇を改造して迫撃砲や戦車砲を搭載した重武装の砲艇を使用し、モニターと呼んでいた。これはメコン川などの流域にあるゲリラ拠点に対しての対地攻撃に用いられた。

    • テメシュ級 - オーストリア=ハンガリー帝国海軍がドナウ川防衛用に建造。
    • 強襲支援哨戒艇(Assault Support Patrol Boat:ASPB)(アルファ・ポート) - ベトナム戦争後期に建造。メコン川沿岸での対地攻撃に従事。

代表的なモニター艦[編集]

アメリカ海軍のモンテレー








潜水モニター艦[編集]

モニター艦の中でも特異な存在の艦ないしモニター類似艦として、第一次世界大戦後にイギリス海軍の建造したM級潜水艦を挙げることができる。この潜水艦は限定旋回式の305mm単装砲塔を搭載しており、敵水上艦船への浮上攻撃を行う計画であった。

なお、フランス海軍でも、通商破壊用に203mm砲塔を搭載した似た性格の潜水艦スルクフが建造されているが、こちらはモニター艦と呼ばれることは無い。

ゲーム[編集]

  • Iron & Oak (GMT,2013-クロノノーツゲーム,2013)-日本語訳なし,アメリカ南北戦争の海戦をマス目のマップとカードを用いて遊ぶ紙製のゲーム。

注記[編集]

  1. ^ ただしペルー海軍太平洋の戦争で使用したワスカル等は、帆走設備を有する通常型の船体にも関わらず、モニター艦のひとつに数えられることがある。厳密には砲塔艦に分類される。

参考文献[編集]

  • 松代守弘 「モニター艦」『知られざる特殊兵器』 学習研究社〈歴史群像アーカイブ〉、2008年、114頁。

関連項目[編集]