上陸支援艇
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| 上陸支援艇 | ||
|---|---|---|
| 艦級概観 | ||
| 艦種 | 揚陸艦 | |
| 性能諸元 | ||
| 排水量 | 基準:254トン | |
| 全長 | 48.3m | |
| 全幅 | 7.1m | |
| 吃水 | 1.7m(艦尾、積載状態) | |
| 機関 | グレイマリーンディーゼルエンジン | 8基 |
| 推進器 | 2軸 | |
| 速力 | 最大16.5kt | |
| 乗員 | 士官: 3ないし6名、 下士官兵: 55ないし68名 |
|
| 兵装 | 50口径3インチ単装緩射砲 または40mm単装/連装機銃 |
1基 |
| 40ミリ連装機銃 | 2基 | |
| 20ミリ単装機銃 | 4基 | |
| 12.7mm単装機銃 | 4基 | |
| Mk.7 114mmロケット5連装発射機 | 2基 | |
上陸支援艇(英語: Landing Ship Support, Large, LSSL)は揚陸艦の一種でアメリカ海軍によって第二次世界大戦で太平洋戦域における上陸戦時の火力支援に使われた。
元の艦種は Landing Craft Support (Large)(Mark 3) LCS(L)(3)であったが、戦後改名された。大型歩兵揚陸艇LCI(L)の船体を利用して砲艇に改設計したものであって装甲防御は持たないが、主要部分には弾片防御がほどこされている。
全部で130隻が建造され、戦後多数の艦が日本等各国に貸与あるいは供与された。
1952年に成立した日米船舶貸借協定によって1953年から日本に貸与され、沿岸部における警備・哨戒の任に当たった。1958年から順次返還された。しかし一部の艇は供与に切り替えられ、その後も長い間各種支援業務にあたった。最後の艇が除籍されたのは1976年。それぞれの艦には草花に由来する名前が付けられ、ゆり型警備艇と海上自衛隊では呼ばれたが、警備隊時代は警備船と称した。
元より揚陸艇の改修型のため、凌波性に欠け荒天時の航行は困難であった。しかし海上自衛隊の創成期において貴重な海上防衛力の一翼を担った。
後にこの上陸支援艇をより大型化し火力・装甲を強化した上陸火力支援艦(水陸両用戦巡洋艦とも呼ぶ)が建造されたが、航空作戦の発達や戦術の変化などにより「カロネード」1隻が造られたのみで姿を消した。
参考文献 [編集]
関連項目 [編集]
- 大日本帝国陸軍が上陸支援を目的として建造した武装小艇。似通ったコンセプトではあるが、装甲艇は小型で火力を機銃に依存するなどかなりの違いが見られる。