フランチェスコ・カラッチョロ級戦艦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
フランチェスコ・カラッチョロ級戦艦
Caracciolo class.jpg
本級の完成予想図
艦級概観
艦種 戦艦
艦名 人名
前級 カイオ・ドゥイリオ級
次級 ヴィットリオ・ヴェネト級
性能諸元(改装後)
排水量 常備:29,400トン
満載:33,950トン
全長 212.0m
全幅 29.6m
吃水 9.5m
機関 ヤーロー式重油・石炭混焼水管缶20基
+パーソンズ直結タービン(低速・高速)2組4軸推進
最大出力 108,000hp
最大速力 28.0ノット
航続距離 10ノット/8,000海里
燃料 重油:1,800トン
乗員 1,480名
兵装 アームストロング Mark I 38.1cm(40口径)連装砲4基
アームストロング 15.2cm(45口径)単装速射砲16基
9cm(45口径)単装速射砲12基
45cm水中魚雷発射管単装8門
装甲 舷側:300mm(最厚部)
甲板:38~86.3mm
主砲塔: 396mm(前盾)30mm(側盾・後盾)、150mm(天蓋)
主砲バーベット部:396mm(最厚部)
司令塔:355mm(側盾)

フランチェスコ・カラッチョロ級戦艦 (:Navi da battaglia Classe Francesco Caracciolo) はイタリア海軍初の超弩級戦艦の艦級である。第一次世界大戦の勃発により全て建造停止となった。

概要[編集]

フランチェスコ・カラッチョロの進水式

弩級戦艦「カイオ・ドゥイリオ級」の建造中に仮想敵国であるオーストリア=ハンガリー帝国海軍が計画していた「モナーク代艦」は35cm砲を搭載する超弩級戦艦であった。これに対し、弩級戦艦しかなかったイタリア海軍は超弩級戦艦の整備を計画し、イギリスに協力を仰いだ。この時期のイギリス海軍では38.1cm砲を搭載して速力25ノットを出す戦艦「クイーン・エリザベス級」を起工しており、イギリスは38.1cm砲を提供する事が出来た。これにより、本級は38.1cm砲を搭載する高速戦艦としてフェランディ造船少将の推進に設計された。計画速力は28ノットを目標としており、船体の縦横比率は従来艦の5.8~6.0に比べ6.8と高速を出しやすい形状となっていた。本級は4隻の建造が承認され、1914年に起工したが、第一次世界大戦の勃発に伴う資材不足により全艦建造停止となった。1番艦のみ工事の進んだ船体を航空母艦として建造する案もあったがドックを空けるために1920年5月12日に進水式を行った。その後は民間業者に売却されて客船として建造する予定であったが、資金難のために計画中止されて解体処分された。

艦形[編集]

本級の船体形状は中央楼型船体である。前級までの特徴であった水面下のカット・オフ艦首ではなく、なだらかに傾斜するクリッパー型艦首に改められた。全くシア(反り返り)のない前部甲板上に新型の38.1cm砲を収めた連装砲塔で1番主砲塔が1基配置し、その後部から中央楼の上に2番主砲塔が1基配置されて背負い式配置となっていた。艦橋を装甲化して司令塔化し、その背後に前向きで三脚型の前部マストを建てた。船体中央部の2本煙突が立ちその周囲は艦載艇置き場となっており2番煙突の直前に立つ後部マストの左右に1基ずつのクレーン2基により運用された。副砲の15.2cm速射砲は波浪の影響を受けにくい最上甲板上の中央楼の側面に舷側ケースメイト配置で片舷8基ずつ計16基が配置する工夫がされていた。後部司令塔と後ろ向きの3番主砲塔が配置した所で中央楼は終了し、後部甲板上に4番主砲塔が1基配置された。艦尾水面下には4軸のタービン軸に接続されたスクリュープロペラと中心線上にを配置し、前側に前後に長い副舵と後側に大型の主舵を配置した。

主砲、そのほかの武装[編集]

本級の主砲としてアームストロング・エルジック社の協力で国内のボッゾーリ社で国産された「アームストロング 1914年型 38.1cm(40口径)砲」を採用された。その性能は重量884kgの主砲弾を最大仰角20度で射距離19,800mまで届かせられる性能であった。発射速度は1分間に1.5~2発、仰角は仰角20度・俯角5度であった。動力は蒸気機関による水圧ポンプ駆動であり補助に人力を必要とした。旋回角度は艦首方向を0度として左右162度の旋回角が可能であった。なお、本級の未成により不要となった38.1cm砲の連装砲塔1基を流用してモニター艦ファー・ディ・ブルーノ(Fáa di Bruno )」1隻、及び38.1cm砲身を1門ずつ流用した小型モニター4隻が建造された。

同型艦[編集]

  • フランチェスコ・カラッチョロ(Francesco Caracciolo)

カステラマーレ造船所で1914年10月12日起工、1916年3月工事中止、1920年5月12日進水、同年10月25日売却後、解体処分。

  • クリストーフォロ・コロンボ(Cristoforo Colombo)

アンサルド社ジェノヴァ造船所で1915年3月14日起工、1915年工事中止後、解体処分。

  • マルカントニオ・コロンナ(Marcantonio Colonna)

オデロ社ジェノヴァ造船所で1915年3月3日起工、1915年工事中止後、解体処分。

  • フランチェスコ・モロシーニ(Francesco Morosini)

オルランド社リヴォルノ造船所で1915年6月27日起工、1915年工事中止後、解体処分。

参考図書[編集]

  • 世界の艦船増刊第30集 イギリス戦艦史」(海人社
  • 「世界の艦船増刊第41集 イタリア戦艦史」(海人社)
  • 「Conway All The World's Fightingships 1906–1921」(Conway)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]