チェーザレ・プランデッリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
チェーザレ・プランデッリ Football pictogram.svg
Balotelli Prandelli Napolitano (cropped).jpg
名前
本名 クラウディオ・チェーザレ・プランデッリ
ラテン文字 Cesare Prandelli
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
生年月日 1957年8月19日(57歳)
出身地 イタリアの旗 オルツィヌオーヴィ
身長 176cm
体重 72kg
選手情報
ポジション MF
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1974-1978
1978-1979
1979-1985
1985-1990
Cremonese クレモネーゼ
Atalanta アタランタBC
Juventus ユヴェントスFC
Atalanta アタランタBC
88 (4)
27 (1)
89 (0)
89 (1)
監督歴
1993-1994
1994-1997
1997-1998
1998-2000
2000-2001
2002-2004
2004
2005-2010
2010-2014
Atalanta アタランタBC
Atalanta アタランタBC下部組織
Lecce USレッチェ
Hellas Verona エラス・ヴェローナFC
Venezia SSCヴェネツィア
Parma パルマFC
Roma ASローマ
Fiorentina ACFフィオレンティーナ
 イタリア代表
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

クラウディオ・チェーザレ・プランデッリClaudio Cesare Prandelli1957年8月19日 - )は、イタリアブレシア県オルツィヌオーヴィ出身のサッカー指導者、元サッカー選手

人物[編集]

ストライカーの育成に実績がある監督でアルベルト・ジラルディーノアドリアン・ムトゥを覚醒させた人物として知られる。日本ではパルマ時代に中田英寿と起用法を巡って対立したことで話題を集めた。

来歴[編集]

サッカー選手時代はミッドフィールダーとしてアタランタBCユヴェントスFCなどでプレー。ユヴェントスでは3回のスクデットをはじめ、タイトル獲得に貢献している。1985年には、選手としてヘイゼルの悲劇に遭遇している。引退後、アタランタの下部組織のコーチなどを経て、1998/1999シーズンにエラス・ヴェローナの監督に就任。1年でチームをセリエA昇格に導く。続く1999/2000はセリエB降格最有力候補と見られていたが、シーズン後半から怒涛の快進撃を見せて、最終的に9位という好成績を残した。

その後、ヴェネツィアパルマASローマ(家庭の事情で短期間で辞任)の監督を歴任し、2005/2006シーズンにACFフィオレンティーナの監督に就任。かろうじてセリエB降格を免れた前シーズンから一転してリーグ4位の好成績を収め、UEFAチャンピオンズリーグ出場権を獲得した。しかし、シーズン終盤に発生した八百長疑惑に関わっていたとされ、勝ち点は30の減点。UEFAチャンピオンズリーグへの出場権を剥奪された。

だがプランデッリが指揮するフィオレンティーナは翌シーズン、翌々シーズンともチャンピオンズリーグ出場圏を常に争う快進撃を見せ、イタリアでは珍しい長期政権となった。なお、フィオレンティーナではアレッサンドロ・ガンベリーニリッカルド・モントリーヴォマヌエル・パスクアルジャンパオロ・パッツィーニら将来のイタリア代表を担うと目される逸材を短期間で次々に才能開花させた。

2010年5月にワールドカップ南アフリカ大会の大会終了後にマルチェロ・リッピ監督の後任としてイタリア代表の監督に就任することが決定し、イタリアサッカー連盟(FIGC)と4年契約を交わした。

イタリア代表では、ジャンルイジ・ブッフォンアンドレア・ピルロといったベテランを引き続き軸としながらも、マリオ・バロテッリら若手やモントリーヴォ、パッツィーニら自らが育てた中堅を招集し、伝統の堅守だけでなくパスをつないで攻撃も重視するスタイルに転換を図った。EURO2012予選を無敗で1位通過し(8勝2分け)、順調な滑り出しをみせる。だが、EURO2012本大会直前には、イタリアサッカー界は八百長問題で大きく揺れ、代表においても捜査を受けたドメニコ・クリシートを外さざるを得なくなるなど大きな影響を受けた。その中でプランデッリはチームをまとめ、低かった前評判を覆し決勝まで導いた。決勝ではスペインに0-4という大敗を喫したが、南アフリカでの惨敗と八百長問題という暗雲を吹き飛ばしたとしてイタリア国内でも評価された[1]

2013年、イタリア代表はFIFAコンフェデレーションズカップ2013に出場し、3位に入る。

ワールドカップブラジル大会予選も無敗で1位通過し(6勝4分け)、プランデッリとFIGCはEURO2016本大会まで2年の契約延長に合意していたが、2014 FIFAワールドカップ本大会ではグループリーグで敗退したため代表監督を辞任した[2]

2014-2015シーズンからはトルコの強豪クラブであるガラタサライの指揮を執ることが決定している[3]

エピソード[編集]

所属クラブ[編集]

選手[編集]

指導者[編集]

獲得タイトル[編集]

選手時代[編集]

ユヴェントス

監督時代[編集]

ヴェローナ

脚注[編集]

  1. ^ [http://www.repubblica.it/speciali/calcio/europei/polonia-ucraina2012/squadre/italia/2012/07/02/news/tornata_la_nazionale-38404614/ Napolitano a Prandelli "Se andava via mi sarei arrabbiato"]
  2. ^ 敗退イタリア、プランデッリが辞任 連盟会長も Goal.com 2014年6月25日閲覧
  3. ^ ガラタサライ新監督にプランデッリ氏 欧州サッカー連盟公式サイト(日本語版) 2014年7月8日付
  4. ^ フィレンツェの親子鷹calcio2002,2010-1-3閲覧