チェーザレ・プランデッリ
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| チェーザレ・プランデッリ | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 本名 | クラウディオ・チェーザレ・プランデッリ | |
| カタカナ | クラウディオ・チェーザレ・プランデッリ | |
| ラテン文字 | Cesare Prandelli | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1957年8月19日 | |
| 出身地 | ブレシア | |
| 身長 | 176cm | |
| 体重 | 72kg | |
| 選手情報 | ||
| ポジション | MF
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クラウディオ・チェーザレ・プランデッリ(Claudio Cesare Prandelli、1957年8月19日 - )はイタリア・ブレシア出身のサッカー指導者。
ストライカーの育成に定評がある監督で アルベルト・ジラルディーノ、アドリアン・ムトゥを覚醒させた人物として知られる。
日本ではパルマ時代に中田英寿と起用法を巡って対立したことで話題を集めた。
[編集] 経歴
サッカー選手時代はアタランタBC、ユヴェントスなどでプレーしていた。引退後、アタランタの下部組織のコーチなどを経て、1998/1999シーズンにエラス・ヴェローナの監督に就任。1年でチームをセリエA昇格に導く。続く1999/2000はセリエB降格最有力候補と見られていたが、シーズン後半から怒涛の快進撃を見せて、最終的に9位という好成績を残した。
その後、ヴェネツィア、パルマ、ASローマ(家庭の事情で短期間で辞任)の監督を歴任し、2005/2006シーズンにフィオレンティーナの監督に就任。かろうじてセリエB降格を免れた前シーズンから一転してリーグ4位の好成績を収め、UEFAチャンピオンズリーグ出場権を獲得した。しかし、シーズン終盤に発生した八百長疑惑に関わっていたとされ、勝ち点は30の減点。UEFAチャンピオンズリーグへの出場権を剥奪された。
だがプランデッリ指揮するフィオレンティーナは翌シーズン、翌々シーズンともチャンピオンズリーグ出場圏を常に争う快進撃を見せ、イタリアでは珍しい長期政権となりつつある。なお、フィオレンティーナではアレッサンドロ・ガンベリーニ、リッカルド・モントリーヴォ、マヌエル・パスクアル、ジャンパオロ・パッツィーニら将来のイタリア代表を担うと目される逸材を短期間で次々に才能開花させている。
[編集] 選手経歴
[編集] 指導者経歴
| フィオレンティーナ - 現所属メンバー |
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1 フレイ | 2 クロルドルップ | 3 ダイネッリ | 4 ドナデル | 5 ガンベリーニ | 6 バルガス | 7 セミオーリ | 8 ヨヴェティッチ | 9 オスヴァルド | 10 ムトゥ | 11 ジラルディーノ | 13 ストラーリ | 14 ザウリ | 15 マズフ | 16 ハブレ | 17 パパ・ワイゴ | 18 モントリーヴォ | 19 ゴッビ | 20 ヨルゲンセン | 21 コモット | 22 クズマノヴィッチ | 23 パスクアル | 24 サンターナ | 25 アヴラモフ | 26 アレックス | 28 ジェフェルソン | 29 パッツィーニ | 30 アルミロン | 33 セクリン | 34 グラン | 35 ディアカテ | 37 レプリ | 38 モレッリ | 39 ノッチョリーニ | 40 ロミッツィ | 41 タッリャーニ | 54 ダ・コスタ | 88 メロ | 監督: プランデッリ |

