ジャンパオロ・パッツィーニ
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| 名前 | ||||||
| 愛称 | パッツォ | |||||
| カタカナ | ジャンパオロ・パッツィーニ | |||||
| ラテン文字 | Giampaolo PAZZINI | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1984年8月2日(28歳) | |||||
| 出身地 | ペーシャ | |||||
| 身長 | 180cm | |||||
| 体重 | 77kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム | ||||||
| ポジション | FW (CFW、ST) | |||||
| 背番号 | 11 | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 (得点) | ||||
| 2002-2005.1 2005.1-2009.1 2009.1-2011.1 2011.1-2012 2012- |
アタランタBC フィオレンティーナ サンプドリア インテル・ミラノ ACミラン |
51 (12) 108 (25) 75 (36) 50 (16) |
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| 代表歴2 | ||||||
| 2000-2001 2002 2002-2003 2003 2004-2007 2009- |
12 (4) 1 (0) 9 (6) 1 (0) 22 (5) 24 (4) |
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| 1. 国内リーグ戦に限る。2012年5月13日現在。 2. 2012年9月11日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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ジャンパオロ・パッツィーニ(Giampaolo Pazzini, 1984年8月2日 - )は、イタリア・トスカーナ州フィレンツェ近郊ペーシャ出身で同国代表、ACミラン所属のサッカー選手。ポジションはフォワード。
目次 |
人物 [編集]
ユース各世代のイタリア代表に招集され、将来を嘱望されてきた選手の一人。2005年にセリエA最優秀若手賞(オスカル・デル・カルチョ)を受賞。2009年にはA代表デビューを果たした。愛称はパッツォ(Pazzo)[1]。
選手歴 [編集]
アタランタ [編集]
アタランタの下部組織出身。U-11 EUROPE CUPに出場した際には、大会の最優秀選手に選出され、U-16イタリア代表から各世代の代表に招集されるなど、早くから才能を認められていた。2003-2004シーズンにトップチームに昇格し、セリエB39試合出場で9得点。チームの昇格に貢献した。また、UEFA主催のUEFA U-19欧州選手権2003にU-19イタリア代表として出場し、優勝している。セリエAで迎えた翌シーズンは、前半戦で12試合出場、3得点。2005年1月12日、移籍金650万ユーロでACFフィオレンティーナに移籍。
フィオレンティーナ [編集]
- 2004-2005シーズン(後半)
敵地でのユヴェントス戦でゴールを決め、移籍早々にフィオレンティーナファンの心を掴んだ。後半戦では14試合に出場し、3得点を挙げた。
- 2005-2006シーズン
このシーズンに31得点しゴールデンシューを獲得したルカ・トーニの控えに甘んじるも、2番手ストライカーの座をヴァレリ・ボジノフと争った。ユヴェントス戦やインテル戦等のビッグクラブ相手の得点が高く評価され、セリエA最優秀若手賞(カルチョ・オスカー)を受賞している。途中交代での出場など出場時間は限られていたが、26試合に出場、5得点しており、どれも重要なゴールであった。
- 2006-2007シーズン
開幕前にU-21イタリア代表の試合で負った怪我のため長期間離脱し、前半戦を棒に振る。復帰1戦目の古巣アタランタ戦においてドッピエッタ(2得点)を記録した。復帰後は、トーニの控えであり続ける事に不満を訴え、冬の移籍市場でのレンタル移籍を志願するも、アドリアン・ムトゥ等のチームメイトやチェーザレ・プランデッリ監督の説得に応じ、シーズン終了まで残留した。最終的にこのシーズンは24試合出場、7得点している。
- 2007-2008シーズン
ルカ・トーニの移籍にともない、チェーザレ・プランデッリ監督はパッツィーニをレギュラーに指名。リーグ戦9得点、カップ戦3得点という成績で、プランデッリ監督が設定した「シーズン12ゴール」の目標をクリアした。しかし、ヨーロッパの舞台(UEFAカップ)で無得点に終わり、トーニの代役としては明らかに物足りない[2]という評価も受けた。
- 2008-2009シーズン(前半)
プランデッリの愛弟子でイタリア代表のFWアルベルト・ジラルディーノが加入したため控えに回る。シーズン前半から出場機会を求めて移籍を志願し、2009年1月14日にサンプドリアに移籍することが決定した。
サンプドリア [編集]
シーズン途中加入ながら背番号10番を託されると、アントニオ・カッサーノとのコンビでゴールを量産。後半戦のみで19試合出場11得点を記録し期待に応えた。翌2009-2010シーズンはキャリア最高となる37試合出場19得点の成績を挙げ、サンプドリアのエースに成長した。2011年1月28日、インテルへの移籍が発表された。
インテル [編集]
移籍から2日後に行われたパレルモ戦に途中出場し、2ゴールとペナルティーキック獲得の活躍でチームの逆転勝利に貢献した[3]。
2011年5月1日、ACチェゼーナ戦に途中出場。当時16位の相手にチームは決定的なチャンスを作れず後半45分まで0-1とリードを許していたが、約5分のロスタイムで立て続けに2ゴールを決め逆転勝利の立役者となった[4]。結局17試合で11ゴールを挙げ後半戦巻き返しに一役買った。しかし、2011-12シーズンは一転して不振に陥り5得点に留まり、チームも6位に終わった。
2012年8月22日、サンプドリアでコンビを組んでいたアントニオ・カッサーノとのトレードにインテルとACミランが合意した。
ミラン [編集]
8月26日の古巣サンプドリアとの開幕戦で途中出場し、ミランでのデビューを飾る。続く9月1日のボローニャFC戦では移籍後初ゴールを含む3得点を記録した。
代表歴 [編集]
U-21イタリア代表 [編集]
2007年3月10日、改装工事明けのウェンブリー・スタジアムで行われたU-21イングランド代表対U-21イタリア代表のフレンドリーマッチに先発出場。スタジアム史上最速(試合開始28秒後)で先制点を挙げ、トリプレッタ(3得点)の活躍を見せた。後半に交代しベンチに退く際には、敵地のイングランドサポーターからスタンディングオベーションを受けた。
イタリア代表 [編集]
2009年3月22日、マルチェロ・リッピによりフル代表に招集される。3月28日のモンテネグロ戦で代表デビューを果たし、代表初ゴールもマークした。翌年のW杯のメンバーにも選出され、グループリーグのニュージーランド戦で後半途中から出場した。2011年9月6日のUEFA欧州選手権2012予選のスロベニア戦では途中出場から85分に決勝点を挙げ、イタリアの本大会出場決定に貢献した[5]。
備考 [編集]
- 得点後、時折みせるゴールパフォーマンス(人差し指と中指をそれぞれ両目の下にあてがう)は「今のゴール見た!?」というアピールである。勝敗を決める得点や、アクロバティックなゴールを決めた際に行うことが多い。
- クラブではポジション争いのライバルであったが、イタリア代表のルカ・トーニとは公私ともに仲が良く、ウェンブリーでの試合の数日後に行われたユーロ2008予選のイタリア代表対スコットランド代表戦でトーニがドッピエッタ(2得点)すると、インタビューにおいてお互いを称え合っている。パッツィーニが移籍を志願した際にはトーニはパッツィーニを擁護し、年越しを一緒に過ごす等、師弟関係にも似た友情を築いている。
- アタランタ下部組織や各アンダー世代の代表などでも同僚であるリッカルド・モントリーヴォとも仲が良い。パッツィーニとモントリーヴォは背格好が似ていることから、彼等の名前を繋げたパッツォリーヴォ(Pazzolivo)として、フィオレンティーナのオフィシャルホームページやナイキのCMにおいて、実は同一人物なのではないかというネタにされている[6]。(外部リンク参照)
- 2011年、10年間交際した女性と結婚した[7]。
所属クラブ [編集]
アタランタBC 2003-2005.1
ACFフィオレンティーナ 2005.1-2009.1
UCサンプドリア 2009.1-2011.1
インテルナツィオナーレ・ミラノ 2011.1-2012
ACミラン 2012-
脚注 [編集]
- ^ イタリア語で「狂気、途方もない」を意味する。姓のパッツィーニにかけたもので、プレースタイルとティフォージの願いが反映されている。
- ^ エースへ転進したパッツィーニの躍進と背景を探る OCNスポーツ
- ^ パッツィーニ 、最高のインテルデビュー UEFA.com 2011年1月31日
- ^ インテル、ロスタイム弾2発でミランの今節優勝を阻止 Goal.com 2011年5月1日
- ^ イタリア 対 スロベニア リポート イタリア、パッツィーニ弾で本大会出場決定Goal.com 2011年9月7日
- ^ [その後、2人はミランでもチームメイトとなっている]
- ^ “パッツィーニ結婚式にカッサーノら列席”. ニッカンスポーツ. (2011年7月9日) 2011年8月23日閲覧。
外部リンク [編集]
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