ジュゼッペ・ロッシ

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ジュゼッペ・ロッシ Football pictogram.svg
Giuseppe Rossi Showdown in Chinatown 2010.jpg
名前
ラテン文字 Giuseppe Rossi
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生年月日 1987年2月1日(25歳)
出身地 ニュージャージー州
身長 173cm
体重 73kg
選手情報
在籍チーム スペインの旗 ビジャレアルCF
ポジション FW
背番号 22
利き足 左足
クラブチーム1
クラブ 出場 (得点)
2004-2007
2006
2007
2007-
イングランドの旗 マンチェスター・U
イングランドの旗 ニューカッスル
イタリアの旗 パルマ
スペインの旗 ビジャレアル
5 0(1)
11 0(0)
19 0(9)
128 (51)
代表歴 2
2008- イタリアの旗 イタリア 27 (6)
1. 国内リーグ戦に限る。2011年8月29日現在。
2. 2011年10月7日現在。
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ジュゼッペ・ロッシ(Giuseppe Rossi, 1987年2月1日 - )は、アメリカ合衆国ニュージャージー州ティーネック出身のサッカー選手イタリア代表である。ビジャレアルCF所属。ポジションはFW

目次

[編集] 経歴

[編集] クラブ

イタリア人の両親の下にアメリカ・ニュージャージー州で生まれ、サッカーのコーチをしていた父親の影響で4歳の時にサッカーを始めた[1]。イタリアに渡るとパルマFCの下部組織に入団し、ルカ・チガリーニアルトゥーロ・ルポリらとともにアッリエーヴィ・ナツィオナーレ(15・16歳のカテゴリー)で全国制覇した[2]

[編集] マンチェスター・U

2004年に17歳でマンチェスター・ユナイテッドFCへ移籍した。アメリカ育ちであり言語習得の必要がなかったことも理由のひとつだと語っている[3]。11月10日のカーリングカップクリスタルパレスFC戦で初出場した。移籍初年度の2004-05シーズンはリーグ戦出場なしに終わったが、2005年10月のサンダーランドAFC戦でプレミアリーグデビューし、2005-06シーズンは公式戦10試合に出場して4得点した[3]。しかし層が厚いユナイテッドでは満足な出場機会を得られず、2006-2007シーズンはニューカッスル・ユナイテッドFCへレンタルされた。しかしニューカッスルでも11試合出場無得点と活躍できず、2007年1月に古巣のパルマFCにレンタル移籍した。

初出場となったトリノFC戦では、10試合勝ち星がなかったチームに勝ち点3を与える得点を挙げた[2]クラウディオ・ラニエリ監督が就任したパルマFCではすぐさまポジションを掴み、19試合で9得点を挙げてパルマの降格圏脱出の立役者となる活躍を見せた[1]。2007年3月には新ウェンブリー・スタジアムでのオープニングゲームとしてのU-21イングランド代表対U-21イタリア代表の試合に出場した[2]。2007年6月、U-21欧州選手権に出場した。

[編集] ビジャレアルCF

2009年にビジャレアルでプレーするロッシ

2007年8月1日、移籍金670万ポンド(約17億円)の6年契約でリーガ・エスパニョーラビジャレアルCFへ完全移籍した。8月26日、リーグデビュー戦となったバレンシアCF戦で得点したが、ロッシはプレミアリーグセリエAのデビュー戦でもそれぞれゴールを挙げている。開幕直後からゴールを量産していたが、11月に右膝半月板を負傷した。復帰してからはニハト・カフヴェチとコンビを組み、前線でのチャンスメークに非凡な才能を見せた。最終的にはリーグ戦27試合出場11ゴールをマークし、リーグ2位と2008-09シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ出場権の獲得に貢献した。

2008-09シーズンは怪我で出遅れたものの、復帰後は得点を積み重ね、2月9日のCDヌマンシア戦では1試合2得点を挙げた[4]。2月終了時点で早くも2007-08シーズンの得点数を抜いたが、3月にはいってからは得点がぴたりと途絶え、結局12点でシーズンを終えた。UEFAチャンピオンズリーグではオールボーBK戦やパナシナイコスFC戦などで計3得点した。2009年7月27日、ACミランの公式サイト上でロッシ獲得が発表され、数秒後にそのニュースは削除された。これはクラッカー(ハッカー)がいたずらで掲載したものだという[5]。2010年2月には、父親の看病のために期限を定めずにアメリカに帰国したが、父親は2月23日に亡くなった。

2011年1月25日、ビジャレアルCFとの契約を2016年6月30日まで延長した[6][7]。同年夏にはFCバルセロナ[8]ユヴェントスFC[9]SSCナポリ[10]などがロッシの獲得に動いたが、結局合意には至らずに残留した。8月25日、UEFAチャンピオンズリーグ本選出場プレーオフのオーデンセBK戦セカンドレグでは2得点を挙げてグループリーグ出場を決めた[11]。2010-2011シーズンは最終的に56試合に出場し32ゴールを記録した。

2011年10月26日、レアル・マドリード戦で右膝の前十字靱帯を損傷し、全治6カ月の離脱を強いられることとなった[12]

[編集] イタリア代表

U-17イタリア代表やU-19イタリア代表を経て、U-23イタリア代表でも主力として活躍し、2008年の北京五輪にも出場。チームは準々決勝で敗退し、メダル獲得はならなかったが、自身は4得点を挙げ得点王となった。

2008年10月11日、2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選ブルガリア戦(0-0)でイタリアA代表デビュー。2009年6月6日の北アイルランドとの親善試合で代表初ゴールを記録[13]。同年のコンフェデレーションズカップのメンバーに選出された。グループリーグ初戦のアメリカ戦(3-1)では、ミドルシュートで同点ゴールを決め、後半ロスタイムには追加点を決めて逆転勝利に貢献した[14][15]

2011年2月9日に行われたドイツ代表との親善試合では途中出場して同点ゴールを決めた[16]。6月4日、UEFA欧州選手権2012予選エストニア戦では先制点を決め、さらに惜しいシュートを何本も放って勝利に貢献した[17]

[編集] 人物

アメリカ育ちで第一言語は英語だが、イタリア語の教師をしていた両親にイタリア語を教わり[18]、アメリカにいながらイタリア語も習得した。 子どもの頃からジャンフランコ・ゾラのプレーに憧れていた[2]。なお、父親の影響でACミランのファンだったことを公言している[19]

[編集] 評価

イタリア代表監督のチェーザレ・プランデッリは「テクニックとスピードを兼ね揃えたモダンな選手で、全ての監督が欲しがるようなFW」であると評価している[20]

宇佐美貴史はドイツ移籍後、これまでの対戦相手の中でロッシが一番うまかったとコラムに書いている。 [21]

[編集] 所属クラブ

2006-2007 →イングランドの旗 ニューカッスル・ユナイテッドFC (loan)
2007 →イタリアの旗 パルマFC (loan)

[編集] 個人成績

[編集] クラブでの出場記録

シーズン クラブ リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 CL・EL 期間通算
出場 得点 アシスト 出場 得点 アシスト 出場 得点 アシスト 出場 得点 アシスト 出場 得点 アシスト
2004–05 マンチェスター・U プレミア 0 0 0 0 0 0 2 0 0 0 0 0 2 0 0
2005–06 5 1 0 2 2 2 3 1 2 2 0 0 12 4 4
2006–07 ニューカッスル・U 11 0 0 0 0 0 2 1 0 13 1 0
2006–07 パルマFC セリエA 19 9 4 0 0 0 1 0 0 20 9 4
2007–08 ビジャレアルCF プリメーラ 27 11 3 5 2 0 5 0 1 37 13 4
2008–09 30 12 7 1 0 0 8 3 1 39 15 8
2009–10 34 10 3 4 2 0 8 5 1 46 17 4
2010–11 36 18 5 5 3 1 15 11 4 56 32 10
2011–12 9 3 0 - - - 5 2 1 14 5 1
通算 プレミア 16 1 0 2 2 2 7 2 2 2 0 0 27 5 4
セリエA 19 9 4 0 0 0 1 0 0 20 9 4
プリメーラ 136 54 18 15 7 1 41 21 8 192 82 27
総通算 171 64 22 17 9 3 7 2 2 44 21 8 239 96 35

[編集] 代表での得点

 #  日時 場所 相手 スコア 結果 大会
1. 2009年6月6日 イタリアの旗 ピサ  北アイルランド 1–0 3–0 親善試合
2. 2009年6月15日 南アフリカ共和国の旗 プレトリア  アメリカ合衆国 1–1 1–3 FIFAコンフェデレーションズカップ2009
3. 1–3
4. 2011年2月9日 ドイツの旗 ドルトムント  ドイツ 1–1 1–1 親善試合
5. 2011年3月29日 ウクライナの旗 キエフ  ウクライナ 0–1 0–2 親善試合
6. 2011年6月3日 イタリアの旗 モデナ  エストニア 1–0 3–0 UEFA欧州選手権2012予選

[編集] タイトル

[編集] クラブ

  • イングランドの旗 マンチェスター・ユナイテッドFC
フットボールリーグカップ (1) : 2005-2006

[編集] 個人

[編集] 脚注

  1. ^ a b イタリア注目の新星ロッシ livedoorスポーツ、2007年5月30日
  2. ^ a b c d 『CALCiO2002』アスペクト、2007年5月号インタビュー
  3. ^ a b 『Number 723』文藝春秋、「流浪のストライカー」
  4. ^ ビジャレアル ロッシの2得点でヌマンシアに勝利 AFP BB News、2009年2月9日
  5. ^ ミランがG・ロッシを獲得!? Goal.com、2009年7月28日
  6. ^ ロッシがビジャレアルと契約更新 Goal.com、2011年1月25日
  7. ^ ビジャレアル、ロッシと2016年まで3年間の契約延長 WOWOWリーガニュース、2011年1月26日
  8. ^ G・ロッシ代理人:「ビジャレアルはバルサのオファーを断った」 Goal.com、2011年6月18日
  9. ^ ユーヴェ、米遠征前にロッシ獲得を狙う Goal.com、2011年7月14日
  10. ^ G・ロッシ:「ナポリの関心はうれしいが…」 Goal.com、2011年8月11日
  11. ^ ビジャレアル 対 オーデンセ ラインアップとデータ Goal.com、2011年8月24日
  12. ^ "Rossi out for six months" ESPN 2011年10月26日
  13. ^ イタリア代表、3-0で北アイルランド代表に勝利 livedoorスポーツ、2009年6月7日
  14. ^ G・ロッシ:「アメリカは固いチームだったけど・・・」 Goal.com、2009年6月16日
  15. ^ 英雄ロッシがセリエAで吠える日。 Numbew Web、2009年6月28日
  16. ^ ドイツ戦でのゴールに満足のG・ロッシ Goal.com、2011年2月10日
  17. ^ イタリア快勝、EURO予選突破に近づく Goal.com、2011年6月4日
  18. ^ ロッシ2発!母国アメリカ撃破! スポーツ報知、2009年6月17日
  19. ^ G・ロッシ:「ミランのファンだった」 Goal.com、2009年6月17日
  20. ^ プランデッリ:「イタリアはG・ロッシを信じなかった」 Goal.com、2011年6月5日
  21. ^ 週刊サッカーダイジェスト 2011年10月18日号

[編集] 外部リンク


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