ジャンピエロ・ヴェントゥーラ
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| 名前 | ||||||
| 本名 | Giampiero Ventura | |||||
| カタカナ | ジャンピエロ・ヴェントゥーラ | |||||
| ラテン文字 | Giampiero VENTURA | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1948年1月14日(65歳) | |||||
| 出身地 | ジェノヴァ | |||||
| ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
ジャンピエロ・ヴェントゥーラ(Giampiero Ventura, 1948年1月14日 - )は、イタリアのサッカー指導者。
経歴 [編集]
UCサンプドリアで怪我のために短い現役生活を終えた後、指導者へ転身。ユース、アシスタントコーチを務めた。 下部リーグで数多くのクラブを指揮し、1992年にはシチリアのGiarreを率いてセリエC1で4位と好成績を収める。1993年にSSCヴェネツィアの監督に任命されたが、翌シーズンに解任。
1995年にセリエC1のUSレッチェ監督となり、セリエAにまで昇格させた。続いて指揮したセリエBのカリアリ・カルチョにおいても、セリエA昇格、残留と成功を収めている。1999-2000シーズン、セリエBに降格したサンプドリアへ監督として帰還したが、昇格には失敗。
2001-2002シーズンの途中、セリエAのウディネーゼ監督に就任するが、14位に終わる。2002年よりカリアリで再び監督となり、2シーズン指揮した。2004-05シーズン、セリエC1のSSCナポリ監督に就任するが、成績不振で解任され、エドアルド・レヤが就任している。
2005-06シーズン、セリエAのFCメッシーナ監督に就任したものの、降格となった。2006-2007シーズンはエラス・ヴェローナ、2007-08、2008-09の2シーズンはピサ・カルチョをセリエBで指揮。
2009-10シーズン、セリエAに昇格したASバーリ監督に就任し、レオナルド・ボヌッチ、アンドレア・ラノッキアのセンターバックコンビが成長するなど大躍進を見せた。2010-11シーズンは一転して成績不振に陥り、2011年2月に解任。
2011-12シーズン、セリエBのトリノFC監督に就任し、低迷を続けるかつての名門をセリエAに昇格させた。
指導歴 [編集]
UCサンプドリア・ユース 1976-1979
UCサンプドリア(アシスタントコーチ) 1979-1981
Ruentes Rapallo 1981-1982
Virtus Entella 1982-1986
スペツィア・カルチョ 1986-1987
Centese 1987-1989
ACピストイエーゼ 1989-1992
Giarre 1992-1993
SSCヴェネツィア 1993-1995
USレッチェ 1995-1997
カリアリ・カルチョ 1997-1999, 2002-2004
UCサンプドリア 1999-2000
ウディネーゼ 2001-2002
SSCナポリ 2004-2005
FCメッシーナ 2006
エラス・ヴェローナ 2006-2007
ピサ・カルチョ 2007-2009.4
ASバーリ 2009.7-2011.2
トリノFC 2011-
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