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1995年の日本ハムファイターズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1995年の日本ハムファイターズ
成績
パシフィック・リーグ4位
59勝68敗3分 勝率.465[1]
本拠地
都市 東京都文京区
球場 東京ドーム
球団組織
オーナー 大社義規
経営母体 日本ハム
監督 上田利治
« 1994
1996 »

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1995年の日本ハムファイターズ(1995ねんのにっぽんハムファイターズ)では、1995年の日本ハムファイターズの動向をまとめる。

この年の日本ハムファイターズは、上田利治監督の1年目のシーズンである。

概要

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日本ハムファイターズの当年及び近年のシーズン成績
最終成績














O
P
S





1995 リーグ4位4位13059683.465..上田利治
1994 リーグ6位6位13046795.368..大沢啓二
1993 リーグ2位2位13071527.577..大沢啓二
1992 リーグ5位5位13054733.425..土橋正幸
1991 リーグ4位4位13053725.424523..3.723061近藤貞雄
1990 リーグ4位4位13066631.512542..3.684174近藤貞雄
1989 リーグ5位5位13054733.425..近藤貞雄
1988 リーグ3位3位13062653.488..高田繁
1987 リーグ3位3位13063607.512..高田繁
1986 リーグ5位5位13057658.467..高田繁
1985 リーグ5位5位130536512.449..高田繁

前年最下位からの巻き返しを図るチームは、1990年までオリックスの監督を務めていた上田利治が招聘した。上田は住友平大石清(日本ハムでコーチ経験あり)、加藤秀司中沢伸二山森雅文を阪急OBをコーチで招聘した。しかし、前半戦は開幕の4月から3ヶ月連続で負け越すなど苦戦した。後半戦に巻き返し、一時は3位西武とのゲーム差を詰めるも捕らえることはできず、上田監督の1年目は4位でシーズンを終えた。打撃陣は片岡篤史井出竜也白井一幸など、主力打者が軒並み不振ながらも、この年から遊撃手に再転向した田中幸雄が打点王を獲得。投手陣では来日2年目のキップ・グロスがリーグトップの16勝を挙げて最多勝を獲得、抑えの金石昭人もキャリアハイとなる25セーブを挙げた。しかし、7月5日の西武戦でノーヒットノーランを達成した西崎幸広(7勝)や、ベテランの河野博文(6勝)も本調子とはいかず、更に白井康勝は不振で未勝利に終わる。また、首脳陣と対立しわずか2試合の登板に終わった武田一浩がオフにダイエーへトレードされた。1993年の躍進を支えた投手陣は崩壊したが、若手の岩本勉が前半ロングリリーフで好投し、後半から先発ローテーションに加わって規定投球回数をクリアした。リリーフでも島崎毅が入団から3年間でわずか15試合の登板だったのが、この年だけで51試合に登板し、チーム2位の9勝を挙げるなど、新戦力の台頭もあった。シーズンオフに入ると白井一幸が秋季キャンプ中に戦力外通知されオリックスへ移籍、長年正捕手を務めていた田村藤夫もロッテへトレードされた。河野は巨人へFA移籍し、河野の人的補償として川邉忠義の獲得に成功した[2][3]

チーム成績

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レギュラーシーズン

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オーダー変遷
開幕:4/15/26/47/18/29/3
1 井出竜也 広瀬哲朗広瀬哲朗広瀬哲朗デューシーデューシー
2 鈴木慶裕 渡辺浩司渡辺浩司森範行広瀬哲朗広瀬哲朗
3 デューシー 片岡篤史デューシー田口昌徳片岡篤史片岡篤史
4 田中幸雄 田中幸雄田中幸雄田中幸雄田中幸雄田中幸雄
5 マッキントッシュ デューシー片岡篤史井出竜也ブリトーブリトー
6 中島輝士 マッキントッシュマッキントッシュ片岡篤史渡辺浩司渡辺浩司
7 森範行 鈴木慶裕上田佳範デューシー田口昌徳井出竜也
8 田村藤夫 山下和彦田村藤夫山下和彦井出竜也田口昌徳
9 白井一幸 井出竜也井出竜也川名慎一上田佳範上田佳範
西崎幸広今関勝今関勝河野博文河野博文グロス

[4]

1995年パシフィック・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 最終成績
1位 西武-- 西武-- オリックス-- オリックス-- オリックス-- オリックス--
2位 ダイエー1.0オリックス2.0西武4.5西武8.5ロッテ14.0ロッテ12.0
3位 オリックス3.5ダイエー4.0ロッテ12.5ロッテ10.5西武14.5西武12.5
4位 日本ハム4.0ロッテ6.5ダイエー13.5日本ハム15.5日本ハム17.5日本ハム22.0
5位 近鉄6.0近鉄7.0近鉄14.5ダイエー17.5ダイエー22.0ダイエー26.5
6位 ロッテ6.5日本ハム7.5日本ハム16.0近鉄20.0近鉄31.0近鉄32.0

[5]

1995年パシフィック・リーグ成績
順位球団勝率
優勝オリックス・ブルーウェーブ82471.636---
2位千葉ロッテマリーンズ69583.54312.0
3位西武ライオンズ67576.54012.5
4位日本ハムファイターズ59683.46522.0
5位福岡ダイエーホークス54724.42926.5
6位近鉄バファローズ49783.38632.0

オールスターゲーム1995

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  • 監督推薦
田中幸雄
西崎幸広

できごと

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選手・スタッフ

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表彰選手

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リーグ・リーダー
選手名タイトル成績回数
田中幸雄 打点王80打点初受賞
グロス 最多勝利16勝初受賞
ベストナイン
選手名ポジション回数
田中幸雄遊撃手5年ぶり3度目
ゴールデングラブ賞
選手名ポジション回数
田中幸雄遊撃手4年ぶり4度目

ドラフト

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  • 色付きの選手は逆指名による入団
順位選手名守備所属結果
1位 中村豊外野手明治大学入団
2位 荒井修光捕手早稲田大学入団
3位 沼田浩投手デュプロ入団
4位 黒木純司投手三菱自動車水島入団
5位 平松省二投手ヨークベニマル入団
6位 箕田卓哉外野手東海大学甲府高入団
7位 中西有希人投手東山高入団

脚注

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注釈

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出典

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  1. 年度別成績 1995年 パシフィック・リーグ”. 日本野球機構. 2017年4月14日閲覧。
  2. 1993年に導入されたFA制度で、人的補償による移籍第1号であった
  3. FAの歴史を振り返る。最初にFA権を行使したのは誰?”. Sportiva (2013年12月20日). 2013年12月31日閲覧。
  4. 『1996 ベースボール・レコード・ブック』ベースボール・マガジン社、1995年。ISBN 4-583-03271-4
  5. 週刊ベースボール』 1995年12月18日号、ベースボール・マガジン社、98頁。