鉄道弘済会

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公益財団法人鉄道弘済会
団体種類 公益財団法人
設立 1932年昭和7年)2月25日[1]
所在地 東京都千代田区麹町5丁目1番地[1]
弘済会館
北緯35度41分1.5秒 東経139度44分4.2秒 / 北緯35.683750度 東経139.734500度 / 35.683750; 139.734500座標: 北緯35度41分1.5秒 東経139度44分4.2秒 / 北緯35.683750度 東経139.734500度 / 35.683750; 139.734500
法人番号 1010005002980
主要人物 会長 浅井 克巳
活動地域 日本の旗 日本
主眼 障害者、児童又は青少年、高齢者など支援を要する者の諸問題の解決と改善に向けて必要と認める支援を行うとともに、国有鉄道及びその承継法人等にかかわる鉄道従事者、退職者、遺族等への支援を行い、併せて地球環境の保全や自然環境の保護に努め、もってわが国の福祉の増進並びに誰もが暮らしやすい社会の実現に寄与すること
活動内容 障害者の自立・更生、生活の質の向上に資するための事業 他
基本財産 235億円
従業員数 常勤職員 715名(その他含め、計1,049名)
ウェブサイト http://www.kousaikai.or.jp/
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公益財団法人鉄道弘済会(こうえきざいだんほうじんてつどうこうさいかい)は、旧国鉄時代に 鉄道に従事し、殉職した職員の遺族や身体に障害を負った鉄道職員を救済・援護する目的で設立。

公益事業として障害者、児童、老人への福祉事業、収益事業として不動産賃貸等を行っている団体。国鉄時代はキヨスクを直営していた。

また、鉄道事故で身体に障害を負った鉄道職員への福祉施策として開始された義肢装具の研究・試作、製作・修理を、身体障害者福祉事業として現在も行なっている。

旅行中のけがや病気に対応する旅行者援護事業としての全国各地の主要駅での援護所運営や、JR駅構内売店(キヨスク等)への新聞、雑誌の取次ぎを行っていたが現在は全て撤退した[2]

概要[編集]

公益事業としては、知的障害児及び自閉症への支援施設「総合福祉センター弘済学園」や義肢の製作等を行なう「義肢装具サポートセンター」、孤児等の支援施設「札幌南藻園」を運営している他、全国で保育所認定こども園を24カ所の施設を保有している[3]

また、弘済会館内の福祉資料室[4]では、社会福祉に関する書籍・雑誌・資料等の閲覧及び貸出を無償で営業。

一方、収益事業として全国に107件のオフィスビルやマンション等の不動産を保有しており、不動産賃貸及び貸会議室を運営[5]

歴史[編集]

設立時の背景[編集]

伊豆箱根鉄道ワブ11形貨車(参考)

鉄道の現場は、常に危険と隣り合わせであり、連結器に挟またり、貨車突放作業(貨車に飛び乗り作業)等で多くの殉職者や負傷者(以下「鉄道公傷者」)を出していた。しかし、当時の国鉄共済組合は、負傷者で重傷者には給与4ヶ月または9ヶ月分の年金、殉職族には給与4ヶ月または5ヶ月分の遺族年金を給付するに限り、手足を失った者や残された遺族は、生活困窮者へと成り果ていた[6][7]。このような、悲惨な労働環境に対し、当時国鉄官僚であった片岡謌郎らは、鉄道公傷者を救済する目的で鉄道弘済会の設立に至った。

年表[編集]

公益事業[編集]

障害者福祉事業[編集]

1953年6月に千葉県山武郡に「日向弘済学園」を設立。

現在は、神奈川県秦野市に移転し「総合福祉センター弘済学園」として、自閉症・知的障害者を対象とした入所、デイサービス、就労支援等の福祉事業を行っている。

福祉型障害児入所施設(定員110名)[編集]

障害のある児童を対象に、生活習慣の自立支援や適応能力の拡大等を目指し、利用者の適性や年齢等に応じて療育。

また、利用者によっては「弘済彫」と呼ばれる木彫[11]や機織りの製作等を行っている。

製作された作品等は、毎年12月に東京駅八重洲口「動輪の広場」にて作品の展示・販売を行っており、例年石原プロモーションの舘ひろしが参加[12]

デイケアセンター[編集]

18歳以上の自閉症知的障害者を対象として、就労を目指す「生活介護支援事業」及び野菜・花などの生産を行なう「就労型支援B型事業」を行っている。

児童発達支援センター「すきっぷ」[編集]

発達の遅れ等が見られる児童およびその家族に対しての療育支援を行っている。[2]

放課後等デイサービス事業(愛称「わくわくクラブ」)[編集]

神奈川県秦野市内の特別支援学校特別支援学級に通っている、学生を対象に放課後の余暇支援を行っている。[13]

身体障害者支援事業[編集]

日本国有鉄道の業務災害による身体障害者を対象としていたが、その対象を広げ戦争や交通災害などによる身体障害者までも事業の対象とし、義肢装具製作・研究・リハビリ等を現在も行っている。

1954年(昭和29年)には、義肢装具製作所が全国に21カ所あり年間8千件ほどの義肢装具を作成していたが、現在は東京都荒川区南千住の「義肢装具サポートセンター」1カ所となっている。

義肢装具サポートセンター[編集]

東京都荒川区南千住に義足、コルセットなどの装具を製作からリハビリまでを一貫して行なう施設を運営。

製作する義肢は、一般的な生活用からスポーツ用まで製作しており、パラリンピック選手なども利用している[14][15]

児童福祉事業[編集]

保育所・認定こども園[編集]

1951年(昭和26年)働く母親の為に、和歌山市に「わかば」保育所(現:わかば園)をはじめとし、全国に24ヶ所の保育所・認定こども園を運営[16]

児童養護事業[編集]

「札幌南藻園」[編集]

全国の日本国有鉄道関係者の孤児及び一般の戦争孤児等のその多くは、極貧の生活下にあることが判明し、豊かな生活及び不良化を防止するために、1953年(昭和28年)札幌市中央区の札幌温泉跡地に「札幌南藻園」を設立[8]

現在も運営されている。

「函館母子寮」[編集]

1945年(昭和20年)7月の青函連絡船空襲によって殉職した日本国有鉄道の職員遺族母子のための施設として1949年(昭和24年)に開設[8][17][18]

職員遺族母子だけでなく、戦時中に夫を失い生活困窮者となった一般の母子への支援にもあたっており、1954年(昭和29年)当時は、28世帯111人が支援を受けていた[19][20]

また、1954年(昭和29年)の洞爺丸海難事故で再度多数の職員が犠牲になり、24世帯分を増築し52世帯収容となった。乳幼児数も増え、保育園(現在:人見認定こども園(ひとみ弘済保育園))が併設された[21]

その後、1974年(昭和47年)函館母子寮は保育園を残し財団法人弘済会から函館市に移管した[22]

収益事業[編集]

鉄道弘済会が行っている公益事業に要する財源として、鉄道弘済会売店(キヨスク)・国鉄の駅構内・列車・連絡船内への売店、軽飲食等の販売事業、不動産事業、新聞雑誌取次事業、保険事業、国鉄からの受託事業他を行っていた[19]

現在は、不動産事業及び会議室の運営を行っている[23][24]

かつて出資していた会社[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 流通会社年鑑 1978年版, 日本経済新聞社, (1977-10-25), pp. 331 
  2. ^ キヨスク雑誌消滅の危機 売上高9割減で卸が撤退日本経済新聞 電子版2018年8月29日
  3. ^ » 公益事業等|公益財団法人 鉄道弘済会”. www.kousaikai.or.jp. 2019年9月8日閲覧。
  4. ^ » 公益事業等|公益財団法人 鉄道弘済会”. www.kousaikai.or.jp. 2019年9月8日閲覧。
  5. ^ » 収益事業|公益財団法人 鉄道弘済会”. www.kousaikai.or.jp. 2019年9月8日閲覧。
  6. ^ 種蒔く人 鉄道弘済会誕生時代. 財団法人鉄道弘済会. p. 37. 
  7. ^ 高坂, 盛彦 (2010/12/20). 国鉄を企業にした男 片岡謌郎伝. 中央公論新社. p. 85. 
  8. ^ a b c d e 種蒔く人. 財団法人鉄道弘済会. (1954年12月1日). p. 157. 
  9. ^ 札幌南藻園を見学:大場信一園長に聴く : 北海道新聞社会福祉振興基金”. fukushi.hokkaido-np.co.jp. 2019年10月4日閲覧。
  10. ^ [1]
  11. ^ 鉄道弘済会・弘済学園 | SELP訪問ルポ | 日本セルプセンター”. www.selpjapan.net. 2019年10月4日閲覧。
  12. ^ 神奈川)「わたしたちが創る展」東京駅で 舘さんも応援:朝日新聞デジタル” (日本語). 朝日新聞デジタル. 2019年10月4日閲覧。
  13. ^ » 地域生活支援センター「わくわく」|弘済学園”. www.kousaikai.or.jp. 2019年10月4日閲覧。
  14. ^ » 義肢装具について|義肢装具サポートセンター”. www.kousaikai.or.jp. 2019年10月5日閲覧。
  15. ^ メダル候補・谷真海らの力強い味方、義肢装具士・臼井二美男氏…2020年東京パラリンピックを支える” (日本語). スポーツ報知 (2019年9月7日). 2019年10月5日閲覧。
  16. ^ » 年表|公益財団法人 鉄道弘済会”. www.kousaikai.or.jp. 2019年10月5日閲覧。
  17. ^ 「函館市史」通説編4 7編1章コラム4”. archives.c.fun.ac.jp. 2019年10月5日閲覧。
  18. ^ 人見町会活動記録”. hitomicho.org. 札幌市人見町会. 2019年10月5日閲覧。
  19. ^ a b 『種蒔く人 鉄道弘済会誕生記』財団法人鉄道弘済会、1954年12月10日、163,164,165。
  20. ^ 「函館市史」通説編4 7編1章コラム4”. archives.c.fun.ac.jp. 2019年10月5日閲覧。
  21. ^ 「函館市史」通説編4 7編1章コラム4”. archives.c.fun.ac.jp. 2019年10月5日閲覧。
  22. ^ 「函館市史」通説編4 7編1章コラム4”. archives.c.fun.ac.jp. 2019年10月5日閲覧。
  23. ^ » 収益事業|公益財団法人 鉄道弘済会”. www.kousaikai.or.jp. 2019年10月5日閲覧。
  24. ^ » 鉄道弘済会とは|公益財団法人 鉄道弘済会”. www.kousaikai.or.jp. 2019年10月5日閲覧。
  25. ^ 相鉄グループ100年史』 相鉄ホールディングス 、2018年12月、81-82ページ
  26. ^ 横浜駅地下街 会社沿革 横浜地下街40年のあゆみ”. 2005年2月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年5月22日閲覧。
  27. ^ 相模鉄道・横浜地下街・相鉄企業「株式交換による横浜地下街株式会社及び相鉄企業株式会社の完全子会社化に関するお知らせ」『相鉄企業株式会社』 相鉄企業、2005年1月27日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]