中央鉄道学園

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中央鉄道学園(ちゅうおうてつどうがくえん)は、東京都国分寺市泉町二丁目(西国分寺駅の南側)にかつて存在した日本国有鉄道(国鉄)の教育施設。1961年(昭和36年)までは「中央鉄道教習所」、その前身は鉄道省の「東京鉄道教習所」である。

1987年(昭和62年)に国鉄が分割民営化される際に、国鉄の債務を返済する目的で閉鎖され、敷地は売却された。

概要[編集]

同学園には鉄道省時代から引き継いだ3年の大学課程が設けられていた。鉄道専門学科と一般の大学と同じ各種科目を教え、講師は国鉄本社や鉄道技術研究所のほか東京大学一橋大学東京工業大学などから招いた。入学定員は180人(1970年代当時)で、総計で約30万人が学んだ。同課程の学生は国鉄職員として雇用され、学園内では国鉄の制服を着用した。修了によって国鉄内部における人事処遇で大学卒業者相当の扱いとなった。そのため、国鉄内部でもこの大学課程を一部で「鉄道大学校」と呼称することもあった。
また鉄道管理局が所管した各地方の鉄道学園と同じく、動力車操縦者の養成および転換教育なども行った。

約22万平方kmの敷地に校舎や実習設備、図書館、学生寮、陸上競技場、野球場などを備えていた。国分寺駅から旧下河原線中央本線支線)を利用した引き込み線(総延長1890m)が引かれており、構内には新幹線0系101系電車EF60形機関車などの古い鉄道車両が教育目的で多数存在した。

毎年10月頃に富士見祭と称する学園祭で一般公開が行われた。車両公開のほか、研修用のマルスを使い希望の区間のダミー切符を発行したり、0系のビュッフェ車を用いて喫茶室を営業した。

現況[編集]

学園閉鎖、敷地売却後に遺跡調査が行われ、現在は団地(ゆかり、トミンハイム)や東京都立武蔵国分寺公園(建設中の仮称は泉町公園)、総務省情報通信政策研究所東京都立多摩図書館(2017年1月に移転オープン)などの敷地となっている。

国分寺駅高尾寄りの中央本線の線路脇に引き込み線の跡が一部残っていたが、2008年頃にレールは撤去された。

参考記事・文献[編集]

  • 【東京の記憶】中央鉄道学園/国鉄マン向上心育む/入学は難関 憧れの学舎『読売新聞』朝刊2017年9月25日(都民版)

関連項目[編集]