平田敬一郎

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平田 敬一郎(ひらた けいいちろう、1908年9月5日 - 1992年5月22日)は、日本大蔵官僚大蔵事務次官日本開発銀行総裁。

来歴・人物[編集]

長崎県島原半島の人[1]。同県南高来郡瑞穂村(のち瑞穂町、いまの雲仙市)の実家には古部の佐嘉領境界石がある。島原中学校(長崎県立島原高等学校)、第五高等学校東京帝国大学を経て大蔵省入省。税のエキスパートとして知られた。主税局長、国税庁長官を経て大蔵事務次官に就任した。池田勇人の下、高度経済成長政策を推し進めた。退官後、日本開発銀行総裁に就任した。ほかに、地域振興整備公団総裁、国土計画協会会長、関東島原半島会副会長[2]なども務めた。

妻は白仁武の娘。

主な著書[編集]

  • 「税金の基礎知識」
  • 「昭和税制の回顧と展望」
  • 「シャウプ勧告の全文 税制の改革」

出典[編集]

  1. ^ [1]
  2. ^ 関東島原半島会