松隈秀雄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
松隈秀雄(1938年)

松隈 秀雄(まつくま ひでお、1896年6月10日 - 1989年9月30日)は、日本大蔵官僚大蔵次官日本専売公社総裁。

来歴・人物[編集]

神奈川県出身。旧制第一高等学校を経て、東京帝国大学法学部卒業。1921年、大蔵省入省。参事官[1]主税局国税課長[2]大臣官房文書課長などを歴任。1940年5月25日銀行局長。同年12月14日主税局長。1944年に谷口恒二(のちに日本銀行副総裁、東京大空襲戦災死)のあとを受けて大蔵次官に就任。1945年2月、田中豊に大蔵次官の座を譲って勇退した。ほかに日本専売公社総裁、国民生活研究所会長、日本蒸留酒酒造組合会長、全国合成清酒酒造組合会長、租税研究協会副会長、地方財政審議会委員などを歴任した。 著書に「税務読本」がある。

出典[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 『日本官僚制総合事典』東京大学出版会、2001年11月発行、338頁
  2. ^ http://www.lib.kobe-u.ac.jp/directory/sinbun/vlist/soze21.html
公職
先代:
谷口恒二
日本の旗 大蔵次官
1944 - 1945年
次代:
田中豊