勝栄二郎

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勝 栄二郎(かつ えいじろう、1950年昭和25年)6月19日[1] - )は日本の大蔵官僚、実業家。第9代財務事務次官インターネットイニシアティブ代表取締役社長。ANAホールディングス株式会社経営諮問委員会委員。読売新聞東京本社非常勤監査役[2]埼玉県出身。

略歴[編集]

  • 1968年(昭和43年)3月 - 私立獨協高等学校卒業
  • 1973年(昭和48年)3月 - 早稲田大学法学部卒業
  • 1973年(昭和48年)4月 - 東京大学法学部学士編入学[3]
  • 1975年(昭和50年)3月 - 東京大学法学部卒業
  • 1975年(昭和50年)4月 - 大蔵省入省(主税局国際租税課)
  • 1976年(昭和51年)6月 - 主税局調査課
  • 1976年(昭和51年)9月 - 大臣官房調査企画課
  • 1977年(昭和52年)3月 - 派遣職員(米州開発銀行
  • 1979年(昭和54年)7月 - 大臣官房秘書課
  • 1981年(昭和56年)7月 - 岸和田税務署長
  • 1982年(昭和57年)7月 - 証券局総務課長補佐
  • 1983年(昭和58年)6月 - 証券局業務課長補佐
  • 1984年(昭和59年)6月 - 主計局総務課長補佐
  • 1985年(昭和60年)6月 - 主計局主計官補佐(農林水産担当)
  • 1990年(平成2年)7月 - 大臣官房企画官兼大臣官房文書課
  • 1992年(平成4年) - 主計局主計企画官
  • 1993年(平成5年) - 内閣官房長官秘書官
  • 1995年(平成7年) - 国際金融局為替資金課長
  • 1997年(平成9年) - 主計局主計官
  • 2000年(平成12年) - 財務省大臣官房文書課長
  • 2002年(平成14年) - 主計局次長
  • 2006年(平成18年)7月 - 大臣官房総括審議官
  • 2007年(平成19年)7月 - 理財局
  • 2008年(平成20年)7月 - 大臣官房長
  • 2009年(平成21年)7月 - 主計局長
  • 2010年(平成22年)7月30日 - 財務事務次官
  • 2012年(平成24年)8月17日 - 退官
  • 2012年(平成24年)11月19日 - インターネットイニシアティブ特別顧問就任[4]
  • 2013年(平成25年)6月28日 - インターネットイニシアティブ社長
  • 2014年(平成26年)4月1日 - ANAホールディングス株式会社経営諮問委員会委員
  • 2014年(平成26年)6月10日 - 株式会社読売新聞東京本社非常勤監査役[5]

人物[編集]

獨協高校卒業後、1969年度の東京大学の入学試験が中止となったため早稲田大学に入学した。「十年に一人の大物次官」「最後の大物次官」「影の総理」と呼ばれた。一部のメディアからは、野田佳彦が総理大臣の座につくことができたのも勝ら財務官僚が増税推進派の野田を総理にすべく工作をしたとされ、野田は勝に組閣について相談したぐらい頼っていたといわれている[6]

一部報道によって、「野田内閣は財務省に完全に支配されており、真の総理は野田ではなくその背後にいる勝であることが、永田町と霞が関の共通認識になりつつある」と報じられたことがある[7]たちあがれ日本片山虎之助は2011年9月29日の参議院予算委員会で鈴木善幸内閣田中角栄の影響下にあったことを「直角内閣」とよばれたことにならい、野田内閣を「直勝内閣」と揶揄した[8]

エピソード[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 『政官要覧』 平成20年秋号 760頁参照
  2. ^ 国家公務員法第106条の25第1項等の規定に基づく国家公務員の再就職状況の報告(平成26年4月1日~同年6月30日分)
  3. ^ 『文藝春秋』2012年6月号「勝栄二郎「勝海舟の子孫説」を追う」
  4. ^ 勝・前財務次官、IT関連企業の特別顧問に 読売新聞 2012年12月5日
  5. ^ [1]
  6. ^ 『プレジデント』2011年10月31日号「増税一直線 大物次官“直勝”内閣にブーイング」
  7. ^ 『週刊現代』2011年10月3日号「野田を操る”本当の総理”勝栄二郎の正体」1,2,3,4,5,6
  8. ^ “財務次官言いなり「直勝内閣」=たちあがれ・片山氏が首相批判”. 時事通信社. (2011年9月29日). http://www.jiji.com/jc/zc?k=201109/2011092900837 2012年2月22日閲覧。 
  9. ^ 『AERA』朝日新聞出版、2010年8月23日号[2]