舟山正吉

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search

舟山 正吉(ふなやま しょうきち、1905年2月1日 - 1996年9月20日[1])は、日本大蔵官僚大蔵事務次官日本開発銀行総裁。

来歴・人物[編集]

三重県出身。旧制開成中学旧制第一高等学校東京帝国大学卒業。大蔵省入省後、銀行局調査課長、銀行局長などを経て大蔵事務次官に就任した。ほかに金融制度調査会長、TASC理事長、中小企業金融公庫総裁、日本輸出入銀行副総裁、日本専売公社副総裁なども務めた。

銀行局長時代、「信用金庫」の名付け親になったことでも知られる[2]

長男の舟山正克は日本銀行監事を務めた。

主な著書・論文[編集]

  • 「ヨーロッパの中小企業 欧州経済動向調査団報告書」

出典[編集]

  1. ^ 『朝日新聞』(東京本社発行)1996年9月22日朝刊、31面の訃報より。
  2. ^ 名称の由来