石原周夫
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石原 周夫(いしはら かねお、1911年11月19日 - 1983年12月27日)は、日本の大蔵官僚[1]。大蔵事務次官、日本開発銀行総裁[1]。
来歴・人物
[編集]広島県御調郡美ノ郷村(現在の尾道市)出身[1]。旧制第一高等学校[1]、東京帝国大学法学部法律学科を卒業[1]。東京帝大法学部在学中に高等試験行政科を合格[2]。1934年に大蔵省入省(預金部兼大臣官房文書課)[2][3]。主計局審査課長、主計局法規課長、主計局法規課長兼主計局企画課長、主計局法規課長兼主計局調査課長などを経て、1948年7月10日に主計局総務課長兼主計局調査課長。同年10月8日に主計局第二部長兼主計局主計官。1949年6月1日に主計局次長(次席)。1950年5月から同年7月の間は米国出張として派遣される。1953年8月に保安庁経理局長。1955年8月2日に大臣官房長。1957年6月11日に主計局長。1961年5月に大蔵事務次官に就任(1962年5月16日〜7月24日までは関税局長事務取扱を兼務)。同郷の池田勇人の下、高度経済成長政策を推し進めた。退官後、日本開発銀行総裁に就任した。ほかに、海外経済協力基金総裁、国土総合開発審議会長なども務めた。元東京電力副社長、電気事業連合会理事長、通商産業事務次官の石原武夫(尾道市出身[1]。小石川中、浦和高校、東京帝大法学部卒[1])は兄。父の石原磊三は内務官僚で警視庁官房主事を務めた。
主な著書・訳書
[編集]- 「雇用・利子および貨幣の一般理論」(ジョン・メイナード・ケインズ著、杉山知五朗と共訳[4])
- 「憲法 会計検査院法」(小峰保榮と共著)
- 「憲法 行政法」(杉村章三郎と共著)
脚注
[編集]- ^ a b c d e f g 「短期集中新連載 【東京の中の郷土】(1) 広島県の巻この30人の咲く花鳴く鳥そよぐ風 石原周夫」『週刊読売』1975年11月1日号、読売新聞社、37頁。
- ^ a b 『大蔵省人名録:明治. 大正. 昭和』大蔵財務協会、1973年発行、16頁
- ^ 『日本官僚制総合事典』東京大学出版会、2001年11月発行、381頁
- ^ 金融論茶話
参考文献
[編集]- 「石原周夫 追悼集」
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