コリン・ファレル

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コリン・ファレル
Colin Farrell
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コリンファレル
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2016年6月26日
本名 Colin James Farrell
生年月日 1976年5月31日(40歳)
出生地 ダブリン
国籍 アイルランドの旗 アイルランド
身長 178cm
職業 俳優
配偶者 アメリア・ワーナー(2001年)
公式サイト http://www.colinfarrell.org/
主な作品
フォーン・ブース
S.W.A.T.
ヒットマンズ・レクイエム

コリン・ジェームズ・ファレルColin James Farrell, 1976年5月31日 - )は、ハリウッドを中心に活躍するアイルランド人俳優。身長178cm。

生い立ち[ソースを編集]

ダブリンのキャッスルノックに、父エイモンと母リタの間に生まれる[1][2]。早産であった。姉クラウディーンとキャサリン、兄エイモン・ジュニアがいる[3]。キャッスルノック大学とゴーマンストン大学付属のセントブリジット国立校で教育を受け、1980年代後半から90年代前半にかけてはキャッスルノック・ケルティックというサッカークラブのゴールキーパーで前途有望な若手選手と評される程だったという。その後The Gaiety School of Actingで演技を学ぶも中退し、BBC放送のテレビドラマ『Ballykissangel』に98年から99年まで出演し、そのキャリアをスタートさせた。

キャリア[ソースを編集]

ファレルは数多くのテレビドラマや映画に出演し、2000年にはジョエル・シュマッカー監督の『タイガーランド』で主役のローランド・ボズ二等兵(Private Rolland Bozz)を演じ注目をあつめた。続けて『アメリカン・アウトロー』(2001年)、『ジャスティス』(2002年)とアメリカ映画に出演したが、どちらも商業的に成功はしなかった。が、2003年に主演を務めた『フォーン・ブース』と『リクルート』が商業的に成功し、キャリアに加速をかけた。ファレルは元々かなり強いアイルランド訛りがあるが、上記作品では極力アメリカ訛りを使用している。また脇を固める助演男優としても頭角を現し、『マイノリティ・リポート』(2002年)は司法省の官僚役でトム・クルーズと、『デアデビル』(2003年)ではブルズアイ役でベン・アフレックと共演しその存在感の強さを示した。

2004年には短期劇場公開映画の『ダブリン上等!』と『イノセント・ラブ』に出演し、両作品とも高評価を得た。1億5000万ドルという巨額の制作費を投じたオリバー・ストーンの超大作『アレキサンダー』でタイトルロールを演じたが、こちらの評価は分かれた。アレキサンダーヘファイスティオンの間に、あからさまな同性愛行為の描写を含めたことで論争が巻き起こり、両者はある種の男色関係であったという説が以前から有力視されていたが、「バイセクシャルとして描いたのは、歴史的な事実に反する」と映画界のみならずギリシャ歴史学会からも痛烈に批判の声が上がった。結果、同作品はアメリカ国内ではヒットせず、大半が国外収入になってしまった。ファレルは『イノセント・ラブ』でもゲイ役を演じ、実兄でゲイのエイモン・ジュニアからインスピレーションと、「愛の意味と理解」を教えてもらったと語った。

2005年にはアカデミー賞にもノミネートされた歴史大作『ニュー・ワールド』が公開され、こちらもまた評価は分かれた。ファレルは主役の一人で、17世紀のヴァージニア州ジェームズタウンに植民地を築いたキャプテン・ジョン・スミス役で、クオリアンカ・キルチャー演じる美しきインディアンの女性ポカホンタスと恋に落ちる。映画はある程度成功はしたが、全世界811館という小規模な公開だったため、興行的な利益はそれほどでもなかった。続き公開された『Ask the Dust』(2005年)は、サルマ・ハエック共演のラブストーリーだったが、配給が小さくまたも商業的な結果は残せなかった。

2006年にはジェイミー・フォックスと共演したサスペンス・アクション『マイアミ・バイス』が成功。同作品の配給を行ったユニヴァーサル・ピクチャーズは、全世界3000館で公開し、第一週だけで2570万ドル、全世界興行収入1億6300万ドルという成功を収めた。

2008年公開の『ヒットマンズ・レクイエム』でゴールデングローブ賞 主演男優賞(ミュージカル・コメディ部門)を受賞。

私生活[ソースを編集]

2001年7月にイギリスの女優アメリア・ワーナーと結婚するも4ヶ月後に離婚した。

アメリカのモデル、キム・ボーデネデルとの間に、2003年9月12日に生まれた息子ジェームズがいる。2007年には息子がアンジェルマン症候群を患っていることを明らかにした[4][5]

2004年にインタビューで、過去にマリファナエクスタシーコカインの使用経験があることを認め、麻薬覚醒剤防止団体を憤慨させた[6]

2005年12月には鎮痛剤中毒でリハビリセンターに入所[7]。事務所によれば、腰痛が原因で鎮痛剤を服用しはじめた。2006年1月に退所し、5月からはカウンセリングに通っている。

2008年、イギリスのモデルリリー・コールとの交際を報道される。 2009年にポーランドの女優Alicja Bachleda-Curuśとの間に息子が誕生した[8]

ビデオ流出事件[ソースを編集]

2005年7月、ファレルの元ガールフレンドで『プレイボーイ』誌のモデル、ニコール・ナレイン及びInternet Commerce Group(ICG)とAdult Entertainmentプロデューサーのデヴィッド・ハンス・シュミットを、ファレルとナレインが2003年に撮影した14分に及ぶセックス・ビデオ流出の件で告訴した。このビデオはナレインの自宅で撮影されたらしく、ファレルはビデオは「完全にプライベートで個人的なもの。これを世間に配布しようとする者がいたら、法的措置を取る」と言った[9]。にも拘らず、シュミットとICGがテープを入手し、公開を試みた。ロサンゼルス法廷はテープを差し押さえたのみでファレルは裁判に勝利したとは言い難かった。この事件に対してナレインは誰にもビデオは渡していないと主張し、何処からこのビデオのコピーが制作されたのかは分からなかった。彼女は最初、ビデオが公開されないようファレルに協力する、と言っていたが、これに対しファレルは、ナレインとシュミットがファレルのキャリアを傷つけ「そこから稼ぐため」にテープを公開しようとしている、と言った。ナレインはこれを否定している[10][11]

2006年1月、durtycolin.comで同ビデオが公開された。この日、同サイトはサーバー混雑のため閉鎖に追い込まれたが、1週間後には再開。その後ビデオはBitTorrentを始めとする映像シェアサイトによって無許可で流された。ファレルとナレイン両者の弁護士はこのサイトを告発し、数日後サイトは再び閉鎖された。ファレルの弁護士は、同サイトに対し法的措置を取ると発表。ナレインに対する裁判は2006年7月17日に始まる予定だったが、4月20日まで調停期間が設けられ、4月16日に両者は未公開の条件の和解に合意した。尚、2006年7月21日より開かれたICGの告訴については未だに争いが続いている[12]

デサーリア・ブラッドフォード事件[ソースを編集]

ファレルはテレホン・セックスの従業員デサーリア・ブラッドフォードから、卑猥な言葉やメッセージを送られたと2度訴えられている[13][14]。裁判所は証拠不足を理由に告訴を退けた。が、彼女は「コリン・ファレルに対する戦争」と布告し[15]、"Colin Farrell is My Bitch"という歌を作り、"Colin Farrell: A Dark Twisted Puppy"という本を自費出版した[16]。ブラッドフォードは過去に、俳優アレック・ボールドウィンと婚約したという主張を、歌にして吹き込み、本を出版している[17][18]。その後彼女はケーブルテレビiTVの番組上で嘘発見器にかかり、自身の主張を証明しようとしたが失敗[19]

2006年7月20日、NBC放送のトークショー『The Tonight Show with Jay Leno』収録中、ブラッドフォードはゲスト出演していたファレルに近づき、自分の本を投げつけた。観客が息をのむ中、ファレル自身がブラッドフォードを舞台から降ろし、撮影をやめるよう指示すると、彼女を警備員に引き渡した。ブラッドフォードはスタジオから連れ出される前に「裁判所で待ってろよ!」と叫んだ。これに対しファレルは「あんたは狂ってるよ」と返した[14][20]。ファレルは後に、ブラッドーフォードに対し接近禁止命令を裁判所に請求。「テレビの収録で僕に近づこうとするなんて…。彼女のこんな行動がエスカレートして僕や僕の家族に危害が加えられるようなことがあったら困る」と言った。接近禁止命令は、ファレルのみならず彼の息子ジェームズと母親キムへの接近禁止も含まれていた。結果、裁判所は彼女に対し、ファレルとその家族に対する接近禁止命令を出した[21][22]。禁止令は2009年8月の上訴までの間は有効である。

豆知識[ソースを編集]

  • 2003年『ピープル』誌の選ぶ「最も美しい男50人」に選ばれる[23]
  • 2003年『カンパニー』誌の選ぶ「世界で最もセクシーな男」で6位になる[24]
  • リメリックのドックスというナイトクラブでラインダンスのインストラクターをやっていた。
  • アイルランドのポップユニット ボーイゾーン のオーディションを若いときに受けたことがある[25]
  • 姉のクラウディーン・ファレルは現在彼のアシスタントを勤めている。
  • 煙草はキャメル・ライト、ビールはアムステル・ライトを愛飲。

主な出演作品[ソースを編集]

映画[ソースを編集]

公開年 邦題
原題
役名 備考
2000 私が愛したギャングスター
Ordinary Decent Criminal
アレック
タイガーランド
Tigerland
ローランド・ボス一等兵
2001 アメリカン・アウトロー
American Outlaws
ジェシー・ジェームズ
2002 ジャスティス
Hart's War
トーマス・W・ハート中尉
マイノリティ・リポート
Minority Report
ダニー・ウィットワー
2003 フォーン・ブース
Phone Booth
ステュー・シェパード
リクルート
The Recruit
ジェイムズ・ダグラス・クレイトン
デアデビル
Daredevil
ブルズアイ
ヴェロニカ・ゲリン
Veronica Guerin
刺青の男
S.W.A.T.
S.W.A.T.
ジム・ストリート
ダブリン上等!
Intermission
レイフ
2004 イノセント・ラブ
A Home at the End of the World
ボビー・モロー
アレキサンダー
Alexander
アレキサンダー
2005 ニュー・ワールド
The New World
ジョン・スミス
2006 マイアミ・バイス
Miami Vice
ソニー・クロケット
2007 ウディ・アレンの夢と犯罪
Cassandra's Dream
テリー
2008 ヒットマンズ・レクイエム
In Bruges
レイ ゴールデングローブ賞 受賞
プライド&グローリー
Pride and Glory
ジミー・イーガン
2009 Dr.パルナサスの鏡
The Imaginarium of Doctor Parnassus
鏡の向こうのトニー
戦場カメラマン 真実の証明
Triage
マーク・ウォルシュ
オンディーヌ 海辺の恋人
Ondine
シラキュース
クレイジー・ハート
Crazy Heart
トミー・スウィート
2010 ウェイバック -脱出6500km-
The Way Back
ヴァルカ
ロンドン・ブルバード -LAST BODYGUARD-
London Boulevard
ミッチェル
2011 モンスター上司
Horrible Bosses
ボビー・ペリット
フライトナイト/恐怖の夜
Fright Night
ジェリー
2012 トータル・リコール
Total Recall
ダグラス・クエイド / ハウザー
セブン・サイコパス
Seven Psychopaths
マーティ
2013 デッドマン・ダウン
Dead Man Down
ヴィクター
メアリーと秘密の王国
Epic
ローニン 声の出演
ウォルト・ディズニーの約束
Saving Mr. Banks
ロバート・トラヴァース
2014 ニューヨーク 冬物語
Winter's Tale
ピーター・レイク
Miss Julie ジョン
2015 ロブスター
The Lobster
デヴィッド 
Solace

テレビシリーズ[ソースを編集]

公開年 邦題
原題
役名 備考
1998 Ballykissangel ダニー
Falling for a Dancer ダニエル
2003 Doggy Fizzle Televizzle 本人
2005 Scrubs〜恋のお騒がせ病棟
Scrubs
ビリー
2015 TRUE DETECTIVE
True Detective
レイ・ヴェルコロ刑事

主な受賞[ソースを編集]

  • 2000年Boston Society of Film Critics Awards:最優秀男優賞 - 『タイガーランド』
  • 2002年London Critics Circle Film Awards:最優秀新人賞 - 『タイガーランド』
  • 2003年IFTA Awards:最優秀男優賞 - 『S.W.A.T』
  • 2003年MTV映画賞:大西洋を越えてきたブレイクスルー俳優賞
  • 2004年MTV映画賞メキシコ: 最優秀男優賞 - 『S.W.A.T.』
  • 2002年上海国際映画祭:最優秀男優賞 - 『Hart's War』
  • 2003年Teen Choice Awards: 最優秀男優賞 - 『デアデビル』、『フォーン・ブース』
  • 2003年Teen Choice Awards: 最優秀悪役賞 - 『デアデビル』
  • 2008年ゴールデングローブ賞主演男優賞(ミュージカル・コメディ部門)-『ヒットマンズ・レクイエム

脚注[ソースを編集]

  1. ^ Colin Farrell Biography (1976-)
  2. ^ Colin Farrell: People.com
  3. ^ http://www.thebiographychannel.co.uk/biographies/colin-farrell.html
  4. ^ Superstar Colin tells of 'blessed' life with special needs child - National News, Frontpage - Independent.ie
  5. ^ “コリン・ファレル、息子が障害児であることを初めて語る”. シネマトゥデイ. (2007年10月18日). http://www.cinematoday.jp/page/N0011725 2009年8月20日閲覧。 
  6. ^ “コリン・ファレル、薬物使用を語る”. シネマトゥデイ. (2004年10月29日). http://www.cinematoday.jp/page/N0005581 2009年8月20日閲覧。 
  7. ^ Quepasa.com”. Colin Farrell Admitted In Rehab Center Due To Overdose. 2005年12月13日閲覧。
  8. ^ “コリン・ファレルに男児誕生 2児のパパに!”. シネマトゥデイ. (2009年11月2日). http://www.cinematoday.jp/page/N0020547 2013年1月5日閲覧。 
  9. ^ Kdkaentertainment”. Farrell Sex Tape Web Site Shuts Down. 2006年1月11日閲覧。
  10. ^ Kdka.com”. Colin Farrell Settles Sex Tape Fight. 2006年4月19日閲覧。
  11. ^ Bravenet.com”. Trial Date Set For Farrell Sextape Suit. 2005年1月20日閲覧。
  12. ^ New York Daily News”. Colin and ex-Playmate settle tale of the sex tape. 2006年7月18日閲覧。
  13. ^ Jossip”. Colin Farrell sued by phone sex operator for X-rated text messages. 2006年7月24日閲覧。
  14. ^ a b AccessHollywood”. Update: Colin Farrell Confronted On 'Tonight Show' Stage. 2006年7月24日閲覧。
  15. ^ Jossip”. Dessarae Bradford. 2006年7月24日閲覧。
  16. ^ BlessedAdventurePub”. Colin Farrell: A Dark Twisted Puppy. 2006年7月24日閲覧。
  17. ^ Stuart Heritage. “Heclerspray.com”. Colin Farrell Gets His Stalky Restraining Order. 2006年8月30日閲覧。
  18. ^ http://www.blessedadventurepub.com/I_FUCKED_ALEC_BALDWIN_IN_HI.html
  19. ^ www.monstersandcritics.com”. Farrell Accuser Fails Lie Detector Test. 2006年7月24日閲覧。
  20. ^ “コリン・ファレル、トークショーにストーカー女が乱入”. シネマトゥデイ. (2006年7月26日). http://www.cinematoday.jp/page/N0008745 2009年8月20日閲覧。 
  21. ^ TMZ.com”. Farrell Files for Restraining Order. 2006年7月24日閲覧。
  22. ^ “コリン・ファレル、番組乱入女性に接近禁止令”. シネマトゥデイ. (2006年9月4日). http://www.cinematoday.jp/page/N0008990 2009年8月20日閲覧。 
  23. ^ CBS News Entertainment”. The Most Beautiful People Are Back. 2003年4月30日閲覧。
  24. ^ Company's 100 Sexiest Men”. Company Magazine's 100 Sexiest Men of 2003. 2004年8月2日閲覧。
  25. ^ http://www.visimag.com/movieidols/m34_feat01.htm

外部リンク[ソースを編集]