つるべがおかず

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つるべがおかずは、かつてABCラジオ(朝日放送)で放送されていたラジオ番組1993年4月から1998年12月にかけて、毎週土曜深夜に放送されていた。

本項では1990年10月から1993年4月に同枠で放送されていた『鶴瓶・青春のアンコール』についても記述する。両番組は内容的には連続している。

概要[編集]

メインパーソナリティーは笑福亭鶴瓶。共演者は変遷した(後述)。原則として生放送。

番組内容の変遷[編集]

月1回の割合でスタジオに観客を入れ、「福島道場」と称する公開生放送を行っていた。

『青春のアンコール』時代より、中村行延を迎えての電話生リクエスト(鶴瓶がスタジオ直通の電話を受け、中村がリクエスト曲をその場でギターで弾き語りする)や、スタジオでのフォークライブなどの企画が多かった。鶴瓶のトークとフォークライブの組み合わせという番組形式は、のちにABCテレビの『ねごとの穴』などでも展開されている。また、年2回(当時)の聴取率調査週間には、惜しくも終了してしまった過去のラジオ番組を実際の出演者を呼んで番組内で再現したり、終了していない番組でも現実には実現しない出演者の組み合わせで放送する、という企画が行われることがあり、「フレッシュ9時半!キダ・タローです」をキダ・タローと初代アシスタントを呼んで行ったり、「ポップ対歌謡曲」を司会:鶴瓶、回答者:キダ・タロー(歌謡曲側)、新野新(ポップ側)として行ったことがある。

番組中期には「全国制覇」と称し、大阪発の番組の電波を受信したリスナーからの電話を受け付け、最初につながったリスナーを「城主」と命名、47都道府県のすべてを網羅しようという企画を行い、見事達成した。この頃の共演は中村行延、浅川美智子オセロ大阪キッズなど。番組後期にも、鶴瓶の所属する松竹芸能の若手であったオセロやのイズ(後に解散)を呼んで共演した。

スポンサー[編集]

『青春のアンコール』時代[編集]

当初ダスキンおよび松下電器産業(現・パナソニック)の提供だったが、後にダスキンの一社提供となり、ダスキン降板後は点天(一口餃子のチェーン店)となった。

『つるべがおかず』時代[編集]

引き続き点天の一社提供だった(番組で電話のつながったリスナーには点天の「ひとくち餃子」がプレゼントされたこともあった)[1]

後期からは点天に加えダイエーも提供スポンサーに加わった。番組途中にあったダイエーの催し紹介のコーナーで、読みを担当する浅川美智子が「地下鉄谷町線 出戸駅を上がった所にあります、ダイエー出戸店…[2]」と発したあとに必ず笑い、出演者もそれに釣られて笑うのが名物となっていた。

脚注[編集]

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  1. ^ 点天は同番組終了後に鶴瓶が再登板した「MBSヤングタウン日曜日」でもスポンサーを務めた。
  2. ^ 実際の店名は「ダイエー長吉店」である。