ニワトリ

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ニワトリ
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 鳥綱 Aves
: キジ目 Galliformes
: キジ科 Phasianidae
: ヤケイ属Gallus
: セキショクヤケイgallus
亜種 : domesticus
学名
Gallus gallus domesticus
L., 1758
和名
ニワトリ
英名
Chicken

ニワトリ、学名:Gallus gallus domesticus仮名転写:ガッルス・ガッルス・ドメスティクス」)は、鳥類のひとつ。代表的な家禽として世界中で飼育されている。

ニワトリのヒナ(ヒヨコ
伊藤若冲『紫陽花双鶏図』 18世紀。

生態・形態上の特徴

ニワトリの身体的特徴として頭部には「鶏冠(とさか)」とあごの部分には「肉髯(にくぜん)」と呼ばれる皮膚が発達変化した装飾器官があって雌よりも雄の方が大きい。目の後ろには耳があり耳たぶのことを「耳朶(じだ)」と呼ぶ。また、一般的には足の指は4本(ただし烏骨鶏は5本)で雄の足には横向きか後ろ向きに角質が変化した距(けづめ)が生えているが、雌にはこの距はない。まばたきの仕方が人間とは異なり、下から上に被せるようになっている。眼球運動が出来ないので常に首を前後左右に振っている。翼は比較的小さく飛ぶことは得意ではないが、野生化した個体は数十メートルほど飛ぶことがある。

雄鶏特有の甲高い鳴き声もニワトリの特徴のひとつとして挙げられる。現在日本国内では鳴き声を「コケコッコー」と表現する場合がほとんどだが、江戸時代では「東天紅(トウテンコウ)」と表現していた[1] 。英語圏では「Cock-a-doodle-doo」 (クックドゥードゥルドゥー)、フランスでは「ココリコ」、ドイツでは「キケリキー」、イタリアでは「キッキリキー」、中国語圏では「咯咯噠」や「喔喔喔」等と表現する。

尚、品種を問わずニワトリを観賞用・ペットとして飼育する場合、雄鶏は(日の出の早い夏は)早朝から「コケコッコー」と大声で鳴くため、市街地で飼育する場合は近所迷惑とならない様に注意が必要である。雌鶏は雄鶏のように時を告げることはほぼ無いが産卵直後には「コッコ、コーコー」と多少は鳴く。
また、緑っぽい塊に白い部分(尿)が混じる通常の糞と、茶色いドロドロの盲腸便を排泄するが盲腸便の方はかなりの悪臭を放つ。手足や衣服に盲腸便が付着するとしばらく臭いが取れないのでこれも注意が必要である。また、夏場は水を大量に飲むので通常の糞でも軟便となりやすい。

起源

ニワトリの起源としては単元説と多元説がある。単元説は東南アジアの密林や竹林に生息しているセキショクヤケイGallus gallus)を祖先とする説である。 多元説(交雑説)はセキショクヤケイ、ハイイロヤケイG. sonneratii)、セイロンヤケイG. lafayetii)、アオエリヤケイG. varius)のいずれか複数の種が交雑してニワトリとなったとする説である。現在では分子系統学的解析によってセキショクヤケイ単元説がほぼ確定した[2]。原種である野生のヤケイは周辺住民の家禽と交雑が進み遺伝的に純粋なものはいなくなったという。

利用史

世界のニワトリ利用史

ニワトリは東南アジアから中国南部において家畜化されたとされる。時期についてはヒツジヤギブタと同程度の紀元前8000年前からとするもの、ウシより遅れてウマと同程度の前4000年頃とするものなど諸説ある。[3]家禽化された端緒は食用ではなく、その美しい声や朝一番に鳴く声を求めた祭祀用であったと推定されている。ただし、家禽化されて間もなく肉および卵も食用とされるようになり、やがてそちらの方が飼育の主目的とされるようになった。インダス文明に属するモヘンジョ・ダロの遺跡からはニワトリの粘土像と印章、ニワトリの大腿骨が出土しており、これがニワトリの存在を示す証拠としては最も古いものである。その後、ニワトリは3方向に分かれて伝播していった。西方への伝播はまずエジプトに伝播したのち各地へと伝わり、ヨーロッパでは紀元前後にすでに広まっていたと考えられている。新大陸にはニワトリはもともと生息しておらず、コロンブスの新大陸発見後にヨーロッパ人によって持ち込まれた。第二のルートは北へ向かって中国へと伝わるルートであり、日本への伝播もこのルートによるものである。

3つ目のルートは南へと伝わり、マレー半島からインドネシアへと伝わるルートである。このルートからは、やがてマレーポリネシア人南太平洋進出の際にニワトリはブタイヌとともに家畜として連れて行かれ、ニュージーランドトケラウなど一部の島々を除くほぼ全域に広がった。しかし、重要な財産として珍重されることの多かったブタと違い、ニワトリは半野生の状態で放し飼いされることが多く、主要食料とはされていなかった[4]。例外はイースター島で、ここでははじめからブタが存在せず、さらにイルカや野生の鳥類ヤシなどの食料源が次々と絶滅、または入手不可能となる中で、特に1650年以降において最大の動物性食料源として各地にニワトリ小屋が建設され、重要な役割を占めるようになっていった[5]。また、オーストラリア大陸にはニワトリはこのルートからは伝播せず、19世紀にヨーロッパ人がオーストラリアに植民した際に初めて持ち込まれた。

1850-1900年の間、ヨーロッパやアメリカでは東洋趣味の一つとして、コーチン種などを基にした観賞用・愛玩用のニワトリの飼育や品種改良がブームとなった。「ヘン・フィーバー(雌鳥ブーム)」と呼ばれるこの狂騒期に何百という新品種が作り出されたが、ブームが去るとほとんどの種は消滅してしまった。また、この時期にホワイトレグホンコーニッシュロードアイランドレッドといった、今日でも重要な家禽品種が作り出された[6]

日本列島におけるニワトリ

先史・古代のニワトリ

日本列島に伝来した時代は良く分かっていない。愛知県田原市伊川津貝塚からは縄文時代のニワトリが出土したとされたが、これは後代の混入であることが指摘される[7]。日本列島におけるニワトリは弥生時代紀元前2世紀)に中国大陸から伝来したと言われ[8]、弥生期には稲作農耕が行われるが、日本列島の農耕は中国大陸と異なり家畜の利用を欠いた「欠畜農耕」と考えられていた[9]1989年には大分県大分市下郡桑苗遺跡ブタ頭蓋骨が発見され、日本列島における弥生期の家畜動物の出土事例となった。ニワトリは1992年に愛知県清須市名古屋市西区朝日遺跡から中足骨が出土した[10]。以来、弥生期のニワトリはブタとともに九州・本州で相次いで出土している[11]

弥生時代のニワトリは現代の食肉用・採卵用の品種と異なり小型で、チャボ程度であったとされる[12]。出土が少量であることから鳴き声で朝の到来を告げる「時告げ鳥」としての利用が主体であり、食用は廃鶏の利用など副次的なものであったと考えられている[13]

古事記』や『日本書紀』にも記される、有名な天岩戸伝説において、常世長鳴鶏を集めて鳴かせたという記述がある[14]。天武4年4月17日(675年5月19日)の肉食禁止令において、ウシウマイヌニホンザル・ニワトリを食べることが禁じられている(天武天皇#文化政策)。殺生禁断の詔は聖武天皇の際にも出され、ニワトリの肉のみならず卵も避けられた[15]。古代には時を告げる鳥として神聖視され、主に愛玩動物として扱われた。『日本書紀』雄略天皇7年8月には闘鶏に関する記事があり、『日本書紀』が成立した奈良時代には闘鶏が行われていたとも考えられている[16]

平安時代には『日本三代実録』元慶6年(882年)条や『栄花物語寛弘3年(1006年)条、『年中行事絵巻』などにおいて、貴族や庶民の間で娯楽賭博の要素を持つ闘鶏が行われていたことが記されている[17]武士の誕生とともに鍛練として狩猟が行われ、野鳥の肉を食すようになったが、ニワトリは生んだ卵も含めて食用とは看做されなかった。

ニワトリという名前について、日本の古名では鳴き声から来た「カケ」であり古事記、万葉集、日本書紀の中に見られる。「カケ」の枕詞として「庭つ鳥(ニハツトリ)」があり「庭つ鳥鶏(ニハツトリカケ)」から「ニワトリ」と呼ぶようになった。また別の説では「丹羽鳥」を語源とするのもある。

中世・近世のニワトリ

戦国時代にはキリスト教徒のポルトガル人が西日本へ来航し、カステラボーロ鶏卵素麺など鶏卵を用いた南蛮菓子をもたらした[18]。江戸時代初期の寛永4年(1627年)にオランダ商館一行が江戸へ参府した際には道中でニワトリと鶏卵が用意されたという[19]

江戸時代には無精卵が孵化しない事が知られるようになり、鶏卵を食しても殺生にはあたらないとして、ようやく食用とされるようになり、採卵用としてニワトリが飼われるようになった。寛永3年(1626年)に後水尾天皇二条城行幸した際には鶏卵を用いた「卵ふわふわ」が出され[20]、寛永20年(1643年)の料理書『料理物語』では鶏卵を用いた各種の料理や菓子が記されている[21]

江戸時代中期以降、都市生活者となった武士が狩猟をする事が少なくなり、野鳥があまり食べられなくなり、代わって鶏肉が食べられるようになった。文化年間以降京都や大阪、江戸において食されるようになったとの記述が「守貞漫稿」にある[22]料理書において鶏肉・鶏卵が登場し、1785年には「万宝料理秘密箱」という鶏卵の料理書も出版されている。

ファイル:Mizutaki.jpg
(参考)現代の博多水炊き「とり田」(福岡市中央区薬院)の水炊き

一般に江戸期の大名家の記録ではニワトリ食に関する記録は見られないが、西国では佐賀藩の『諫早家日記』貞享4年(1687年)には長崎へ送られるニワトリについて記され、その食べ方は水炊きと考えられている「水煮」と記されている[23]。また、江戸後期の天明8年(1788年)には蘭学者の司馬江漢が『江漢西遊日記』11月15日条において長崎の平戸屋敷においてニワトリを食したことを記しており、やはり同様に水炊きであったと考えられている[24]

考古学においては、江戸期の遺跡からはチャボ程度の小型種から大型の軍鶏まで多様なニワトリ骨が出土している。これらは解体痕を持つ食用のみならず、観賞用・闘鶏用など用途別の品種が存在していたと考えられている[25]

近現代のニワトリ

生産量

FAOによる全世界の鶏の飼育数の推移[26], (100万頭)
1964 1969 1974 1979 1984 1989 1994 1999 2004
4,228 4,986 5,801 6,922 8,275 10,285 12,535 13,689 16,365
2004年の家禽の主要生産国[27]
(1000トン)
順位 生産量 順位 生産量
1 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 15,536 11 ロシアの旗 ロシア 1,060
2 中華人民共和国の旗 中国 9,475 12 南アフリカ共和国の旗 南アフリカ共和国 973
3 ブラジルの旗 ブラジル 8,668 13 カナダの旗 カナダ 950
4 メキシコの旗 メキシコ 2,250 14 トルコの旗 トルコ 940
5 インドの旗 インド 1,650 15 アルゼンチンの旗 アルゼンチン 885
6 スペインの旗 スペイン 1,268 16 タイ王国の旗 タイ 878
7 イギリスの旗 イギリス 1,242 17 マレーシアの旗 マレーシア 825
8 日本の旗 日本 1,241 18 イランの旗 イラン 820
9 フランスの旗 フランス 1,135 -
10 インドネシアの旗 インドネシア 1,100 -

ニワトリはを食用に、羽を衣服(特に防寒具)や寝具に利用するため世界中で飼育されており、ニワトリの飼育は養鶏という一つの産業として成り立っている。特に食用目的での飼育が盛んであり、伝統的な放し飼いによる低密度な飼育から、大規模養鶏場での高密度な飼育まで、生産者ごとに数々の飼育法が用いられる。

ニワトリの飼育数は世界全体において急増を続けている。これは、ウシやブタに比べ狭い場所で集中的に飼育できるため頭数を増やしやすいこと、ヒンドゥー教において禁忌とされるウシやイスラム教において禁忌とされるブタとは違い、ニワトリを禁忌とする宗教が存在しないため世界中のどの場所にも需要が存在することなどがあげられる。ニワトリは食肉用としては長年ブタとウシに次いで第三位の生産量を誇る家畜であったが、20世紀にはウシをしのいで2位となり、2018年にはブタをもしのいで世界で最も生産される食肉となると推定されている。

ニワトリの品種

ニワトリの品種には、主に卵の生産に重点が置かれる卵用品種、食肉の生産に主眼が置かれる肉用品種、どちらにも重点の置かれる卵肉兼用品種、こうした食品生産とは無関係に観賞用として飼育される観賞用品種の4つの品種群が存在する。ただし、肉用品種と言えども卵は生み、また卵用品種と言えど卵を産まなくなった場合は廃鶏として食肉市場に回されることがあるなど、食料生産用の3品種群においてはそれほど明確に区分が設けられているわけではない。

卵用品種

肉用品種

卵肉兼用品種

観賞用品種(愛玩鶏とも呼ばれる)

※東天紅(トウテンコウ)・声良(コエヨシ)・唐丸(カラマル)は鳴き声の長さを楽しむ品種(長鳴鶏)である。

利用

食用

ニワトリのもっとも重要な用途は食用であり、肉は鶏肉として、卵は鶏卵としてそれぞれ大量に生産される。食肉としては、淡白な白身で、栄養素としてタンパク質に富む良質な肉質を持つ。また、ウシやブタと並ぶ世界で最も一般的な食肉であり、さまざまな鶏料理が世界中に存在する。食用の鳥としては最も一般的なものであるため、通常鳥肉といえばそのままニワトリの肉のことを指す。卵としてはさらに重要な生産源であり、ウズラやその他の特殊な卵を除き、世界で流通する卵のほとんどは鶏卵である。このため、通常特に品種を指定せず卵と言えば鶏卵のことを指す。

また、ニワトリの骨を鶏ガラと言い、良質の出汁スープの原料となる。特に中華料理においては基本的な食材のひとつであり、ラーメンの最も基本的なスープは鶏がらを原料としたものである。ニワトリの脂肪からは鶏油が取れ、これも良質の調味油となる。鶏油は家庭において、脂肪の多く含まれるニワトリの皮から作ることもできる。さらに、軟骨はそのまま炒めたり揚げたりして食べることができ、焼き鳥屋においては「やげん」や「なんこつ」の名で一般的なメニューとなっている。

食材・観賞以外の用途

羽毛は軽量で保温性が高く衣服に利用される。アヒルやガチョウといった水鳥の羽毛に比べると質が劣るが安価なため、しばしば低価格のジャケットなどに使用される
釣り具の疑似餌に用いられることもある。
「鶏糞」と呼ばれ、肥料として市販されている。乾燥したものではチッソ3パーセント、リン酸5パーセント、カリ5パーセント程度を含み、有機肥料としては即効性がある。充分に乾燥していない湿った鶏糞はかなり臭う。
頭部
ニワトリの頭部はその外見から人の食用に人気がないが、肉食動物の餌として広く利用されている。特に動物園等の大型動物の餌として人気があり、犬用の缶詰も「鶏頭の水煮缶詰」として市販されている。
闘鶏

ニワトリどうしを戦わせる闘鶏はニワトリを飼育するかなりの地域で広く行われたものであり、現代においてもタイをはじめとする東南アジア全域において非常に人気のあるスポーツである。

ニワトリを主人公にした作品

参考文献

  • 江後迪子『長崎奉行のお献立 南蛮食べもの百科』吉川弘文館、2011年
  • 新美倫子「鳥と日本人」西本豊弘編『人と動物の日本史1 動物の考古学』吉川弘文館、2008年
  • 新美倫子「弥生文化の家畜管理」『弥生時代の考古学5 食糧の獲得と生産』同成社、2009年

関連項目

脚注

  1. ^ 2008年10月29日放送『笑っていいとも!』より
  2. ^ * 秋篠宮文仁,他, "ニワトリの起源の分子系統学的解析": Proc. Natl. Acad. Sci., 93, 6792-6795 abstract
  3. ^ Lawler, Andrew (23 November 2012). “In Search of the Wild Chicken”. Science, New Focus (Science): 1020-1024. doi:10.1126/science.338.6110.1020. "自然史ニュース ニワトリの家畜化" 
  4. ^ 「オセアニアを知る事典」平凡社 p211 1990年8月21日初版第1刷
  5. ^ ジャレド・ダイアモンド著、楡井浩一訳『文明崩壊――滅亡と存続の命運を分けるもの(上・下)』、p.177 (草思社, 2005年)
  6. ^ Harold McGee 香西みどり訳『マギー キッチンサイエンス』2008年、共立出版 p.71
  7. ^ 西本豊弘・佐藤治・新美倫子「朝日遺跡の動物遺体」『朝日遺跡Ⅱ(自然科学編)』(1992年)
  8. ^ 新美(2009)、p.101
  9. ^ 新美(2009)、p.95
  10. ^ 新美(2009)、p.101
  11. ^ 新美(2009)、p.101
  12. ^ 西本豊弘「弥生時代のニワトリ」『動物考古学 1』(1993年)
  13. ^ 新美(2009)、p.101
  14. ^ ニワトリの誕生と養鶏のはじまり”. 東紅食品株式会社. 2015年2月11日閲覧。
  15. ^ 江後(2011年)、p.169
  16. ^ 新美(2008)、p.240
  17. ^ 新美(2008)、p.241
  18. ^ 江後(2011年)、pp.169 - 170
  19. ^ 江後(2011年)、p.170
  20. ^ 江後(2011年)、p.170
  21. ^ 江後(2011年)、p.170
  22. ^ 「江戸の料理と食生活」原田信男編 小学館 p84 2004年6月20日第1版第1刷
  23. ^ 江後(2011年)、p.167
  24. ^ 江後(2011年)、p.167
  25. ^ 新美(2008)、p.249
  26. ^ Archives des séries statistiques de production (interrogation par production, produit : poule, pays et années - FAO
  27. ^ Handelsblatt - Die Welt in Zahlen (2005)
  28. ^ 小学館「世界原色百科事典」より。

外部リンク