甲本ヒロト
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| 甲本ヒロト | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | 甲本浩人 |
| 出生 | 1963年3月17日(46歳) |
| 血液型 | O型 |
| 学歴 | 法政大学経済学部中退 |
| 出身地 | 岡山県岡山市 |
| ジャンル | ロックンロール |
| 職業 | シンガーソングライター 作曲家 |
| 担当楽器 | ボーカル ギター ハーモニカ |
| 活動期間 | 1985年〜 |
| レーベル | BMG JAPAN |
| 事務所 | ハッピーソング |
| 共同作業者 | ザ・クロマニヨンズ |
| 影響 | ジョニー・ロットン ミック・ジャガー |
甲本 ヒロト(こうもと ひろと、本名:甲本 浩人、1963年3月17日 - )は、日本のロック歌手である。岡山県岡山市出身。身長174cm。血液型O型 俳優の甲本雅裕は実弟。HAPPY SONG副社長。
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[編集] 概要
ラウンド・アバウト、ザ・コーツ、THE BLUE HEARTS、ヒューストンズ、THE HIGH-LOWSを経て、現在はザ・クロマニヨンズのボーカリストを務める(バンドとしての活動については各項目を参照)。
そのパワフルさと朴訥さを兼ね備え、童謡のように一音一語で丁寧に唄うユニークなボーカルスタイルで知られる。ブルーハーツ初期はがなり立てるような声で歌っていたが、喉に負担がかかるため『BUST WASTE HIP』以降は封印している。また、体を大きく振って跳んだり、全裸になったり、舌をベロベロ出したり鼻をほじったり等エキセントリックなライブパフォーマンスを見せる。 曲によっては、ギターや10穴ハーモニカ(愛用はHOHNER社製のSpecial 20)の演奏もする。特に、ハーモニカの演奏技術には定評がある。
作詞・作曲のスタイルは、大きく分けてブルーハーツ時代、ハイロウズ時代以降で異なる。 ブルーハーツ時代は、「人にやさしく」、「リンダリンダ」、「キスしてほしい」、「情熱の薔薇」など、パンクロックを基調としたサウンドに乗せられる、「です・ます」口調で語られる意味性の強い詞が特徴的だった。 ハイロウズ時代以降は、「日曜日よりの使者」「千年メダル」といったブルーハーツ時代にも通じる意味性の強い曲も作りつつ、「ミサイルマン」「ロッキンチェアー」などのパンクに限定されない曲調かつ、「~だぜ」口調で語られる攻撃的で意味性を排除した詞も書くようになった。
好きなものをモチーフにした楽曲も多い。バイク=「MONKEY」・「ピストン」、釣り=「テトラポットの上」、NBA=「フルコート」など。
20年以上に渡ってバンドを組み続けている真島昌利とは唯一無二のコンビである。甲本のインタビューによれば、本人は本来、どこかの穴ぐらに篭もって、ダラダラとした生活をしていたい人間なんだという。若い頃も、将来は親の世話になろうと思ってて、働く気は全く無かったという。そんな引き篭もりがちな甲本を昔から「おまえはやればできる子なんだよ」と叱咤激励し続けてきたのが真島だという。また、東京に出てきて友達がなかなかできなかった甲本にとって、誰より自分を理解してくれた真島はかけがえのない存在である。「マーシーは自分にとって特別な存在だから、彼の期待を裏切りたくない」と言っている。「リンダリンダ」もそうしてできた曲である。そして、バンドで音を合わせるとやはり気持ちよさを感じるといい、だから今も真島とロックバンドをやっているという。
[編集] 来歴
- 岡山大学教育学部附属小学校・岡山大学教育学部附属中学校卒業。
- 岡山県立岡山操山高等学校(現在の岡山県立岡山操山中学校・高等学校)卒業。
- 法政大学経済学部中退。
- 1985年 - 真島昌利らとTHE BLUE HEARTS(ザ・ブルーハーツ)結成。
- 1987年 - シングル「リンダ リンダ」で、ザ・ブルーハーツがメジャーデビュー。
- 1994年 - ザ・ブルーハーツ活動休止。
- 1995年 - ザ・ブルーハーツが表向き活動休止中(実際には解散状態)だったこの時期に、ソロアルバムのレコーディングをしている(音源は未発表)。
- 真島とともに有限会社ハッピーソング設立。
- 6月1日、ブルーハーツ解散を発表。
- 真島に誘われTHE HIGH-LOWS(ザ・ハイロウズ)結成。
- 10月25日、ハイロウズのデビューシングル「ミサイルマン」、1stアルバム『THE HIGH-LOWS』同時発売。
- 1997年 - 9月、甲本と真島が資金を出して機材倉庫を改装して造られた、アトミック・ブギー・スタジオが完成。
- 2005年 - ザ・ハイロウズ活動休止。
- 2006年 - 7月、ソロ・シングル「真夏のストレート/天国うまれ」発売。ギターのみならず、ベース、ドラムス等ほぼ全てのパートを一人で演奏。
- 真島らとザ・クロマニヨンズ結成、7月23日を皮切りに大型ロックフェスの出演とザ・クロマニヨンズ出現ツアーを敢行した。
- 9月20日、クロマニヨンズのデビューシングル「タリホー」発売。
[編集] 人物像
- 幼少時代のあだ名はボケ作(小学校の担任の教師が名づけた)。
- 高校時代は剣道部。
- 『一生、親に養ってもらって、テレビとお菓子の生活をする』のが小さい頃の人生設計。
- 実家はクリーニング店・ドライ甲本を経営していた(現在は閉店)。父について、「父親はアイロンを握ってる姿が1番かっこ良かった」と語っている。
- 自らカスタムする程のバイク好き(ハーレー・トライアンフ乗り)。また、 プロレス・格闘技や映画が好き。アニメでは、タイムボカンシリーズやドラえもん、いなかっぺ大将を好む。
- ティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズやガンビー等のフィギュアを収集している。
- ツアー中の体脂肪率は「6.5ぐらい」とのこと(NHK-FM『ミュージック・スクエア』/2002年11月)。
- 真空管アンプを自作している。
- 明るく優しい性格だというパブリックイメージが定着しているが、歌詞の端々でそんなイメージに対する反発を感じさせるフレーズがある。ちなみに、2005年放映の日本テレビ系「踊る!さんま御殿!!」に弟・雅裕が出演した際、明石家さんまが雅裕に「兄貴(ヒロトの事)は、荒くれ者でしょう」と問うと、雅裕は「いや、僕より謙虚ですよ。」と語っていた。
- パンクやロックだけでなくブルースも好きで、インタビューや歌詞にブルース・シンガーの名前がよく出てくる(マディ・ウォーターズ、サニー・ボーイ・ウィリアムスンなど)。
- インタビューなどで雑誌に写真が出るときは、たいていロックTシャツを着ている。ファッション雑誌の表紙に何度か登場したこともある。
- 2007年10月には急性疾患にかかり、予定していたライブを延期する事態になった。
[編集] 逸話
- 子供の頃、桃太郎少年合唱団に所属していて賛美歌などを歌っていた。
- 初めて買ったレコードは、西城秀樹の『薔薇の鎖』。本当は、『激しい恋』を買うつもりが間違えた。
- ハーモニカを始めるきっかけは、ドクター・フィールグッドのレコードを聴いて自分でもできそうな気がしたからだという。
- 中学時代、セックス・ピストルズに衝撃を受け、中学校を卒業したら高校へは行かずに上京してロックンロールをやりたいと親に言うも、反対される。
- 高校3年の夏休みに、ボーカルが抜けた友人のハードロックバンド「ラウンドアバウト」に誘われて加入。これが甲本のバンド初体験だった。
- シド・ヴィシャスの影響で元々はベーシストに憧れていたが、「誰にでもできる」という理由でボーカリストに。
- 上京後は友人・知人がほとんどできず、原宿や新宿を歩き回って友人探しに明け暮れていた。
- ザ・コーツ解散時に彼が住んでいた笹塚の廃家は、霊感の強い友人曰く、霊の通り道になっており、甲本も数々の心霊現象を体験している(例・靴を履こうとしたら中に大量の血が入っていたなど)。
- 1981年5月、日本テレビ系列で放送されていた「スター誕生!」の前説にラウンドアバウトで出演。甲本が生まれて初めて作った曲「Jump'inJap 3-3-7」を演奏した。
- タイムボカンシリーズの再放送が見たいがために、バンドの練習に行きたくないと駄駄をこねたことがあった。
- キン肉マンも大好きで、「キン肉マン77の謎」の投稿超人コーナーに甲本が考案した、クアドロフェニア(名前はThe Whoのアルバム『四重人格』から)が掲載される。
- ザ・ローリング・ストーンズが来日すると、スケジュールを開けて出来るかぎりライブを見に行く。
- ソロでイベントに出演する時、セックス・ピストルズの「Anarchy In the U.K.」を自作の日本語の歌詞をつけて歌う事が多い。
- 同郷のプロレスラー田村潔司のジム「U-FILE CAMP」の創設期に会員(No.2)で、ジムに何度か通っていた。
- 男に乳首はいらないという持論を持っている。
- メイドカフェに行ったことがある。
- 趣味バンドのモンキー・アンクルズではベースを弾いている。
- お金を払って見に行った日本のバンドのライブはDragon Ashだけ(しかし1995年のライブでは「この前イエモンのチケット買うて武道館行ったんやけど・・・」と発言している)。
- 精神的に情緒不安定な時期があり、ある時自殺しようとしていた。しかし、そのときたまたまTVで流れていたダウンタウンのガキの使いやあらへんで!のダウンタウンのトークを聞いて心の底から笑ってしまい、自殺を諦めたという。このことは後日松本人志が同番組内で語っている。また、この時に「日曜日からの使者」が作られたらしい。
- 2009年5月の忌野清志郎の葬儀には革ジャン姿で現れ弔辞を述べた。
[編集] ディスコグラフィー
- 桜のころ(シングル-2002年6月12日)
- 真夏のストレート/天国うまれ(シングル-2006年7月5日)
- ギターのみならず、ベース、ドラムス等ほぼ全てのパートを甲本一人で演奏。また、天国うまれには真島昌利がギターで参加している。
- よろこびのうた(シングル-2007年10月31日)
- 藤原いくろうとの合作で、「藤兵衛ドンと農民たち」名義。ベートーヴェンの交響曲第9番を手拍子や三味線にあわせてあ~ね、の~んのベートーベンにあわせて歌う、民謡的な楽曲。しかしプロモビデオも実際に難波田城資料館にて昔の農村をイメージしたつくりになっており、髪はさすがに結ったりしてないが、当時の農民の喜びが描かれているようなつくりにもなっている。
- フララン・ランデブー(甲本ヒロト&ピンク・ピッギーズ)
- ピンク・ピッギーズについては山本正之の項を参照。
- タイムボカン2000 怪盗きらめきマンのエンディングテーマ。
- THE WEIGHT(with 石田長生)
- ANARCHY IN THE BAYOU(ヒロト&BBBB)
[編集] 楽曲提供
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- 宮沢りえ「ボーイフレンド」「恋が命中」作詞・作曲
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- 坂井真紀「ビーナス」作詞・作曲
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- 坂井真紀「シャボン玉」作詞・作曲
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- 2丁拳銃「見せてごらん」作詞・作曲
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- あのねのね「∥(ひと)」作詞・作曲
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- 中ノ森BAND「イソブラボー」作詞・作曲
[編集] その他
アニメ・特撮戦隊ヒーローモノも好み、楽曲へのアニソンの影響も顕著。特にタイムボカンシリーズの熱烈なファン。同シリーズの音楽担当である山本正之のファンでもあり、ザ・コーツ時代から親交を深めている。それが縁で現在でも山本のアルバムなどにコーラスとして参加するなどしている。
- OVA「タイムボカン王道復古」に本名名義で声優として出演(「タイムパトロール隊オタスケマン」の三悪・オジャママンのコクピットメカ「オハヤシ星人」役。漫画家の奥谷かひろと共に、「オタスケマン」本編のように視聴者公募によって選ばれたという設定で)。
- 2000年には「タイムボカン2000・怪盗きらめきマン」のエンディングテーマ「フララン ランデブー」(山本正之楽曲提供)を歌っている。
- 2005年に行われた「タイムボカン祭」にゲスト出演。
- 2009年上映の「実写版「YATTERMAN 〜ヤッターマン〜」の劇中歌『ヤッターキング2009』をクロマニヨンズとして担当。
[編集] インタビュー
- ・「最初見たとき驚いたが、あの歌う時のポーズというのは自然に出るの?」との問いに、「なんだか訳の分からないものになってしまいたいですね。『僕は歌手なんだ』とか『歌を歌って商売にしてプロなんだ』とかじゃなくて、歌ってる瞬間『お前は何なんだ!?』って聞かれるようなね」と答えている。
- ・「自分の中でロック、これでいこう!って思ったのはいつ、誰の影響?」との問いに、「中学1年の時、FMから流れてきたマンフレッド・マンというバンドのドゥワ・ディディ・ディディという曲を聞いたときなんですが、涙が出てきて、『ああーーっ』って声が出てきた。それまでこんなに好きになったものなかった」と答えている。
- ・ロックでは珍しく歌詞がはっきり聞き取れたという感想に、「桑田佳祐さんとか、矢沢永吉さん達は、それまでなかったスタイルをやった訳だから充分ロックだと思う。ただ僕がそれを受け継いで『先輩~』ってやったらロックじゃないと思う。で、『じゃあ何だろう、俺のスタイル何だろう』って思ったら、“はっきり歌うこと”だったんです。」と話している。
- 「Bridge」1997年2月号のインタビューで「マンフレッド・マンを聞いて価値観というものがなくなり、勇気がりんりん湧いてきて食べ物の好き嫌いがなくなった」と語っている。
- 風呂が嫌いで昔は真夏でも、1ヶ月に1回しか入らなかったという。
- スポーツ全般が大嫌いで憎んでさえいる(自身が運動が苦手、試合の中継のため好きなテレビ番組を見られない、のが理由)がバスケットボール(NBA)だけは唯一好き。選手達の負けた時等に見せる醜い顔を見るのが好きらしい(『bridge Vol.37』ロッキング・オン、2003年)。
- もし、もうひとつ人生があったら全てを捨てて立川談志の弟子になりたかったという。談志=ロックンロールだと思う、と語っている(水道橋博士の悪童日記2003年06月13日)。
- ハイロウズ時代、パソコンを購入してファンが集まるチャットに「今日、誰々のライブにハイロウズが観に来てたよ」と別人のふりをして書き込んだことがある(『音楽と人 Vol.124』シンコーミュージック 2004年)。
- 甲本が作詞した曲には、本人にしか分からないような内容の歌詞がいくつかあるが、それについては
- 「誰もわかんない。僕さえもわかんないけど、そのイメージは僕の中にしっかりあるから、もしかしたらそれをただ吐き出すことによってそのイメージを共有できるかもしれないと思ったんだ。言葉の意味は理解できなくてもその曲から受けるイメージで『生きてやるぜ!』っていう気持ちになってくれればそれでいいや」と答えている(JAPAN COUNTDOWN 2002年12月)。
- 2005年のJAPAN COUNTDOWNで「僕はね、ロックを聴いたり見たりする時は饒舌に語れるの。でも自分でやる時はね、アウト・オブ・コントロールな部分が大きいんですよ。ちゃんとプロデュース出来てるかというと僕はわかんないし。ただ、自分のことではっきりといえるのは、その瞬間 楽しんでるかなということだけなの。それはもう味見と一緒です。なんで塩入れるのかわかんないし、なんで胡椒するのかわかんないしそれが何でこの塩で、何でこの量なのかも知らない。だけど味見して「美味い」と思うかどうかだけは自信がある。」と話している。
- ザ・ハイロウズ休止後、2006年6月1日号の「ぴあ」で尊敬する矢沢永吉と対談し、矢沢本人の口から「あなた、バンドやりなよ」と言葉を投げかけられ、「将来、僕がまたバンドやるときには、永ちゃんがやれっていったんだよって言える」と発言(この対談の時点で既に、クロマニヨンズは結成されていたが同年7月のライブまで公表できなかったため)
- 「長くやっていると、自分を追い込んだり他の人はしちゃうみたいだけど、ラッキーなことに、僕はマーシーとずっとやってるので、気楽にできている。」(2006年10月雑誌インタビュー)
- ブルーハーツからハイロウズ、クロマニヨンズと常にバンドの形を変化させていく甲本に、目指す場所は何処なのか?という質問に対して
- 「ロックンロールバンドが目指す場所はね、無いんだよ。中学生でもいい。小学生でもいい。高校生でもいい。例えばホウキでもいいんだ。ギター持ってなくてさ。ロックンロールに憧れて教室の隅っこでワァーってなる。すっげぇ楽しいんだ。そこがゴールです。そこにずっといるんだよ。そっからどこにも行かないよ。それが東京ドームになろうが教室の隅っこであろうがそんなの関係ないんだ。ロックンロールバンドは最初から組んだ時点でゴールしてんだ。目的達成だよ。」と答えている(2006年10月 音楽戦士 MUSIC FIGHTER)。
[編集] 関連書籍
- 日曜日よりの使者の詩―甲本ヒロト全詞集(2007年1月 ジービー)
[編集] 関連人物
- 真島昌利(元THE BREAKERS・THE BLUE HEARTS・THE HIGH-LOWS、現ザ・クロマニヨンズ)
- 河口純之助(元THE BLUE HEARTS)
- 梶原徹也(元THE BLUE HEARTS)
- 甲本雅裕(実弟)
- 水道橋博士(浅草キッド。中学時代の同級生)
- 山本正之(ミュージシャン。ザ・コーツ時代から親交がある)
- 忌野清志郎(ゲストヴォーカルとして参加)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 甲本ヒロト(公式サイト)
- 藤兵衛ドンと農民たち (公式サイト)

