チバユウスケ

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チバユウスケ
基本情報
出生 1968年7月10日(41歳)
血液型 A型
学歴 明治学院大学経済学部卒業
出身地 日本 神奈川県藤沢市
ジャンル パブロック
ガレージロック
ブルースロック
パンク・ロック
ロカビリー
職業 シンガーソングライター
担当楽器 ボーカルギター
活動期間 1991年 - 2003年
thee michelle gun elephant
2001年 - 2006年
ROSSO
2006年 -
The Birthday
レーベル 日本コロムビア
1996年 - 2002年
ユニバーサルシグマ
(2002年 - )
事務所 BAD MUSIC GROUP
TRIPPIN' ELEPHANT RECORDS
base
共同作業者 The Birthday他多数
影響 ドクター・フィールグッド
ルースターズ
ダムドなど
公式サイト rockin' blues.com
  

チバ ユウスケ(本名非公開、1968年(昭和43年)7月10日 - )は、日本のミュージシャンロックバンドthee michelle gun elephantボーカルとして長期にわたり活動し、解散後も様々なバンドやプロジェクトに参加した。近年、The Birthdayを結成し活動を活発化させている。神奈川県出身。湘南学園高等学校明治学院大学経済学部商学科卒業。血液型はA型。

目次

[編集] 概要

敬愛するミュージシャンはドクター・フィールグッドザ・クラッシュダムド他多数。自身のバンドでは、自身がガレージロックパンク・ロックブルースロックパブロックからの影響が垣間見られる音楽を展開している。また、大変なレコード収集家であり、過去にテレビ番組内でレコードを紹介するコーナーを持っていた。

ギターはグレッチまたはeko(イタリアのメーカー)、フェンダー・ジャガーなどを使用。自身のバンドのライブ中、たまにギターを放り投げることがある。また、チバ本人は長い間、自分の持っているジャガーをフェンダー・ジャズマスターと勘違いしていた。イマイアキノブの指摘により判明。ちなみにthee michelle gun elephantのデビュー曲「世界の終わり」のプロモーション・ビデオではジャズマスターを使用していた。

自身のバンドにおいては、ほぼ全ての楽曲の作詞を手掛ける。

[編集] 経歴

幼少の頃はヴァイオリン教室に通う。教室は2回に1回は逃げていたが、発表会で日本武道館のステージに立つまで上達した。幼稚園から高校までエスカレーター式に、神奈川県藤沢市湘南学園に学ぶ。音楽に対して本格的に興味を示し出したのは後の高校時代であり、高校在学時にドランカーというパンクロックバンドを結成。「探してよ」という日本語の曲などがあり、当時から作詞を担当していたという。卒業後の1991年明治学院大学に入学。学内のサークル「ソング・ライツ」に加入しthee michelle gun elephantを結成。卒業後も活動を継続し、後にメジャー・デビューを果たす。以後長期にわたり活動することとなる(同バンドでの活動詳細はthee michelle gun elephantの項目を参照のこと)。

thee michelle gun elephantにて活動する傍ら、当時最たる親交があり、2000年に解散したバンドBLANKEY JET CITY照井利幸に誘われ、2001年ROSSOを結成し、アルバムを発表する。当時としては期間限定バンドとしての意味合いが強く、thee michelle gun elephantでの活動を主としていたため一旦活動を休止させるが、以降も照井との交流は絶えず続き、2003年初頭に照井のソロプロジェクトであるRAVENのアルバム『限りなく赤に近い黒』にゲストとして参加した。直後、thee michelle gun elephantが解散を発表し、同年10月11日にバンドは解散した。解散後はチバ、照井以外のメンバーを一新した上でROSSOを復活させ、活動を主としていた(同バンドでの活動詳細はROSSOの項目を参照のこと)。

その後も長らくROSSOでの活動が続くが、THE MIDWEST VIKINGSMidnight Bankrobbersなど新たなグループを次々結成し、また様々なバンド・グループにゲスト参加するといった、ROSSO以外での活動も目立った。2006年6月、ROSSOは再び活動を休止させ、直後、元thee michelle gun elephantのクハラらと共にThe Birthdayを結成、現在活動を活発化させている(同バンドでの活動詳細はThe Birthdayの項目を参照のこと)。

[編集] 作品

在籍する、または過去に在籍したバンドの作品については、以下のページに詳しい記述がある。

[編集] 参加作品

※特筆ない限りボーカルとしての参加である。

  • touch and go (2000年12月16日)
    • PEALOUTのシングル。表題曲に参加。
  • カナリヤ鳴く空 (2001年12月12日)
  • This is NEW SUNRIZE (2002年1月30日)
    • BUGY CRAXONEのアルバム。M-2「人と光 (feat.チバユウスケ from thee michelle gun elephant)」に参加。
  • KINKY BOOT〜TRIBUTE TO THE KINKS (2002年2月21日)
  • Tribute to THE RYDERS「LET'S GET TOGETHER」 (2002年4月24日)
    • THE RYDERSのトリビュート・アルバム。『TAXY DRIVERS』(チバとクハラカズユキKemuriの南英紀、津田紀昭による限定バンド)名義にてM-2「NEW RISE」、M-11「PARADISE」に参加。
  • FISHISM (2003年5月28日)
  • PRIMAL ROCK THERAPY (2003年12月8日)
  • A.I COMPANY (2004年3月17日)
    • ニューロティカのトリビュート・アルバム。『SHIGERU FOREVER』(ニューロティカのメンバーとチバによって構成される限定バンド)名義にてM-2「旅に出よう」をカバー。
  • 限り無く赤に近い黒 (2004年4月21日)
    • RAVENのアルバム。全編にわたって参加。
  • ロミオ (2004年7月12日)
    • 勝手にしやがれのシングル。M-3「ロミオ (勝手にしやがれ+チバユウスケ)」に参加。
  • アクロス・ザ・バレー - Across The Valley (2006年4月5日)
  • TRIBUTE TO THE RAMONES (2007年5月23日)
    • DUMBによるラモーンズのトリビュート・アルバム。M-10「The KKK Took My Baby Away」に参加。
  • No Illusion (2007年7月4日)
    • Toshiyuki Gotoのアルバム。M-2「Walking On The Moon [Dub Version] feat. Yusuke Chiba」に参加。
  • LAST ROCKERS (2009年1月14日、CTCR-14607)
    • Disoscillatorsのアルバム。M-2「Kick Out The Jams feat. チバユウスケ」(MC5のカバー)に参加。

[編集] 提供作品

  • ローレン (2001年2月16日)
  • nobuchikaeri (2005年12月21日)
    • 信近エリのアルバム。M-3「SING A SONG」の作詞を担当。
  • honeycreeper (2007年9月26日)
    • PUFFYのアルバム。M-3「君とオートバイ」、M-13「アイランド」の作詞作曲を担当。

[編集] 出演作品

[編集] 書籍

  • チバユウスケ詩集「ビート」 (2008年11月6日、ISBN: 9784902943368)
    • 1994年のデビューから現在までの約15年のあいだで書かれた214曲の歌詞の内、「世界の終わり」から「オリーブ」まで、自らがセレクトした125曲を収録。そのうちの半数には、詞に寄せた書き下ろしコメントを併記し、スケッチブックから転写した手書きの歌詞や、詞を作る際に描いたイラストや写真などのビジュアルも収録。

[編集] その他関連作品

  • OCCUPY produce Japan Artist Figure #2 Artist チバユウスケ
    • Occupyプロデュースによる、高さ16cmの塩化ビニールフィギュア。限定受注生産で2009年5月中旬発売予定(受注期間は2009年2月1日から2月28日)。また、タワーレコード限定カラーモデル「チバユウスケ〈TOWER RECORDS LIMITED EDITION〉」もタワーレコード渋谷店、新宿店と@TOWER.JP(オンライン)にて同時発売。

[編集] 外部リンク

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