ガルフ・エア

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ガルフ・エア
طيران الخليج
IATA
GF
ICAO
GFA
コールサイン
GULF AIR
設立日 1950年
ハブ空港 バーレーン国際空港
マイレージサービス Gulf Air Frequent Flyer Programme
会員ラウンジ First and Business Class Lounge
保有機材数 34機
就航地 49都市
本拠地 バーレーン マナーマ
代表者 Abdul Aziz Jassim Kanoo

ガルフ・エアアラビア語: طيران الخليج‎; ṭayarān al-khalīj英語: Gulf Air)はバーレーンの国営航空会社である。バーレーンとオマーンの空港を拠点とする。アラブ航空会社機構の一員で、「アラベスク航空アライアンス」に加盟しているほか、ワンワールドの「グローバル・エクスプローラー」料金が適用される航空会社の一つである。

概要[編集]

設立[編集]

第二次世界大戦後の1940年代後半にイギリスパイロットのフレディ・ボスワースにより設立され、バーレーンからドーハダーランへ小型機での運航が開始された。1950年にガルフエアと改名された。

その後1951年英国海外航空の出資を受けて運航規模が拡大され、中東各国やヨーロッパ東南アジアへ路線を広げた。1970年4月にはヴィッカースVC-10を導入し、ロンドンガトウィック空港)線に投入された。

3国共同出資[編集]

1974年1月にバーレーン、アラブ首長国連邦(アブダビ首長国)、オマーンの3国が共同出資し英国海外航空の持っていた株を買い取り、ペルシャ湾岸諸国3国共同のフラッグ・キャリアとなった。

その後ロッキード L-1011などのワイドボディ機も導入し、金色のを取り入れた塗装から「ゴールデン・ファルコン・ジェット」のニックネームで、サウジアラビアサウジアラビア航空レバノンミドル・イースト航空などとともに中東で最も古い航空会社の1つとして、長年にわたり中東の航空業界を支えてきた。

共同運営解消[編集]

F1バーレーングランプリの特別塗装が施されたエアバスA340-300型機

しかし最近では、原油高による中東諸国の好景気が逆にガルフエアの将来に影を落とす形となっている。上記のようにペルシャ湾岸諸国の3カ国により運営されてきたものの、2003年にアラブ首長国連邦が独自の航空会社エティハド航空を設立した事で、2005年9月にガルフエアから離脱。さらに2007年5月には、オマーンもフラッグキャリアであるオマーン・エアへの支援を強化する為、離脱してしまった。

これにより、ガルフエアに出資しているのはバーレーン1国のみとなり、同社は当初ハブ空港として整備していたアブダビ国際空港マスカット国際空港から撤退し、バーレーン国際空港のみハブ空港とする急速な経営規模縮小を実行した。

未来[編集]

前述のエティハド航空や中東の雄エミレーツ航空との競争が激しく、同社の未来は決して明るくはないが、一方、保有機材で経年化したボーイング767とエアバスA340型機の退役を計画し、A330やボーイング777-300ER,787等をリース契約で新機材も発注している。

保有機材[編集]

2009年現在の保有機材は以下の通り:

スポンサー活動[編集]

外部リンク[編集]