P-3 (航空機)

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P-3 オライオン

海上自衛隊のP-3

海上自衛隊のP-3

ロッキード P-3は、アメリカ合衆国航空機メーカーロッキード社(現・ロッキード・マーティン社)が開発したターボプロップ哨戒機

愛称は「Orion」。日本ではその英語読みから「オライオン」とするものが多い[1][2]Orion とはギリシア神話に登場するオリオン座となった狩人の名にちなむ。

初飛行から50年以上が経過しているものの、アップデートを重ねつつ、アメリカ海軍海上自衛隊など軍の航空隊、アメリカ沿岸警備隊など国境警備隊の他、気象観測や消防機など非軍事用などにも転用され20以上の国で運用されているベストセラー機である。

概要[編集]

開発経緯[編集]

P-3(両端)とP-2(中央の2機)の比較

アメリカ海軍は、ロッキード P2V ネプチューン(後に命名規則改正で「P-2」となる)を1947年から主力の対潜哨戒機とし、エンジンの換装などによりアップデートを行っていたが、1950年代には積載量が限界に近くなり探知機材や武装の追加が難しくなっていた。また機内は大型の探知機材に圧迫され探知機材の発する熱に空調が追いつかず居住性が悪化するなど、長時間の任務飛行において多数の問題点が指摘されていた。このため将来の機材更新も見越した後継機が要求された。

アメリカ海軍が1957年8月に提示した次期主力対潜哨戒機は、SOSUSにより探知された敵潜水艦と思しき音響信号へ急行してソノブイ磁気探知機による識別を行い、魚雷爆雷を使用して、潜在海域から殲滅することを主眼としていた。そのため、

  • 地上の潜水艦探知や分析システム設備と接続してその情報を利用できる高度な情報通信能力を持つこと
  • 余裕のある兵装及び捜索・探査装備の搭載能力を持つこと
  • 探知した目標の存在する海域に対して即座に急行できる高速飛行能力を持つこと
  • 長距離且つ広範囲を探査・捜索するための充分な航続距離と連続飛行時間を持つこと
  • 長距離長時間の飛行を無理なく行える高い居住性を持つこと
  • 資材共通化のため、ジェット燃料を使用するエンジン(ターボプロップエンジンなど)を搭載すること

が求められた。

なお後継機の登場までのつなぎとしてP-2の導入国では改修機がテストされていたが、多くの国では試験機としての運用にとどまった。例外的に日本では後継機選定が遅れたため、機体の拡大やターボプロップエンジンへの換装を行ったP-2JをP-3C導入まで主力として運用していた。

開発[編集]

原型機 YP3V-1(1958年)
アメリカ海軍でテスト中のYP3V-1(1961年8月)

海軍の要求に応じ、ロッキード社は1957年4月に初飛行したばかりのターボプロップエンジン4発搭載の旅客機L-188 エレクトラの改造型を提案し、1958年4月にP2Vに続く採用が決定した。L-188を改造した原型機のYP3V-1(命名規則変更によりYP-3Aと改名)は1958年8月19日に進空したものの、原型機L-188の構造的欠陥に起因する連続事故で計画は大幅に遅延し、1962年8月より P-3A としてアメリカ海軍への配備がようやく開始された。

P-3Aは対潜水艦戦用の機材は前作のP-2対潜哨戒機とほぼ同様だったが、機内容積と速度距離が向上したために、実質的な対潜水艦能力は向上している。また、エンジンを強化したP-3Bの配備が1965年より開始された。

続く性能向上型のP-3Cは、1968年に原型機YP-3Cが初飛行し、1969年より部隊配備された。向上点は主に、潜水艦探知用のソノブイ・システム、センサー、レーダー、データ処理用のコンピュータの能力向上型への換装である。これによりP-3は開発の主目的であった地上設備とリンクされた高度な潜水艦の捜索・評定能力を持つことになった。この潜水艦探知用システムは順次近代化されており、改修世代によりアップデートI〜IVに区別される。最新のアップデートでは、水上監視能力の向上が図られ、洋上監視機器の換装のほか、マーベリックミサイルの運用が可能となっている。また導入国により独自のアップデートを施すこともあり多数のバリエーションが発生した。

1980年代後半には、P-3の更なる改良型として、アメリカでP-7が計画されたが、これはキャンセルされた。アメリカ海軍の後継機にはボーイングP-8A ポセイドンが開発され、制式採用された。

特徴[編集]

性能[編集]

P-3は扱いやすい飛行特性に加え、STOL性、長時間滞空性能など任務に必要な性能確保しつつ、P-2より大型化したことで屈まずに機内を移動できるなど居住性が向上、大型化した探知機材を追加積載できる余裕も生まれた。このため輸送機として活用する国もある。また完全な与圧構造[3]と、メインの操縦系統が油圧化されたことで乗員の負担が大幅に軽減された。しかし動翼が大型化したことで予備系の操縦索は非常に重くなったという[3]。また航空士の多くは外が見えず横向きに座るため乗り物酔いになりやすいという[4]

旅客機ベースの機体に多数の探知機材と武装を搭載しているが、エンジンを母機L-188のアリソン501-D13(3750馬力)からT56-A-14(4600馬力)へ換装したことで最高速と加速力が向上しており、P-3を操縦した印象を『戦車[5]』や『アメ車[4]』と評するパイロットもいる。機動性も高く、鹿屋航空基地で開催される『エアーメモリアルinかのや』では低空での急旋回を披露するのが恒例となっている。

機体の強度や耐久性も高く、電子偵察型のEP-3EがJ-8II戦闘機(重量約9トン)が空中衝突した際には、J-8IIは墜落したもののEP-3Eは至近の飛行場に着陸、気象観測型のWP-3Dがハリケーン観測中にトラブルで3番エンジンが故障しながら観測を続行、観測終了後にハリケーンから脱出し無事に帰還している[5]

長時間滞空する際はエンジンの出力を絞り、残りの燃料が一定値まで減る度にエンジンを1番(左外側)→4番(右外側)の順に停止、プロペラ角をフルフェザー(ブレード面の迎え角がゼロ揚力角)にしてロイター飛行を行う。理論上はエンジン1基でも飛行が可能だが、海上自衛隊を始め多くの国では安全のため停止は1番と4番のみとしている[6]。また1番と4番を停止した双発状態では安定性が低下し機体後部が揺れやすくなるという[4]

P2V-7はレシプロエンジンであるため燃料の混合気空燃比を手動で調整するなどのテクニックを駆使すれば20時間以上の滞空が可能とされるが[6]、P-3は混合比を大きく変更できないターボプロップエンジンであるため種々のテクニックは使えなくなった。しかし予備燃料を残したままでも操縦士の技量に関係なく15時間以上の滞空が可能とされる[6]。アメリカ海軍では空中給油に対応させるため、改造機による試験が行われていたが正式採用は見送られた。なお後継機のP-8は標準でプローブアンドドローグ方式に対応している。

構造[編集]

基本的にはL-188から旅客機としての装備を撤去して対潜哨戒機としての各種装備を搭載したものだが、開発に当たっては胴体部は改めて設計されており、尾部には磁気探知装置 (MAD) を先端に収めたブーム(張り出し棒)が取り付けるため形状が変更されたほか機首も若干切り詰られた。これらの形状変更とハードポイントの設置に対応するため主翼も再設計され、翼平面形が変更された。

ハードポイントは主翼の翼端側に3箇所、胴体側に2箇所が設けられた。基本的に翼端側にミサイル、胴体側にESMデータ・リンク等の電子戦ポッド、カメラポッドを取り付ける。なお重量制限があるため翼端側は2箇所のみ使用する。前部胴体下にウェポンベイが設置されたことで魚雷爆雷機雷も運用可能。

操縦席は原型機と同じくアナログ計器中心であるが、戦術航空士からの指示などの戦術情報や、目標へ向かう際の最適な旋回角など飛行の補助情報を表示する画面が中央左寄り(機長席側)に設置されている[3]オートパイロットは操縦輪を止めると姿勢を保ったまま高度を維持するという、原型機が開発された時代のシステムがそのまま搭載されている。計器着陸装置と連動しスロットルも自動調整する高度なシステムが軍用機にも広まった後も、アビオニクスのアップデートは丸形だった画面を四角形に変更したり、計器類を液晶ディスプレイに変更するなど限定的な改修にとどまっている。これは航空機関士、航法士、レーダー員が同乗するためパイロットは操縦に集中できる事に加え、哨戒飛行では高度の変更や旋回を繰り返すため、オートパイロットは高度や旋回角を維持するだけのタイプが向いているためである[3]

機内後部には簡易ベッドやトイレを併設した控え室が用意され、長時間の任務飛行でも乗員の負荷が軽減されている。なお電磁波が探知機器や磁気探知機に影響を与えるため通常の電磁調理器は内部に持ち込めず、弁当などを暖める際は電磁波対策が施された電熱ヒーターなどを利用する。

開発当初、P-3に要求されていたのは対潜哨戒であるが、機材のアップデートにより海洋監視や救難活動の支援など海上での任務全般に対応できる汎用性を獲得したことから、海上自衛隊のように分類を対潜哨戒機から哨戒機に変更する国もある。ズーニー・ロケット弾を装填したLAU-10D/aや対応する空対地ミサイルを装備すれば対地攻撃機としての運用も可能となるが、多くの国では海上のみで運用を行っている。

機体が大型化したことに加え弾道ミサイル技術が発達したことから、P-2で想定されていたMk.1核爆弾を搭載しJATOにより空母から離艦する艦上核爆撃型は当初から考慮されていない。

機齢延長[編集]

初飛行から50年以上が経過し多くの機体が老朽化していることから、ロッキード・マーティンでは継続運用を望むユーザー向けに機齢延長プログラム『P-3 Mid-Life Upgrade Program (MLU)』を提供している。

内容は設計を見直した新設計の翼との交換、モスボールされた機体から取り出した状態の良い部品や耐腐食性の部品との交換などである[7]

『P-3 Mid-Life Upgrade Program (MLU)』を提供しており、MLUの導入によりニュージーランド空軍はメンテナンスにかかる時間が58%減少[8]、チリ海軍は15000時間の延長が可能としている[9]

派生型[編集]

P-3はその機体構造の優秀さ、搭載量の多さから多数の派生型が存在し、他国軍から購入した中古機を改造したり、官公庁や民間航空会社が中古機を活用する例も多い。

P-3A[編集]

初期生産型
アメリカ海軍向けに157機製造。退役後にはアメリカの官公庁や民間へ払い下げられるか試験機に改造されている。
TP-3A
対潜装備を除去した練習機型。12機改造。
UP-3A
対潜装備を除去した汎用輸送機型。38機が改造された。
VP-3A
対潜装備などを除去し座席を追加した人員輸送型。海軍の高官などVIPの移動に利用。P-3Aより2機、気象観測用のWP-3Aより3機が改造された。
P-3AM
グラスコックピットの導入などの近代化を行った後、ブラジル空軍に引き渡されたP-3A。
P-3ACH
チリ海軍向けに近代化改修されたP-3A。4機導入し、2機を電子戦機に改修[9]

P-3B[編集]

エンジンを強化した型。144機製造。多くはP-3C相当へ改修されている。
P-3K
ニュージーランド空軍のP-3B改修型。5機製造。
P-3K2
グラスコックピットの導入など近代化を行ったP-3K。
P-3CK
大韓民国海軍が国内でP-3Bを改修。P-3Cと平行して運用。
AP-3
P-3B相当。オーストラリア空軍向け
AP-3C
P-3C アップデートII相当。
TAP-3B
訓練・輸送型。
P-3W
オーストラリア空軍におけるアップデートII.5仕様機の呼称。
P-3P
AP-3をポルトガル空軍向けにアップデートII相当に向上させたもの。6機改造。

P-3C[編集]

対潜水艦戦機材を向上させた型。1975年開発。118機製造。

アメリカ海軍ではP-8の配備開始により売却やモスボールが始まっているが、多くの国では主力哨戒機である。

-アップデートI
コンピュータを更新させた型。1977年開発。31機製造。
-アップデートII
赤外線探知システム搭載。ハープーン対艦ミサイル運用可能にした型。44機製造。
-アップデートII.5
航法・通信能力向上。1981年開発。37機製造。
-アップデートIII
音響信号処理能力向上。1984年開発。
-アップデートIV
計画のみ。
-AIP
対水上艦艇監視能力向上。
-ARTR
2011年1月より引き渡し。P-8Aとの技術ギャップを埋めるための機体で、ソノブイ信号の受信・解析能力を10倍に増加、新型のコンピューターやC4Iシステムリンク 16を装備する。計74機導入予定
P-3F
P-3CにP-3A/B相当の電子機器を搭載し、空中給油受油機能を追加装備した帝政期のイラン空軍向け機体。1975年に6機製造。
P-3T
タイ海軍向け。2機。一部は対潜装備を除去し汎用輸送機UP-3Tへ改造された。

電子戦機[編集]

EP-3A
電子偵察機の試作機。7機が改造。
EP-3B
電子戦訓練機。後にEP-3Eに改造。
P-3N
ノルウェー空軍のP-3B改修型。2機製造。
P-3AEW&C センチネル
1980年代はじめに発表された早期警戒機型。アメリカ税関において麻薬密輸機取締り用に使用中。P-3Bの余剰機にグラマン E-2 ホークアイ用のAN/APS-125レーダーと電子機材を搭載したもの。空力試作機は1984年6月14日に飛行。
EP-3C
EP-3AをP-3C相当に改修。
EP-3E アリエス (Aries)
電子戦訓練機。12機が改造。
EP-3E アリエスII (Aries II)
SIGINT(電子信号偵察)機(2001年海南島近海で中国軍機と衝突(海南島事件)したのはこのタイプ)12機が改造。
EP-3J
アメリカ海軍向けの電子戦訓練支援機。2機が改造された。

試験機[編集]

RP-3
海洋科学開発飛行隊 (Oceanographic Development Squadron) 向けにP-3Aから2機改造し順次P-3B、P-3C相当へ改修。
RP-3D EI COYOTE
データ収集計画「Project Seascan」用に改造された能力試験機。RP-3から1機改修。
1973年にはアメリカ海軍初の砲塔型装甲艦であるモニターの残骸を発見した。
RP-3D Roadrunner
MAD装置の最適化データ収集試験「Project Magnet」のためRP-3から1機改修。
機体名にちなみノーズアートにはルーニー・テューンズのキャラクターであるロードランナーが左側に描かれている。
試験終了後はデビスモンサン空軍基地でモスボールされている。
NP-3
米海軍研究所 (US Naval Research Laboratory) 向け。P-3Aから改造し順次P-3B、P-3C相当へ改修。
テレメトリーシステム (EATS) や気象観測 (BAMEX) の研究などに利用。研究終了後は海軍テストパイロット学校の訓練機に転用された後、モスボール。

CP-140[編集]

CP-140 オーロラ (Aurora)
カナダ空軍向け。S-3 ヴァイキングと同じ対潜機材を搭載した派生型。18機製造。
CP-140A アークツゥルス (Arcturus)
カナダ空軍向け。対潜装備を搭載せず、訓練および海洋監視任務に用いられている。3機製造。

川崎重工業製[編集]

川崎重工業ライセンス生産したアップデートII.5相当のP-3C。

全て海上自衛隊向けで、合計98機を製造(別に3機をFMSによる完成機輸入)。

P-3C
アップデートII.5
最初の生産型。66機製造(別に3機を完成機輸入)。
アップデートIII
追加生産とアップデートII.5からされた機体を含め全32機
EP-3
電子戦データ収集機(電子情報偵察機)。5機製造。MADブームを降ろし、胴体前部下面にバルジが増設されている。センサーとして、電子戦データ収集装置を装備。乗員10名。第31航空群第81航空隊に配備。
OP-3C
画像データ収集機(画像情報偵察機)。5機改造。MADブームを降ろし、胴体前部下面にバルジが増設されている。センサーとして、SLAR(側方画像監視レーダー)またはLOROP(長距離監視センサー)を装備。乗員10名。第31航空群第81航空隊に配備。
UP-3C
装備試験機。1機製造。乗員5名。厚木基地第51航空隊に配備。
UP-3D
電子戦訓練支援機。MADブームを降ろし、胴体上面に2ヶ所、胴体下面に2ヶ所のバルジを増設。乗員8名。第31航空群第91航空隊に配備。艦艇に対する電子戦訓練と、必要に応じ標的の曳航やチャフの散布も行う。3機製造。

政府機関・民間[編集]

WP-3A
対潜装備を除去し気象観測用の機材を搭載した機体。胴体前部下部のウェポンベイを廃止し、気象レーダーを搭載している。ソノブイ投下口は海洋観測機器を投下するのに利用されている。
アメリカ海軍から購入したP-3Aを4機改造。
WP-3D
WP-3Aから2機が改造。
アメリカ海洋大気局 (NOAA) 所属の気象観測機。ハリケーン・ハンターとして運用中。
P-3-LRT
アメリカ合衆国税関・国境警備局向け。国境付近での麻薬密輸や不法入国の取締り用に一時使用。アメリカ海軍から購入したP-3Aを4機改造。
LRTはLong Range Trackerの略。
Aero Union P-3A Orion
民間航空会社エアロユニオン英語版がアメリカ海軍からP-3Aを購入し、山火事空中消火を行う消火活動用に改造した機体。通称エア・タンカー

計画[編集]

P-3G オライオンII(P-7)
全面近代化型。エンジン換装、新型プロペラブレードの導入、主翼の拡大、MADブームの取り付け位置変更、ペイロードの増大、アビオニクスの更新など。P-7に名称を変更し、1989年から全規模開発に入るも1990年開発中止。
P-3H
P-3G (P-7) 計画を簡略化した近代化改修型。P-3CアップデートIVを主翼及びエンジン/プロペラブレードのみP-3Gのものに変更したもの。提案のみ。

採用国[編集]

採用国(2010年)

アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国

アメリカ海軍のほか、アメリカ税関などでも哨戒用に少数機を導入。
各国軍と同様独自の改造を施された機材もあるが、経年化に伴いP-8A(通称:ポセイドン)に機材更新中。一部は他国に売却されている。

アルゼンチンの旗 アルゼンチン

アルゼンチン海軍。P-3Bを6機採用。

 イラン

イラン空軍イラン革命前にP-3Fを6機購入。2009年現在、帳簿上では3機運用中となっているが、飛行する姿が確認されているのは2機だけである。対潜機材や対艦ミサイルランチャーを取り外して海洋監視機として使用されている。独特の青色迷彩塗装の機体で、ホルムズ海峡付近では、タンカー等からもよく目撃されている。

オーストラリアの旗 オーストラリア

オーストラリア空軍

オランダの旗 オランダ

オランダ海軍。ドイツとポルトガルに売却。

カナダの旗 カナダ

カナダ空軍

ギリシャの旗 ギリシャ

ギリシャ空軍

スペインの旗 スペイン

スペイン空軍

大韓民国の旗 韓国

韓国海軍

ポルトガルの旗 ポルトガル

ポルトガル空軍

タイ王国の旗 タイ

タイ海軍

中華民国の旗 中華民国(台湾)

中華民国空軍。12機部隊の編成式典を2017年12月1日に実施[10]

 チリ

チリ海軍

ドイツの旗 ドイツ

ドイツ海軍。オランダよりP-3Cを8機購入。

 ニュージーランド

ニュージーランド空軍

 ノルウェー

ノルウェー空軍

 パキスタン

パキスタン海軍

ブラジルの旗 ブラジル

ブラジル空軍

ポルトガルの旗 ポルトガル

ポルトガル空軍。オランダからP-3Cを購入したため、P-3Pは退役済。

日本の旗 日本

海上自衛隊。本記事・日本における採用と運用の節に詳述。

日本における採用と運用[編集]

採用までの経緯[編集]

導入当初の塗装である二色迷彩の海上自衛隊のP-3C(2001年、演習のためハワイに展開した際の撮影)
共同訓練を行う自衛隊のP-3と、アメリカ海軍ヒューストン原子力潜水艦

1968年昭和43年)から、海上自衛隊P2V-7P-2Jの後継の次期対潜哨戒機 (PX-L) の選定に着手し、国産化のための予算として10億1000万円を計上した。当初、P-2J改造開発に続いて、完全国産化の方針で計画が進み、P-2のライセンス生産を担当した川崎重工業はいち早く自社の国内開発案「GK520」のモックアップ製作などを行って国産化への意気込みを見せた。一方、防衛庁内にも国産技術に不安を示す者は多く、新鋭機P-3を推す意見も根強かった。また、大蔵省も費用の面から国産化反対、輸入賛成だった。

アメリカの国家安全保障担当補佐官リチャード・アレン英語版によると、1972年(昭和47年)8月にハワイで行われた日米首脳会談でリチャード・ニクソン大統領自らP-3CやE-2Cを売り込んだ。10月、田中角栄の新内閣は突如、国内開発の方針を白紙撤回し、外国機導入を決定、1975年(昭和50年)に外国からの選定を始めた。海上自衛隊元航空装備担当で開発に携わった中島又雄によると、「角栄がハワイから帰って来てから急に変わった。噂が流れていた。開発を止めることは防衛大臣くらいでは出来ない。一国の宰相じゃないとできないと思う。」

選定中の1976年(昭和51年)2月4日、旅客機トライスターの大量受注を目論んだロッキード社による「ロッキード事件」が発覚した[脚注 1]2月9日には久保卓也防衛事務次官が、1972年10月のPX-L国産方針の白紙撤回は田中角栄前首相、後藤田正晴防衛庁長官、大蔵省主計局長相沢英之らが決定した事だと発言、これを受けて政府は候補に上がっていたP-3を白紙に戻し、一から選考し直す方針をとった。そのため海自はPX-Lまでのつなぎとして、P-2Jを増産することとなった。

田中角栄に5億円を渡すことを提案した丸紅元航空機課長の坂篁一のインタビューによると、「トライスターはほぼ決定しており、その念押しとP-3Cの為に渡した。国産では仲介手数料が入らないから。その資金はロッキード社に出させた。」という趣旨の発言をしており、ロッキード社の社長アーチボルド・コーチャンも調書で仕方なく払ったと認めている。ロッキード社から児玉誉士夫に渡された工作資金は約700万ドル(約21億円)だが、児玉側が証拠を隠滅したため、最終的には誰にどう配られたかは不明である[11]

リチャード・アレンの証言によると、ニクソン大統領自らP-3Cなどの軍用機導入を迫ったアメリカの狙いを「日本が我々の軍用機を購入すれば、我々の懐を痛めることなく、日本の金で我々の軍事力を増大することができます。加えて、私たちが望んでいた日本の軍事的役割の強化にもつながるのです。」と語っている。

ロッキード社の秘密代理人の児玉誉士夫にはおよそ700万ドル(日本円で21億円)が導入工作資金として払われた。ロッキード社社長アーチボルド・コーチャンの供述によると「児玉はどんな人に働きかけたらよいのか、次の通産大臣になりそうなのは誰か、教えてくれた。この時日本の大臣はよく変わるので、特定の大臣と親しくなってもだめ。児玉は私の国務省だった」「同じころ別の軍用機を日本政府が自国製造することに決めて開発した結果、金がかかりすぎるとのことだった。対潜哨戒機の自国製造についても、コストの点で疑問を持つ空気が出てきたので、児玉も政府や財界のいろいろな人にP3Cを買う方がいいと勧めてくれた」

メルビン・レアード国防長官によると、中曾根康弘防衛庁長官にP-3Cを輸入するよう求めた。「(P3Cの輸入を持ち出されて)彼はがっかりしていました。私は彼にアメリカの次のP3Cの研究開発費を負担してはどうかと求めました。どうせ国産で作るくらいなら。しかし彼は同意しませんでした。」日本が生産するとなると長い時間がかかります。日本は特に(ソ連に近い)北部でP3Cを必要としていました。日本はP3Cを保有して我々の対等なパートナーになるべきでした。」

相沢英之によると「日本は武器輸出はしないということを原則としていましたから、飛行機にしても何にしても機数が少ない。非常に開発費の負担が高くなる。対潜哨戒機なんかにしてもアメリカの倍以上になるのではと言われていた。そうゆう経費の立場から言って(大蔵省は)輸入に賛成、国産化に反対、意見が分かれていた。

調達開始[編集]

1977年(昭和52年)には再度 P-3C の採用を決定し、翌1978年(昭和53年)より調達を開始した。最初の3機は米国の有償援助により、1981年(昭和56年)に米国で引き渡された。

次いで1982年(昭和57年)に川崎重工業ノックダウン生産された機体が納入され、以後はライセンス生産[脚注 2]に移り、従来の主力機P-2Jを代替して行き、1997年平成9年)9月までに通算101機が海上自衛隊へ配備された[脚注 3](事故損耗あり)。

EP-3Cを母体として、早期警戒能力やAIM-54 フェニックス12発およびAN/AWG-9を搭載した空中巡洋艦構想が検討されていたが、行動半径が短い上、作戦柔軟性や迅速性に乏しく、護衛艦隊の都合に合わせて一体運用出来ないといった理由から早々に検討対象から除外された[12]。なお後継機のP-1でも空対艦ミサイルは最大8発までである。

運用[編集]

低視認性単色迷彩が施された海上自衛隊のP-3C
垂直尾翼の部隊マークは廃止され、国籍表示も小型化されている
2005年 小牧基地にて)

本家のアメリカ海軍では約200機を世界の主要海域に展開していることに対して、海上自衛隊は日本周辺海域だけを対象にしているにもかかわらず約100機も運用していた。これは日本列島が、大陸から太平洋に出る出口に位置する要衝であるからであり、冷戦時代から対・対戦略の最前線として海自は機能していた。また、日本は第二次世界大戦時に、連合国の潜水艦機雷に海上輸送路を破壊され、戦略的に追い詰められた経験を持つことも哨戒機を重視する姿勢につながっている。

導入時の演習では、ローファーブイ/ダイファーブイ(受信専用のソノブイ)による広域哨戒で、次々と潜水艦の探知に成功し、演習相手の海上自衛隊の潜水艦部隊に「P-3Cショック」と呼ばれるほどの脅威を与えた。しかしその後は海自潜水艦の静粛性が格段に向上し、ローファーブイでの対応が困難になってきたため、ダイキャスブイ(探信音付きソノブイ)を使用したアクティブ戦を交える戦術を採るようになった。現在では赤外線暗視装置逆合成開口レーダーによってシュノーケル航走中の潜水艦探知で成果をあげている。

冷戦終結による哨戒作戦の減少に伴い、20機程度が実働任務から削減されることになり、そのうち5機が画像情報収集機OP-3Cに独自改造された。また、1991年(平成3年)から1998年(平成10年)にかけて、P-3Cをベースにした電子戦機EP-3に5機が、1994年(平成6年)に装備試験機UP-3Cに1機が、1998年から2000年(平成12年)にかけて電子戦訓練支援機UP-3Dに3機が改造製造された。

海上自衛隊では1998年(平成10年)頃からP-3Cの機種呼称を「対潜哨戒機」から「哨戒機」へと変更しており、対潜水艦一辺倒だった体制を改善し、不審船対策や東シナ海ガス田に対する監視強化も主要任務に挙げられている。また、2000年(平成12年)からはアメリカ海軍にあわせ灰色の二色塗り分けにノーズを黒とした洋上迷彩を改め、明灰色単色の低視認性塗装が適用された。訓練機は視認性向上のため主翼の端は蛍光オレンジに塗装している(空自のT-4と同じ)。塗装変更以前に派生型へ改造された機体は旧塗装のままである。

2017年3月末時点の海上自衛隊のP-3C保有数は62機である[13]。また、余剰機を改修して転用し、老朽化の進むYS-11の各種任務型を置き換える計画もあった。初期導入機体から国産のターボファン4発機P-1に更新される他、現用機の一部は機齢延伸措置を行い、6年程度延伸する計画を予定している。

日本国内でのP-3の修理は川崎重工からの下請けで日本飛行機が行っており、海上自衛隊だけでなくアメリカ海軍機の修理も厚木航空基地に隣接する航空機整備事業部で行っている。

能力向上[編集]

海上自衛隊は導入したP-3Cを改造し、衛星通信装置、合成開口レーダー、画像伝送装置、ミサイル警報装置、GPS対応電子海図表示装置、AIS:自動船舶識別装置、次世代データリンクなどの追加装備によって、年々能力向上を図っている。

他国への売却[編集]

P-1への置き換えで余剰機が発生するP-3Cを他国に移転することが計画されており、いくつかの国で協議されている。

南シナ海での監視能力強化を図りたいフィリピンは当初P-3Cを希望していたが、後に運用に高度な能力を必要とし維持費も高いP-3Cに代わり、より扱い易く維持費が安いTC-90に変更となった[14]

マレーシアには南シナ海での同国の監視能力の向上を後押しし、海洋進出する中国をけん制する狙いでP-3Cの無償供与を提案している。導入希望はマレーシアが持ちかけたという。この場合を修理して引き渡すが潜水艦探知用の高性能レーダーなどは防衛機密に当たる可能性があるため取り外す予定だという[15][16]

配備基地[編集]

編隊を組む3機のP-3C
八戸航空基地
  • 第2航空群 - 第2航空隊
下総航空基地
  • 下総教育航空群 - 第203教育航空隊(練習機)
厚木航空基地
  • 第51航空隊(P-3C/UP-3C(評価試験機))
岩国航空基地
  • 第31航空群 - 第81航空隊 (EP-3/OP-3C)、第91航空隊(UP-3D(電子戦訓練支援機))
鹿屋航空基地
  • 第1航空群 - 第1航空隊
那覇航空基地
  • 第5航空群 - 第5航空隊

後継機[編集]

P-3Cの後継機となるP-8A(左)とP-1(右)

初飛行から50年以上が経過し、装備の近代化改修を繰り返しているものの、機体の老朽化による寿命と後継となる予定だったP-3Gの案が消えたことから、2000年代に入り後継機の導入計画が各国で進められている。アメリカ海軍はボーイング737を改造したP-8が2013年から正式運用を開始した。海上自衛隊は2009年から初期に導入したP-3Cの退役が始まり、2015年から独自開発したP-1の正式運用を開始した[17]

この他にはエアバスA319ベースの『A319 MPA』を、ATRATR 72ベースの『ATR 72 ASW』を提案している[18]

性能・主要諸元 (P-3C UD-II)[編集]

出典: [19], [20]

諸元

性能

  • 最大速度: 761.2km/h=M0.62 (411kts)
  • 巡航速度: 607.5km/h=M0.49 (328kts)
  • 航続距離: 3,645 nmi (6,751 km)
    (※Mk.46×4発、AGM-84A×4発搭載時)
  • 実用上昇限度: 28,300フィート (8,600 m)
  • 離陸滑走距離: 4,660 ft (1,420 m)
    (※Mk.46×4発、AGM-84A×4発搭載時)


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主な装備品[編集]

顧客に合わせた機内設備の変更・更新を考慮した旅客機をベースとしていることから追加・更新が容易であるため、戦術データ・リンクミサイル警報装置など開発当初は考慮されていなかった装備の追加が容易なことから、導入国は運用に合わせた装備を随時導入・更新しており多数のバリエーションが存在する。

  • 無線通信
  • 洋上監視レーダー・光学装置
    • 磁気探知機(AQS-81等)
    • 捜索用レーダー(AN/APS-115等)
    • ESM 逆探知装置
    • ISAR 逆合成開口レーダー(AN/APS-137等)
    • IRDS 赤外線暗視装置
  • ソノブイ
    • ソノブイ投射機(手動装填式)
    • 音響信号処理システム(AN/UYS-1等)等
  • 自機防御システム
  • 電子ポッド
    • データリンク・ポッド(AN/AWW-13等)
    • ESMポッド(AN/ALQ-78等)
    • カメラポッド(AN/AXR-13等)
    • 照準ポッド
一部はアップデートで機内引き込み式のターレットに変更されている。

搭乗員の編成[編集]

海上自衛隊のP-3Cでは11名を基本とし、任務により最小5名 (UP-3C)、最大15名 (EP-3) としている。他国でもほぼ同等である。

PIC(指揮操縦士機長)とCo-Pilot(副操縦士)の2名。
リザーブとしてもう一人の副操操縦士 (3rd-Pilot) が搭乗することもある。
2人体制
指揮操縦士より階級が上の場合には機長(任務機長)として扱われる。
P-3BではNAV(機上航法員)とRDO(機上通信員)に別れていたがP-3Cでは統合された。
  • SS-1、SS-2(機上対潜音響員、ソナー員)
2人体制

主な対潜哨戒機との比較[編集]

主な対潜哨戒機の比較表
アメリカ合衆国の旗P-3C[19][20] ソビエト連邦の旗Il-38[21] イギリスの旗アトランティック アメリカ合衆国の旗P-8[22] 日本の旗P-1
画像 Orion.usnavy.750pix.jpg Ilyushin Il-38 in flight 1986.JPEG Breguet.atlantic.fairford.arp.jpg US Navy P-8 Poseidon taking off at Perth Airport.jpg Kawasaki P-1 - Japan Maritime Self-Defence Force - 5504 - Royal International Air Tattoo 2015 (19103649324).jpg
全長 35.6 m 39.60 m[21] 31.75 m 39.5 m 38 m
全幅 30.4 m 37.42 m[21] 36.30 m 37.6 m 35.4 m
全高 10.3 m 10.16 m[21] 11.33 m 12.83 m 12.1 m
発動機 T56A-14 ×4 イフチェンコ AI-20M×4[21] タイン RTy.20 Mk 21 × 2 CFM56-7B ×2 F7-10 ×4
ターボプロップエンジン ターボファンエンジン
最大離陸重量 63.4 t 66 t[21] 44.5t 85.8 t 79.7 t
実用上昇限度 8,600 m 10,000 m[21] 10,000 m 12,500 m 13,520 m
巡航速度 607.5 km/h n/a 556 km/h(7,200 m) 810 km/h 833 km/h
航続距離 6,751 km[23] 7,500 km[21] 9,000 km 8,300 km[24] 8,000 km[23]
戦闘行動半径 4,410 km n/a n/a 3,700 km[25] n/a
最大滞空時間 15時間 13時間[21] n/a n/a n/a
乗員 5-15名 7-8名[21] 12名 9名 11名
運用開始 1962年8月 1971年 1965年 2013年3月
運用状況 現役 現役 現役 現役 現役
採用国 20 2 5 3 1

事故[編集]

  • 1972年7月
ロタ海軍ステーション英語版からシチリア島シニョネッラ海軍航空ステーション英語版へと向かっていたP-3、VP-44機は、ジブラルタル海峡を通過中、モロッコ国内の山に突入した。これにより搭乗員14名全員が死亡した。
  • 1989年
NOAA所属のWP-3D(NOAA42)がハリケーン観測中に乱気流に巻き込まれ、設計限界を超えるGがかかり3番エンジンから出火した。燃料の供給停止により消火し機体にもダメージが無いと判断したため3発で観測を続行、共に観測を行っていた空軍のWC-130Jの誘導により基地に帰還した。事故調査により燃料の供給システムに問題があることが判明し、改善案が示された。この事故はメーデー!:航空機事故の真実と真相 第11シーズン第6話 "Into The Eye of The Storm"で取り上げられた。
  • 1991年3月12日
2機のアメリカ海軍所属機が、サンディエゴ近郊を哨戒中に空中衝突した。これにより両機の搭乗員27人全員が死亡した。
  • 1992年3月31日
海上自衛隊所属のP-3C(5032号機)が硫黄島航空基地で胴体着陸し炎上、搭乗員は全員無事だったが、機体は修理不能とされ廃棄された。対地接近警報装置をオフにしていた上に、降着装置を出し忘れるというヒューマンエラーが原因とされる。海上自衛隊所属機としては初の事故損耗となった。
  • 2014年2月15日
日本飛行機のハンガーで定期修理中だった海上自衛隊所属のP-3C(3機)、OP-3C(1機)、EP-3(1機)、UP-3D(1機)が、平成26年豪雪の影響で例年以上の降雪に耐えられず陥没した屋根により破損した。この事故によりP-3CとOP-3Cは修理不可能、EP-3とUP-3Dは修理に相当の期間がかかり約70億円の損害となった[26][27]。また海上自衛隊所属機としては2回目の事故損耗であり、所属機の事故としては最大の被害となった。

登場作品[編集]

映画[編集]

ゴジラシリーズ
ゴジラ
日本映画初登場。海上自衛隊のP-3Cが、ソ連海軍原子力潜水艦から発信された救難信号を受けて出動し、超音波写真でゴジラの影を撮影する(実際のP-3Cにそのような装備はない)ほか、その後に行われたゴジラの捜索に出動する。
市販の模型を改造したミニチュアによる飛行シーンのほか、ライブフィルムによる機内からのソノブイ投下シーンが登場する。
ゴジラvsデストロイア
アメリカ海軍のP-3Cが登場。国連Gフォース隊員の小沢芽留を同乗させ、ゴジラを上空から追跡する。
ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS
海上自衛隊のコールサイン「オスプレイ」とするP-3Cが登場。太平洋上で哨戒中、潜行して北上するゴジラを探知し、浮上してきたことで海面に現れたゴジラの背びれを目視確認する。
映像の一部は『ゴジラvsデストロイア』から流用したものが使用されている。
首都消失
アメリカ海軍のEP-3Eが登場。「雲」の上空、上端ギリギリの高度を飛行し、各種センサーで「雲」の中を探索する。飛行中に「雲」からの放電が直撃して乗組員に死傷者が発生、4基のエンジンのうち3基が停止するが、辛くも離脱し、帰還に成功する。
作中に登場する機体は『ゴジラ』制作時に製作された海自仕様のP-3Cを改造したミニチュアモデルであり、機内は『ゴジラ』製作の際に集められたP-3Cの資料を基に想像を交えて製作されたセットである。
亡国のイージス
海上自衛隊のP-3Cが登場。論文「亡国の楯」の内容が語られるシーンの中で、飛行する様子が映されている。

アニメ・漫画[編集]

FUTURE WAR 198X年
ミッドウェー基地所属のP-3Cが登場。ソ連海軍の改アルファ型原子力潜水艦を核魚雷で攻撃し、撃沈する。
WXIII 機動警察パトレイバー
東京湾内での海上自衛隊出動シーンに登場。
ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序
国連軍所属機として架空の電子戦機型である「EP-3D多用機型」が登場。「ヤシマ作戦」にて、第6使徒を偵察する。
沈黙の艦隊
漫画・アニメ版に海上自衛隊とアメリカ海軍のP-3Cが登場。圧潰したと思われる架空の海上自衛隊潜水艦「やまなみ」や、アメリカ海軍の指揮下を離れ行方不明となった原子力潜水艦シーバット」を捜索する。

小説[編集]

宣戦布告
海上自衛隊のP-3Cが登場。架空のはるしお型潜水艦「あきしお」との訓練中、潜行して日本に近づく北朝鮮潜水艇を探知する。
日中尖閣戦争
第5航空群所属のP-3Cが登場。中国海軍の潜水艦を撃沈する[28]
日本海雷撃戦 コリア・クライシス
主人公の乗機として第4航空群第6航空隊所属のコールサイン「ルシファ66」とするP-3Cが登場。日本近海で核兵器を使うことを企む北朝鮮がロシアから盗み出したヴィクター2型原子力潜水艦を追跡する。
ピノキオ急襲
海上自衛隊のP-3Cが登場。対潜警戒のため、ソノブイを投下する[29]

その他[編集]

未解決事件 File.05 ロッキード事件
ロッキード事件における疑惑の中核(前述)として度々登場。またPX-Lの設計図も番組内で登場。

脚注[編集]

  1. ^ この事件により後に田中らは逮捕され、前首相の逮捕は日本の社会に大きな衝撃を与えた
  2. ^ 哨戒機では機体性能よりも、搭載電子機器の性能が重要である。海上自衛隊採用の初期型は、捜索用機器はすべてブラックボックスの輸入に頼っていたが、国内技術の成長により、順次国産機器に換装されつつある。ブラックボックスの輸入のほうがコスト的には有利であるが、故障時の代替機器の手配に難があり、また、オペレーターと開発者との接点がないため、ユーザーの意図を反映した改善がなされにくいなど、問題が多い。国産電子機器は世界的にも最高水準を維持しており、また、民間技術の導入による低廉化が促進されることも期待できる
  3. ^ 内訳はアップデートII.5相当が69機、アップデートIII相当が32機である

出典[編集]

  1. ^ P-3C オライオン “海上自衛隊 第5航空群””. ハセガワ. 2015年10月3日閲覧。
  2. ^ 海上自衛隊 航空機シリーズ P-3C“オライオン” 第4弾”. トミーテック. 2015年10月3日閲覧。
  3. ^ a b c d 翔べ!海上自衛隊航空学生 – P‐3C (2) | チャンネルNippon
  4. ^ a b c 『密着!世界の航空機 CP-140オーロラ』ディスカバリーチャンネル 2017年9月5日
  5. ^ a b メーデー!:航空機事故の真実と真相 第11シーズン第6話 "Into The Eye of The Storm"
  6. ^ a b c P-3Cの航続性能について
  7. ^ P-3 Orion Desert to Delivery - モスボール中の機体を組み立て直しアップデートする工程の紹介
  8. ^ P-3 Mid-Life Upgrade Program · Lockheed Martin
  9. ^ a b Lockheed Martin modernizará los P-3ACH Orión de Chile para que vuelen al menos 20 años más - Noticias Infodefensa América
  10. ^ 台湾でP3C部隊完成 中国に対抗 南シナ海哨戒も産経新聞ニュース(2017年12月1日)
  11. ^ NHKスペシャル未解決事件」『ロッキード事件』より
  12. ^ 防衛庁 洋上防空体制研究会資料 か-56
  13. ^ 平成29年度防衛白書 資料9 主要航空機の保有数・性能諸元
  14. ^ 日本がフィリピン軍に練習機の供与検討、海上監視に利用=関係者 | ロイター
  15. ^ 哨戒機 マレーシアに無償供与へ 政府、中国をけん制
  16. ^ Malaysia reportedly asks Japan for Lockheed-made P-3 Orion aircraft
  17. ^ “海自、最新鋭の哨戒機P1を公開 厚木基地で正式運用”. 朝日新聞. (2015年6月25日). https://web.archive.org/web/20150626130619/http://www.asahi.com/articles/ASH6T3FGYH6TULOB007.html 2015年6月25日閲覧。 
  18. ^ ATR 72 ASW
  19. ^ a b アメリカ海軍 (2009年2月18日). “The US Navy - Fact File: P-3C Orion long range ASW aircraft” (英語). 2013年6月10日閲覧。
  20. ^ a b Lockheed (1994年2月23日). “Standard aircraft characteristics - P-3C Update II (PDF)” (英語). 2013年6月10日閲覧。
  21. ^ a b c d e f g h i j Borst, Marco P.J. (Summer 1996). “Ilyushin IL-38 May- the Russian Orion” (pdf). Airborne Log (Lockheed): 8–9. http://www.p3orion.nl/il-38%20may.pdf. 
  22. ^ Boeing Defense, Space & Security (2013年3月). “P-8A overview (PDF)” (英語). 2013年6月10日閲覧。
  23. ^ a b 防衛庁 (2002年). “防衛力整備と予算の概要 (PDF)”. 2013年6月10日閲覧。
  24. ^ Boeing: p-8-poseidon
  25. ^ Military-Today.com (2013年). “Boeing P-8 Poseidon Maritime Patrol Aircraft” (英語). 2013年6月10日閲覧。
  26. ^ 大雪による日本飛行機(株)整備施設の損壊により発生した定期修理中の航空機の損傷事故に係る損害額の請求について
  27. ^ 防衛省・自衛隊:平成26年2月の大雪による日本飛行機(株)整備施設の損壊により発生した自衛隊航空機の損害状況について
  28. ^ 180頁など
  29. ^ 下巻47頁など

関連項目[編集]

外部リンク[編集]