霞ヶ丘町

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霞ヶ丘町(かすみがおかまち)は、東京都新宿区にある地名・町名。住居表示実施済み地域で、「丁目」の設定がない単独町名である。郵便番号は、160-0013。

地理[編集]

新宿区の最南部に位置し、明治神宮外苑が町域の大部分を占める。町域北部はJR中央線線路を挟んで新宿区大京町及び信濃町に接し、北東部は、新宿区南元町に接する。町域の東及び南は神宮外苑内に港区との区境があり、港区北青山に接している。町域の西部は、渋谷区神宮前及び千駄ヶ谷に接する。

町域の主要部分を明治神宮外苑と都立明治公園が占め、明治神宮外苑内の国立霞ヶ丘競技場明治神宮野球場聖徳記念絵画館などが当町域に属する。ただし明治神宮外苑のうち、南部の秩父宮ラグビー場や銀杏並木付近などは港区北青山に属する。

町域南西部には、都営霞ヶ丘アパート(霞ヶ丘団地)があり、当町の居住人口は同アパート住民と考えられる。1946年に100戸の都営住宅として長屋形式で建てられ、1964年東京オリンピックに際して1960年代に建て替えられた(10棟300戸)[1]。多くはオリンピック前からの霞ヶ丘の住民で、開催にあわせて立ち退き、このアパートに入居となったという[2]新国立競技場建設の敷地拡張によって、取り壊しとなる予定。元は兵舎があった土地で、馬小屋も戦争で被害に遭い、馬頭観音だけが残っているという[3]

歴史[編集]

かつては「霞岳町」(読みは同じく「かすみがおかまち」)という表記であったが、2003年に住居表示が実施され、旧・霞岳町のほぼ全域が霞ヶ丘町となった。現在は信濃町駅前の交番付近のごく一部の区画が住居表示未実施で、旧名の「霞岳町」が残っている。

Kasumigaoka Danchi.JPG

町名の変遷[編集]

  • 江戸時代 - 千駄ヶ谷町、千駄ヶ谷甲賀町
  • 1872年5月 - 千駄ヶ谷町が千駄ヶ谷一丁目~三丁目となる。(当町域は千駄ヶ谷一丁目になる。)
  • 1878年11月 - 郡区町村編制法施行により四谷区に属する。
  • 1879年4月 - 千駄ヶ谷一丁目、千駄ヶ谷甲賀町が南豊島郡千駄ヶ谷村に編入され消滅、字霞岳・川向・甲賀町となる。
  • 1889年5月 - 市制施行による東京市四谷区の発足と同時に千駄ヶ谷村字霞岳・川向・甲賀町は四谷区に編入され、四谷霞岳町となる。
  • 1911年5月 - 四谷霞岳町から霞岳町に改称。
  • 2003年9月 - 住居表示実施、霞岳町のほぼ全域と南元町の一部が霞ヶ丘町となる。なお、当該住居表示実施後は、四谷警察署信濃町交番(霞岳町無番地)の所在地のみが「霞岳町」として残存している。

交通[編集]

鉄道駅として都営地下鉄大江戸線国立競技場駅、および中央・総武緩行線信濃町駅千駄ケ谷駅が利用可能である。

主な施設[編集]

  • 明治神宮外苑
  • 日本青年館
  • 都立明治公園
  • 都営霞ヶ丘アパート

脚注[編集]

外部リンク[編集]