市谷薬王寺町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
日本 > 東京都 > 新宿区 > 市谷薬王寺町

市谷薬王寺町(いちがややくおうじまち)[注 1]は、東京都新宿区町名[1]住居表示未実施。郵便番号は162-0063。

地理[編集]

新宿区の中東部に位置する。町域北部は、市谷柳町に接する。東部は市谷加賀町に接する。南部は市谷仲之町市谷本村町にそれぞれ接する。西部は河田町に接する。北西部は原町に接する(地名はいずれも新宿区)。ほぼ中央を外苑東通りが南北に縦貫する。この外苑東通り沿いには高層建造物や商店などが見られるが、道路から離れると住宅地となっている。ほかに寺院も見られる。

歴史[編集]

市谷村の一部で、当初は旗本萩原氏の屋敷地より元禄14年(1701年)に返納され薬王寺に給付、門前町を形成した。 正徳3年(1713年)に町奉行の支配となって市谷薬王寺町と称した(現在の62~69番地周辺)。薬王寺が市谷薬王寺町に加えられたのは明治5年で、このとき併せて蓮秀寺・長厳寺・浄栄寺・林松寺・妙典寺・長昌寺・市谷南寺町(現在の4番地周辺)と旗本久貝氏ほかの旗本屋敷・御先手組大繩地・東円寺墓所が加えられた。明治44年(1911年)に『前』の字が取られ、現行名の市谷薬王寺町となった。かつて陸軍大将児玉源太郎の自宅があった(35番地)。

地名の由来[編集]

地名は外苑東通りに面した30番地33番地にあった薬王寺という寺院に由来しているが、明治維新の時に廃寺となり、法灯は文京区大塚護国寺に移された。現在当地に薬王寺という寺院はない。

交通[編集]

町域内には鉄道駅はないが、南部には都営新宿線曙橋駅が、北部には都営大江戸線牛込柳町駅がそれぞれ利用可能な範囲にある。

史跡[編集]

  • 長昌寺(泰国山)(12番)
    曹洞宗の寺。
  • 蓮秀寺(久栄山)(22番)
    日蓮宗の寺。
  • 浄栄寺(覚雲山)(27番)
    浄土真宗の寺。
  • 長巌寺 (25番)
    真宗大谷派の寺。
  • 銀杏坂
    市谷加賀町2丁目の方から薬王寺商店街へ下る、町中央にある坂。かつて、この坂の北側にあった久貝因幡守(くかいいなばのかみ)の邸内に銀杏稲荷と呼ばれた神社があり、神木銀杏の大木があったことが由来となっている。

催事[編集]

  • 薬王寺・柳町 七夕まつり(7月第1日曜日
    薬王寺・柳町七夕実行委員会が主催するもので、2008年で30回目を迎えた。笹飾りはもとより露店フリーマーケットも出店する。祭りのメインともいえる浅草のサンバチーム「リベルダージ」によるサンバパレードのほか、新撰組殺陣パレードも行われる。祭りの際は、外苑東通りの柳町交差点~仲之町交差点間430mが歩行者天国になり、約1万人弱の見物客で賑わう。
  • 夏まつり(8月第1日曜日)
    大御輿(八棟御輿)と子供御輿の渡御
  • 商交まつり「ふれあい芋煮会」(10月第1日曜日)
    芋煮会のほかワゴンセール、チンドン屋、大道芸、ビンゴゲームなど

参考文献[編集]

  • 『東京都住居表示に関する資料』
  • 『新宿区史』
  • 『新宿区町名誌』

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ 町名の読みは「いちがややくおうじまち」が正式だが、当地に存在する市谷薬王寺町交差点のローマ字表記は "Ichigayayakuojicho"である。

出典[編集]

  1. ^ 『角川日本地名大辞典 13 東京都』、角川書店、1991年再版、P872

外部リンク[編集]