市谷甲良町

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市谷甲良町
—  町丁  —
市谷甲良町の位置(東京23区内)
市谷甲良町
市谷甲良町
市谷甲良町の位置
座標: 北緯35度41分56.24秒 東経139度43分40.9秒 / 北緯35.6989556度 東経139.728028度 / 35.6989556; 139.728028
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都
特別区 Flag of Shinjuku, Tokyo.svg 新宿区
人口 (2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
 - 計 735人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 162-0856[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 練馬

市谷甲良町(いちがやこうらちょう)は、東京都新宿区町名[4]住居表示実施済み区域であり、「丁目」の設定がない単独町名である。郵便番号は162-0856[2]

地理[編集]

新宿区の東部に位置する。北は大久保通りを境に市谷山伏町に接し、北東の大久保通り上の一点で北山伏町、東は南山伏町及び二十騎町、南は市谷加賀町二丁目、南西から西にかけては市谷柳町にそれぞれ接する。町域内はマンションを含む住宅地として利用されているが、大久保通り沿いについては商業地と混在している。

歴史[編集]

江戸時代初期に幕府武家地として成立。北側を旗本地として、南側は御先手組同心大縄地とされた。

先手組同心大縄地はのちに医師などに地貸しされ、田安家医師吉野元順回春塾を開業している。

明治2年(1869年)、当時町屋であった市谷甲良屋敷を合併し、旧幕府時代大棟梁だった甲良氏の由来を採り、市谷甲良町が誕生した。のち、1878年明治11年)、旧市谷甲良屋敷~当時の1番地を市谷柳町に編入した。近隣の5か町とともに、1990年平成2年)に住居表示が実施され、実施後も旧来の町名・町域が引き継がれた。

地名の由来[編集]

市谷甲良屋敷に住み江戸時代大棟梁だった甲良氏を由来とする。この旧市谷甲良屋敷は1878年明治11年)に市谷柳町に編入されたため、現在の町域内に市谷甲良町の由来に関わるものは残存しない。

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

町丁 世帯数 人口
市谷甲良町 376世帯 735人

小・中学校の学区[編集]

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5]

番地 小学校 中学校
全域 新宿区立市谷小学校 新宿区立牛込第一中学校

交通[編集]

町域内に鉄道駅はないが、都営大江戸線牛込柳町駅が至近にある。

施設[編集]

  • 柳町病院 - 敷地の一部が市谷甲良町にあたる。
  • 茶道裏千家東京茶道会館
  • ソアールタワー

脚注[編集]

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  1. ^ a b 住民基本台帳人口 町丁別世帯数及び男女別人口”. 新宿区 (2017年12月1日). 2017年12月22日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年12月22日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月22日閲覧。
  4. ^ 『角川日本地名大辞典 13 東京都』、角川書店、1991年再版、P871
  5. ^ 通学区域”. 新宿区 (2017年9月19日). 2017年12月22日閲覧。

外部リンク[編集]

※道路上の一点で接する。