松浦東介

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松浦 東介(まつうら とうすけ、1907年明治40年)4月[1] - 1964年昭和39年)3月6日[1])は、日本の農業関係者、政治家衆議院議員

経歴[編集]

山形県出身[1][2]1926年山形県立寒河江中学校を卒業[1]。山形県会議員、同参事会員を務めた[1]1942年翼賛選挙では山形1区(当時)から大政翼賛会の推薦を受けずに立候補したため落選した[3]

1946年4月、第22回衆議院議員総選挙で山形選挙区から出馬して当選[1]。以後、23回24回25回27回29回第30回総選挙で当選し、衆議院議員を通算7期務め、在任中に死去した[1]。この間、日本自由党民主自由党自由党日本民主党自由民主党に所属[1]衆議院決算委員長、同農林委員長、第4次吉田内閣農林政務次官などを歴任[1]。また所属政党の党総務、政務調査会副会長、農林部長などを務めた[1]

その他、東村山郡畜産組合長、山形県馬匹組合連合会副会長、同畜産会長、同家畜商商業組合連合会長、同果樹振興協議会長、全国土地改良協会副会長、農業共済基金理事長などを務めた[1]

伝記[編集]

  • 後藤嘉一『松浦東介伝』松浦東介先生顕彰会、1969年。

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h i j k 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』593頁。
  2. ^ 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』569頁。
  3. ^ 『朝日新聞』1942年5月3日三面。

参考文献[編集]