本間俊一

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本間 俊一
ほんま しゅんいち
生年月日 1912年11月
出生地 宮城県加美郡加美町
没年月日 (1958-08-20) 1958年8月20日(45歳没)
所属政党 日本進歩党→)
民主党→)
自由党→)
自由民主党
親族 長男・本間俊太郎

選挙区 (宮城県選挙区→)
宮城県第1区
当選回数 6回
在任期間 1946年4月11日 - 1958年8月20日
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本間 俊一(ほんま しゅんいち、1912年11月 - 1958年8月20日)は、日本政治家自由民主党衆議院議員中新田町長、宮城県知事を務めた本間俊太郎は長男。

来歴・人物[編集]

宮城県古川高等学校卒業早稲田大学政治経済学部政治学科を卒業後、読売新聞社に入社し記者となる。その後、郷里に戻り中新田町(現在の加美町)長となる。

1946年昭和21年)第22回衆議院議員総選挙日本進歩党から立候補し当選する。当選回数通算6回。第1次吉田内閣農林参与官、第2次吉田内閣の通産政務次官自由党副幹事長、衆議院決算委員長などを歴任した。1955年昭和30年)の第27回衆議院議員総選挙で落選。次の1958年昭和33年)5月の第28回衆議院議員総選挙で自民党公認で立候補して再選されたが、8月に急逝した。そのため、次点だった保科善四郎繰り上げ当選となった。

元秘書[編集]