和光市駅

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和光市駅
南口(2008年7月7日)
南口(2008年7月7日)
わこうし - Wakōshi
所在地 埼玉県和光市本町4-6[1]
所属事業者 Tōbu Tetsudō Logo.svg 東武鉄道(東武)[2]
Tokyo Metro logo.svg 東京地下鉄(東京メトロ)[3]
電報略号 ワコ
駅構造 高架駅
ホーム 2面4線[4]
乗降人員
-統計年度-
(東武)164,062[1][注釈 1]人/日
(東京メトロ)170,122[注釈 1]人/日
-2014年-
開業年月日 1934年昭和9年)2月1日[2]
乗入路線 3 路線
所属路線 TJ 東武東上本線[注釈 2]
駅番号 TJ 11
キロ程 12.5km(池袋起点)
TJ 10 成増 (2.1km)
(1.5km) 朝霞 TJ 12
所属路線 Y 東京メトロ有楽町線[注釈 2][注釈 3]
F 東京メトロ副都心線[注釈 2][注釈 3]
駅番号 Y 01
F 01
キロ程 0.0km(和光市起点)
地下鉄成増 Y 02・F 02►
(2.2km)
備考 共同使用駅(東武の管轄駅)
テンプレートを表示
北口(2008年7月7日)
北口(2008年7月7日)
改札口(2008年7月7日)
改札口(2008年7月7日)
ホーム(2008年7月9日)
ホーム(2008年7月9日)

和光市駅(わこうしえき)は、埼玉県和光市本町にある、東武鉄道東京地下鉄(東京メトロ)のである。

歴史・概要[編集]

1914年大正3年)5月1日に東上鉄道(現・東武東上本線池袋駅 - 田面沢駅の開業から大幅に遅れて、1934年昭和9年)2月1日に埼玉県新座郡新倉村にいくら駅として開業したのが始まりである[2]。 開業直後の同年7月12日新倉駅へ変更した[2]

開業当時の当駅近隣の集落は川越街道沿いに存在しており、駅は畑の中に開設された[5]。 そのため、開業当初の一日平均の乗客は約94人で、1938年(昭和13年)が約160人であった[5]

白子村と新倉村の全面積の約20%を1937年(昭和12年)から買収を進めて[5]1941年(昭和16年)11月2日に陸軍予科士官学校が移転し[8]1940年(昭和15年)に大倉財閥系で機関銃を製造していた「中央工業新倉工場」や「芝浦工作機械」、「日興航空工業」など多くの軍需工場も進出し、駅の南側を中心として人口も増加した[5]。 そのため、1945年(昭和20年)には一日平均の乗客は開業時の20倍以上に増加した[5]

第2次世界大戦で敗戦したことから、1945年(昭和20年)8月に「陸軍予科士官学校」は解散となり、軍需産業は壊滅状態となった[5]。 だが、「陸軍予科士官学校」跡地や「中央工業新倉工場」跡地などがキャンプ・ドレイクとなって米軍第一騎兵師団約4,000人が進駐し、1960年(昭和35年)3月に陸上自衛隊朝霞駐屯地が開設されたことから、戦後も軍需都市的な側面が残った[5]

しかし、本田技研工業1952年(昭和27年)3月に「日興精機工業」の工場を買収して白子工場を開設し、1953年(昭和28年)7月に「中央工業新倉工場」跡地の一部を買収して大和工場を開設するなど民需工場の進出が相次いで、当駅周辺は新たな発展を遂げた[5]

その後、基地の返還跡地に、に日本住宅公団1965年(昭和40年)4月に「西大和団地」を開設したのを皮切りに、「南大和団地」や「諏訪原団地」を開設[5]。 「中央工業新倉工場」跡地の一部で「米軍新倉倉庫」(1971年(昭和46年)6月23日返還)となっていた地区が「シーアイハイツ和光」(1972年(昭和47年)に伊藤忠商事が用地を取得)として再開発されるなど、返還後の基地の跡地に団地開発が進められた[5]

また、1941年(昭和16年)7月20日に開院した白子陸軍病院が1945年(昭和20年)12月1日に厚生省に移管されて「国立埼玉病院」として一般市民向けの医療施設として存続し[9]、基地の返還跡地の一部に1967年(昭和42年)3月に理化学研究所が大和研究所を開設する[10]など公共系の施設も当駅周辺に立地した。

さらに、松ノ木島地区や丸山台地区などで土地区画整理事業が進められ、新興住宅地としても発展した[5]

こうした利用者の増加に対応して輸送力増強を行うため、東武東上線と都営地下鉄6号線(現・三田線)・東京急行電鉄との相互直通が運転を行う計画があり、1964年(昭和39年)12月18日に認可されていた[5]

しかし、東京都交通局が担当区間であった1968年(昭和43年)12月27日に「高島平駅(計画・志村駅)」まで開通したものの、東武鉄道が「志村駅(現・高島平駅)」から当駅まで4.8kmの免許を返上し、1972年(昭和47年)3月1日に運輸大臣の諮問機関である「交通審議会」で予定路線を「戸田・浦和・大宮」方向へ変更したことから、計画は消滅した[5][注釈 4]

その後、1969年(昭和44年)1月に帝都高速度交通営団(現・東京地下鉄、愛称東京メトロ)が地下鉄8号線(現・有楽町線)の車庫を「米軍新倉倉庫」跡地の一部に設置し、その為の引込線を東武東上線に沿って建設する構想で用地取得を申し入れた[5]。 同線は、1968年(昭和43年)10月に免許を取得した時点では「明石町-永田町駅-飯田橋駅-池袋駅-成増駅」とされており、当駅には乗り入れを計画していなかった[5]

1970年(昭和45年)4月10日に営団が大和町(現・和光市)当局に示した当初構想では、東上線に沿う形で高架線を建設し、駅を開設せず旅客扱いを行わないものであった[5]

そのため、大和町(現・和光市)当局が反発し、旅客扱いや車庫の地下化など7項目の要求を行い、受け入れられない場合には車庫建設を認めないと表明した[5]

1975年(昭和50年)10月に営団が当駅から渋谷駅までの路線の建設許可を申請し、1976年(昭和51年)8月11日に運輸大臣から営団に事業免許が交付され、1978年(昭和53年)7月11日に地下鉄8号線(現・副都心線)の建設許可も交付された[5]

そこで、和光市も地下鉄乗り入れに伴う駅周辺の整備事業に乗り出し、渋滞解消のための立体交差や土地区画整理などの調整を始めた[5]

この立体交差化については当初は高さ4.5mの地下道を建設することが構想されたものの、商店街への影響を避けるため、鉄道側を1.85m嵩上げすることで地下道の高さを維持したまま、深さを抑制する計画へ変更され、1985年(昭和60年)8月5日に地下市道が開通した[5]

そして、新線の建設や乗り入れに向けた駅の改築工事などを進め、1987年(昭和62年)8月25日に帝都高速度交通営団(営団地下鉄)有楽町線が営団成増駅から当駅まで延伸開業し、直通運転を開始することになった[5]

その後、2008年(平成20年)6月14日副都心線が全線開通して当駅から東武東上線との相互直通運転を開始し[6]2013年(平成25年)3月16日に同線を経由して東急東横線との間でも相互直通運転を開始した。[7]

2016年現在、東京メトロの駅としては最北端かつ最西端に位置する駅であり、東京の地下鉄全体でも最西端に位置し、唯一埼玉県内に所在する駅である。

年表[編集]

[注釈 5][注釈 6]

  • 1970年(昭和45年)12月20日 - 和光市駅に改称[5]
  • 1987年(昭和62年)8月25日 - 帝都高速度交通営団(営団地下鉄)有楽町線当駅 - 営団成増(当時)間開業[11]。同時に行われたダイヤ改正で東上線との相互直通運転を開始すると同時に東上線の急行停車駅となる[11]
  • 2004年平成16年)4月1日 - 帝都高速度交通営団が民営化され、東京地下鉄株式会社になる[12]
  • 2005年(平成17年)3月17日 - 当日実施のダイヤ改正で特急停車駅となる[注釈 7]。これにより、東上線の全種別が当駅に停車することになる。
  • 2007年(平成19年)4月5日 - 東上線ホームで発車メロディの使用を開始。
  • 2008年(平成20年)6月14日 - 東京メトロ副都心線開業。同時に行われたダイヤ改正で東上線との相互直通運転を開始。
    • 東上線 - 特急は廃止となり、新設の快速急行の停車駅となる[注釈 8]。なお、この改正により新設された「TJライナー」は当駅を通過するため、全種別停車駅ではなくなる。
    • 東京メトロ - 当駅発着列車初の優等種別として、有楽町線に準急副都心線急行および通勤急行が設定される。
  • 2010年(平成22年)3月6日 - 東京メトロのダイヤ改正により、有楽町線準急が廃止。
  • 2012年(平成24年)7月7日 - 2・3番線(有楽町線・副都心線)ホームでホームドアの使用開始[13]
  • 2016年(平成28年)3月26日 - 1・4番線ホームにて可動式ホーム柵(ホームドア)に使用開始[14]、同時に副都心線⇔東上線直通列車において東上線内急行・快速急行となる列車が運行され、地下鉄線内急行・東横線内特急となる列車に"Fライナー"のロゴマークが付く。(当駅にて池袋発の準急と接続)[15]

駅構造[編集]

和光市駅 配線略図

南口のみで営業していたが、営団地下鉄の乗り入れに合わせた改良工事で路盤全体を嵩上げして半高架化し、北口の開設や地下市道の建設と合わせた立体交差による踏切の廃止などが行われた[5]

有楽町線開業以前は島式ホーム1面2線で、現上りホームの位置にホームがあり、駅舎は現在の南口側、現下りホームの場所にあった。改築に伴い、駅本屋および改札口は池袋寄りに移動した[要出典]

島式ホーム2面4線を有する高架駅[4]。半高架式。ホーム直下に改札口があり、改札からは階段(スロープあり)を上って駅舎外に出る構造となっている。池袋方階段に上りエスカレーターが設置されている[4]。駅売店は改札外の自動券売機横にある[4]

有楽町線の延伸開業に併せて大改良を行った際に、いち早く身体障害者対応のエレベーターを設置した。しかし、設置位置の関係から出口は改札外となっていたことから、係員の付き添いがないと利用することができなかったが、改札内にエレベーターの設置工事を施工し、2005年10月から使用を開始した[要出典]

当駅 - 志木間は、東上線内で唯一の複々線区間である。朝霞側に有楽町線・副都心線列車の引き上げ線が2線あり、線路はその先の和光検車区に繋がっている。

有楽町線・副都心線には当駅始発・終着列車が設定されているのに対して、東上線の当駅始発・終着列車は設定されていない。 地下鉄線内の当駅始発・終着は平日日中及び土日祝日でも毎時10本あり(東上線直通は4本/h)、ラッシュ時やダイヤが乱れた場合を中心にB線で当駅から列車が数珠繋ぎになる場合がある。

東武鉄道と東京メトロが構内を共用する共同使用駅で、東武鉄道が駅を管轄している[要出典]

東武鉄道の東上本線、東京メトロの有楽町線といる。有楽町線と副都心線は当駅が起点であるが、列車によっては東上本線川越市方面へ直通運転を行う。当駅 - 小竹向原間は、有楽町線と副都心線が線路を共有している。 東京メトロの駅では最北端かつ最西端で、東京の地下鉄全体で最西端に位置し、唯一埼玉県内に所在する駅である。駅番号は、東上本線がTJ 11、有楽町線がY 01、副都心線がF 01となっている。

のりば[編集]

下り列車は、1番線を東上線池袋方面からの列車、2番線を有楽町線・副都心線方面からの列車が使用する。

番線 路線 方向 行先
1・2 TJ 東上線 下り 志木川越坂戸小川町方面
3 Y 有楽町線 - 新木場方面
F 副都心線 - 渋谷方面
TY 東急東横線 横浜MM みなとみらい線 元町・中華街方面
4 TJ 東上線 上り 成増上板橋池袋方面

備考[編集]

  • 上下ともに東上線と有楽町線・副都心線は同一ホームで乗り換えが可能である。
  • 8両編成は、ホームの地下鉄成増寄り2両分には停車しない。
  • 2016年3月26日ダイヤ改正以降、当駅を境に東上線内は普通・急行・快速急行で、副都心線内は急行もしくは各駅停車・通勤急行として運転される列車は必ず当駅で種別を変更するが、東上線内と副都心線内を通して急行運転となる「Fライナー」は、種別変更を行なわない。

構内放送[編集]

3番線(有楽町線・副都心線のりば)は有楽町線開通当初から発車ブザーが、それ以外では朝ラッシュ時のみ4番線で発車ベルが使用されていた。

2007年4月5日より東上線ホーム(1・2・4番線)に発車メロディが導入された。有楽町線・副都心線ホームの3番線は2012年7月7日のホームドア稼働開始と同時に発車メロディ「きらめくホーム」が導入されたが、同年12月17日には再び発車ブザーに戻された。[注釈 9]

駅構内設備[編集]

改札階

利用状況[編集]

1日平均の乗降人員は以下の通りである。数値は、東武鉄道⇔東京メトロとの直通連絡人員を含んでいる。

  • 東武鉄道 - 2014年度の1日平均乗降人員は164,062人である[16]
    • 東武鉄道の駅の中では池袋駅・北千住駅に次いで第3位。
  • 東京メトロ - 2014年度の1日平均乗降人員は170,122人である[17]
年度別1日平均乗降人員[18][19]
年度 東武鉄道 営団 / 東京メトロ 出典
1日平均
乗降人員
1日平均
乗降人員
1978年(昭和53年) 25,694[要出典]
1994年(平成06年) 92,425[要出典]
1998年(平成10年) 111,467[要出典]
1999年(平成11年) 112,798[要出典]
2000年(平成12年) 115,002 98,979 [20]
2001年(平成13年) 118,358[21] 102,465 [22]
2002年(平成14年) 118,032[23] 103,105 [24]
2003年(平成15年) 118,369 103,919 [25]
2004年(平成16年) 120,244 103,681 [26]
2005年(平成17年) 120,982 104,180 [27]
2006年(平成18年) 123,661 106,699 [28]
2007年(平成19年) 128,306 113,140 [29]
2008年(平成20年) 144,889 137,047 [30]
2009年(平成21年) 153,847 152,130 [31]
2010年(平成22年) 157,212 156,404 [32]
2011年(平成23年) 151,804 152,925 [33]
2012年(平成24年) 156,394 159,257 [34]
2013年(平成25年) 164,415 169,056 [35]
2014年(平成26年) 164,062 170,122 [36]
  • 2008年度は副都心線の開業で直通人員が増加した事により、乗降人員は両社とも増加した。

駅周辺[編集]

和光市駅付近空中写真
(1974年 国土画像情報オルソ化空中写真(国土交通省)より)
当時は平屋駅舎の島式ホーム1面2線だった。

南口[編集]

当駅の中心的な出口である南口は、区画整理が完了したことに伴い、南口を中心に多くの商業ビル、銀行などが立地するようになった。

前述のように駅の南側にはかつて軍の施設や軍需工場があったことからまとまった土地があり、その跡地に理化学研究所本田技術研究所などの国や民間の施設が立地した。 そのため南口からは多くの研究所方面行きのバスが発着している。


官公庁・公共施設[編集]

  • 和光市役所
  • 和光市役所和光市駅出張所・和光市本町地域センター
  • 和光市民文化センター(サンアゼリア)
  • 和光市総合体育館
  • 和光市図書館 - 1983年(昭和58年)8月2日に「シーアイハイツショッピングセンター」の3階に開館[5]
  • 和光市保健センター
  • 和光消防署
  • 和光樹林公園
  • 国立病院機構埼玉病院 - 1941年(昭和16年)7月20日に白子陸軍病院として開院し、1945年(昭和20年)12月1日に厚生省に移管されて 国立埼玉病院として一般市民向けの医療施設に転換した[9]
  • 東武中央病院

商業施設[編集]

  • 和光ショッピングプラザ - 1994年(平成6年)4月に開業した和光都市開発の商業施設で、店舗面積約14,350m²、延べ床面積約48,078m²[37]イトーヨーカドー和光店(店舗面積約約11,300m²)が核店舗[37]
  • シーアイハイツショッピングセンター - 1983年(昭和58年)4月に開業した伊藤忠商事のショッピングセンター(店舗面積約5,014m²、延べ床面積約11,699m²)[37]。「サミットストアシーアイハイツ和光店」がサミット・コルモのコルムピアを併設する形で2003年(平成15年)3月20日に店舗面積約3,470m²で開店した[38]
  • 東横イン和光市駅前
  • スーパーホテル さいたま・和光市駅前
  • ザバススポーツクラブ和光

郵便局・金融機関[編集]

研究機関・学校[編集]

団地[編集]

  • シーアイハイツ和光 - 「中央工業新倉工場」跡地の一部で「米軍新倉倉庫」(1971年(昭和46年)6月23日返還)となっていた地区を1972年(昭和47年)に伊藤忠商事が取得して再開発した団地である[5]
  • 西大和団地 - 日本住宅公団1965年(昭和40年)4月に開設[5]
  • 諏訪原団地 - 「国立埼玉病院」の敷地の一部に日本住宅公団1966年(昭和41年)10月に開設[5]

軍事施設[編集]

  • 陸上自衛隊朝霞駐屯地 - 1960年(昭和35年)3月に開設[5]。当駅・朝霞駅双方から等距離に位置する。かつては自衛隊幹部の送迎車が駅前に集まっていた。
  • 自衛隊和光官舎
過去にあった軍事施設[編集]
  • 陸軍予科士官学校 - 1941年(昭和16年)11月2日に当地へ移転し、1945年(昭和20年)8月に解散[8]
  • 白子陸軍病院 - 1941年(昭和16年)7月20日に開院し、1945年(昭和20年)12月1日に厚生省に移管されて「国立埼玉病院」として一般市民向けの医療施設へ転換[9]
  • キャンプ・ドレイク - 「陸軍予科士官学校」跡地や「中央工業新倉工場」跡地などに米軍第一騎兵師団約4,000人が進駐して開設された在日アメリカ軍基地[5]
  • 中央工業新倉工場 - 1940年(昭和15年)に当地へ進出しした大倉財閥系の軍需工場で機関銃を製造していた[5]
  • 芝浦工作機械 - 1940年(昭和15年)前後に当地へ進出しした軍需工場[5]
  • 日興航空工業 - 1940年(昭和15年)前後に当地へ進出しした軍需工場[5]

その他[編集]

北口[編集]

北口駅前周辺は、道路が狭く住宅が密集しているなど多くの問題を抱えていることから、和光市では2008年度から北口土地区画整理事業を進めている。今後、新たに駅前交通広場を設け商業系・住居系土地利用の増進、道路や公園などの整備を行っていく予定である[41]

  • 武蔵野銀行和光支店
  • いなげや和光新倉店 - 和光市駅桜井ビル(延べ床面積約2,091m²)に1976年(昭和51年)12月に開店した店舗で、店舗面積は約1,213m2[37]
  • 和光バーディゴルフ
  • 新倉ふるさと民家園

バス路線[編集]

北口と南口に和光市駅停留所があり、以下の路線が発着する。一般路線バスは東武バスウエスト西武バス空港連絡バス高速バスは西武バス・東京空港交通京成バス・東武バスウエストにより運行されている。南口は研究所方面行きのバスが多く発着する。国際興業バスも池袋駅西口発深夜急行バスが南口に乗り入れている。

南口発着[編集]

のりば 系統 主要経由地 行先 運行会社 備考
1番 和01 西大和団地 司法研修所循環 東武バスウエスト
西大和団地・司法研修所入口 二軒新田 入庫線
和04 和光市役所先回り 和光市役所循環 平日朝3本のみ
西大和団地先回り 平日昼1本のみ
ミッドナイトアロー川越 志木駅南口 本川越駅 深夜急行バス、降車扱いのみ
ミッドナイトアロー光が丘・和光市 和光市駅南口 国際興業バス
2番 北コース 赤池・福祉の里 野川公園入口循環 和光市内循環バス 東武バスウエストに運行委託
図書館前 和光市役所
中央コース 白子コミセン・白子3丁目東 大和中学校循環
本町小学校 和光市役所
南コース 二軒新田・埼玉病院 白子向山循環
図書館前 和光市役所
3番 和06 西大和団地・埼玉病院 成増駅南口 東武バスウエスト 日中のみ。土曜・休日の本数僅少
西大和団地 成増駅南口 夜1本のみ
和08 西大和団地 裁判所職員総合研修所 平日朝夕のみ
和09 西大和団地 埼玉病院 平日朝1本のみ
和12 和光高校循環 和光市駅北口 平日昼2本のみ
和13 自衛隊朝霞門 平日朝夕のみ
増10 吹上観音下 成増駅北口 平日昼1本のみ
4番 泉39 丸山台・司法研修所 大泉学園駅北口 西武バス 14時台以前
泉39-1 和光市駅入口・司法研修所 大泉学園駅北口 15時台以降
和40 丸山台・司法研修所 長久保 平日朝3本のみ
ザバススポーツクラブ前 羽田空港行き空港連絡バス 羽田空港 東京空港交通
西武バス
成田空港行き空港連絡バス 成田空港 京成バス
西武バス
スカイツリーシャトル和光・志木線 東京スカイツリータウン 東武バスウエスト

北口発着[編集]

北口発着のバスは折返しにターンテーブルを使用する。
画像は和光市内循環バス(2013年4月の経路変更により北口への乗り入れは終了)。

全て東武バスウエストの運行。

  • 和03:和光高校循環 和光市駅北口行き
  • 増09:吹上観音下経由 成増駅北口行き(本数僅少)
  • 和02:和光高校循環 和光市駅南口行き(1日2本)

北口にはターンテーブルが設けてある。

付記[編集]

  • 当駅には東武鉄道監修のポケット時刻表は存在するが、東京メトロ監修のポケット時刻表は存在しない[注釈 10]
  • 東上線に乗り入れない西武鉄道の車両(6000系)も東京メトロ線の当駅までは入線可能であるため、当駅で折り返す運用が設定されている。
  • 有楽町線・副都心線 - 東上線の直通列車については有楽町線内では「各停」[注釈 11]、副都心線内では「各停」・「急行」・「通勤急行」のいずれかになるのに対し、東上線内では「普通」となるため全列車が当駅で種別変更される。
  • 東京メトロ有楽町線・副都心線の東武東上線直通電車の次駅案内放送では乗り換え案内の「東武東上線」を省略している。
  • 東武東上線の都内区間(成増 - 池袋間)で何らかの運行トラブルが発生した場合、地下鉄直通列車のみ(当駅 - 川越市間)を先に運転再開することがある。ただし、2010年3月改正から2011年3月5日改正の間までは、日中時間帯に川越市まで乗り入れる地下鉄線直通列車の運転間隔が大きく開く場合があった。
  • 東京メトロでは有楽町線全駅へホームドアの設置を進めており、当駅への設置について東武鉄道と調整中としていた[42]。その後、2番線ホームには2012年4月14日に、3番線ホームには同年4月21日にそれぞれ設置され、同年7月7日に稼働を開始した[13]。その後、4番線ホームには2016年2月14日に、1番線ホームにも同年2月21日に設置され、同年3月26日に稼働を開始した[14]
  • 東武東上線内の駅(朝霞〜森林公園間)では、副都心線経由で渋谷より先の東急東横線の連絡乗車券は発売していないが、東京メトロ副都心線各駅(東急電鉄管轄の渋谷駅を除く)では東急東横線横浜駅まで発売しているため、当駅は東武鉄道管轄であるものの、東京メトロの駅としても扱われているため、東武東上線内で唯一東急東横線各駅までの乗車券を発売している。なお、横浜から先の横浜高速鉄道みなとみらい線各駅までは東武鉄道も東京メトロも連絡乗車券は発売していない[注釈 12]

隣の駅[編集]

Tōbu Tetsudō Logo.svg 東武鉄道
TJ 東上本線
TJライナー
通過
快速急行(一部は副都心線直通 副都心線内は急行 土休日のみ運行)
池袋駅 (TJ 01) - 和光市駅 (TJ 11) - 志木駅 (TJ 14)
快速・急行(急行の一部は副都心線直通 副都心線内は急行 平日・土休日日中時間帯のみ運行)
成増駅 (TJ 10) - 和光市駅 (TJ 11) - 朝霞台駅 (TJ 13)
準急・普通(普通の一部は有楽町線・副都心線直通 副都心線直通列車は日中時間帯の運行はない)
成増駅 (TJ 10) - 和光市駅 (TJ 11) - 朝霞駅 (TJ 12)
Tokyo Metro logo.svg 東京地下鉄
Y 有楽町線(各駅停車のみ)・F 副都心線
急行(東上線内は急行と快速急行に種別変更)
朝霞台駅(東上線内快速急行は志木駅) - 和光市駅 (Y 01・F 01) - 小竹向原駅 (F 06・F 06)
通勤急行・各駅停車(副都心線各停は日中時間帯はすべての列車が当駅発着)(通勤急行は小竹向原まで各駅に停車)
朝霞駅(東上線) - 和光市駅 (Y 01・F 01) - 地下鉄成増駅 (Y 02・F 02)

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ a b 直通連絡人員含む
  2. ^ a b c 相互直通運転は、1987年(昭和62年)8月25日に東上本線と有楽町線の間で開始され[5]2008年(平成20年)6月14日に東上本線と副都心線との間でも行われるようになり[6]、さらに2013年(平成25年)3月16日東急東横線との間でも開始された[7]
  3. ^ a b 和光市 - 小竹向原間は両線の共用区間。
  4. ^ 都営地下鉄6号線(現・三田線)開業前の1968年(昭和43年)8月に東京急行電鉄は免許を返上している[5]
  5. ^ 1943年(昭和18年)4月1日に新倉村と白子村が合併した大和町が発足しており、その町名に合わせた[5]
  6. ^ 1970年(昭和45年)10月31日に「和光市」として市制施行ことに伴う変更である[5]。市制施行と同時の改称を市側は希望したが、東武鉄道側への駅名変更の依頼が市制施行直前の9月上旬に行われたため、国の認可や切符の手配などの準備の関係で遅れた[5]
  7. ^ ただし、この改正で特急の運転が土曜・休日ダイヤのみとされたため、初めて特急が停車したのは同年3月19日からである。
  8. ^ ただし、最後に特急が運転されたのは同年6月8日である。
  9. ^ なお、「きらめくホーム」は2013年10月26日に有楽町線豊洲駅4番線の発車メロディとして復活した。また、現在では副都心線東新宿駅1番線でも使用されている[要出典]
  10. ^ 同様の例として、半蔵門線渋谷駅にも存在しない(東京急行電鉄への駅業務移管後初めてのダイヤ改正までは置かれていた)[要出典]
  11. ^ かつて存在した有楽町線の「準急」も東上線内では「普通」として運行されており当駅で種別が変更されていた。
  12. ^ 東武伊勢崎線(スカイツリーライン)と東京メトロ日比谷線(2013年3月15日までは東急東横線と相互乗り入れしていた)、両者の境界駅北千住駅との関係でも同様にある。

出典[編集]

  1. ^ a b 和光市駅”. 東武鉄道. 2015年10月2日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g 東武鉄道年史 編纂事務局 『東武鉄道六十五年史』 東武鉄道、1964年8月1日。
  3. ^ 杉崎行恭 『山手線 ウグイス色の電車今昔50年』 JTBパブリッシング、2013年11月1日。ISBN 978-4533094231
  4. ^ a b c d 和光市駅 構内マップ”. 東武鉄道. 2015年10月2日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al 『和光市史 通史編 下巻』 和光市、1988年3月。
  6. ^ a b 『日本経済新聞縮刷版 2008年6月号』 日本経済新聞社、2008年7月25日。
  7. ^ a b 宮田道一 広岡友紀 『東急電鉄まるごと探見』 JTBパブリッシング、2014年2月。ISBN 978-4533096303
  8. ^ a b 熊谷光久 『日本軍の人的制度と問題点の研究』 国書刊行会、1994年11月30日。ISBN 978-4-336-03669-8
  9. ^ a b c 厚生省五十年史編集委員会 『厚生省 五十年史 資料編』 厚生問題研究会、1988年5月31日。ISBN 978-4805804476
  10. ^ a b 『特殊法人理研30年』 理化学研究所、1988年10月21日。
  11. ^ a b 鉄道ジャーナル』第21巻第13号、鉄道ジャーナル社、1987年11月、 96頁。
  12. ^ 矢野恒太記念会編 『日本国勢図会 2006/07年版』 日本評論社、2006年6月1日。ISBN 978-4875491361
  13. ^ a b ホームドア設置計画進行中 (PDF) - 東京地下鉄ニュースリリース 2012年3月27日
  14. ^ a b 3月26日(土)より 東上線 和光市駅ホームにて可動式ホーム柵の使用を開始します! (PDF) - 東武鉄道ニュースリリース (2016.02.04)
  15. ^ 3月26日(土)東武東上線でダイヤ改正を実施! (PDF) - 東武鉄道NR (2016.02.09)
  16. ^ 駅情報(乗降人員) - 東武鉄道
  17. ^ 乗降人員ランキング 東京メトロ
  18. ^ 各種報告書 - 関東交通広告協議会
  19. ^ 統計わこう - 和光市
  20. ^ 埼玉県統計年鑑(平成13年)
  21. ^ 鉄道事業の概要 2.駅一覧”. 東武鉄道. 2003年8月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年1月23日閲覧。
  22. ^ 埼玉県統計年鑑(平成14年)
  23. ^ 鉄道事業の概要 2.駅一覧”. 東武鉄道. 2004年3月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年1月23日閲覧。
  24. ^ 埼玉県統計年鑑(平成15年)
  25. ^ 埼玉県統計年鑑(平成16年)
  26. ^ 埼玉県統計年鑑(平成17年)
  27. ^ 埼玉県統計年鑑(平成18年)
  28. ^ 埼玉県統計年鑑(平成19年)
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  35. ^ 埼玉県統計年鑑(平成26年)
  36. ^ 埼玉県統計年鑑(平成27年)
  37. ^ a b c d 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2009年版』 東洋経済新報社、2009年。
  38. ^ “サミット、「シーアイハイツ和光店」オープン、21世紀型SMで再挑戦”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (2003年3月26日)
  39. ^ 埼玉銀行通史編慕室 『埼玉銀行通史』 あさひ銀行、1993年12月25日。
  40. ^ 70年史編纂委員会 『七十年の歩み 川口信用金庫七十年史』 川口信用金庫、1995年3月。
  41. ^ 和光市駅北口土地区画整理事業 - 和光市役所
  42. ^ ホームドア設置計画進行中 (PDF) - 東京地下鉄ニュースリリース 2011年11月24日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]