荒津
荒津 | |
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荒津の遠景(西公園より望む)
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北緯33度36分7.1秒 東経130度22分37.5秒 / 北緯33.601972度 東経130.377083度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 福岡県 |
市町村 | 福岡市 |
区 | 中央区 |
面積 (推定) | |
• 合計 | 38 ha |
人口 (2022年3月末現在の人口) | |
• 合計 | 75人 |
等時帯 | UTC+9 (JST) |
郵便番号 |
810-0076 |
市外局番 | 092 |
荒津(あらつ)は、福岡県福岡市中央区の町名。現行の行政地名は、荒津一丁目及び二丁目である[1]。町内の南西部を除く地区は、港湾施設の総体としての埠頭を構成しており、「荒津地区」と呼ばれる[注釈 1]。埠頭の区域は、1970年(昭和45年)に竣功し、現在105基の貯油施設がある石油中継基地である[2]。石油や重油等を取扱い、都市圏をはじめ九州で消費される石油製品がこの石油中継基地から各地に届けられる。また、埠頭の基部、南西部にあたる地区(臨港地区外)には、下水処理場が立地している。面積は約38ヘクタール。2022年3月末現在の人口は75人[3]。郵便番号は810-0076。
地理
[編集]福岡市の中心とされる中央区天神の北西約2.5キロメートル、同区の北端で、海に面する地域に位置する。町内全域が1938年(昭和13年)から1970年(昭和45年)にかけて海面の埋立によって造成された造成地であり、埠頭等を含む。西、北及び東で博多湾に面して岸壁等を形成し、南東で「港」と、南西で「西公園」と隣接する。また東は博多漁港(漁港区域)の入り口(港湾区域)を介して「那の津」(須崎ふ頭)に面し(那の津とは福岡高速環状線の一部である荒津大橋により繋がる。)、西は博多湾を介して福浜に面する。
都市計画
[編集]都市計画に関しては、「福岡市都市計画マスタープラン」[4] において、「港湾機能ゾーン」として位置付けられている。用途地域は、港福浜線(及び福岡高速環状線)より北側が工業専用地域に、南側が工業地域に指定されている。また、下水処理場等が立地する南西部を除く地区が都市計画法及び港湾法に基づく臨港地区に、その分区は全域が保安港区に指定されている。
語源
[編集]町名は、1957年(昭和32年)から1965年(昭和40年)の福岡市の町名「荒津町」として、北湊町及び荒戸町地先公有水面埋立地に起こり、「荒津」は荒戸町にある山名である「荒津山(荒戸山)」により命名された[5]。
歴史
[編集]埋立整備事業の背景
[編集]1899年(明治32年)8月4日に博多港が関税法による対外貿易港としての開港指定を受けて以来、船舶の大型化や取扱貨物量の増加に伴い、公有水面の埋立により、博多船溜地区[注釈 2]、中央ふ頭などで、港湾施設の増強が進められてきたが、西公園下においては福岡市が1937年(昭和12年)から工事に着手されていたものの、埋立区域の南側と護岸の一部工事が行われたまま、太平洋戦争のため工事が中断されていた。戦災復興事業等で市の財政が逼迫する中、1951年(昭和26年)より、長浜地先埋立の合間を縫って細々と再開されるようになったものの、完成するのは昭和30年代になってからになる。
その後、1960年(昭和35年)3月に港湾管理者である福岡市により、1961年度(昭和36年度)を初年度とする「第一次博多港港湾整備5ヵ年計画」[注釈 3]が策定され、博多港内の各埠頭の役割が明確にされたうえで、保安地区としての西公園下の埋立てが進められていくことになった[6]。
埋立工事 (昭和30~40年代)
[編集]西公園下の埋立てについては、工場用地の用途、「西公園下石油センター第1工区」及び「西公園下石油センター第2工区」の地区名で、1938年(昭和13年)4月20日に福岡市が埋立免許を受け、福岡市が埋立工事に着手していたが、戦後になっても遅々として進捗せず、1955年(昭和30年)を迎えても埋立ては未完成のままであった。この頃、福岡市は、経済成長に伴い、急激に石油の輸入が増加する一方、博多港の石油関係施設が須崎地区や長浜船溜等に散在し、一般の港湾施設と石油施設の混在は危険であるため、西公園下の埋立地を保安港区とし、危険物を集約することを検討していたものの、具体化できない状況にあった。この様な状況の中で、1955年(昭和30年)に日本石油株式会社(現在のENEOS株式会社)がこの場所に進出を決めたことが契機となって他社も進出することになり、ここに西公園下の埋立ては本格化した。当該地区の埋立てについては、1957年(昭和32年)3月5日に第1工区(143,833.38m2)の、1958年(昭和33年)2月1日に第2工区(100,560.72m2)の埋立工事(合計で244,394.10m2)が竣工した[6]。
これにあわせ当該地の西側に、博多港開発株式会社[注釈 4]が石油センターの増設を図るため、貯油施設用地の用途、「西公園下荒津二丁目」の地区名で、1964年(昭和39年)5月7日に埋立免許を受け、同年11月28日に埋立工事(81,149.38m2)が竣工した[6]。
また、福岡市は、西公園下石油センターに隣接して、下水処理場用地の用途、「中部下水処理場第1工区」及び「中部下水処理場第2工区」の地区名で、1961年(昭和36年)3月6日に福岡市が埋立免許を受け、1964年(昭和39年)4月7日に第1工区(38,417.77m2)の、1970年(昭和45年)12月1日に第2工区(16,767.84m2)の埋立工事(合計で55,185.61m2)が竣工した[6]。
人口
[編集]荒津一丁目及び二丁目を合わせた人口の推移を福岡市の住民基本台帳(公称町別)[3] に基づき示す(単位:人)。集計時点は各年9月末現在である。
交通
[編集]鉄道
[編集]鉄道は通っていない。最寄りの駅は福岡市交通局が運営する福岡市地下鉄空港線の大濠公園駅であり、距離は道程で約1.1~2.1キロメートルである。
バス
[編集]バスについては、西日本鉄道が運営するバスが運行しており、町内ではないが、最も近いものとして次の停留所がある。
- 中央市民プール前(中央区西公園)
- 給油センター(中央区港三丁目)
道路
[編集]都市高速道路
[編集]都市高速道路としては福岡高速環状線が通っており、町内に次の出入口がある。
- 西公園出入口(料金所・ランプ)
また、この都市高速道路の東側は博多湾(博多漁港等への入り口)に架かる橋梁となっており、荒津一丁目と那の津三丁目を結んでいる。
- 荒津大橋(斜張橋)
-
荒津大橋
市道
[編集]福岡市が管理する市道の主要なものは次のとおりである。
- 荒戸荒津線(北端で接続)
- 港福浜線
臨港道路
[編集]町内の南西部を除く地区は臨港地区に指定されており、地区内の道路は臨港道路である。
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荒津の臨港道路、防災センター交差点の北側(左:荒津二丁目、右:荒津一丁目)
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荒津の臨港道路、西公園下防波堤の南側(左:荒津一丁目、右:荒津二丁目)
-
荒津の臨港道路、西公園下防波堤の西側(荒津二丁目)
施設
[編集]港湾施設
[編集]- 係留施設:桟橋(民間施設)9
- 西公園下防波堤(荒津二丁目)
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荒津桟橋[注釈 5]
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西公園下防波堤
油槽所
[編集]石油、高圧ガス貯蔵所等の事業所[注釈 6]が多数立地し、石油コンビナートを形成している。
公共施設
[編集]次のような公共施設が立地している。
-
中部水処理センター
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下水再生処理施設
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再生水資材センター(中部水処理センター内)
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福岡市水素ステーション(中部水処理センター内)
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荒津共同防災センター
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荒津公園
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荒津5号緑地
その他
[編集]次のような施設が立地している。
- 一般社団法人福岡県海洋スポーツ協会[注釈 15]
なお、町内の大部分が港湾施設や下水処理場に占められているが、町内の南端に共同住宅も立地している。
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一般社団法人福岡県海洋スポーツ協会
学校
[編集]町内に学校は存在しないが、校区については、小学校区、中学校区についてそれぞれ次の学校の校区に属する[14]。
- 小学校・中学校:福岡市立舞鶴小中学校
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 当地区より博多港に沿って東に連なる「須崎ふ頭」、「博多ふ頭」、「中央ふ頭」、「東浜ふ頭」、「箱崎ふ頭」と異なり、「ふ頭」の呼称を含まないが、事実上の埠頭である。
- ^ 1908年(明治41年)10月に竣工した船溜である「博多船溜」については、船舶の大型化などによる港湾計画の変更に伴い、まず、その西側部分について、博多港株式会社が、1975年(昭和50年)11月に埋立免許の出願、翌年3月に免許の取得、及び同年5月に埋立工事の着手を行い、1977年(昭和52年)8月13日に埋立工事が竣工し、同年10月22日に築港本町に編入された。この埋立地には、1981年(昭和56)年5月に福岡サンパレスが、同年10月に福岡国際センターが、建築された。また、東側部分について、福岡市が、1991年(平成3年)5月8日に埋立免許の出願、同年10月11日に免許の取得、及び同年11月8日に埋立工事の着手を行い、1995年(平成7年)4月6日に埋立工事が竣工し、石城町に編入された。その後、この埋立地には福岡国際会議場が建築された。[6]
- ^ この5ヵ年計画は、最初は国の経済5ヵ年計画に合わせ昭和31年度を初年度とするものとして策定されたが、国の計画変更に伴い昭和33年度を初年度とする計画に改定され、さらに国の「国民所得倍増計画」策定に伴う「港湾整備緊急措置法」の制定を受けて、昭和36年度を初年度とする計画に改められた。
- ^ 博多港開発株式会社とは、1961年(昭和36年)10月、福岡市が資本金の51パーセントを出資して設立されたいわゆる「第三セクター」である。博多港の整備を促進し、その近代化を図るため、埋立地の造成、処分、利用に関する事業や港湾施設の建設、経営等の事業を行っている。
- ^ 所在地:荒津一丁目7番(地番表記)北緯33度36分10.5秒 東経130度22分46.16秒 / 北緯33.602917度 東経130.3794889度
- ^ 主な油槽所及び関連事業所:ENEOS株式会社福岡第1油槽所(荒津一丁目3-35)、ENEOS株式会社福岡第2油槽所(荒津二丁目3-53)、増田石油株式会社福岡支店福岡油槽所(荒津一丁目1-7)、相光石油株式会社福岡第一油槽所(荒津一丁目2-7)、新出光福岡総合油槽所(荒津二丁目3-23)、東西オイルターミナル株式会社福岡事業所(荒津一丁目3-35)、大東タンクターミナル株式会社福岡油槽所(荒津一丁目3-15)、出光リテール販売株式会社九州カンパニー福岡営業所(荒津一丁目2-31)、株式会社キョーリツ(荒津一丁目4-5)、弘和輸送株式会社(荒津二丁目3-23)、株式会社サンエストランテック福岡事業所(荒津一丁目3-53)、シンコーケミカル・ターミナル株式会社博多事業所(荒津二丁目3-8)、株式会社ユーエスシー福岡支社(荒津二丁目3-9)、松藤商事株式会社福岡事業所(荒津一丁目8-1)、株式会社キョーネン(荒津一丁目4-16)、株式会社ニヤクコーポレーション九州支店北九州センター(荒津一丁目1-10-5)
- ^ 所在地:福岡市中央区荒津二丁目2番1号北緯33度36分4.9秒 東経130度22分30.3秒 / 北緯33.601361度 東経130.375083度、用途:下水処理場、敷地面積:74.378m2、処理開始年月日:1966年(昭和41年)7月1日、処理方式:嫌気好気活性汚泥法、放流先水域:博多湾、現在処理面積:2,708ヘクタール、事業認可面積:2,715ヘクタール、現在処理能力:300,000立方メートル/日、事業認可処理能力:300,000立方メートル/日、排除方式:合流式一部分流式、運動施設(地元への還元施設):屋上テニスコート(3面)、屋上少年ソフトボール場(1面)[7]、管理者:福岡市下水道局下水道施設部中部水処理センター(Chubu Sewage Treatment Center)[8]。「水処理センター」とは下水を微生物の力などを利用して浄化し、河川や海に放流する福岡市の下水処理場である。中部水処理センターは、福岡市に6つある水処理センター(中部、東部、西部、和白、西戸崎、新西部)の1つである。
- ^ 所在地:福岡市中央区荒津二丁目北緯33度35分59.4秒 東経130度22分25.1秒 / 北緯33.599833度 東経130.373639度、供給開始年月日:1980年(昭和55年)6月1日、計画供給量:1日あたり10,000立方メートル(日最大)、再生水供給の仕組み:水処理センターの下水処理水を凝集沈殿処理、前繊維濾過、オゾン処理、塩素消毒・給水加圧、仕上げ繊維濾過の工程で浄化し、再生水として供給する。供給先は、天神・渡辺通り(350ヘクタール)、シーサイドももち(138ヘクタール)、博多駅周辺(345ヘクタール)、都心ウォーターフロント(180ヘクタール)、六本松(7ヘクタール)の5地区である[7][9][10]。
- ^ 所在地:福岡市中央区荒津二丁目北緯33度35分59.6秒 東経130度22分32.2秒 / 北緯33.599889度 東経130.375611度
- ^ 所在地:福岡市中央区荒津二丁目2番1号北緯33度36分1.7秒 東経130度22分35.9秒 / 北緯33.600472度 東経130.376639度。中部水処理センターにおいて下水汚泥を処理する過程で発生するバイオガスから水素をつくり、燃料電池自動車(FCV)へ供給する施設。2015年(平成27年)3月開設。
- ^ 法人番号:4310001002027、名称:、所在地:長崎県長崎市五島町3番25号[11]
- ^ 所在地:福岡市中央区荒津一丁目1番28号北緯33度36分1.5秒 東経130度22分37.5秒 / 北緯33.600417度 東経130.377083度
- ^ 所在地:荒津二丁目1、公園種別:街区公園、面積:1,918m2、開園年度:1980[12]
- ^ 所在地:荒津二丁目、公園種別:都市緑地、面積:815m2、開園年度:1980[12]
- ^ 所在地:荒津二丁目2番30号、法人番号:3290005001004[11]。福岡市で環境に関する活動を行っている市民団体でもある[13]。
出典
[編集]- ^ 福岡市市民局総務部区政課. “福岡市区の設置等に関する条例”. 福岡市市民局総務部区政課. 2022年5月6日閲覧。
- ^ a b 福岡市. “各ふ頭のご案内”. 福岡市. 2022年5月7日閲覧。
- ^ a b 福岡市統計調査課. “登録人口(公称町別)- 住民基本台帳(日本人)男女別人口及び世帯数”. 福岡市. 2022年5月6日閲覧。
- ^ 福岡市都市計画マスタープラン
- ^ 「角川日本地名大辞典」編集委員会 竹内理三『角川日本地名大辞典』 40 福岡県(初版)、角川書店、1988年3月8日、126頁。ISBN 4-04-001400-6。
- ^ a b c d e 福岡市港湾局編『博多港史:開港百周年記念』福岡市港湾局、2000年、82~84、469~471頁。JP番号:20221637
- ^ a b 福岡市道路下水道局下水道施設部施設調整課. “水処理センター(下水処理施設)”. 2022年10月3日閲覧。→中部水処理センター
- ^ 福岡市. “組織一覧”. 2022年10月3日閲覧。→List of Departments, Fukuoka City Government (PDF)
- ^ 福岡市道路下水道局下水道施設部施設調整課. “再生水事業”. 2022年10月4日閲覧。
- ^ 福岡市道路下水道局下水道施設部施設調整課. “再生水管の埋設状況”. 2022年10月4日閲覧。
- ^ a b 国税庁長官官房企画課法人番号管理室. “国税庁法人番号公表サイト”. 2022年10月4日閲覧。→検索
- ^ a b 公益財団法人福岡市緑のまちづくり協会. “緑のまちづくり”. 2022年10月28日閲覧。→キーワード検索
- ^ 福岡市環境局環境政策部環境政策課. “市民団体の紹介”. 2022年10月6日閲覧。→「一般社団法人福岡県海洋スポーツ協会」
- ^ 福岡市教育委員会. “福岡市通学区域”. 2022年5月6日閲覧。
関連項目
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