1980年のアメリカンリーグチャンピオンシップシリーズ

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1980年の
アメリカンリーグチャンピオンシップシリーズ
チーム 勝数
カンザスシティ・ロイヤルズ 3
ニューヨーク・ヤンキース 0
シリーズ情報
試合日程 10月8日 - 10月10日
MVP フランク・ホワイト(KC)
チーム情報
カンザスシティ・ロイヤルズ(KC)
監督 ジム・フライ
シーズン成績 97勝65敗(西地区優勝)
ニューヨーク・ヤンキース(NYY)
監督 ディック・ハウザー
シーズン成績 103勝59敗(東地区優勝)

 < 1979
ALCS
1980

1981 > 

 < 1979
NLCS
1980

1981 > 
1980ワールドシリーズ

1980年のアメリカンリーグチャンピオンシップシリーズ1980 American League Championship Series, ALCS)は、1980年10月8日から10月10日まで行われたMLBアメリカンリーグリーグチャンピオンシップシリーズである。

概要[編集]

1980年の対戦は、東地区ニューヨーク・ヤンキースと、西地区カンザスシティ・ロイヤルズとの対戦となった。結果は、3勝0敗でカンザスシティ・ロイヤルズが球団初となるリーグ優勝。ワールドシリーズへ進出した。

MVPは打率.545、1本塁打、3打点の成績を残したフランク・ホワイトが受賞した。

試合結果[編集]

表中のR得点H安打E失策を示す。日付は現地時間。

第1試合 10月8日[編集]

ミズーリ州カンザスシティ - ロイヤルズ・スタジアム

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E
ヤンキース 0 2 0 0 0 0 0 0 0 2 10 1
ロイヤルズ 0 2 2 0 0 0 1 2 X 7 10 0
  1. : ラリー・グーラ (1–0)  : ロン・ギドリー (0–1)  
  2. :  NYY – リック・セローン1号ソロ(2回グーラ)、ルー・ピネラ1号ソロ(2回グーラ)  KC – ジョージ・ブレット1号ソロ(7回デービス
  3. 観客動員数: 42,598人 試合時間: 3時間00分
ヤンキースは2回にセローンとピネラの2者連続本塁打で2点を先制するが、ロイヤルズはその裏ギドリーを攻め2死2、3塁からホワイトの2塁打で2点を返し同点。続く3回にもギドリーから2死満塁の好機にウィリー・エイキンズが左前打を放ち2者が生還し逆転。ヤンキースはギドリーを3回で諦め4回からセットアッパーのロン・デービスを投入するが、ロイヤルズは7回にデービスからブレットが左中間にソロを放ち突き放すと、8回にはウィリー・ウィルソンの2塁打で2点を追加し試合を決めた。ロイヤルズ先発グーラは3回以降得点を許さず完投し、ロイヤルズが先勝。

第2試合 10月9日[編集]

ミズーリ州カンザスシティ - ロイヤルズ・スタジアム

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E
ヤンキース 0 0 0 0 2 0 0 0 0 2 8 0
ロイヤルズ 0 0 3 0 0 0 0 0 X 3 6 0
  1. : デニス・レナード (1–0)  : ルディ・メイ (0–1)  S: ダン・クイゼンベリー (1)  
  2. :  NYY – グレイグ・ネトルズ1号ソロ(5回レナード)
  3. 観客動員数: 42,633人 試合時間: 2時間51分
この年20勝を挙げたレナードと防御率1位のメイの先発で始まった試合は3回、ロイヤルズがウィルソンの2点適時3塁打に続きU・L・ワシントンの2塁打で3点を先制。一方ヤンキースは5回にネトルズのランニング本塁打とウィリー・ランドルフの2塁打で1点差とする。そして迎えた8回表、ヤンキースは2死1塁からボブ・ワトソンが左翼線に2塁打を放つ。1塁走者のランドルフは3塁コーチのマイク・ファレーロの指示で本塁に突入するがタッチアウトで追いつけず。9回表、ヤンキース先頭のレジー・ジャクソンが左前打で出塁したところでロイヤルズはレナードからクイゼンベリーにスイッチ。クイゼンベリーは1死1、2塁とピンチを広げるがネトルズを2ゴロ併殺打に打ち取り逃げ切った。
試合後、8回のファレーロの判断ミスに激怒したヤンキースのオーナー、ジョージ・スタインブレナーがファレーロの即時解任を通告したが、ヤンキース監督のディック・ハウザーはこれを拒絶した。

第3試合 10月10日[編集]

ニューヨーク州ニューヨーク・ブロンクス - ヤンキー・スタジアム

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E
ロイヤルズ 0 0 0 0 1 0 3 0 0 4 12 1
ヤンキース 0 0 0 0 0 2 0 0 0 2 8 0
  1. : ダン・クイゼンベリー (1–0)  : リッチ・ゴセージ (0–1)  
  2. :  KC – フランク・ホワイト1号ソロ(5回ジョン)、ジョージ・ブレット2号3ラン(7回ゴセージ)
  3. 観客動員数: 56,588人 試合時間: 2時間59分
ロイヤルズのポール・スプリットオフとヤンキースのトミー・ジョンの投げ合いで0-0のまま迎えた5回、ロイヤルズはホワイトのソロで先制。一方ヤンキースは6回、1死からジャクソンが2塁打で出塁すると、ロイヤルズは早くもスプリットオフからクイゼンベリーにスイッチするが、ヤンキースは代打オスカー・ギャンブルの2塁へのゴロを2塁手ホワイトが3塁へ悪送球しジャクソンが生還すると、続くセローンが左中間に適時打を放ち逆転。直後の7回、ロイヤルズは2死からウィルソンが2塁打で出塁。ここでヤンキースはジョンに代えて抑えのゴセージが満を持して登板するが、ワシントンが2塁内野安打を打ち1、3塁とすると、続くブレットは初球を右翼3階席に叩き込む特大の逆転3ラン。後がないヤンキースは8回、先頭ワトソンの3塁打のあとジャクソンとギャンブルの連続四球で無死満塁と絶好機を迎えるが、セローンの遊直で2塁走者ジャクソンが戻れず併殺、代打ジム・スペンサーも2ゴロに倒れ得点できず。大ピンチをしのいだクイゼンベリーは9回、簡単に2死を取ると、最後はランドルフを見逃し三振に打ち取りゲームセット。ロイヤルズは4度目のALCSでついにヤンキースを倒し、悲願のリーグ初優勝を果たした。
シリーズ終了後、スタインブレナーは自分に逆らったハウザーを解任。ハウザーは翌1981年の後期シーズン途中に解任されたフライの後任としてロイヤルズ監督に就任し、1985年にはチームをワールドシリーズ初優勝に導いた。

参考文献[編集]