未知なるカダスを夢に求めて

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未知なるカダスを夢に求めて』(みちなるかだすをゆめにもとめて、The Dream-Quest of Unknown Kadath)とは、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの小説。

概要[編集]

和訳題として他に『幻夢境カダスを求めて』、『知られざるカダスを夢に求めて』がある。

この作品は、ラヴクラフトの死後に原稿が発見され、おそらく1926年の秋に執筆が始まり、1927年1月22日に完成した。短編小説が中心だったラヴクラフトの作品の中でも『チャールズ・ウォードの奇怪な事件』に並ぶ長編としても挙げられることがある。1943年にアーカムハウスから発表された。

ランドルフ・カーターを主人公とした一連のシリーズの一つに位置づけられる。シリーズの時間軸としては、カーターがもっとも若い時期の物語に当たる。まだカーターが夢の世界に赴くことが出来る能力を失う前のエピソードであり、本作の中で彼が「夢見る人」と呼ばれる能力を失うまでの経緯が語られる。リチャード・アプトン・ピックマン、アタル、ニャルラトホテプレン高原狂気の山脈、そしてカダスなどラヴクラフトの他の作品で触れられた数多くの地名、登場人物が登場している。

あらすじ[編集]

1904年、30歳のランドルフ・カーターは、夢の国(ドリームランド)のカダスを目指していた。ここでいう夢の国とは、眠っている間に「炎の神殿」と「深き眠りの門」を越え、「夢見る人」だけが到達できる一種の別次元である。夢の国には、地球や月以外にフォマルハウトアルデバランがある。夢の国では、地球も月も地理が変わっていてセレファイスやウルタールなどの都市が繁栄している。他にもこちらの次元と違い人語を話す猫や星々の間を移動するガレー船があり、神々が暮らしている。カーターの道程は、ウルタール、ダイラス・リーン、オリアブ島、セレファイス、レン高原、そしてカダスに向かう。一方、万物の総帥アザトースの意志の代行者、暗黒の大使ニャルラトホテプは、カーターがカダスに向かうことを妨害する。彼は、ムーンビースト、シャンタク鳥などを繰り出し、本人もカーターの目の前に立ちはだかる。対してウルタールの猫、夜鬼(ナイトゴーント)屍食鬼(グール)、そしてノーデンスたちがカーターを支援する。

登場人物[編集]

  • ランドルフ・カーター(Randolph Carter) - 主人公。夢の国の奥地にあるカダスを目指す。
  • ニャルラトホテプ(Nyarlathotep) - カダスに向かうカーターを妨害する。
  • リチャード・アプトン・ピックマン(Richard Upton Pickman) - 屍食鬼(グール)。カーターに協力する。『ピックマンのモデル』にも登場するが別人と言われる。
  • クラネス(Kuranes) - 夢の国の都市セレファイスの王。『セレファイス』の主人公。
  • ノーデンス(Nodens) - ニャルラトホテプと敵対する神。

解説[編集]

オーガスト・ダーレスに宛てた1926年12月付けの手紙で「ピカレスク風の冒険小説」を計画しているとラヴクラフトは書いている。

本作は、章分割されず、異国風の世界を旅する点でウィリアム・トマス・ベックフォードの小説『Vathek(1786年)』の影響を受けているとされる。小説の断片『アザトース(1922年)』も完成していれば本作のような冒険物語になったと言われている。ウィル・マレー、デイビット・E・シュルツは、『アザトース』で中断した試みを本作で再び達成しようとしたのではないかという見方をしている。

本作に限らずラヴクラフトが書くファンタジーの作風に影響を受けた作品として常々、ダンセイニが挙げられている。今回、ロバート・M・プライスは、より直接的な影響を受けた作品としてエドガー・ライス・バローズの『火星シリーズ(1927年)』を挙げている。両作は、地球以外を舞台とした作品では共通する。しかし剣の達人ジョン・カーターに対し、何度も敵に捕まり彼自身が戦わず、彼の友人たちに窮地を救われるランドルフ・カーターでは、主人公の扱いに差があるとした上で、もっとも近い作品は、ライマン・フランク・ボーンの『オズの魔法使い(1900年)』も挙げている。大瀧啓裕は、執筆時のラヴクラフトの私生活にも視点を向け、彼がニューヨークからプロヴィデンスに帰ったことを指摘している。つまりプライスと大瀧の意味する点は、「異世界に触れた主人公が家に帰ることが目的になった。」である。

ラヴクラフトは、宇宙的恐怖を掲げ、未知のものを作る時には、仮想科学の見地から地球中心の思考を捨てなければならないと唱えた。そのため他の作品に登場する宇宙生物は、どれも地球の生物とは、かけ離れた外見や性質を持っていた。対して本作は、SF要素が廃され、しゃべる猫や怪鳥など地球的な生物や神々が単純に落し込まれている。このような作風の違いは、彼が本作を発表しなかったことに関係するといわれる。

ランドルフ・カーター[編集]

ラヴクラフトの作品で一連のシリーズの主人公となっている。しばしば理想化されたラブクラフトと指摘されることがある。

物語の時間経過としては、本作が最も古いが関連作品を執筆された順番で以下に挙げる。

  • 『ランドルフ・カーターの陳述(1919年)』 - ランドルフ・カーターのシリーズ。
  • ウルタールの猫(1920年6月)』 - 都市ウルタールに触れた作品。
  • 『セレファイス(1920年11月)』 - 本作と同じく夢の国を舞台としている。クラネスが登場。
  • 『ニャルラトホテプ(1920年11月)』 - ニャルラトホテプの登場。
  • 『アザトース(1922年6月)』 - 本作の構想か。
  • 『名伏し難きもの(1923年9月)』 - ランドルフ・カーターのシリーズ。
  • 『未知なるカダスを夢に求めて(1926年秋)』 - 執筆開始。
  • 『ピックマンのモデル(1926年9月)』 - ピックマンが登場。
  • 『銀の鍵(1926年11月)』 - ランドルフ・カーターのシリーズ。
  • 霧の高みの不思議な家(1926年11月)』 - ノーデンスが登場。
  • 『未知なるカダスを夢に求めて(1927年1月)』 - 完成。

本作以外のカーターのシリーズでは、夢の国に行くことができなくなったカーターが現実に嫌気がさし、異世界に向かう方法を模索している。そのため本作は、彼が夢の国に赴く能力を失う以前の物語として位置づけられている。

ラヴクラフトや彼が触れた作品、そして彼の友人が執筆した作品を全て総合し、一つの世界観としたものが「クトルゥフ神話」である。これは、オーガスト・ダーレスの産物でありラヴクラフトの意志と完全に同じではない、という議論が度々起こっている。大瀧は、本作で複数の作品に跨るラヴクラフトの登場人物や地名が集合し、一つの神話として同じ世界観に体系化する計画だったことが伺えると指摘した。

断片『アザトース』[編集]

1922年6月に執筆が始まったが中断している。1938年に同人誌『リーヴズ』の第2号に掲載された。約480語からなり、小説の出だし部分しか書かれていない。ラヴクラフトが友人フランク・ベルナップ・ロングに宛てた手紙からは、ダンセイニのような物語、中世のアラビアンナイトのような要素を持ち、6歳以下の誠実な幼稚さで、ベックフォードの『ヴァテック』のような長編小説にするはずだったといわれる。

I shall defer to no modern critical canon, but shall frankly slip back through the centuries and become a myth-maker with that childish sincerity which no one but the earlier Dunsany has tried to achieve nowadays. I shall go out of the world when I write, with a mind centred not in literary usage, but in the dreams I dreamed when I was six year old or less--the dreams which followed my first knowledge of Sinbad, of Agib, of Baba-Abdallah, and of Sidi-Nonman.
アザトース執筆に関するという文章、1922年6月9日付け、フランク・ベルナップ・ロングへの手紙

本作と同じく知識が自然の美を破壊した現代社会に愛想を尽かし、子供じみた希望を求めて夢の世界に主人公が旅立つ、という所で終わっている。タイトルがクトゥルフ神話でも重要な位置づけにあるアザトースと同じであるだけに意味深なものになっている。

ピックマン[編集]

グールのピックマンは、『ピックマンのモデル』にも登場した。他には、『資料:ネクロノミコンの歴史』にネクロノミコンのギリシア語版を持つ一族、そしてネクロノミコンを持って失踪した人物として名前が登場する。

ロバート・M・プライスは、本作のピックマンは、『ピックマンのモデル』の登場人物とは、無関係だと考えている。彼は、このピックマンは、バローズの『火星の女王』のタルス・タルカスの役割を与えられたとしている。

出典[編集]

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  • 「ラヴクラフト全集6」