ダンウィッチの怪

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ダンウィッチの怪』(ダンウィッチのかい、: The Dunwich Horror)または『ダニッチの怪』(ダニッチのかい)は、アメリカ合衆国のホラー小説家ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの小説。

概要[編集]

1928年に執筆され、ウィアード・テイルズ1929年4月号に発表された。クトゥルフ神話に属する作品の一つとされる。

宇宙的恐怖(コズミック・ホラー)という言葉で表現される「絶対的な力を持つ異形の存在に翻弄され、なす術もなく握り潰される人間」という構図、結末をとるラヴクラフト作品の中で珍しく本作は、人間たちが「異形の存在」に立ち向かい、これを消滅させ、(この事件に関してだけだが)勝利を得るというハッピーエンド的な結末を持つ。アンソロジーに採用されることも多く、ラヴクラフトの代表作かつ、入門作として取り上げられることも多い[1]

解説[編集]

ラブクラフトが創作したマサチューセッツ州の架空の村ダンウィッチおよびアーカムが舞台となる。ヨグ=ソトースが人間の女性と交接したことにより生まれた双子の恐怖を描く本作は、魔道書を所蔵するミスカトニック大学附属図書館の描写、『ネクロノミコン』からの引用などもあいまって、『クトゥルフの呼び声』、『インスマウスの影』と共に、後に展開されるダーレスのクトゥルフ神話の決定的な中核となっている。(ダーレスの体系化した「クトゥルフ神話」は、ラヴクラフトの作品世界とまったく同じものではない。ラヴクラフト自身は自己作品の体系化に特に積極的ではなく、作品ごとに新たな設定が試みられている)

異次元的存在との交合により生まれたものが、最後、丘を昇りながら父の名を呼び絶命する展開など、本作はイエス・キリストの生涯のパロディーではないかとも言われている。

自作にあまり自信を表明しなかったラブクラフトだが、本作の出来には自信を持っており、文通仲間に回覧したさいも好評であった。今は傑作とされているラヴクラフト作品でさえ売れないと感じるとあっさり不採用にしてきたウィアード・テイルズの編集者ファーンズワース・ライトでさえも、本作の採用を即座に決定している。

あらすじ[編集]

掲載誌の表紙

1910年代の米国北部、狂騒の20年代を迎える前夜のマサチューセッツ州が舞台である。目覚しい発展を続ける工業と流入し続ける大量の移民の前に混乱を極めた時代。それに逆行するかのように農村部では、未だ貧困と迷信が蔓延っていた。その中でも一際、異彩を放っていたのがダンウィッチ村(ダニッチ村とも)であった。1913年、事件の始まりを告げるようにウィップアーウィル(夜)が夜通し鳴き続け、犬という犬が吠え続けた。2月2日の聖燭祭の夜に生まれたウィルバー・ウェイトリーも、父の知られぬ身でありながら堕胎される事無く産み落される。ウィルバー・ウェイトリーは、生まれた時から成長のスピードが速く、他の子供とも見た目が違っていたため、村人たちに気味悪がられていた。成長し、祖父を亡くした彼は、ミスカトニック大学を訪れて貸し出しを断られたネクロノミコンを盗み出そうとし、番犬に襲われて死んでしまう。そして彼と祖父が今まで隠してきた存在が村に現れた。

登場人物[編集]

この小説には、以下の人物のほかにも、ウェイトリー家の分家の者といった村人が複数登場する。

ウィルバー・ウェイトリー(Wilbur Whateley)
この物語の中心的人物。1913年に異様な風貌で誕生し、成長のスピードが速く生後7ヶ月で歩き始め、11ヶ月で言葉を喋るようになっていた。また、この時点でヨグ=ソトースについて触れている。4歳で声変わりし15歳ほどに見え、10歳でヒゲを生やしてすでに大人と変わらない外見にまで成長していた。ただし彼の声は、人間の発声器官と異なる器官を使用しているかのように思われたという。髪は、黒く、頬も黒ずんで痩せこけ、鼻が大きくラテン系のようだった。ウェイトリー家の特徴(作中では、山羊のような頭と描写されている)として顎が貧弱に小さくなっている。身長は、1927年の夏の時点で7フィートになり1928年の秋に死亡するまでに9フィート(約2.7m)まで伸びていた。
学校にも行かず幼い頃から一族の集めた魔術に関連する書物を与えられた。祖父の没後、ラヴィニアを蔑むようになり彼女の死について何か知っているとダニッチの住民は、疑っていた。身体からは、ダニッチの環状列石の遺跡と同じ酷い悪臭がした。また彼が生まれてからダニッチの山から響く物音が大きくなったと住民は、記憶していた。犬に嫌われ襲われる性質から、いつも拳銃を持っていためにダニッチの住民から嫌悪されていた。1928年、祖父の遺言に従いミスカトニック大学図書館からネクロノミコンのラテン語版を盗み出そうとして番犬に殺される。幼少の頃から衣類のボタンをキッチリ留め、衣類が乱れることを嫌っていることで知られていたが彼の死体により、その理由が明らかとなる。
彼の体には、まず骨がなく衣類で隠されている部分以外は、人間と似ても似つかない姿だった。上半身は、まだ人間の形こそしていたがワニのようなゴワゴワした皮膚に毛が生えている。また吸盤の着いた触手が生え、色とりどりに変色していた。下半身は、完全に人間と異なる形になっていて脚は、恐竜の後ろ脚のような形で先端は、肉趾になっている。尻にピンクの未発達の目玉のような器官、口のようなものなどがあった。血液の代わりにペンキのような粘液が滴っていた。
死後に発見された日記には、魔術以外にも住民とのトラブル、祖父の計画に対する不安や失敗の可能性、弟が自分より父親に似ていて知能が高い以外に非人間的な発想をしていることに驚きの感想を残していた。また人間を滅ぼしても人間に近い自分が結局は、旧支配者たちから疎外される恐れについて悩んでいたらしい。
ウィルバーの弟(Wilbur's brother)
ウィルバーの双子の名もない弟。兄よりもはるかに父親に似ているとされ、成長が早く、全身に無数の触手と眼を有した家ほどの巨大な体に、ウェイトリー一族の特徴を備えた人間に近い顔を持つ。その姿は、酷い悪臭がして普段、人には見えず動いた後には、シダ植物の葉脈ような溝が着いた樽ほどの大きな丸い足跡と黒いタールに似た粘液が残る。誕生後、祖父によって家の中に匿われていたが祖父の死後に、その世話を引き継いだウィルバーが死ぬと餌を求めて家を破壊して外に飛び出し、ダニッチ村の家や家畜を次々と襲っていた。
その事件を知って村に赴いたヘンリー達にイブン・ハジの粉をかけられたことで姿を現し、ヘンリーがウィルバーの日記を解読して会得した呪文を、彼らが唱えたことによって父の名を呼びつつ消滅した。
兄弟ウィルバーの日記によれば高い知能を持つが人間らしい脳は、持っていないとされる。旧支配者が地球に帰還した後は、何もかもが変わるので兄のように彼らから疎外されるといった悩みを持っていなかった。またまだまだ自分たち兄弟は、成長して人間らしい部分が失われて行くことを指摘している。
老ウェイトリー(Old Whateley)
ウィルバーの祖父でラヴィニアの父。ウィルバー誕生後、ある目的のために家を増改築し、牛を定期的に買い続けた。事ある毎に数世紀前の古い金貨を使用している。ウィルバーに魔術の手ほどきをし、1924年に孫に忠告を残して亡くなる。生前に「息子がセンティネル丘の上で父親の名前を叫ぶ日が来る。」と住民に話していた。
ラヴィニア・ウェイトリー(Lavinia Whateley)
ウィルバーたち双子の母親で老ウェイトリーの娘。12歳のころに母親が変死している。やや体に障害のあるアルビノでピンク色の目を持ち、左右で腕の長さが違う。ウェイトリー家に遺伝する貧弱な顎をのぞいては、色黒な息子と似ていない。ウィルバーが生まれた当初は、息子を自慢していたが老ウェイトリーの没後、ウィルバーを恐れるようになる。このことから父の真意や息子の正体について気づいていなかったと思われる。1926年万聖節前夜を境に消息を絶つ。
ヘンリー・アーミテッジ(Henry Armitage)
ミスカトニック大学図書館長でプリンストン大学哲学博士、ジョンズ・ホプキンス大学文学博士の学位を持つ73歳。1927年の冬、ダニッチの風聞について以前から知っているウィルバーが祖父の遺言に従って探している呪文の一部を垣間見て改めて危険を感じ、彼を図書館から追い出し、他の大学図書館にもウィルバーに本の貸出禁止を依頼した。1928年の秋に大学図書館に忍び込んだウィルバーの死体を発見する。ウィルバーの没後、彼の日記を解読して恐ろしい怪物の存在を知り、同僚のライスとモーガンを連れてダニッチを訪れる。
ウォーラン・ライス(Warren Rice)
アーミテッジとともに怪物退治に来た学者。ウィルバーの死に立ち会う。
フランシス・モーガン(Francis Morgan)
アーミテッジとともに怪物退治に来た学者で、ライスとアーミテッジより年下。ウィルバーの死に立ち会う。

日本語訳[編集]

出典[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 東京創元社の『怪奇小説傑作集3』に取り上げられているほか、自由国民社の『世界のオカルト文学』、学研『世界の恐怖怪談』で紹介されるなど

関連項目[編集]