パルプ・マガジン

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All Detective Magazine 1934年2月号

パルプ・マガジン(pulp magazine)は安物ザラ紙の低俗雑誌[1]漫画雑誌エロ本も含む[2]。この場合のパルプ(pulp)は「安物の、低級の」という形容詞的意味もある[3]パルプ誌パルプ雑誌パルプ・フィクション、the pulpsとも。

概要[編集]

20世紀初頭から1950年代にかけて、主にアメリカ合衆国で広く出版されたフィクションを扱った安っぽい雑誌の総称である。

パルプ雑誌に掲載された作品はパルプ・フィクションと呼ばれ、一般的に低俗な話、くだらない話、三文小説、大衆小説のようなニュアンスがある。1950年代以降はペーパーバックを指してパルプ・フィクションという言葉が使われることがあるほか、クエンティン・タランティーノの映画「パルプ・フィクション」のタイトルはこの言葉からとられている。

パルプ誌はペニー・ドレッドフル英語版ダイム・ノベル英語版、他の19世紀の短編フィクションを集めた三文雑誌などの系統に属する存在である。

パルプという名前は、その手の雑誌を刷るのに使われた(pulp)が、際立って粗悪で安っぽくざらざらと特徴的だったためについたものである。一方、上質紙で刷られた雑誌や一般向けの内容の雑誌は、俗に「高級雑誌 (glossies) 」とか「すべすべなやつ (slicks) 」などと呼ばれた。

標準的なパルプ誌のサイズはおおむね横7インチ縦10インチ、厚さ半インチで128ページ程度である。これはだいたいB5版ノート2冊分に等しい。

人気のあるタイトルの大部分が月刊誌で、隔月刊も多く、季刊誌もいくつかみられた。紙質のよい競合誌が25セント程度で売られていた当時、パルプ誌は10セント(1ダイム)で販売されていた。「ダイム・ノベル」とついた所以である。

どぎつく下品な物語と人目を惹く表紙絵のイメージも強いが、今では尊敬を受けている多くの作家がパルプ誌に作品を掲載している。

現代のスーパーヒーローコミックはヒーローを扱ったパルプ誌の系譜にあると考えられることがある。パルプ誌が実際に「シャドウ(The Shadow)」や「ドック・サヴェジ」、「ファントム・ディテクティブ」などといったスーパーヒーローの挿絵入りの物語を頻繁に売り物にしていたためである。しかしパルプ誌はコミックよりもずっと大人の読者もターゲットにしていた。

イギリスでは、この手の雑誌はストーリー・ペーパー英語版と呼ばれ、広く行き渡っていた。「セクストン・ブレーク」や「ネルソン・リー」といったストーリー・ペーパーのキャラクターはアメリカのパルプ誌のキャラクターに似通った側面がある。しかし当時はまだ世界的なメディア市場がなかったので、同じ言語で書かれていたにもかかわらずアメリカとイギリスのそれぞれのキャラクターがお互いの国で認知されることはなかった。

歴史[編集]

発祥と隆盛[編集]

史上最初のパルプ誌は、1894年にフランク・ムンゼイ (Frank Munsey) が紙面刷新した「アーゴシー」誌 (Argosy Magazine) だと考えられる。安い紙質と不揃いな裁断、1冊あたり192ページ約135,000語で、誌面は文字のみで構成されており、表紙にさえイラストが無かった。

当時、蒸気動力の印刷機の普及がダイムノベルの流行をもたらしていたが、さらに安い紙と安い作家の組み合わせで廉価に娯楽雑誌を仕上げ、大量にさばいたのはムンゼイが初めてだった。アーゴシーは月販2000-3000部程度の雑誌だったが、誌面刷新後の6年間で50万部以上を売りあげる大雑誌に成長した。

ストリート&スミス社 (Street & Smith) はダイム・ノベルと少年向け週刊誌を出版社だったが、アーゴシー誌の成功を見て1903年ポピュラー・マガジン (The Popular Magazine) を創刊した。ポピュラー・マガジンはアーゴシーより2ページ分長く「世界一大きな雑誌」が売り文句だった。実質的な文章量こそアーゴシーより少なかったが、誌面構成の違いに特筆すべき物があった。パルプ誌として初めて表紙にカラーのイラストを使い始めたのである。雑誌が軌道に乗り始めた1905年には、ヘンリー・ライダー・ハガードの人気作であるSheシリーズ (She) の続編「アイシャ (Ayesha) 」を連載する権利を得た。揺ぎない作家陣を擁したポピュラー・マガジンは1907年に1冊当たり30ページ紙面を増やして15セントに値上げし、かつ発行部数ではアーゴシーに迫った。同誌の成功はパルプ誌の市場がまだ莫大な潜在的購買層をかかえている可能性を示し、他社の参入をうながした。パルプ誌の販売戦略として、雑誌をジャンル別に専門化させたのもストリート&スミス社が始めた革新的な点である。

1920年代から1930年代のパルプ誌全盛期にもっとも売れたパルプ誌は100万部をさばいた。この時期よく知られたタイトルには以下の様なものがある。

アメージング・ストーリーズ
ブラック・マスク
ダイム・ディテクティブ (Dime Detective)
フライング・エース (Flying Aces)
ホラー・ストーリーズ (Horror Stories)
マーベル・テールズ (Marvel Tales)
オリエンタル・ストーリーズ (Oriental Stories)
プラネット・ストーリーズ (Planet Stories)
スパイシー・ディテクティブ (Spicy Detective)
スタートリング・ストーリーズ
ワンダー・ストーリーズ
アンノウン
ウィアード・テールズ

[4]

低迷とパルプ時代の終焉[編集]

第二次世界大戦中の紙不足がパルプ誌業界に衝撃を与え、出版コストの上昇にともなって業界の低迷が始まった。1941年エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジンを矯矢として、多くのパルプ誌が従来より小さく薄いダイジェストサイズに移行しはじめた。ストリート&スミス社は普通の雑誌市場に主力を移行するために自社のほとんどのパルプ誌を廃刊にした。

パルプ誌の形態の低迷は費用と価格の問題だけではなく、漫画雑誌やテレビ、ペーパーバック小説などとの激しい競争にさらされた結果でもあった。戦後豊かさを増したアメリカでは紙質の良い雑誌とパルプ誌の価格差はもはやたいして重要な問題ではなかったのである。

パルプ誌の時代は、1957年にかつての主要な業者だったアメリカン・ニュース・カンパニー (American News Company) が破産したことをもって終わったとされる。ブラックマスク、シャドウ、ドック・サヴェジ、 ウィアード・テールズといった多くの前世代の人気パルプ誌もすでになくなっていた。 ごくわずかにSFやミステリのパルプ誌(アスタウンディング やエラリー・クインーズ・ミステリ・マガジンなど)でダイジェストサイズの形態でその後も刊行され続けたものもある。2005年に2300号を越えたドイツの週刊のSFパルプ誌ペリー・ローダンのように、長い連載物ではパルプ誌の形態がそのまま使われ続けている例もある。

その誕生から凋落までの数十年間に出版されたパルプ誌のタイトルは膨大な数に上る。ポピュラー・パブリケーションズ社 (Popular Publications) のハリー・スティーガー (Harry Steeger) は、多くのタイトルが短命に終わったとはいえ彼の会社が300以上のタイトルを出版し、最盛時には月に42タイトルにも及んだと証言した[5]。パルプ誌はかように短編小説の市場を寡占していたので、パルプ誌産業の凋落は小説出版のあり方にも影響を与えた。普通の雑誌や小説の需要の減少もあいまって、作家志望の人々が自分の作品を出版するには長編小説やそれに匹敵するボリュームの短編アンソロジーを書かねばならなくなったのである。

表紙とイラスト[編集]

Planet Stories 1952年7月号

パルプ誌の表紙は、本文部分より高品質な(すべすべの)紙に印刷された。パルプ誌に象徴的なモチーフとしてヒーローの助けを待つ危機に陥った半裸の女性などが有名である。表紙絵はパルプ誌の売上げに大きな役割を果たし、何人かの表紙絵の画家は本文の著者と同じくらいの名声を得た。著名な表紙絵の画家にはフランク・R・パウルヴァージル・フィンレイエド・カーティアマーガレット・ブランデージ (Margaret Brundage)ノーマン・ソーンダース (Norman Saunders) らがいる。表紙絵は商業上の重要性から真っ先にデザインが決まることも多く、本文の著者にはそれを見せて絵にあった物語を書かせた。

後期のパルプ誌では、物語の彩りとして本文中に挿絵が挿入されはじめた。これらの挿絵は本文が刷られているのと同じく、クリーム色の紙に黒インクで刷られた。安い紙にインクがにじむのを避けるには特別な技術を使う必要があり、きめ細かい線や描き込みは通常なされなかった。陰影は掛け網点描で表現され、それも肌理の粗いものでなければならなかった。挿絵は通常紙の背景に黒い線で描かれるが、ヴァージル・フィンレイらは黒い背景に白い線をほどこした作品もいくつか残している。

ジャンル[編集]

よくある誤解は「パルプ・フィクション」というと1930年代1940年代を舞台にしたインディアナ・ジョーンズの如き冒険活劇しかないと思われていることである。確かにその手の小説はパルプ・フィクションの好例ではあるが、パルプ誌が扱った作品のジャンルはそれだけに限らず、ほとんどのジャンルのフィクションを網羅していた。剣と魔法ファンタジーミステリー、探偵もの、SFスペース・オペラ冒険小説西部劇、戦争小説、スポーツ、旅物、ギャングもの、ホラー小説、怪奇小説、恋愛物からハードボイルドまで。西部開拓時代ものも伝統的なパルプ誌の主要なジャンルのひとつだった。多くの古典SFや推理小説がウィアード・テールズ、アメージング・ストーリーズ、ブラック・マスクといったパルプ誌から生まれ育った。

キャラクター[編集]

大多数のパルプ誌は複数の作者やキャラクター、舞台を使ったアンソロジーだったが、人気を博したパルプ誌ではただ一人のキャラクターをメインに押し出したものもみられた。そのキャラクターがたいていドック・サヴェジやシャドウのような人並外れた英雄タイプだったため、それらはヒーローパルプと呼ばれた[6]

パルプ誌を彩ったキャラクターたち[編集]

またパルプ誌のキャラクターとは意味合いが違うが、カート・ヴォネガットの小説にしばしば登場するキルゴア・トラウトは架空のパルプ作家である。

パルプ作家[編集]

パルプ誌が抑えたコストは紙質だけではなく作家への稿料も同様だった。多くの有名な作家が大成する前にパルプ誌で仕事をし、同様にすでに名の売れた作家も落ち目になって小銭を稼ぎたいときにパルプ誌に書いた。初期のパルプ誌では、わずかばかりの原稿料でも自分の原稿が活字に刷られることに満足してしまうような、アマチュアに書かせることさえしていた。

生計のほとんどをパルプ誌の仕事でまかなうパルプ作家は速記者やタイピストを使って口述筆記をさせることもあった。アプトン・シンクレアはパルプ作家時代に休み無しに一日あたり8000語の原稿を二人の速記者を雇って仕上げていたという。一方出版社は同じ号に同じ作家の物語を複数掲載し、しかも内容に変化をつけて見せるために作家に複数のペンネームを使い分けさせた。パルプ誌で仕事をする作家にとってのメリットの一つは稿料が原稿との授受と同時に支払われたことである。作家は実際の出版の1ヵ月前から1年前に原稿を書くことがあるので、稿料支払い時期の違いは大きかった。

パルプ誌に書いたことのある著名な作家[編集]

アメリカ初のノーベル文学賞作家であるシンクレア・ルイスはアドヴェンチャー誌の編集者をつとめ、いくつかの囲み記事なども書いた。

出版社、出版人[編集]

  • ストリート&スミス (Street & Smith)
  • ポピュラー・パブリケーションズ (Popular Publications)
  • ベター・スタンダード・スリリング (Better/Standard/Thrilling)
  • カルチャー・パブリケーションズ (Culture Publications):「スパイシー・ディテクティブ・ストーリーズ」のようなスパイシー系タイトルの本家。

現代のパルプ誌[編集]

2000年以後、少数の小さな独立系出版社が『ブラッド・アンド・サンダー』 (Blood 'n' Thunder) や『ハイ・アドベンチャー』 (High Adventure) といった、伝統的な20世紀初頭のパルプ誌にならった雑誌を発行し、かのアーゴシー誌も(短期間ではあるが)復刊された。これらは専門出版社によって限定的に刷られ、往年のように脆い酸性紙に刷られたり大量出版されたりすることはなかった。

2004年にロスト・コンティネント・ライブラリー (Lost Continent Library) は現代の成熟した読者層を対象に、パルプフィクションに特徴的である暴力、恐怖、セックスを売り物にしたE・A・ゲスト (E.A.Guest) による「 Secret of the Amazon Queen 」を出版した。E・A・ゲストは現実の探検家であるデビッド・ハッチャー・チルドレス (David Hatcher Childress) にパルプ時代のタルボット・マンディと現代のスティーブン・キングの融合と称えられた。

2002年にマイケル・シェーボン (Michael Chabon) の編集による「マックスウィニーの季刊誌」 (McSweeney's Quarterly) 10号は、「マックスウィニーのスリリングな話の巨大な宝箱」 (McSweeney's Mammoth Treasury of Thrilling Tales) と題され、スティーブン・キングやニック・ホーンビィエイミー・ベンダー (Aimee Bender)デイブ・エガース (Dave Eggers) ら、近年の作家の手によるパルプ・フィクションを特集した。 シェーボンはその企画の狙いを序文で次のように説明している。 「私たちはパルプフィクションを読む楽しみがいかに大きいか忘れていたと思う。私は少なくとも本誌がわれわれにそのことを思い出させてくれるにたるものだと信じたい」

脚注[編集]

  1. ^ 小西ほか 2008, p. pulp magazine: "【pulp】 pulp magazine...(安物のざら紙の)低俗雑誌"
  2. ^ 旺文社 2006, p. パルプマガジン: "ザラ紙に印刷した安手の雑誌。マンガ雑誌やエロ本など。"
  3. ^ 小西ほか 2008, p. pulp: "=~ magazine;=~ literature;[形容詞的に] 安物の,低級の"
  4. ^ Haining, Peter (2000). The Classic Era of American Pulp Magazines. Prion Books. ISBN 1-85375-388-2. 
  5. ^ Haining, Peter (1975). The Fantastic Pulps. ISBN 0-394-72109-8. 
  6. ^ Hutchison, Don (1995). The Great Pulp Heroes. Mosaic Press. ISBN 0-88962-585-9. 

参考文献[編集]

関連書籍[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]