オズの魔法使い

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オズの魔法使い
The Wonderful Wizard of Oz
初版の表紙
初版の表紙
著者 ライマン・フランク・ボーム
発行日 アメリカ合衆国の旗1900年
ジャンル 児童文学
アメリカ合衆国の旗アメリカ合衆国
言語 英語
コード ISBN
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オズの魔法使い』(オズのまほうつかい、The Wonderful Wizard of Oz )はライマン・フランク・ボームが著した児童文学作品。 この後、ボームが14冊、ボームの死後に他の作者等がオズ・シリーズOz books)を出版している。

概要[編集]

「マザー・グースの物語」のヒットで童話作家として成功していたライマン・フランク・ボームが、自らが子供たちに語ってきかせた物語を元に書き、1900年5月に出版した。W・W・デンスローが挿絵を担当した。凝った構成によるカラー図版の児童書は当時としては革新的であり、本はたちまち子供たちの心をとらえ、増刷の追いつかない空前の人気作品となった。初版の1万部は数週間で売り切り、翌年1月までにほぼ10万部が売れた。

「オズ」(Oz)の名の由来は、原作者ボームが近くのファイリング・キャビネットにO-Zと記されているのを見て名づけたなど、色々な説がある[1]

あらすじ[編集]

アメリカカンザス州に暮らす少女ドロシー(Dorothy)は竜巻に家ごと巻き込まれて、飼い犬のトト(Toto)と共に不思議な「オズの国」(Land of Oz)へと飛ばされてしまう。途中で脳の無いカカシ・心の無いブリキの木こり・臆病なライオンと出会い、それぞれの願いを叶えてもらうため「エメラルドの都」(Emerald City)にいるという大魔法使いの「オズ」(Wizard of Oz)に会いに行く。

オズ・シリーズ[編集]

ライマン・フランク・ボームの作品[編集]

  • 1. 「オズの魔法使い」 (The Wonderful Wizard of Oz)1900年
  • 2. 「オズの虹の国」 (The Marvelous Land of Oz) 1904年
  • 3. 「オズのオズマ姫」 (Ozma of Oz) 1907年
  • 4. 「オズと不思議な地下の国」 (Dorothy and the Wizard in Oz) 1908年
  • 5. 「オズへつづく道」 (The Road to Oz)1909年
  • 6. 「オズのエメラルドの都」 (The Emerald City of Oz)1910年
  • 7. 「オズのつぎはぎ娘」 (The Patchwork Girl of Oz)1913年
  • 8. 「オズのチクタク」 (Tik-Tok of Oz) 1914年
  • 9. 「オズのかかし」 (The Scarecrow of Oz)1915年
  • 10. 「オズのリンキティンク」 (Rinkitink in Oz)1916年
  • 11. 「オズの消えたプリンセス」 (The Lost Princess of Oz) 1917年
  • 12. 「オズのブリキの木樵り」 (The Tin Woodman of Oz)1918年
  • 13. 「オズの魔法くらべ」 (The Magic of Oz)1919年
  • 14. 「オズのグリンダ」 (Glinda of Oz)1920年

※以上14冊の和書版タイトルは佐藤高子訳によるハヤカワ文庫版のもの

ルース・プラムリー・トンプソン(Ruth Plumly Thompson)による続編[編集]

他の作家による続編[編集]

  • ジョン・R・ニール(John R. Neill)作
  • ジャック・スノウ(Jack Snow)作
    • 37. The Magical Mimics in Oz 1946年
    • 38. The Shaggy Man of Oz 1949年
  • レイチェル・R・コスグロース(Rachel R. Cosgrove)作
    • 39. The Hidden Valley of Oz 1951年
  • エロイーズ・ジャーヴィス・マグロー、ローレン・マグロー・ワーグナー(Eloise Jarvis McGraw and Lauren McGraw Wagner)作

映像化[編集]

映画[編集]

The Wonderful Wizard of Oz
原作者のボーム自身が製作に携わった1910年製作のサイレント映画。劇と映画が一体化したフィルムショーとして企画されたが、予想以上に莫大な財産を注ぎ込むことになったボームは翌年破産し、しばらくは「オズ」の続編に専念する事を余儀なくされる。またドロシーを演じたビーブ・ダニエルズは、後にサイレント映画の人気スターとなった。
The Magic Cloak of Oz
1904から1905年にかけて雑誌に連載されたボーム作のイックスのジクシー女王(Queen Zixi of Ix)を原作とする映画。この時点で「オズ」とは無関係の内容だった。1914年にボーム自身が製作、監督はFarrell MacDonald。
The Scarecrow of Oz
1914年、ボームは自前の映画会社オズ・フイルム・カンパニーを設立し、「オズ・シリーズ」を数作映画化した。しかしまだ子供向け映画というジャンルが確立していなかった時代でもあり、1年足らずで頓挫している。
笑国万歳Wizard of Oz
1925年のサイレント映画。内容は監督のラリー・シモンの脚色によるところも大きく、シモンらが演じる2人の農夫が、成り行きからかかしとブリキ男に変装し、ドロシーをオズの国の女王に仕立てていくという、原作離れしたものになっている。
The Wizard of Oz
1933年、テッド・エシュボーの作による短編アニメーション(当時のアニメーション作品はほとんどが短編である)。法的な問題がクリアにならず未公開作品となったが、白黒映画がカラーに転じるという1939年版オズの演出を先駆けて行ったことで、映画史に名を残している。オズの国に飛ばされたドロシーが住民の歓迎を受け、かかしとブリキ男と一緒にオズの大魔王の魔法ショウを楽しむという内容。

※ 以上の5作品は、DVD『オズの魔法使』3枚組エディションの特典映像としてDVD化されている。

オズの魔法使The Wizard of Oz
ディズニーの『白雪姫』の大ヒットに触発され、1939年にメトロ・ゴールドウィン・メイヤー社が製作したファンタジー・ミュージカル。カンザスの物語をモノクロで描き、オズの国の物語をテクニカラーで描く演出が話題を呼んだ。エドガー・イップ・ハーバーグ(作詞)とハロルド・アーレン(作曲)による挿入歌『虹の彼方に』がスタンダードナンバーとなるなど、現在も色あせない輝きを放っている。ヴィクター・フレミング監督。
主役は本命のシャーリー・テンプルが映画会社間の調整がつかずに見送られ、MGMの若手スターのジュディ・ガーランドが起用された。ガーランドは実年齢より下の少女を、得意の歌唱力を武器に魅力的に演じきった。ブリキ男役だったバディ・イブセンがアルミのメイクの為に体調を崩して降板したのをはじめ、監督の交代が度重なるなど、製作は困難をきわめた。撮影の長引きで製作費は膨れ上がり、最終的に277万ドルに及んだ。
その割に興行成績は芳しくなかったが、これは大人料金の半額で観られる子供が観客層であったためであり、その後の再上映やテレビ放映を通じて、ファミリー映画の定番として大いにもてはやされることになった。
AFI's 100 Years... 100 Moviesに6位、10周年記念版に10位、AFI's 100 Years of Musicalsの3位を獲得している。更にOver the RainbowがAFI's 100 Years... 100 Songsの1位を獲得した。
ウィズThe Wiz
1974年にブロードウェイで上演され、トニー賞7部門を受賞したミュージカルの1978年の映画化。舞台は現実、オズともニューヨーク市のイメージで構成され、マイケル・ジャクソンレナ・ホーンをはじめオール黒人キャストで構成されるなど、内容は他の映画とは一線を画する。ドロシーの設定は11歳の女の子から24歳の女性教師となったが、演じたダイアナ・ロスはさらに年長で当時34歳であった。サウンドトラックは評価されたものの、映画は批評、興行の両面で惨敗に終わった。ちなみに、マイケル・ジャクソンは音楽を担当していたクインシー・ジョーンズとこの時に出会い、マイケルのプロデューサーとして「スリラー」などの世界的な大ヒット作を共に製作していくこととなった。
オズReturn to Oz
1986年のディズニー製作映画。上記『オズの魔法使』の制作関係者の了解を取っていない非公式な続編(unofficial sequel)。「オズの虹の国」と「オズのオズマ姫」を原作にしている。ゲイリー・カーツ製作総指揮、ウォルター・マーチ監督、フェアルザ・バルク主演。 アニマトロニクスモーション・コントロール・カメラストップモーション・アニメーションなど当時最新鋭のSFX技術を駆使してオズの国の住人たちをリアルに再現したファンタジー大作。
オズ はじまりの戦いOz the Great and Powerful
2013年公開のサム・ライミ監督による映像化作品。配給はウォルト・ディズニー・ピクチャーズ
オズ めざせ! エメラルドの国へLegends of Oz: Dorothy's Return
2014年公開の映像化作品。監督はダニエル・サンピエールウィル・フィン。配給はファインフィルムズ。ボームの曾孫であるロジャー・スタントン・ボームによる「ドロシー・オブ・オズ」を原作にしている。

TVドラマ[編集]

オズの虹の国(The Land of Oz)
1960年にアメリカのテレビで放映された「シャーリー・テンプル・シアター」シリーズの1回目のエピソードとして放映。アメリカで放映された最初期のカラー放送の一つである。日本でも1961年(昭和36年)にNHKで放映された。日本では黒白の画面で放映された。シャーリー・テンプルがオズマ姫と少年チップを演じていた。
オズの魔法使い
1974年10月5日から1975年3月29日(午後7時30分 - 8時)にかけて日本テレビ系で放映していたテレビドラマ。全26話。HONDA一社提供。
第5話より番組中数分間、赤と緑の色眼鏡を使う立体映像を取り入れていた[2]。トトは原作の犬からネズミに変更されて山崎唯が声を担当していることから、山崎が主演していた人形劇『トッポ・ジージョ』を意識していたものではないかと指摘されている[2]
エンディング曲は『虹の彼方に』を採用。主演のシェリーが歌っていたが、オリジナルとは違い、アップテンポで現代風な歌詞と編曲(山本直純による)になっていた。
スタッフ[2]
キャスト
オズの魔法使い (The Witches of Oz)
2012年にアメリカで製作されたテレビ映画クリストファー・ロイドがオズ役で出演している。

TV人形劇[編集]

TVアニメ[編集]

舞台化[編集]

ミュージカル[編集]

ザ・ウィズ(The Wiz: The Super Soul Musical "Wonderful Wizard of Oz"
チャーリー・スモールスの作詞・作曲、ウィリアム・F・ブラウンの脚本によるミュージカル。1974年10月にボルチモアにて初演、1975年1月にマジェスティック劇場にてブロードウェイ初演[3]。『オズの魔法使い』を原作として、アフリカ系のキャストのみにて上演。1975年のミュージカル作品賞含むトニー賞7部門を受賞した。1978年に映画化。
日本では『ウィズ〜オズの魔法使い〜』と題して、宮本亜門が翻訳演出、増田セバスチャンが美術監修、仲宗根梨乃が振付を担当し、2012年と2015年に公演[3]
『ウィズ〜オズの魔法使い〜』主なキャスト
  2012年 2015年
ドロシー 増田有華 梅田彩佳
田野優花
カカシ ISSA 佐賀龍彦
ブリキ男 良知真次  施鐘泰(JONTE)
弱虫ライオン エハラマサヒロ
西の悪い魔女
イヴーリン
森公美子 岡本知高
阿知波悟美
南の善い魔女
グリンダ
小柳ゆき
北の善い魔女
アダパール
瀬戸カトリーヌ
黄色い道の案内人 ジョンテ・モーニング 仲宗根梨乃
エメラルドシティの門番 吉田メタル
ウィズ 陣内孝則
ウィケッド (Wicked)
本作の前日談として作られたミュージカル。2003年10月30日にニューヨークのガーシュイン劇場で初演。西の悪い魔女・エルファバと南の良い魔女・グリンダの知られざる友情を描いている。
日本では劇団四季によって『ウィキッド』と題して2006年より上演されている。
新宿コマ劇場 ファミリーミュージカル
新宿コマ劇場ではファミリーミュージカルとして、たびたび公演された。
1989年は『SFX-OZ』、2000年は『新 オズの魔法使い』として公演されており、『新 オズの魔法使い』は「再春館製薬ファミリーミュージカル」だった。
1939年の映画『オズの魔法使』同様の二役設定で「西の国の悪い魔女」とカンザスの隣人の意地悪なガルチ、他のオズの国の住人とガンザスの人々を同じ役者が演じる。
新宿コマ劇場『オズの魔法使い』
公演期間 演出 翻訳・訳詞 ドロシー カカシ
ハンク
ライオン
ジーク
ブリキマン
ヒッコリー
門番
ヘンリーおじさん
グリンダ
エムおばさん
西の国の悪い魔女
ガルチさん
オズの大魔王
マーベル教授
1989年4月2日〜同年5月5日 鵜山仁 早川保清 早見優 尾藤イサオ 渋谷哲平 中丸新将  ? 衣通真由美 今陽子 熊倉一雄
1990年8月2日〜同年8月29日  ?  ?
1991年8月2日〜同年8月29日  ?  ?
1992年8月2日〜同年8月30日 黒田アーサー  ?  ?
1993年8月2日〜同年8月29日 尾藤イサオ  ?  ?
1994年8月2日〜同年8月29日  ?  ?
1998年8月2日〜同年8月29日 鵜山仁 安達祐実 沖田浩之 花王おさむ 犬塚弘 寿ひずる 渡辺文雄
1999年8月1日〜同年8月29日 黒田アーサー 大森うたえもん 高品剛
2000年8月4日〜同年8月30日 井上純一 石川禅 清水明彦 佐山陽規 田中利花 松本梨香 小野ヤスシ

ゲーム[編集]

ルングルング オズの魔法使い〜Another World〜
アフェクト開発・販売のPlayStationアドベンチャーゲーム。原作シリーズ14作の要素を、物語随所に散りばめている。
OZ -オズ-
コナミ開発・販売のPlayStation 2アクションゲーム。基本的な世界観やキャラクターなどの設定が本作をモチーフにした物である。
RIZ-ZOAWD(リゾード)
メディア・ビジョンエンタテインメント開発、ディースリー・パブリッシャー販売のニンテンドーDSロールプレイングゲーム。オズの魔法使いを原作としており、物語の大筋は原作同様であるが、オズと敵対する魔女の数が4人になったり、「方角」ではなく「季節」で魔女を分類したりと、一部に独自の解釈が加えられている。
月あかりランチ OZ sings, The last fairy tale.
EX-ONE発売の18禁恋愛アドベンチャーゲーム登場キャラクターなどの設定が本作をモチーフにしたものである。

作品の政治的解釈[編集]

この作品は児童文学であると同時に、19世紀末のアメリカ経済に関する寓話とも解釈されることがあり、歴史学者、経済学者や文学者等が政治的解釈を述べているが、読者および批評家の多くは物語をそのまま楽しんできている。ボームは1890年代に政治的に活動はしたが、本作品の政治的解釈については、否定も肯定もしていない。

経済学者のグレゴリー・マンキューは、マクロ経済学の教科書で『オズの魔法使い』は銀貨鋳造論争を背景にして書かれた童話だと記している[4]

1880年から1886年にかけて、アメリカ経済は23%ものデフレーションを経験した。 当時の西部の農民達のほとんどが、東部の銀行からの借金で開拓を行っていたが、デフレーションの発生は借金の実質的価値を増大させ、西部の農民は苦しみ、東部の銀行が何もせずに潤うという事態が発生した。 当時の人民主義派はこの問題について、不足する貨幣供給量を銀貨の自由鋳造で賄うことで解決するべきだと主張した(リフレーション政策)[5]

銀と金、金本位体制を巡っての論争は1896年の大統領選挙において最も重要な論点となったが、民主党は銀貨の採用を主張し、共和党はあくまでも金本位制にとどまることを主張した。

経済史家ヒュー・ロッコフ(Hugh Rockoff)の記述[6]では、

ドロシーは最後に、家に帰る道を見つけるが、黄色いレンガ道をたどるだけでは見つからなかった。ドロシーは魔法使いオズが役に立たない代わりに、自分の『銀の靴』[7]に魔力があることを知る。
結局、民主党は大統領選挙に敗れ、金本位制は維持されることになったが、1898年にアラスカクロンダイク川で金が発見され、また、カナダ南アフリカの金の採掘量も増え、結果的に貨幣供給量は増大し、デフレは解消されてインフレ傾向となり、農民は借金を容易に返せるようになった。

としている。

もっとも、ボームに関する伝記作家や研究者は、そうした政治的解釈には否定的である。この作品の出来た背景についての詳細がボーム自身の日記に残されている上、ボームは時に政治的ではあっても、そうした比喩による現代風刺には無関心だったからである(もっとも高い知名度ゆえに、ドロシーたちは新聞の風刺漫画のネタに度々使われてはいたが)。時に皮肉と解釈されることもあるが、本作の序文でも「ただ今日の子供を喜ばせる為に書いた」と明言している。

先のヒュー・ロッコフの説については、ボームがその政治活動においてシルバリズム(silverism)に反対するメンバーの一員であり、アメリカ経済に関して共和党の考えに賛同していたという反論が、歴史家デビッド・B・パーカーになされている。[8]ちなみに黄色いレンガの道に関しては、由来となった建物がボームの別荘があるミシガン州内の公園に実在する。

脚注[編集]

  1. ^ 英語版Wikipedia 「Origin of the name Oz」 参照
  2. ^ a b c 全怪獣怪人』下巻、勁文社1990年11月30日、372-373頁。C0676。ISBN 4-7669-1209-8
  3. ^ a b 宮本亜門演出のミュージカル『ウィズ-オズの魔法使い-』が今秋上演 ドロシー役はAKBプロジェクト全メンバーからオーディションで選出”. シアターガイド (2012年5月24日). 2015年1月13日閲覧。
  4. ^ 岩田規久男 『日本経済にいま何が起きているのか』 東洋経済新報社、2005年、17頁。
  5. ^ オズの魔法使いとリフレ政策Reuters 2011年4月19日
  6. ^ ROCKOFF, H., 1990, The Wizard of Oz as a Monetary Allegory, in Journal of Political Economy 98 (August 1990) pp 793-60
  7. ^ ちなみに靴は映画版では視覚的効果を狙ってルビーの靴に置き換えられている。そのため銀製でも間違いではない。
  8. ^ The Rise and Fall of The Wonderful Wizard of Oz as a Parable on Populism (1994)

関連項目[編集]

  • ウィケッド
  • レインボー_(バンド) -ライヴのオープニングでは映画『オズの魔法使』のセリフ(「We must be over the rainbow」)のリフレインと共に「虹の彼方に」のフレーズを弾いて始まるのが定番となっていた。
  • オジー・スミス -守備がうまいオジーは、捕れないと言われた球も捕ることにちなんで「オズの魔法使い」と言われた

外部リンク[編集]

日本テレビ 土曜19:30枠
前番組 番組名 次番組
オズの魔法使い