ゴールドラッシュ

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選鉱パンを使う老人(アラスカ)

ゴールドラッシュとは、新しくが発見された地へ、金脈を探し当てて一攫千金を狙う採掘者が殺到することである。特に、1848年ごろにアメリカ合衆国カリフォルニアで起きたゴールドラッシュのことを指す。

一連のゴールドラッシュは世界のマネーサプライを急増させた。フランス銀行の発券高は1850年の4億5千万フランから1870年に15億5千万フランとなった。プロイセン銀行の方は1850年に1837万ターラーだったのが1870年には1億6326ターラーに達した。金準備の増加は中央銀行の再割引も促進した。イングランド銀行の場合、1847年10月の830万ポンドが1852年の第3・4半期平均で2180万ポンドに増えた。フランス銀行の場合は増加率が5倍近く、1847年の1億2260万フランから1852年の5億8480万フランにまで膨れた。この第二共和制期にルイ・ナポレオンは政界で実権を握ることができなかった。

カリフォルニアのゴールドラッシュ[編集]

カリフォルニアのゴールドラッシュを伝える張り紙(英文)

そもそもの発端は、1848年1月24日に農場主ジョン・サッターの使用人ジェームズ・マーシャルサクラメント東方のアメリカン川英語版砂金を発見したことである。これと前後してカリフォルニアを始めとした西部領土がメキシコからアメリカに割譲されたので、文字通り新天地となったカリフォルニアには金鉱脈目当ての山師や開拓者が殺到することになった。特に1849年に急増したことから、彼らは"forty-niner"(49er)と呼ばれた。

影響[編集]

結果、1852年にはカリフォルニアの人口は20万人まで急増し州に昇格、西部の開拓が急進展することになった。この「開拓」は別の見方をすれば、多くのインディアン部族に対する民族浄化でもあった。ヤナ族などは、金鉱目当てに入植した白人たちによって根絶やしにされ、絶滅させられてしまった。

また歴史家によっては、1848年革命やその後の革命が、成り勝らなかった一因として「カリフォルニアなどの地域のゴールドラッシュにより、金を求めてヨーロッパ中から人がいなくなったこと」が挙げられるほどである。当時の記録を見ると、農民、労働者、商人、乞食や牧師までもが、一攫千金を夢見て新大陸を目指したことが記されている。

また、1840年からのアヘン戦争の結果、清国中国)は開国した上に香港イギリスに割譲され、マカオポルトガルの支配下になったが、香港・マカオが帰属していた広東省からアメリカへ多くの労働者が鉱山や鉄道建設現場で働くために移民し、その後の広東人を主体とするチャイナタウンの形成につながった。

エピソード[編集]

その他の地域のゴールドラッシュ[編集]

カリフォルニア以外の地域で起きた主なゴールドラッシュを挙げる。グレートブリテン及びアイルランド連合王国アイルランド島において1845年から始まったジャガイモ飢饉により、アイルランドはカリフォルニアや以下の地への移民の供給源の1つとなった。

関連項目[編集]