ハル・ウォーカー

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ハル・ウォーカー
Hal Walker
生年月日 (1896-03-29) 1896年3月29日
没年月日 (1972-07-03) 1972年7月3日(76歳没)
出生地 アイオワ州オタムア
死没地 カリフォルニア州トレイシー
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国

ハル・ウォーカーHal Walker1896年3月20日 オタムア - 1972年7月3日)は、アメリカ合衆国映画監督である。ビング・クロスビーボブ・ホープ主演の『珍道中シリーズ』、ディーン・マーティンジェリー・ルイス底抜けコンビ主演の『底抜けシリーズ』の監督として知られる。

来歴・人物[編集]

1896年3月20日アイオワ州オタムアで生まれる。

パラマウント映画社に入社し、40代後半の年齢まで助監督をつとめあげる。その間、第6回から第10回まで(1933年 - 1937年)のアカデミー賞に存在したアカデミー助監督賞にノミネートされている。1937年の第10回アカデミー賞で、対象作品はヘンリー・ハサウェイ監督の『海の魂』(1937年)であった。同賞を受賞したのはヘンリー・キング監督の『シカゴ』(1937年)の助監督ロバート・D・ウェッブ20世紀フォックス、のちに監督)であった。

1945年、49歳にして監督に昇進、同年7月13日に監督デビュー作『Out of This World』が公開される。以降、助監督時代に手がけたビング・クロスビー、ボブ・ホープ主演の「珍道中シリーズ」や、ディーン・マーティン、ジェリー・ルイスの「底抜けコンビ」による「底抜けシリーズ」を数本監督した。

1952年11月19日にアメリカで公開され、ただちに全世界配給された『バリ島珍道中』を最後に、監督作品は途絶えた。当時すでに56歳であり、パラマウント社を定年退職したと推測される。遺した監督作は9作であった。

1972年7月3日、死去。76歳没。

フィルモグラフィ[編集]

助監督
B班監督
監督

関連事項[編集]

外部リンク[編集]