京都向日町競輪場

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京都向日町競輪場
Mukomachi-keirin-1.jpg
基本情報
所在地 京都府向日市寺戸町西ノ段5
座標 北緯34度56分47.8秒 東経135度41分56.1秒 / 北緯34.946611度 東経135.698917度 / 34.946611; 135.698917座標: 北緯34度56分47.8秒 東経135度41分56.1秒 / 北緯34.946611度 東経135.698917度 / 34.946611; 135.698917
電話投票 54#
開設 1950年(昭和25年)11月16日
民間委託 日本写真判定株式会社
施行者 京都府
走路 400m
重勝式投票 チャリロト
公式サイト 京都向日町競輪
実況
担当 滝口久
記念競輪
名称 平安賞
開催月 9月
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京都向日町競輪場(きょうとむこうまちけいりんじょう)は、京都府向日市にある競輪場。施設所有および主催は京都府。競技実施はJKA中日本地区本部近畿支部。電話投票における競輪場コードは54#。実況は滝口久が担当。

概要[編集]

1950年に開設された時は自治体名が「向日町」であったことから向日町競輪場という名称となったが、1972年10月1日の市制施行後もその名称は変わらず、1986年9月から現在の名称になった。

記念競輪 (GIII) として『平安賞』が行われており、毎年9月頃に開催されているが、時期移動により2010年度と2011年度は1月に開催され、2014年7月31日から8月3日までとなる。なお、1965年9月の15周年後節は台風のため打ち切りとなってしまった。GI1987年全日本選抜競輪GII2003年ふるさとダービーが、2007年共同通信社杯競輪が、それぞれ行われた。

イメージキャラクターは「ムコリンムッチー」であり、それにちなんで「ムコリンムッチー賞」が開催されている。また現役時代は前人未到の1341勝を挙げ、京都向日町競輪場をホームバンクとしていた松本勝明を称え『松本勝明賞』が開催されており、2013年には大津びわこ競輪場で開催されていた『中井光雄杯』が本場に移動して開催される。

2010年以降の7月開催は『サマータイム競輪』として薄暮競走が行われ、2012年は7・8月において同様に開催された。

2018年6月18日大阪府北部地震では、特別観覧席の窓ガラスが割れるなどの被害が生じた[1]。このため翌19日から21日までと30日から7月2日までの本場開催は休止とし、23日より場外発売のみ再開し[2]8月6日より本場開催を再開した[3]。なお、特別観覧席については、2017年5月より記念競輪開催時と年末のグランプリシリーズ(基本は12月28日から30日)を除いて閉鎖されている。

トータリゼータシステムは、全国で唯一となるオムロンを採用している。なお2017年度から車券販売などの開催業務を民間に委託することになり[4][5]日本写真判定が受託している[6]

チャリロト[編集]

2018年4月18日より重勝式投票「チャリロト」の発売が開始された。なお京都向日町は伊東温泉競輪場静岡競輪場千葉競輪場いわき平競輪場とキャリーオーバーを共有する『グループB』としての発売となり、キャリーオーバーの対象外であるチャリロト3については京都向日町で阪の発売はない。

存続問題[編集]

1958年に京都競輪場(宝ヶ池競輪場)が廃止されてから府内唯一となっていた向日町競輪場だったが、1998年(平成10年)度から単年度収支の赤字を計上し、あり方が問われ始めた[7]

向日町競輪場における大部分の施設は昭和40年代に建設されたもので既に老朽化しており、競輪事業の収益も好転することが予期できないとされ、事業存廃について検討するように求められたことから、京都府は2009年田中敦仁関西学院大学教授を委員長とする『向日町競輪事業検討委員会』を設置した[8]

初会合から存続に否定的な意見が大半を占める中で議論が継続されていたが、2010年11月29日に行なわれた第7回会合において「財政に貢献できない以上は継続の理由が薄く廃止についてもやむを得ない」という内容で委員会としての提言がまとめられ、京都府に報告されることになった[9]

これにより京都府が提言に基づいて向日町競輪場を廃止する方向が強まったが、最終的な廃止決定が下されるとみられていた報告書の提出内容がまとめられる2011年2月の第8回会合直後には決定が発表されず、2011年度はそのまま開催されることになり、地元の向日市も6月に競輪場の存廃について意見を求めていた[10]。また3月に廃止となったびわこ競輪からファンが向日町競輪に流れたこともあり2011年度上半期は黒字に転じたことから開催が継続されると見る向きもあった[11]。しかし12月5日山田啓二府知事は「中長期的の存続は困難」とし開催廃止の方針を表明し[12]、地元の向日市も容認した[13]。だが「廃止影響を考慮する必要がある」として府から廃止時期は発表されていない。また一部で廃止時期が報じられた[14]際には当時の所長が否定している[4][5]

なお競輪場が廃止される場合においては、検討委員会においてサッカー場などへの転用を期待する声も上がっているが、府内唯一の自転車競技場という側面も上げられているため、現時点では未定となっている。

2018年時点では、1日あたりの入場者数は、場外車券発売日で約1,000人、本場開催日でも最盛期(6,800人)には遠く及ばない2,000人以下にまで落ち込んでいる。そのため、インバウンドの外国人観光客を呼び込むため、日本の文化やレジャーに関心が高くリピーターも多いとされる台湾人への㏚活動を開始した。関西空港などに「196070年代の日本の雰囲気が残る珍しい場所」と記した現地語の無料の観光案内冊子を置いて、施設の老朽化を逆手に取った戦略を打ち出している[15]

バンク[編集]

400mを使用している。やや直線が短めにできており、奈良競輪場程ではないものの、すり鉢状のバンクである。そのため僅かながら捲り選手が有利で、三番手の選手が不利な展開が多い。

アクセス[編集]

かつては京阪バスによる臨時便も運行されていたが、廃止されている。

エピソード[編集]

ホームバンクとする主な選手[編集]

*は女子選手

歴代記念競輪優勝者[編集]

優勝者 登録地
2002年 伊藤保文 京都
2004年 佐々木則幸 高知
2005年 村上義弘 京都
2006年 小野俊之 大分
2008年 稲垣裕之 京都
2010年 村上義弘 京都
2011年 村上博幸 京都
2012年1月 村上博幸 京都
2012年9月 長塚智広 茨城
2013年 木暮安由 群馬
2014年 村上義弘 京都
2015年 新田祐大 福島
2016年 稲垣裕之 京都
2017年 小倉竜二 徳島
2018年
※1節4日間制開催となった、2002年4月以降の歴代記念競輪優勝者を列記。

脚注[編集]

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  1. ^ 向日町競輪が中止、地震で窓ガラス割れ破片飛び散る - 日刊スポーツ、2018年6月18日
  2. ^ “京都・向日町競輪場で場外発売再開 レースは中止続く”. 京都新聞 (京都新聞社). (2018年6月22日). https://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20180622000080 2018年8月18日閲覧。 
  3. ^ “向日町競輪が8・6から再開 割れ残ったガラス撤去”. nikkansports.com (日刊スポーツ新聞社). (2018年7月13日). https://www.nikkansports.com/public_race/news/201807130000601.html 2018年8月18日閲覧。 
  4. ^ a b 向日町競輪廃止論、真っ向から否定 HKA関係者「寝耳に水」 - スポニチ、 2016年3月16日
  5. ^ a b 向日町競輪「廃止報道」を否定 - スポーツ報知、 2016年3月18日
  6. ^ 向日町競輪場開催業務に係る公募型プロポーザルの実施について - 京都府
  7. ^ 京都府公報 号外 第31号 平成14年4月19日
  8. ^ 京都府・向日町競輪検討委員会
  9. ^ 京都新聞・2010年11月29日
  10. ^ 向日市・向日町競輪事業のあり方についてご意見を募集
  11. ^ 向日町競輪 黒字に転じ来年度も開催 - 2011年10月20日日刊スポーツより
  12. ^ 京都新聞・2011年12月5日
  13. ^ 京都新聞・2011年12月13日
  14. ^ 京都向日町競輪4年後にも廃止 17年度から民間委託 - 京都新聞・2016年3月16日
  15. ^ “「昭和」の競輪場、台湾人集客 京都向日町、老朽化逆手に”. 京都新聞 (京都新聞社). (2018年4月20日). https://www.kyoto-np.co.jp/economy/article/20180420000028 2018年8月18日閲覧。 

外部リンク[編集]