宮城自転車競技場

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宮城自転車競技場
基本情報
所在地 宮城県仙台市宮城野区2丁目11-6
座標 北緯38度15分33.3秒
東経140度54分25.29秒
座標: 北緯38度15分33.3秒 東経140度54分25.29秒
開設 1952年昭和27年)
閉場 2014年平成26年)5月7日
所有者 宮城県スポーツ振興財団
走路 400m
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宮城自転車競技場(みやぎ じてんしゃきょうぎじょう)は、宮城県仙台市宮城野区宮城野二丁目11-6に所在していた自転車競技場宮城野原公園総合運動場内に位置していた。

歴史[編集]

1952年昭和27年)の第7回国民体育大会(東北3県国体)の開催のため、同年に開場。国体開催後は競輪場への転用が検討されたが実現できなかった。

しかし、平間誠記を足がかりに、阿部道荒川秀之助河内剛菅田順和などの競輪選手特別競輪制覇など、宮城王国と呼ばれる活躍を果たしたが、彼らは当地が練習地(ホームバンク)であった。閉場まで宮城県を登録地とする選手の多くが当地で練習していた。また北海道や北東北3県登録の選手も冬季間の練習場として当地で練習していた。

一方、都市公園法では、公園内の運動施設は総面積の50%未満と定められているが、宮城野原公園総合運動場は同法が施行された1956年昭和31年)以前からこれを上回る約52%となっており、増改築が困難という理由から、2001年新世紀・みやぎ国体トラックレースの会場は、同県大和町宮城県自転車競技場を新設することになった[1]。そして1999年の開場後、宮城県内で開催されるトラックレース大会はそちらで行われるようになった。したがって、日本自転車競技連盟のWebサイトにも、当地の記載はなくなっていた。

周長は400m。

近年はアメリカンフットボールの試合も行われていた。

北隣にある国立病院機構仙台医療センターの建て替えの用地になったため、2014年5月7日をもって廃止。同年5月13日から解体工事が行われ[1]、62年の歴史に幕を閉じた。

出典[編集]

  1. ^ a b “競輪選手ら最後の練習 宮城自転車競技場解体へ”. 河北新報 (河北新報社). (2014年5月8日) 

外部リンク[編集]